第五話:ハート、スイッチオン!
5-1:ぱらいそ日常パート
ギラッギラで、あっつあつの夏が来た。
ぱらいそがメイドゲームショップに生まれ変わって四ヶ月が経過した。
メイド姿のスタッフたちでお客様を呼び込み、買取キャンペーンで利幅の大きい中古商品を集め、さらには人気格闘ゲーム『ストレングスファイター4』が稼動している筐体コーナーも大盛況。
特にネットで美織対レンの動画を見、腕に覚えのある者たちがふたりと対戦しようと連日各地から訪れる筐体は、当初の試算より遥かに大きな収益を叩き出している。
ここまで全てが順風満帆。ぱらいそ絶好調。向かうところ敵なし。首位独走Vやねん(アカン)なのだが……。
「はふぅ、気持ちいい……」
「葵さん、また昨日も夜遅くまで漫画描いてたでしょ。すっごい凝ってますよ?」
「だってもうすぐ締め切りなんだよぅ。あ、つかさちゃん、そこ! そこ、もっとぎゅーっとやって」
「はいはい」
「うー、キモチイイー!」
店内には多くのお客さんがいるものの、品出しや値段変更、清掃などをやり終えてお手隙になった司と葵。
すると葵が椅子に座り、最近やたらとお願いする肩揉みをこの日も司に要求してきた。
春頃の司ならば「仕事中だからダメですよ」と断わっていただろう。
しかし、仕事に慣れてくると自然と緊張の糸が緩むもの。
元からユルユルな葵に引き摺られるように、最近では司も苦笑しながら支障がない限りは付き合うようになっていた。
ただ、
「おーい、つかさちゃん、買取お願いしたいんだけど」
「あ、はい、ただいま」
九尾に呼びかけられ、受付のために葵の肩揉みを中断しようとする司。でも、
「あ、いいっていいって」
九尾は司の動きを制するように右手を振り、
「葵がそんな気持ち良さそうにしてるんだ、中断させたら後で何をされるか分かったもんじゃないからな」
と笑った。
「うぃー、よく分かってるじゃん九尾ぃ」
葵は全く緊張感の無い、蕩けた笑顔で答えるが、さすがに司は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ははは。んじゃ、店長と対戦してくるから。それからつかさちゃん、たまにはつかさちゃんともゲームしたいな」
「あ、えと、すみません、ボク、仕事があるので……」
さらにごめんなさいと頭を下げる司に、九尾は「いいっていいって。仕事頑張ってねー」と買い取りのソフトをカウンターに置き、美織が待つ対戦コーナーへと向かう。
(…………)
その姿を司は複雑な心情で見送った。
美織は常々、客とスタッフの距離がない店にしたいと言っている。
だから気さくな対応は悪くない。
でも、最低限の接客業としての礼儀というものはある。
九尾は気にしていないようだったが、接客業として今の一連の対応はどうだっただろうか?
(……やっぱり問題、だよね)
ぱらいそはここまで上手くいっている。
だけど司はモヤモヤとしたものを感じていた。
「あんたたち、最近弛んでるわよ!」
司の気苦労を敏感に察したのか。
それとも実際にだらけた接客を目の当たりにしたのか。
その日の夕食時、美織は苦み走った顔で言い放った。
「え、ウソ? 別に大丈夫だと思うんだけどナー」
珍しく奈保が真っ先に反応して、うなだれた……わけではなく、自分の首元から十センチほど下の部分を凝視する。
じー。
見るだけでは判断できないと思ったのか、今度は手で持ち上げてみた。
ぽにょん。
そして結論が出た。
「よかった、なっちゃんは大丈夫です!」
「そういう意味じゃないわよ!」
最後までボケきって美織にツッコミをさせるとは、奈保、恐ろしいヤツ。
「それに私が言ってるのは奈保じゃないわ。葵、それから司、あんたたちのことよ!」
「ええっ!? あたし、そんな弛むほど立派なモノは」
「持ってないわよね、ええ、知ってる。てか、だからそうじゃなくて、あんたたち、ちょっと仕事に慣れてきたからって最近だらけすぎよっ!」
葵のボケを遮って、美織はビシっと箸を件のふたりに向けた。
「美織ちゃん、行儀悪いで」
「久乃、悪いけど黙ってて。話がいきなり脱線して、ようやく本来の流れに戻ったところなんだから」
ごもっともである。
「あのね、フレンドリーな接客がモットーとは言え、私達はお客様をもてなす立場なのよ。そこんとこは分かるわよね?」
「……はい」
司が神妙な面持ちで頷くのを見て、美織は「よし」と箸を握る右手を高々と振り上げる。
「おもてなしとは、お客様への気配り」
ぴかんと居間の照明に光り輝く箸の先端。
「おもてなしとは、お客様に楽しんでいただくこと」
その箸が振り下ろされるは『肉の九尾』特製コロッケ。
ただし、葵の皿に盛り付けられたものだ。
「だから私達は常にお客様のことを考え、楽しんでもらう義務がある!」
かくして見事、美織の箸がコロッケに突き刺さった。
「うわん! それ、あたしの!」
葵とて一応説教を受ける身として箸を置いて聞いていた。
そこを美織に狙われてしまった。
「もぐもぐ。世の中は弱肉強食、もぐもぐ、いくら調子がいいといっても、もぐもぐ、そこに胡坐をかいて怠けていたら痛い目にあうわ、ごっくん」
コロッケを十分に咀嚼して飲み込んだ美織は、しかしてニヤリと笑顔を浮かべた。
「てことで、このだらけた雰囲気を払拭すべく、初心に帰ってお客様に喜んでいただく夏イベントを開催するのはどう?」
「「「「「夏イベント!?」」」」」
思わぬ提案に、美織を除く五人の声がハモった。
夏イベント。
それは夏商戦を制する為の秘策。
夏と言えば学生たちが夏休みに入り、社会人もお盆でまとまった休暇が取れる貴重な時期。その休暇中に自分たちのお店へ呼び込もうと、各店舗はあれやこれや手を打つのだ。
「んー、でも夏イベントってもうやってるよねぇ?」
一度は驚いたものの、ふと思うところがあるらしく奈保が首を傾げる。
「え? やってないですよ?」
「そうなの? なっちゃん、夕方に流れるあの放送がそうだとばかり思ってた」
言っても誰もピンとこないようなので、奈保はすーと息を吸い込み
「『良い子の皆さん、五時です。遊んでいる子は、おうちへ帰りましょう』って、やるでしょ?」
と放送を真似してみせる。
「ああ、それは自治会から頼まれたのよ。なんでも夏はその放送を近辺に流すことになっているらしくて、マンションの屋上にスピーカーが……って、なんでそれが夏イベントになるのよ、奈保?」
「だって夏しかやらないし……」
だったら夏イベントでしょ? と不思議そうな顔をする奈保。頭痛が痛い。
「そうじゃなくて美織はぱらいそとしての夏イベントのことを言ってるんだろ? でも、一体何をやるつもりなんだ?」
レンが奈保を諭しつつ、嫌な予感に顔を顰めた。
そんなレンに美織はふふんと笑う。
「そうねぇ、例えば『冷やし店員、始めました』なんてどう?」
どどんと自ら効果音もつけて、考えていた夏イベントを提案する美織。
「……あの、意味が分からないです、店長」
「鈍いわねぇ、司。冷やし店員、つまり店員が冷やっこい姿をしているのよ。冷やっこいと言えば水着でしょ! みんな、この夏は水着で仕事をするのよ」
夏限定のスペシャル衣装としてお客様も喜んでくれるし、おまけにエアコンの設定温度も多少押さえられて省エネ&エコでお得! これぞおもてなしの心よねと美織は自信満々だ。
が。
「えー、ずっと水着なんてお腹冷えちゃうじゃん」
「オレも反対。店で水着姿だなんてやってられっか」
当然の如く、葵とレンから反論に遭う。
「ちょ、あんたら何言ってんの! 夏と言えば水着でしょ! 水着回のないラノベは売れないのよっ!」
「美織ちゃんこそ何言うとんの?」
「久乃、あんたまで!」
「てか、美織ちゃん、この案は却下や!」
「なんでよ?」
「あんたらもそのうち分かる。人前で肌を出せるのはある年齢までやってことが、な」
てことで、美織発案の夏イベント『ドキッ! 水着だらけのゲームショップ!? ポロリもあるかもよ?』はあえなくお蔵入りとなった。
ただし、この企画をいたく気に入った者がひとり、後日自ら作った『冷やしなっちゃん、始めました』の張り紙を店先に出し、ビキニ姿でお出迎えしてぱらいそに来た者をびっくりさせている。
さすが奈保、分かってらっしゃる。
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