中編

『いいかお前らよぉく聞け!! 俺たちは、この学校を占拠した!! 殺されたくなきゃ素直に指示に従いなあ!!』


 校内放送で叫ばれた内容は、学校全体を混乱に陥れた。

 しかし、多くの銃声が鳴り響き、生徒たちの声は急激に小さくなっていく。そして今では、学校全体が水を打ったように静かだ。


「な、なに? テロリスト…?」

「…わからない。」


 変わりゆく校舎の様子を、屋上から音として感じていたふたりは、足がすくみ、その場から動けなくなっていた。

 口も開けなくなったふたりを、緊迫した空気が、今まで経験したことのない沈黙となって襲いかかる。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 屋上から下の階へと続く階段から、大勢の足音が聞こえ始めたのだ。

 そして、階段から、灰色の服で身を包んだ数人のテロリストが現れる。全員、所持しているマシンガンをこちらに向けながら、ふたりを包囲するように近づいてきた。


「ど、どうする……って、こ、コア…?」


 コアは、自分でも気が付かないうちに立ち上がっていた。

 その動きに反応して、テロリストたちの銃口が、一斉にコアへと向けられる。

 すでにその時には、コアはその場にいなかったのだが。


「ッ!?」


 テロリストの一人が、声にならない声で、驚愕する。

 自分のすぐ目の前に、離れたところにいたはずのコアが、仁王立ちしていたからだ。

 そして、コアは動き出す。


 まず、手刀によるなぎ払いで銃を弾き飛ばす。そしてがら空きとなったテロリストのみぞおちに、掌底を叩き込む。

 一人を気絶させたら隣の一人。次々とコアはテロリストたちを戦闘不能に陥れる。

 その目にも留まらぬ速さに、テロリストたちは何が起きているのか把握できずにいた。


「コア…?」


 少年もまた、次々と人が倒れていく様子を、ただ呆然と眺めているだけだった。


 コアの勢いは止まらない。とうとうその場にいた最後の一人に手をかける。

 しかし、最後の一人は、銃を叩き落とされた直後、コアに引けをとらない速さで、腰にあったナイフを手に取り突き出してきた。

 だがコアは、上体をそらすことでナイフを軽々と避ける。そのまま突き出してきた相手の手を蹴り上げ、ナイフを空高く弾き飛ばす。

 そして、寸分狂わずみぞおちに掌底を刻み込む。嗚咽を漏らした相手は、そのまま他の仲間と同じように、仰向けに倒れこむ。


「おわった……の?」


 少年が呟く。しかし、それだけでは終わらなかった。

 先ほど上空に飛ばしたナイフを、コアはまるで落下の瞬間が分かっていたかのように、視線を相手に向けたまま、その手に掴む。

 そして、そのナイフは、相手の心臓を突き刺さんがために、振り下ろされた。


「コアっ!!!」


 刃は、灰色の服に軽く触れた位置で、ピタリと止まった。

 しばらくして、コアは我に返ったように身体を震わせ、手に持っていたナイフを投げ捨てた。

 屋上のコンクリートにナイフがぶつかる音が響く。

 そして、戦闘中は少しも乱れなかったコアの息が、次第に荒くなっていく。


「え、い、いま、の……私…? え、あ、う、うそ………」


 仰向けの敵を見くだす。そして、自分の手を見おろす。

 震えている手は、まるで自分のものではないみたいで。


 コアは、間違いなく混乱していた。自我と、自分の行動が一致していないがために。

 だから、反応が遅れてしまったのだろう。


「コア………むぐっ!?」

「え?」


 呼ばれた声に振り返る。そこには、口を覆われ、頭に銃口を突きつけられた少年がいた。

 一人、仕留め損ねたのだろうか。

 無意識にそう考えたコアは、また動き出そうとする。しかし、


「動くな! 動くとこいつの命はない!!」


 そう叫ばれて、身体を止める。


「そうだ。いいか、絶対に動くなよ!」


 そして、敵は少年を抱え込んだまま、屋上から出ていった。

 コアは、その様子を目で追うことしかできなかった。


 また沈黙が訪れることになるのだが、この沈黙はコアにとって、今までにないほど寂しげなものに感じられた。





◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆





「教授ッ!」

「なんだ。せっかく珈琲を淹れてきたんだ。少しぐらい休ませてくれよ。」

「なんですか、このシミュレーションの続きは!?」

「お前、ソースを見たのか。」

「質問に答えてください! なんですか、この、いきなり始まった戦闘は!?」

「コアが持つ対人戦闘プログラムのアビリティを考えると、これぐらいは造作も無い。安心しろ。」

「そうじゃなくて! だから、どうしてコアが戦闘する必要があるんですか!?」


 教授は、珈琲が入ったマグカップを手に持ったまま、椅子に腰掛ける。


「お前、コアが何のためにこのシミュレーション世界で過ごしているのか、知っているか?」

「それは……新型家庭用アンドロイドのオペレーションシステムとして稼働するための訓練ですよね。」

「違うな。」


 教授の声は、急に低く、重みのあるものになった。


「コアは、この研究所がいずれ世界にふっかける、征服戦争に投入するための人型兵器の中枢コアとなるべく開発されているんだ。」

「なっ…そんなこと、し、知らないですよ!?」

「当たり前だ。コアの兵器開発はもちろん、この研究所の世界征服計画も、ごく一部の人間しか知らない極秘事項なのだからな。宣戦布告の予定は五年後だったはずなのに、いきなり来年にすると言い出したから、コアの開発を急ぐことになったのだ。」


 しばらく、珈琲の啜る音が響く。その音だけが響く。


「だが」


 教授は続ける。


「だからこそ私は、上層部を何とか言いくるめ、開発のための時間を余分にもらった。そして、カリキュラム以上の学習、つまり学生生活という経験を、コアにシミュレートしてもらっている。コアに読書好きという属性を付与することによって、なるべく学習効率が落ちないようにバランスを取りながらな。」

「どういうことですか…?」

「知っての通り、「コア」というプログラムは、自分で学び、自分で成長するように作られている。たとえ戦場に駆り出されても、無情な殺戮兵器にはならないように、人間らしい経験を積ませておきたかったんだ。」


 助手は口をつむぐ。だが、しばらくして、絞りだすような声で言い放つ。


「でも、だったら、この結末は、あんまりですよ…ッ!」





◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆





 コアは走り続けた。さらわれた少年を助けるために。

 途中、廊下で幾度となく灰色の男たちに見つかった。そのたびにコアは、男たちを無意識のうちに倒していった。

 そしてコアは、まるでそうなることが決められていたかのように、体育館へとたどり着いた。

 奥にあるステージの上には、縄で縛られた少年と、少年に銃を突きつけている、灰色服の男が立っていた。この男は他の戦闘員とは違い、その短い髪は、血で染められたような鈍い赤色だった。


「その子を返して。」

「それはできない相談だ。」


 返ってきた声は、あの校内放送で聞いた声と同じものだった。

 返事の内容に、コアは無意識に構えをとる。自制するつもりはないらしい。


「……と、言いたいところだが、そうでもない。」

「え?」


 男の予想外の言葉に、少し動揺する。


「一つ交渉をしないか?」

「………なにを…?」

「俺たちは、この行為をやめてもいい。」


 高らかと銃を持っていない方の手を上げ、わざとらしく言い放つ。


「だからお前も、やめろ。」

「何を言っているの…?」


 コアは、男の言っていることがまだ理解できていない。


「お前には俺たちを止める力がある。それは認める。」

「だったら、止めるまで。あなた達がしたことは、許さない。」


 改めて構えるコア。しかし、男の演説はさらに調子が上がっていく。


「一ついいことを教えてやろう。………もし、俺たちを止めたいのならば、それは俺を殺すしかないってことだ。」

「……それ以外にも方法はある!」

「まあ最後まできけ。それしかないということはそのうちわかる。それより、な。もしお前が俺たちを止めるために俺を殺したとしよう。そうするとどうなるか、わかるか?」

「は…?」

「この世界が消えちまうんだよ!」





◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆





「もしコアが敵のリーダーを倒したら、コアが過ごしてきたこの世界が消去されてしまうなんて!」

「当たり前だろう。それでシミュレーションは終了なのだからな。」

「コアが必死で勉強して、涙を流しながら青春して……それらはすべて、それらが消え去ることに繋がっているなんて、そんな理不尽なことは許せない。そんなの、もったいなさすぎる! 何のためにコアはここで過ごしてきたんだ!!」

「必要なくなるんだ。記憶メディアの空き容量を考えると、残すほうがもったいないだろう。」

「……そんなことは、させない。」


 助手は、教授からかばうように、記憶メディアの入った箱の前に立つ。


「育て続けるんだ。この箱があれば十分なんだから。ここで、ずっと幸せに過ごしてほしい!」

「お前は何もわかっていないな。」

「は?」

「そんなものが「幸せ」なわけないだろう。それがわからないからお前は助手止まりなんだ。」

「どういうことですか!?」

「私だって、兵器利用には反対だ。だが、そうせざるを得ない。立場上な。」

「だったら…」

「だからこそ、コアにはあることに気がついてほしいんだ。それも自分自身で。さっきも言ったように、ただの殺戮兵器にならないためにな。」


 言葉を失う助手。追い打ちを掛けるように教授が続ける。


「お前がプログラムを書き換えることは予想していた。それも、私が珈琲を淹れて戻ってくるまでの間にできることは限られてくる……すべて計算済みだ。」

「え……?」

「テロリストリーダーの記憶を弄ったな。正確には、ある情報を加えた。真実の情報を。」

「なっ……。」

「まあ見てろ、これからどうなるか。私はコアを信じている。だから、みつけられるはずだ。」





◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆





「――――これが真実だ。お前は兵器用のプログラムで、ここは誰かに作られた狭い電脳世界なんだよ!」


 告げられた話に、しばらく言葉を失ってしまうコア。

 しかし、気を取り直して、言い返す。


「ありえない。今目の前に広がるここは、現実じゃないっていうの!?」

「そうだ!」

「絶対信じないんだから!!」

「そんなこと言ったところで、実は心当たりがあるんじゃないのか? 君が考えている「現実」ってやつでは説明できないようなこと、山ほど起きているんだろう?」


 投げかけられた質問に、コアは答えることができなかった。少なくとも、コアの考える「現実」では、放課後が昼休みに一瞬で変わるなんてことはない。そのことを思い出していた。


「ほらな。それに、これを見てみろ。……こい、お前ら。」


 男が指を鳴らすと、体育館のあらゆるところに、光で作られた人の輪郭が現れ、次の瞬間には、それが実体化した。

 その中には、コアが倒したはずの戦闘員も含まれていた。


「そんな、確かに倒したはず……?」

「所詮プログラムだからな。俺の意思一つで、簡単に復活できるのだ。さあ、これでも俺が言ったこと、信じられないか?」


 狼狽するコアの足元に、一本のナイフが突き刺さる。

 それは、そこに出現した、屋上で最後に倒したはずの相手から投げられたものだった。


「そのナイフで俺を刺してみろよ。このシミュレーションはトレーニングなんだからさ。現実の戦場で敵を殺すという気概を養うため、のな。」


 男は、少年の監視を他の戦闘員に任せて、ステージから飛び降り、コアの方へと歩いてくる。

 そして、威圧するように声を張り上げる。


「さあ、できるもんならやってみろよ! この生ぬるい世界は、それをきっかけに消え去ってしまうがな!!」

「そんな………そんなっ!」


 脇目もふらず、コアは体育館から飛び出していった。

 数人の戦闘員が、その後を追いかけようとする。

 しかし、リーダーの男がそれを止める。


「追うな。そのうち自分から戻ってくるさ。」

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