4-3:負けるわけあらへん
「おおーっ!」
ぱらいその店内に歓声が上がる。
設置されたアーケード筐体の電源が入り、画面に『スト4』のデモが流れたからだ。
「店長、これって今日だけじゃなくて、これからもぱらいそに置いてあるのか?」
「まぁね。そのつもりで買ったんだから」
勿論お金はちゃんと取るからねと美織が付け加えるヒマもなく、九尾が「うおおお、ぱらいそで『スト4』が遊べるなんて感動だぁぁぁ!」と吠えた。
そんな様子にますます九尾の姿をぱらいそで見ることになりそうだなぁと思いつつ、司と葵はいつものようにカウンターで仕事をしていた。
奈保は美織の指示で、マンションの最上階へ何かを取りに行っている。
とにかく開店から一騒動あったものの、それでも今日は土曜日なのだ。
観戦以外のお客様も当然やってくる。てか、やってきてもらわないと売上げ的に困る。
そういうわけで「ほら、あんたたちは自分らの仕事をしなさい!」と美織にどやされたのだった。
とは言え、お客様のご利用を待ちつつ作業する間は、どうしてもおしゃべりタイムになってしまう。
「アレ、幾らしたのかなぁ? 結構するよね?」
「新品ですもんね」
勝負の行方も気になるが、まだ試合が始まらない以上、今一番ホットな話題は新たに導入された筐体についてだ。
まぁ、これからも稼動する以上、プレイヤーからの
でも、現状は買取の比率が販売に比べてかなり高いぱらいそにおいて、キツイ投資であるのは想像に難くない。
まぁ、その無茶っぷりが美織らしいなと思っていると、レンタルの軽トラを返してきた久乃が戻ってきた。
「お疲れ様です、久乃さん」
「ホンマに疲れたわぁ~」
労わりの言葉をかける司に、久乃が「今日はお休みするさかい、あとは任せたでー」と自室へ上がろうとする。
「ねぇねぇ久乃さん、アレってどれくらいするものなの?」
そこへ葵が興味津々に質問を投げかけた。
「……葵ちゃん、世の中には知らへん方がええことってあるんやで……」
「え? そこまで?」
「うちも。出来ればうちも知りとうなかった」
久乃が恨めしそうに呟いた。
言うまでもないが、ぱらいその経理を担当しているのは久乃だ。
店長の美織と言えど、何かを導入する際は久乃の許可を得なければならない。
「この前の日曜日、美織ちゃんに連れ出された時から嫌な予感がしとってん」
それでも当初はレンとの決戦に向けて、どこか強豪が集うゲーセンで武者修行するんかなぁと思っていたそうだ。
が、実際に美織が足を運んだのはアーケード基盤を扱うお店で
「はい久乃、これ経費でよろしく」
と、『スト4』の基盤と筐体二台分の値段が書かれた見積もり書を渡されたのだった。
「なっ!? なんやのん? なんで買わなあかんのん?」
「なんでって、そりゃあ決戦に向けて特訓するからに決まってるじゃない」
「そんなん、どっかのゲーセンでやればいいやん!?」
「はぁ? イヤよ、そんなの。やったこともない人気格ゲーなんて、乱入されたら負けるかもしれないじゃない」
敗北は私のキャラ的に許されないのと力説する美織に対して、久乃は驚きのあまり呟いた。
「やったことない、やて?」
「うん。家庭用に移植されてないしね」
「てことは、その『スト4』っての、美織ちゃんは……」
「そう、ド素人よ」
実際はシリーズ経験者だから、それなりの下積みはある。
加えて雑誌などで知識そのものは持っているからド素人とは言いがたい。が、
「それで対戦なんてなんで受けたん!?」
久乃が怒鳴りつけたのは当たり前だった。
「ちょ。急に大声で叫ばないでよ。耳がキーンとした」
「叫ばずにはいられへんて。え、なんで? どうしてそんな対戦を受けたん? 一度は負けてもうたけど、得意の『スト3』で戦えばええやん!?」
「分かってないわねぇ、久乃。こういうのは相手が一番得意とするもので叩きのめしてこそ、でしょ」
久乃の激情にもかかわらず、美織が涼しい顔をして言ってのける。
この返答には温和な久乃も「あかん。さすがに一度殴って目を覚まさんとあかん」と思ったらしい。
けれど。
「それにね」
と美織が続けて囁いた話に久乃は怒る気も失って、再度驚いて目を見開く。
結局、久乃は美織の買い物を承諾した。
「多分二度と買わないから新品がいい」
そんな美織の駄々っ子ぷりにも負け、注文商品の新品筐体は後日郵送という形で、その日は『スト4』の基盤と練習用の安い中古コントロールボックスを買い、店員さんにセッティングを教えてもらって帰途についたのだそうだ。
「ああ、あの時の荷物って基盤とかだったんですか」
話を聞いて司は当時の妙にウキウキしている美織と、げっそりとした久乃の様子を思い出していた。
「そや。けど、筐体があちらさんのミスで配送が一日遅れるって連絡がきたから、深夜に慌てて取りに行ったんや」
久乃がうんざりとして言った。
「てなわけでな、うち、めっちゃ眠いねん。そろそろええやろ?」
「え、久乃さん、美織ちゃんの試合、見ていかないの?」
「そんなん、見なくても分かってるやん」
久乃が歩き出す。
「ここまでしたんやで? 美織ちゃんが負けるわけあらへん」
言い残して久乃は自室へと上がっていった。
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