旋風

 八月一五日。

 下の姉が記憶喪失になった。

 そんな、鋭い風が吹いた日。

 あたしは、変わった。

「大好きな下の姉の記憶を取り戻す。」

 それが全てになった。

 あたしの行動力は自分で言うのもなんだが、すごい。誰に似たんだか。

 論文、ネット、雑誌、古文書…………色々と調べた。


 で、色々試した。

 で、全部ダメだった。

 で、同じことを繰り返しそうになった。


……実は、上の姉が、かなり前から記憶喪失だった。その時は、自然に記憶が戻るのを待っていた。

 けど、あたしを覚えていない姉と話をしていると、大好きな姉だったのに、嫌いになりそうで、でも大好きだから嫌いになるのが嫌で………。


 だから、あたしは上の姉を、大好きなうちに、大好きなままにした。


 でもその後、なんか……なんか…………。


 その感情がなんなのかわからないまま、下の姉も記憶喪失になって、今度は色々やってみても駄目で…………でも、あの感情をまた味わうのは怖くて。


 カッターナイフを握りしめて悩んでいると、家のドアがノックされた。

 トントンと鈍く鳴ったその音に、あたしは何故か引き寄せられた。

 扉を開けると、全身白のスーツ男が立っていた。

 カッターナイフを握りしめたままのあたしに対し、特別驚いた様子もなく、こう言った。


「悪魔って、信じますか?」


 最初、宗教勧誘だと思った。

 実際、宗教勧誘だった。

 その宗教組織は、悪魔と話をして、契約するのが目的らしい。

 話はあまりちゃんと聞いていなかったけど、

「悪魔は、人の記憶を餌にしている。」

 と聞いたとき、あたしは、あたしは………っ!


 その組織で、あたしは、旋風を巻き起こした。

 悪魔との接触は、組織の上層部しかできないと聞いた。だから、上に昇ることを目的とした。

 手段は選ばなかった。すべては姉の記憶について悪魔に尋ねるため。そして、取り戻すため。

 勧誘してきた男の地位を一瞬で越えた。

 ま、消したんだけど。

 そして、数ヵ月で、悪魔と接触する方法を身に付けるに至った。

 それは、魔法だった。

 魔法が現代社会において、いかに不可思議なものであったのかは、ちっとも考えなかった。

 そもそも、世俗などとうに捨ててた☆

 組織の知識は、魔法までは本物だった。でも、悪魔召喚までは成功していなかった。

 だーけーどー、あたしは今まで読んだ資料の断片を集めて集めて、ひとつの体系をつくった。全部ちょっとずつ正しかった。

 あたしはそれを、正しいと信じて疑わなかった。完ぺきなのだ!

 でも準備はだるかったなー。犠牲が必要だったし。

 ま、それはおいといて。


 いよいよ、悪魔に会う準備がでけた!


 八月十五日の黄昏時、ある平原のど真ん中。

 真っ白のワンピースに身を包んだあたしは、儀式を始めら。

 くるくると呪文を叫び、贄を掲げ、悪魔を喚んだ。

 そんなこんなで数十分。いきなり後ろから声がした。


『あのー………いきなりなんですか? こんなところに喚び出して。』


 あたしより背がちっさい。ほぼ幼女。そんな子が立っていた。

 あたしは直感した。この子が悪魔。真っ黒な服着て、なにより禍々しい双翼が背中に鈍く霞んで見えた。

 真っ白と真っ黒が、黄昏の平原で対峙した。


「初めまして。」

『はあ………あれ? でもあなたは確か』

「砕け散れぇぇぇぇえええええええ!!!!」


 精一杯の、出せるすべての力を使い、あたしは悪魔に、得意の風を当てた。

 その風は小さな竜巻となり、悪魔を表面から切り刻んだ。


「かまいたちー! あはははははは!!」


 悪魔は、いくつかの輝きとともに霧散した。残されたのは、バラバラに散らばった光る欠片。


「これが、お姉ちゃんのキオク………。」


 あたしの目的は最初からこれ。悪魔から姉のキオクを奪い返すこと。

 悪魔の消化はすごく遅く、たべられたばかりのキオクは、悪魔をバラバラにすれば取り戻せるんだっ。……………って本に書いてあった。

 下の姉の記憶がたべられてから、いままで悪魔は他の人の記憶をたべてはいない。これは組織が集めた情報のひとつ。

 つーまーり、今残っているこの記憶が、まだ消化しきれていない下の姉の記憶のはずなんだ!

 そして、そっとカケラを集め始めた。途中で一つ、他と少し異なる輝きを持つ小さなカケラを手にとったとき、崩れ落ちた。


「………………あ。」


 何か………失った。まぁ、いっか。だいぶぼろぼろだったし、輝きも違ったし、きっと他の人のキオクだったんだ。うん、どうでもいいや!

 さて、あとは集めたこれを姉に返してあげるだけ! わくわく!


 姉は、姉の自宅のベッドで寝ていた。さて、始めよう。

 まず、姉の記憶を失ってから今までの記憶を全部魔法で消去ー!

 あたしに監禁されていたなんて、知らなくていいもんね。

 さてさて、いよいよだ♪


「記憶の戻し方は、知ってるんだからーっ。」


 上半身の服を脱がした姉の胸に、カケラを当てる。

 溶けるように、染み込むように、カケラが胎内に入っていった。

 ひとつ、またひとつ…………。


…………これで、ぜんぶ、入った。


 催眠魔法を解く。これで、すべて元通り………のはず。

 ゆっくりと目を開けて、ゆっくりと起き上がった姉を、息がかかる距離で眺めてた。

 キスしたくなる衝動をおさえつつ、姉の言葉をまった。

 目が合った。


「あんた、誰?」


……………え?


「……あ、あー、わかった! ごめんっ、服が真っ白で一瞬わからんかった! ホントごめん、妹がわかんないなんて姉失格やんね。」


……………………よ、よかった………戻ってる。


「あれ? なんでうち上が裸なん?」


……………………あれ? やっぱりおかしい……………『うち』………?


「ま、ええけど。そんなことよりなんかすっごく頭いたいんやけど。あとここどこ?」


 ベッドから降りた姉は、窓の方へと向かった。そしてその隣にあったドレッサーの鏡をみた。

 あたしはもう、わかってしまった。


「え………あ………………■●▼▲◆★■●◆■▲!!!????」


 黒く鈍い叫びのあと、錯乱した姉はベランダから…………飛び降りた。マンションの十階から。


 その一瞬の出来事に、あたしは立ち尽くすしかできなかった。

 この部屋の家主である姉が、ここがどこだかわからないわけがない。


 でも、あれは確かに姉だった。

 姉だけど、姉じゃなかった。


「……………まち……がえ…た……?」


『食べたばかりのキオクはね、最初は悪魔の身体の表面を巡っていくんだ。君たち人間と悪魔が同じ構造なわけ無いじゃん。あ、そうそう、ちなみに、悪魔はあんなそよ風じゃ消えないからね? まあそれは置いといて。つまりね、君がこの悪魔の身体と一緒にぼろぼろにしたのは……』


 ふと、そんな声が聞こえた気がした。



「あたしが、こあした………のわ……………」



 ぷつん



「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああはがががあがあががががあが◆◇▽△▼§%▼&★☆¥▽£∞■◇◎○〆@?*\`=:+[`&`@ΝΚ▼▼☆▲◆○γ◇ΕヮΕ†ゐ○▽◇●∇ρμθ≪⌒⇔♪■δθ▽◇●◎ゎ¶⊂β〒■!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」











「……ザッ………ザザッ…………り、臨時ニュ……スです。本日夕方………に突如発生した竜巻は、……勢力を強めながら北上……います。……、この旋風による被害者の数…………判明していません。繰り返し…す。本日夕方ごろに………ガッ……プチッ…」

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