4-6:痛快ワンキル行進曲
「あはは、最後の最後で失敗したわ」
思わぬ、と言うべきか。
自滅、と言うべきか。
とにかく壮絶空中コンボを披露したにもかかわらず呆気ない幕切れとなった初戦の結末に、美織は朗らかに笑った。
「…………」
対して先勝したレンの表情は固い。
「よしよし、とにかくまずはこっちが一歩リードだ!」
レンの後ろで円藤が喜んでいる。
何が何でも勝利が必要な円藤にすれば、経過はどうであれ勝ちさえすればいい。
しかし、レンは違った。
今のは目の前に勝利が転がり込んで来ただけ。実際は完敗に等しい。
これまで磨きをかけてきた自慢のカウンターが、失敗したとはいえ美織のワンキルコンボの前にはくすんで見えてしまうほどだ。
「おい!」
だからレンは第二ラウンドが始まる前、たまらず美織に声をかけた。
「さっきの、もう一度やってみてくれよ」
未遂に終わったワンキル。もし本当に目にすることが出来るのならば、
「オレは何もしないからさ」
対戦がイーブンになっても余りあるほどのお釣りが来るとレンは踏んだ。
「おおっ!」
レンの申し出にギャラリーたちが沸く。
誰もが歴史的瞬間に立ち会いたかった。
「おい! ふざけんな!」
もっとも円藤だけは例外だ。
「せっかく先勝したのに何考えてやがる!? てめぇはさっさとヤツを倒せばいいんだ!」
周りの空気を読まずに円藤が怒鳴った。
「勝てばきっちり三十万払ってやる! だから」
ちゃんと戦え、と言いたいのだろう。
しかし。
「分かってるよ、円藤サン。絶対に勝ってやる。しかも誰から見ても完璧な勝利で、だ。だから」
レンは円藤の言葉を遮った。
わざわざ相手と同じ言葉を使って一息入れたのも、レンなりの駆け引きだったのだろう。
「ここはオレに任せてくんねぇか?」
言葉は嘆願だったが、鋭く睨みつける瞳は円藤に文句を言わせない迫力に満ちていた。
体育会系でガタイのいい円藤ですら思わず怯む視線に、周りのギャラリーたちも途端に静まり返ってしまう。
「ふふん、完璧な勝利とは言ってくれるじゃない」
ただし、そんな空気を美織は読まない。
美織はどんなことがあっても美織のまま。それが晴笠美織という人物である。
「何が狙いかは知らないけど……まぁ、見せてくださいって言うなら見せてあげようじゃないの!」
第二ラウンドが始まるやいなや大胆にも接近した美織は、コンボ開始を告げる弱パンチを入れる。
レンは約束通り何もしない。
操作するレバーやボタンにすら触れず、ただじっと美織のコンボを見つめた。
「ほいほいほい、っと」
アッパーが決まり、コンボは空中へ。
「うりゃうりゃうりゃ!」
空中でも巧みにキャラを操って、美織は次々と技を繰り出していく。
が。
「ありゃ?」
ほんの僅かな遅れだった。
だが、この高難度コンボでは致命傷。空中で体勢を崩したふたりのマリアは縺れるようにして地面へと墜落する。
「ちっ、また失敗したか。やはり練習でも成功率三割程度だと実戦にはまだ使えないわねぇ」
まだまだ功夫が足りないわと呟く美織。
「てことで悪いけど、ちゃんとしたのは見せてあげられなかったわ。じゃあここから普通に勝負を」
「いや、もう一回やってくれ」
レンは両手を太腿の上に置き、背を凛と伸ばして画面をじっと睨みながら、美織に再チャレンジを要求した。
「もう一回って……さっき言ったでしょ、実は練習でもあんまり成功してないんだって。次も失敗する確率は高いわよ」
「そうかな。あんたが三回も失敗する確率って、オレは相当低いと思ってるぜ」
それはレンなりの挑発だった。
どんなに難しくてもあんたなら次こそやり遂げるだろう、と。
どうしてレンがそれほどまで美織のワンキルにこだわるのかは誰にも分からない。
ただどうしても見届ける腹なのは分かった。
レンの挑発に、果たして美織はどう答えるか?
皆の視線が美織に集まる。
「ふん、そこまで言われたら引き下がれないじゃないの。いいわ、よーく見ておきなさいよ」
美織が不敵に笑い、これまで以上に嬉々としてキャラを操作し始めた。
マリアが本日三回目となる一連の動きを正確にトレースしていく。
しかし、ひとつだけ。今回はそれまでと違うところがあった。
そう、壮絶コンボの締めを飾る超必殺技・天降ろしが決まり、画面に派手なエフェクトが光り輝いて「1Player Win」の表示が映し出されたのだ。
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