黎明
うちは、嫌われとった。
母さんが再婚したそのときから、再婚相手の連れ子から、それはもう嫌われとった。
新しい父さんの連れ子は、二人の姉妹。二人とも年下。
母さんが選んだ再婚やし、ずっと独りっ子やったうちは、妹が二人もできるって、喜んだこともあったけど………。
母さんは再婚が多かった。このなまら関西弁やって、二人目の夫と関西で三年過ごしたから身に付いたもんやし。つまり、付け焼き刃。生まれ持ったもんやない。
でもまあ、せやからこそ、家族がコロコロ変わる状況には慣れっこやと、思っとったのに。
…やっぱり、うちは嫌われとった。
上の子は、うちをガン無視する。最初はシャイなんかなと思っとったけど、誕生日にあげたアクセサリーがゴミ箱に捨てられているのを見たときは……もう、確信しとった。
下の子は…………もう、うちを見るやいなや喧嘩腰。やれあたしたちの父さんに近づくなとか、やれあたしの姉ちゃんに触るなとか………もう、会話すらままならんかった。
二人は、自分達の父親には、それはもう懐いとった。母さんにも懐いとったけど…………あれは、自分達の父親を悲しませないための演技にしか見えへんかった。
母さんは、それでも満足してたみたいやけど。……いや、気づいてなかったんやろうな。
せやからまだ、母さんと……向こうの親がいるときは、まだ、なんとか、まだ、持ちこたえられた。
いや、それ以上に、なんとか仲良くなろうと努力した。
でも……でも…………むり。むりやった。
しまいには下の子が、父親に言いつけた。あの姉ちゃんがいじめてくるって。そんなことない。そんなことない、のに……。
向こうの父親に怒鳴られたとき、母さんが一緒に謝ってくれた。
それは、嬉しかったんやけど……母さんは、なんも謝る必要ない。それが、心苦しかった。
それでも、母さんは、謝るしかできんかったんやと思う。うちと……向こうの父親を、愛していたからやろうなぁ…。
………親の前ではいい顔するから、母さんにはホントのこと相談できへんし……。
いや、一度したけど、あんないい子達がそんな事するはずないでしょうって、言い返された。つまり、無駄やった。
だから、うちが独りで、頑張らんとダメなんや。
…………うちはただ、仲良くなりたいだけやのに。どうしてこんな苦労せんとあかんのやろ。
そんなことを思うようになってしばらくすると、その日が急に訪れた。
「………………。」
「………あ、あのさ。」
「…………………………………。」
「だ、大丈夫やって! そのうち戻ってくるって!」
零時を越えようとする、ある日の深夜。家のリビングで、そんな会話……らしきものが交わされていた。
母さんと、向こうの父親が、二人でドライブデートに行ったきり、帰ってこない。
「な、せやから、そんな怖い顔せんといてや、な? な?」
うちは、母さんがふらっと出掛けると、ぶらぶらしてなかなか戻ってこないって知ってるから、別に心配してなかった。今日も、そんな感じで向こうの父親を巻き込んで、のびのびしてるんやと思ってる。
せやけど………向こうの父親は真面目で、帰ってくると言った時に帰ってこなかったことはないらしい。
そして、なんか、今日は、上の子が、すこぶる不機嫌やった。
「……………………。」
「あ…………あっと………な! だから、母さんが、連れ回しちゃってんやって!」
あと、ひとつ、今日になって初めて気がついたんやけど、上の子、かなり心配性や。
不機嫌なのを差し引いても、不安でイライラしているのがよくわかった。
「…………………………。」
「う、うちの母さん、久々のデートやから、放したくないんやろうな! なあ、そう思わん?」
ソファーに座っている下の子に話を振ってみたが、なんか、柄にもなく呆然としている。
なんか、何かが抜けてしまった感じ。なにも答えてくれそうにない。
しばらく、沈黙が続いた。
「…………あんたのせいだよ。」
「へ?」
ふと、声がした。
「あんたが来てから、色々とおかしくなってたんだよ……。」
その声は、ばっさり髪を切ってセミロングになった、上の子から発せられる。
「いや、そんなことないって。そのうち戻ってくるさ、ね?」
上の子が声を出し、下の子が沈黙を貫く。いつもと違う時が流れた。
「なによ……いつもいつもそんな変に明るくって………耳障りなのよ!」
「ま、まって、そんな、うるさかったなら、ごめん!」
「もういい! もういいのよ! もう、さっさとわたしの前から消えてよ! そういう態度が気にくわないのよ!」
そんな口論が、しばらく続いた。
「せやから、うちはみんなと仲良くしたいだけなんやって!」
そう言ったとき、上の子は、一瞬動きを止めた。
そのとき、上の子が何を考えていたのかは、わからんかった。
せやけど、
「……あんたなんか大っ嫌い! 絶対に仲良くなるもんか!! 死んでしまえ!!!」
叫ばれた言葉の意味は、ゆっくり、心に響いてきた。
動けなくなったうちを置いて、上の子は自分の部屋に消えていった。
「ぁ………お姉ちゃん………まって……。」
ソファーと同化していた下の子も、後を追って消えていった。
静寂。
「ふふっ…………あははははははっ!」
なんか、笑えてきた。
うちは、いままで、何を頑張ってきたんやろ。
仲良くなろうって、頑張った結果が、これ?
あんまりや。
なんか、もうどうでもよくなった。
独りは、疲れた。
もう、何でもいいや。だれか、何とかしてくれんかな。助けてや。
うちはもう………やめるわ。
『願いごとはありますか?』
………なんや。
『億万長者や万完全席、なんでも叶えることができますよ。』
うちは、くらくらしてきた頭で、なんとなく、意味を解釈し………相手の確認もせんまま、答えようとした。
誰かに、助けてもらいたい。つまり、
「母さんたちを………。」
呼んできて。
そう言いかけて、うちはちょっとだけ我にかえった。
母さんは、そのうち戻ってくる。うちは、そう信じてる。
せやから、気づいたら、こんなことを言っていた。
「あの二人と………妹たちと、めっちゃ仲良くなりたい………。」
独りっ子として、心の底でずっと望んでいたこと。その願いを、吐き出した。
『わかった。じゃあその願いを叶えるね。あ、で、このことは言うって決まりだから言うんだけど………』
そこから先は、聞こえんかった。………いや、聞こうとせんかった。
ただ、うちは、そのまま眠りに落ちるように、意識を消した。
黎明期。そんな言葉が似合うなって、そう思った。
瞼を開けると、白い天井が見えた。身体の感覚が知覚できるようになっていき、わたしは、ベッドの上に寝ていることがわかった。
首を傾けて部屋を見る。この場所は………見覚えがない。
どうしてこうなったのだっけ? ちょっと、思い出そうとした。
だけど、しばらくして、大きな違和感に気づく。
…………何も、覚えていない。
眠る前はどうだったとかではない。今日がいつなのか、ここはどこなのか………わたしは、誰なのか。
「あ! 目が覚めたのね!」
「お姉ちゃああああん!!!」
部屋の扉が開けられ、二人の女の子が入ってきた。
「あんな所で寝ていたら、体に悪いよ、お姉ちゃん。」
「お姉ちゃん、大丈夫? 風邪ひいてない? すっごくうなされてたよ?」
え、え? わ、わたし? わたしが………お姉ちゃん……?
「………お姉ちゃん? どうしたの?」
「雰囲気変だよ? ほら! いつも通り明るく元気出していこうよ!」
「……………あの、どちら様………ですか?」
その後、驚いた二人から、色々と話をされた。わたしが机に突っ伏して気絶していたから部屋に運んだこととか、昨日は結局お父さんもお母さんも帰ってこなかったこととか……でも、なにも実感がわかなかった。
何も、わからない。何も、知らない。
それからの日々は、苦痛だった。
わたしを姉だと慕ってくれる見知らぬ二人は、なにも知らないわたしに、それでも優しくしてくれた。
その恩を返してあげたい。でも返してあげられない。返し方がわからない。
そんなやりきれない辛さが、ずっと続いた。朝起きてから、夜眠るまで。
なにも知らないってことは、まるで、独りだけ別の次元に存在している感じ。その感覚には、なぜか懐かしさすら感じられたけど。
そんなことを思う中、ひとつだけ、はっきりと分かることがあった。
わたしは、愛されていた。
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