4-5:約束された勝利の……

(マズイ!)


 レンは完全に虚を突かれた。まさかあんなことをしてくるとは思ってもいなかった。

 それでもレンは百戦錬磨の強者。

 心は呆けても、身体は幾度となく修羅場をくぐってきた動きを覚えている。


 かすかに一歩、美織の弱パンチが届かないところまで引く。

 間に合うかどうか微妙なタイミングだったが、どうにか回避成功。となれば次は必殺のカウンターだ。

 美織の思わぬ行動にしてやられたが、必殺のカウンターはほんの一瞬遅れたものの、身体が覚えていてくれたおかげでしっかり発動した。


 ……そう、発動してしまった。


「だから言ったでしょ? 私の勝ちだって」


 美織の勝ち誇る声と同時に、画面にはカウンター攻撃へのカウンターブロックCBによる稲妻エフェクトが走る。


 レンの一瞬の遅れ、それが美織にCBを成功させていた。


(しまった! でも)


 必殺のカウンターが失敗し、レンに動揺がないと言えばウソになる。

 それでも美織の「これで私の勝ち」という言葉が、逆にレンを落ち着かせた。


(たかだかファーストコンタクトに失敗しただけ。勝負はまだこれから……なっ!?)


 CBからの攻撃に対応すべく素早くレバーを操作し、ガードを入れたはずだった。

 なのに美織の弱パンチがヒットする。

 レンの操るマリアがかすかによろけ、慌ててレバーを左右に振った。よろけ状態を回復させるためだ。最速で入れれば、次の攻撃はガードできる。

 ところが次の攻撃も喰らった。

 間違いなく最速で対応したにもかかわらず、だ。


(どういうことだ、これ?)


 驚くレンに対し、美織が続けざまにアッパーを繰り出してくる。

 上へ突き上げる攻撃は空中コンボの始動技、最も喰らってはならないものだ。もちろんレンも回避すべく、二連打で継続されたよろけ状態を回復させようと試みる。


 が、今度も失敗。レンのマリアがアッパーを喰らい、足が地面から離れた。


(えっ!?)


 そしてレンは見た。

 自身のマリアが本来よりほんの少しだけ高く浮かされているのを。


「そうか! あんた、いろんな能力を少しずつ強化してやがるのか!」


 体力ほとんどゼロという極端なカスタマイズに、てっきり強化も一辺倒だとレンは思い込んでいた。

 レンのこの勘違いは、ある意味『スト4』をやりこんでいるせいでもある。

 キャラクターの能力を自由にカスタマイズできる『スト4』だが、有効なのは各プレイヤーの得意なスタイルに特化することだ。

 カスタマイズはそれなりのポイントを注ぎ込まないと強化が実感出来ないこともあり、故に効果的なのはパワータイプ、スピードタイプ、さらにはひとつの技をとことん強化することだと考えられていた。

 かつては美織のように少しずつ能力を強化する者も多かったが、研究が進んだ昨今、そのスタイルは得策ではないとされている。


 だが、美織ほどの実力者にもなると話は違ってくるのかもしれない。

 レンの背筋に冷たいものが走る。


「うーん、ちょっと違うわねー」


 そんなレンの疑惑、怯えを画面越しに感じ取ったのだろうか。

 美織が筐体の向こうで笑いを噛み殺して言った。


「いろんな能力、じゃないわよ。これをするために必要な能力を、それぞれ最低限な分だけ強化したの!」


 宙に浮かされ無抵抗なレンのマリアに、美織が次々と攻撃を当てていく。

 いわゆる空中コンボ。格闘ゲームでは当たり前の光景だ。


「おおおっっ!」


 しかし、その見慣れた光景にギャラリーが沸いた。

 美織の攻撃が止まらない。

 通常攻撃から必殺技へ。必殺技から通常攻撃を挟んでさらに必殺技へ。あるいは必殺技から必殺技へと、本来なら入るはずがないコンボを、全てギリギリのタイミングで入れていく。


「おいおい、 これってハメ?」


「んなわけねーだろ!」


 見当違いな感想を述べる観客に九尾が吠えた。


『ハメ』とは調整の不備を突き、単純な操作の繰り返しで相手を脱出不可能な状態に陥れて攻撃することだ。CPU相手ならばともかく、対戦で使用するのは禁忌とされている。

 たしかに今回も状況だけを見ればハメのように思えるかもしれない。が


「あまりにスイスイとコンボが決まるから簡単そうに見えるけど、めちゃくちゃ難易度が高いぞ、これ」


 難易度が高い場合、それはハメではなくテクニックと呼ばれる。


「繋がるはずのないコンボを何種類も入れているんだ。いくらカスタマイズで調整していても、タイミングは相当シビアなはず……んっ!?」


 さらに言葉を紡ごうとした九尾が突如絶句した。

 画面では相変わらず美織の空中コンボが続いており、レンの体力ゲージがどんどん減って半分以下になっていた。どうやら空中コンボにつきもののダメージ補正まで強化しているらしい。


「もしかしてこれ、このまま試合が終わるのか? ってことはまさか……」


「……ワンキル」


 レンが呟いた。


 文字通り、たったひとつの機会で相手を倒すワンターン・キル、通称ワンキルは『スト4』稼動時から多くのユーザーが一度は探った道だ。

 ハメのような単純作業ではなく、華麗な連続技で敵を屠り去る。

 自由なカスタマイズが売りの『スト4』だからこそ、皆が自分オリジナルのワンキルを捜し求めた。


 しかし、稼動してかなりの時間が経つ今なおワンキルが発見されたという報告はない。

 もし美織のこれがワンキルならば、レンたちはまさに歴史の目撃者となる。


 まさか、まさか、と誰もが息することすら忘れて見守る中、


「まずは一勝いただくわ」


 不敵に宣言する美織が、空中で竜巻のようにスピンしながら相手の足を掴んでジャイアントスイングするマリアに最終命令を入力する。

 何周も振り回した相手の足を離した次の瞬間、暗転した画面の中でマリアの身体から光が発した。

 マリアの超必殺技・天降ろし。

 空中高くから敵を地面に叩きつける投げ技で、強烈なダメージを与えながらも技の後に隙が出来るのでフィニッシュ以外には使えない技だ。


 そして本来ならジャイアントスイングで放り投げた相手に決められる技ではない。

 まさにカスタマイズが生んだ奇跡のコンビネーション!

 歴史的快挙を成し遂げるのに相応しい締め技だった。


「……あ」


「あ」


 美織とレンが同時に呟いた。


「えええええっっ!?」


 続いてギャラリーも、画面の中で起きたことに大声で反応した。


 とんでもない空中コンボの最後を華麗にフィニッシュを飾るはずだった大技が。

 勝利を約束するはずの最終奥義が。

 歴史を生み出すはずだったフィニッシュが。

 あろうことか。


 見事にスカってしまった。


「…………」


 久方ぶりの地面に落ちるなり、体勢を整えるレンのマリア。

 その目の前に、大技を外して無防備な美織のマリアが落ちてくる。

 当然放たれる弱パンチ。

 美織のマリアの体力は一ドット分。

 結果。


「2Player Win!」


 画面に浮かび上がる、レン勝利の知らせ。

 かくして二ポイント先取の一ポイント目をレンが逆転(?)で掴み取ったのだった。

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