scene 9

 学校へ向けて走る。先ほどの爆撃がなくなったせいか、やけに静かに感じる。

 そして、ふたりが学校につく頃には、近隣住人の避難が終わり、警報等も鳴り止んだため、街は静寂に包まれていた。


 ぽつり、小雨が降ってきた。


「天気予報は晴れだったのに…。」

「突然の雨って、最近多いじゃない。ゲリラ豪雨ってやつかもね。本降りになる前にかたをつけましょう。」

「そうだな。」


 意気揚々と、校門をくぐり抜けた瞬間、校内放送が響き渡る。


『おかえり、ふたりとも。』


 気だるげながらも芯のあるその声は、まさしく鐘ヶ江のものだった。


『ごほん。えー、学校は緊急閉鎖だ。生徒はすみやかに家へ帰りなさい。』

「とぼけたこと言わないで。あなたに用があるのよ。」

『………まあ、すでにあらかたは気がついているのだろうな。』


 どうやら、こちらの声は聞こえているらしい。


「先生、一応聞いておきたいんですけど。」

『なんだ、辻君。優等生のお前が質問とは珍しい。言ってみろ。』

「本当に、全て先生がやったのですか?」

『お前の言う全てがどれほどかは知らないが、まあほとんど私が絡んでいると考えて間違いではない。しかし、先ほど街を襲った爆撃は私ではないぞ。』

「どういうことよ。」


 夢華が尋ねる。


『あれは、北の国から放たれたものだ。私は、開発のための資材と労働力の確保のため、北の国に兵器開発の技術と資金を提供していた。そいつらが思い上がって今度は核爆弾をよこせとか言い出すものだから、無視するようになった。私とて、核戦争なんて望んじゃいない。自分たちが住むこの惑星を自分たちで破壊してしまうほど馬鹿なことはないからな。だが、それに怒ったのだろう。私のいるこの学校を爆撃してきた。これが発展してこの国と戦争にでもなったら勝てるわけがないのに。それに、私が死んだらあいつらの国には旧型の骨董品兵器しか残らないというのに。まったく、何を考えているのだろうか。』

「開発…?」

「じゃあ、どうして今は爆撃が止まっているのよ。」


 一紗は、小さな疑問を抱えたままだが、夢華が話を進める。


『お前たち、私が持っている技術を理解しきれていないな?』

「『ゆめゆめ』のこと? それなら知っているわ。」

『違うな。確かに持っているのはあのふざけた名前の人工衛星だ。しかし、理解ができていない。』

「はい?」

『北の国は、近隣諸国と常に緊迫関係にある。つまり、二十四時間三百六十五日いつどこから戦争を吹っかけられるか分からない。そうなるとどうしなければならないか、わかるか?』

「昼夜交代しながら、警戒に当たらなければいけない。」

『辻君、ご名答。やはり優等生なだけはある。』


 その言葉に、かつての先生らしい、生徒を認めようとする意志は、感じられなかった。


『常に誰かが起きていなければならない。それは逆に見れば、あの国の軍事関係者は常に誰かが寝ているということだ。御存知の通り、あの衛星の技術は、寝ている対象に強烈な催眠効果を与えることが可能だ。そこで、こう暗示する。「今すぐ起きて、自分の周りの奴らを片っ端から殺りまくれ。」ってな。』


 背筋が震える。そんなことが、もし、本当に出来るのだとしたら…


『愉快だろう? あの暴力しか選択肢がない低俗な国が、その暴力によっていま大混乱に陥っている。私が直接手を下すまでもなく、自分たちで勝手にな。私に攻撃する余裕なんてありはしないだろう。はは、ははははッ!』


 高笑う鐘ヶ江。夢華は苦虫を噛み潰した表情のまま、動かない。

 鐘ヶ江が続ける。


『私が持つ技術の恐ろしさが、少しでも理解できたかな?』

「ええ。よく理解できたわ。あなたがクズだってこともね。」

『私の意図する授業内容より多くの内容を学んでいるな。実はお前も優等生だったか。』


 皮肉のやり取りの後、お互いが黙り合う。

 その沈黙を破ったのは、一紗だ。


「先生、もう一つ質問がある。さっき、ほとんどのことは先生が絡んでいるって言ったよな。じゃあ奏を殺させたのも先生の指示か? それに、そのあと周りがすぐ事件のことを忘れたのも、先生が乗っとった衛星でやったことなのか?」

『さあ、どうだろうか。さて、授業は終わりだ。私も忙しい。お前らに構ってやる暇なんてない。もう、何もかも手遅れだ。さっさと帰って私に服従しろ。痛い目に遭わないうちにな。』


 その言葉を最後に、校内放送は打ち切られた。


「なんなのよあれ…。」

「おかしい……なんで帰ってから服従するんだ? 普通は服従して帰る……じゃないのか?」

「何ぼけっとしてるのよ、一紗!」

「は、はい!?」


 いきなり下の名前で呼ばれ、驚く。


「そんな細かいこと、会って直接聞けばいいじゃない! それに一紗は、奏ちゃんのこと問いただすんでしょ?」

「そう、だな。行こう……って、どこに?」

「そりゃあ、あいつがいる場所よ。」

「……って、どこ?」


 立ちすくむふたり。


「……何か、心当たりは?」

「鐘ヶ江の調査に付き合わされた場所は、視聴覚準備室だったけど…。」

「じゃあ、まずそこに行ってみましょう。」



     ◆◇◆◇◆◇◆



「いえ、探したのですが……見つかりません。」


 禿げた頭に直接雨を浴びながら、校長は携帯電話を片手に話をしていた。


「ええ、おそらくどこかに隠れているのかと。……分かりました。一度戻ります、はい。」


 電話が切られたらしく、校長もまた携帯電話をしまう。


「ちくしょう、人使いが荒えな…。」


 濡れる頭を拭きながら、校長はまた歩き始める。



     ◆◇◆◇◆◇◆



「……と言って来てはみたものの。」

「拍子抜けね。」

「ああ。」


 一切の人の気配がない視聴覚準備室を見て、ふたりは落胆する。


「じゃあ、どこなのよ…。」


 準備室前の廊下から、他の校舎を眺める夢華。


「思ったんだけど、やけに静かだよな……。」


 確かに、ここに辿り着くまでの校舎は、奇妙とも言える静寂に包まれていた。

 目指すべき鐘ヶ江はこの学校のどこかにいるはずなのだが、その気配すら感じられない。


「校舎の中にいるわけじゃないのか…?」


 夢華に習って、一紗も廊下から校内を見下ろす。


「ん?」


 すると、視界の隅に留まったのは、あの学食。


「ああ、そういえば。」


 鐘ヶ江の調査に初めて付き合ったあの日も、ここから学食を眺めていた。


「あの時はおばちゃんがいろいろ片付けをしていたよなぁ。ちょうどあそこにいる人みたいに………っ!?」


 とっさに夢華の頭を抱えてしゃがみ込む。


「な、なによ急に!」

「静かに!」


 ゆっくりと、顔を出す。

 学食の前には、確かに人影があった。しきりに周囲の様子を伺っているあの禿げ頭は、見覚えのあるものだった。


「あれ、校長?」

「おそらく。でも、なんでこんなところに…?」


 校長は、周りを一通り確認した後、学食の裏へ周る。

 それからしばらくのあいだ観察していたが、再び現れる気配はない。


「行ってみましょう。」


 夢華にうながされ、学食のある一階まで降りて、裏に回る。


「これは……学食の勝手口かしら?」

「いや、それはおかしいよ。だって学食のおばちゃんは、いつも正面から出入りして片付けをしていたんだから、学食の中に繋がっているとは思わない………あっ!」

「何よ?」

「奏が、最後に、何かを言おうとしていたんだ……確か、えっと、なんだっけ……。」

「まあいいわ。とりあえず入りましょう。」

「って、ちょっと!」


 躊躇なく、夢華がドアノブに手をかける。

 しかし、開かない。


「これ、カードキーね。」

「だったら、中から誰かが出てくるのを待つしか…。」


 一紗が言い終わるよりも前、夢華はスカートの中から一切の迷いもなく、あの拳銃型レールガンを一丁取り出した。

 そして、次の瞬間には、カードキーのカバーのすぐ脇に、小さなくぼみとそこに埋まったパチンコ球が存在していた。


「……え?」


 しばらくして、壊れかけた電子音が鳴り、鍵が開く音がする。


「開いたわ。行きましょう。」

「え、え? ちょっと待って、今のって、撃ったの?」

「これはレールガンよ? 火薬弾と違って発射の際に大きな音は出ないの。いいでしょ?」

「え、じゃあ、なんで鍵が…?」

「レールガンで発射された弾には磁力が発生するの。その磁力でカードキーのシステムがバグってくれないかなーって思ってやってみた。けっこう賭けだったけど、うまくいったみたいよ。」

「そう、なんだ…。」

「開けるわよ。」


 即座に夢華が扉を開ける。

 そこには、地下へ繋がる階段が続いていた。人の気配はない。


「思い出した……確か奏は、学校の地下に何かあるって。」

「じゃあ決まりね。ここからが敵の本拠地ってこと。気を引き締めていくわよ。」


 地下へ続く階段を、慎重に、だが大胆に駆け下りる。

 そしてその先の、広大な地下空間を目にする。


「なんだ…ここ…?」

「あいつの研究施設……といったところかしら。」

「こんな場所を…学校の地下なんかに?」

「だからこそ、でしょうね。灯台下暗しというものよ。」


 照明が薄暗いため、奥のほうは暗くて見えないが、学校の敷地ほどはあるだろう。


「下に降りてみましょう。」


 自分たちが今立っている場所は、この地下空間の天井と床の間にあるような渡り廊下で、主な研究設備はこの下にあるみたいだった。

 降りる階段を見つけ、一番下まで降りる。

 あちらこちらに電子音や機械音を鳴らしている設備がところせましと配置されている。

 その物陰から誰か襲ってきはしないかと、警戒しながら奥へ進む。

 しばらくして、少し開けた空間に出る。


「ここは…?」

「動物実験、といったところかしら。」


 薄い緑色をした液体が満たされた円柱状の水槽が、何本も立ち並んでいる。

 その一つ一つが、軽く二メートルを超える大きなもので、それぞれに猿やゴリラなどの猿人類が、様々なコードを身体中に接続されながら浮かんでいた。


「これって…っ!」


 そして、夢華が見つめる先にあるいくつかの水槽には、人間の身体が浮かんでいるものがあった。

 コードをいたるところに接続された身体は、老若男女を問わず様々だ。

 その内の一つ、自分と同じぐらいの年の少女が浮かんでいる水槽に触れながら、一紗が呟く。


「人体、実験…?」

「そうだ。」

「っ!?」


 声がした方を振り返ると、いつのまにかそこには校長が立っていた。その後ろに、多くの男達を従えながら。


「校長!」

「これらは大いなる使命のために必要なことなのだ。だが、公に発表されるわけにもいかないのでな。黙ってもらおうか。」

「あんた、こんなことをして…。」

「無駄よ。こいつらには自分たちの意志が感じられない。話し合うだけ無駄。」

「そっちの子はよくわかっているじゃないか。」

「一旦逃げるわよ。」


 夢華が一紗の手を引いて、校長とは逆方向に走りだそうとする。


「どこに行くのかな?」


 しかし、その先にも多くの男達が現れ、道を塞ぐ。


「挟まれた!?」

「落ち着いて。焦る時こそ冷静でいないと。」


 立ち並ぶ水槽が一本道を作り出し、その両端を男達に塞がれた状態。

 そんな中、夢華は冷静に、そっとスカートの中から二丁の拳銃型レールガンを取り出す。


「この状況でまだ抵抗するか。小賢しい。」

「生憎としぶといのでね。」


 校長と夢華の言い合い。その間にも男達はじわじわと歩み寄ってくる。

 すると、小声で夢華が話しかけてきた。


「一紗、私が合図したら、周りの水槽たちを撃ちまくって。私はこっち側。一紗は向こう側をお願い。」

「え?」

「時間がないの。勝負は一瞬。私の指示をよく聞いて。」

「……わかった。」

「じゃあ行くよ。三、二、一……はいっ!」


 夢華の合図とともに、水槽を片っ端から撃ち抜く。

 ライフル型のレールガンは、まるでエアガンを撃っているような感覚だったが、飛び出た弾は確実に水槽のガラスを破壊していった。

 その様子に驚いた男達が、こちらへ走ってくる。しかし流れでる液体に阻まれてうまく進めない。

 一通り撃ち終わる。液体は足元まで流れ込んできた。

 夢華の方を向くと、向こう側も破壊し尽くしたみたいだ。


「後ろ向いて!」


 鋭い指示に思わず反応し、夢華に背を向ける。

 夢華は、一紗の背負っているリュックサックを開け、中をまさぐり始めた。


「何をしているんだ!?」

「いいから黙って!」


 差し迫ってくる男達に焦り、つい大声を出してしまう。

 急に、背中が軽くなる。


「飛んで!!」


 言葉通り、その場でジャンプする。

 男達の手が、目の前にまで迫る。


 しかし、それが一紗たちに届くことはなかった。


 男達の身体が一瞬震えて、動きを止める。

 そのまま、次々とその場に倒れていった。


 濡れた床に着地して、その光景をただただ眺める一紗。


「……どうやったの?」

「これよ。」


 夢華が指差す足元には、リュックサックにちょうど入りそうな大きさの黒い箱が転がっていた。金属の端子部分がむき出しになっている。


「これは?」

「『びりびり』のバッテリー。あいつらの地面を濡らして、このバッテリーの漏電でばーん。リュックの中の端子を抜くのに手間取ってしまったわ。」


 かなり簡潔に説明されたが、理解はできた。

 水槽の中の液体をまき散らして、その液体にレールガンのバッテリーを漬けて漏電させ、男達を一度に感電させる。

 直前のジャンプは、自分たちが感電しないようにするためだろう。


 周囲を見渡す。動かない男が多いが、かすかに呻いている奴もいる。おそらく、悪くても気絶程度で済んでいるのだろう。

 しかし、一紗は思う。


「このバッテリー、どんだけ強力なんだよ。」

「1.21ジゴワットといったところかしら。」

「……わかんね。聞いたことない単位だ。」

「適当に言ったもの。」

「おいおい…。」

「とにかく、さっさとあいつを探すわよ。一体どこで高みの見物をしているのかしら…。」


 倒れこんだ男達を避けながら、その場を離脱する。

 どうやら男達はこの挟み撃ちに全戦力を注ぎ込んだらしい。だから襲撃の前と後がやけに静かだと感じるのだろう。


「あんな挟み撃ち、どうやって指示を出したのかしらね。」

「どうだろ……やっぱ、指示係がいるよね。状況をきちんと把握できる人が。たとえば、あそこから眺めるとか?」


 そう言って一紗が指差す先には、映像が写されていない巨大モニターがぐるりと配置されている塔。

 その先端には、ドーム状の黒く見えるガラスが設置され、まさしくこの施設の管制塔といった雰囲気だ。

 この地下空間に侵入した当初は、薄暗くて見つけられなかった。だが近くまで辿り着くことで、その存在を認知できた。


「いかにも怪しい塔ね……文字通り高みの見物ってところかしら。」

「行ってみる?」

「もちろん。」






「……と言って来てはみたものの。」

「拍子抜けね。」

「ああ。」


 塔のふもとまで辿り着くと、中に入るための扉を発見した。

 しかし、その扉には特別な鍵がかけられている様子もなく、侵入を阻害する仕掛けは無い。

 塔の中は、長い螺旋階段が最上階まで続いており、階段の一番上は、そのままガラスのドームの内側へと直結していた。

 ドームを構成するガラスは、サングラスのように黒く、外の様子は伺えない。


 ここまでの道のり、特に障害なし。

 そして最上部には、特に気配なし。


「あいつへの最後の道って感じだったから、もっといろいろあるものだと思っていたけれど……。」

「ゆるゆるなセキュリティーだったね。そもそも鐘ヶ江がいないし。」

「まったくよ。」


 ドーム内に人がいないと判断し、構えを緩めるふたり。

 しかし、その油断が、命取りだった。


 二発の銃声とガラスの破壊音が響き渡ったのは、その直後の事。


 夢華は背中に、一紗は手元に衝撃が走る。

 吹き飛ぶリュックサックに対応できず、そのまま転んでしまう夢華。

 ライフル型レールガンを手放しはしなかったものの、その弾倉が撃ちぬかれ、パチンコ球が床に散らばる様子を呆然と眺める一紗。

 そして、声がする。


「ようこそ。我が実験施設の管制塔最上部へ。」


 反射的に声の方向を見る。

 ドームのガラスが割れた場所から入ってきたのは、鐘ヶ江。いつもの白衣に、色付きのゴーグルを装着している。

 そしてその手には、まだ銃口から煙が立ち上る拳銃が。


 ドームの中にいないと油断していたが、そのガラスの外側に潜伏していたらしい。

 そしてそこから、その拳銃で夢華のリュックサックと一紗の弾倉をガラスごと撃ちぬいたのだ。


「ああ、このガラスには特殊なフィルターが掛けられていてね、特別なゴーグルを付けるかフィルターを解除しない限り向こう側の様子は見ることはできないのだ。」


 優雅さすら感じられる手つきで、装着していたゴーグルを投げ捨てる。


「改めてようこそ。ここまで来たことは褒めてや…」

「だまりなさい。」


 夢華が拳銃型レールガンの銃口を鐘ヶ江に向ける。


「バッテリーが破壊された今、はたして撃てるのか?」

「……くっ。」


 夢華は顔を歪める。しかしその手を下げようとしない。


「まったく。大した反抗心だ。そんな身体になってまで、私を追い詰めたいのか。」

「何を言っているのかしら。」

「簡単に想像はつく。どうせ数値化した意識を他の誰かに突っ込んだというところだろう。あの初号機を使ってな。やはりあのときにとどめを刺すべきだったか。」

「あらら、ご明察。よくそんなこと思いついたわね。」

「昔から不老不死の方法として考えられていたことだ。やってのけたのは貴様が初めてだろうがな。」

「好奇心旺盛なもので。」

「まったくだ……。無茶をするというのは、君もだよ、辻一紗。」


 いきなり話題に上がり、身構える。


「まったく、変なところは兄妹そっくりだな。」

「どういうことだ…?」

「奏……だったか。彼女はあろうことか私の後を付け、この地下研究施設の存在を知ってしまった。そしてそれを君に告げ口しようとした……口封じするには十分な理由だろう。」

「やっぱりお前の指示だったのか!」

「まあな。だがスナイパーの腕が悪くてな。弾丸は急所から外れていたんだ。生き残っては困るので、介抱するふりをしながら毒を盛らせてもらった。血が止まらなくなる、蛇の毒をな。」

「!?」


 鐘ヶ江の言葉に、頭が思考を拒絶する。

 言葉を失う夢華。しかし一紗は、ゆっくりと尋ねる。


「……もし、お前が奏に毒を盛らなかったら…。」

「おそらく生きていただろうな。」

「ふざけるな!!」


 叫ぶ一紗は、奏を殺された怒りと、目の前でとどめを刺された悔しさが混濁していた。


「お前の目的は何だ! こんなにまでして人を殺して、お前は何がしたいんだ!!」

「君には言ったはずだ。私は妻と娘をテロリストに殺された。だからそいつらが存在できないようにしてやるんだ。」


 夢華が口を挟んでくる。


「なによ、ただの復讐?」

「復讐などという安い言葉で表現するな。私は、真の世界平和をもたらすことで、同じ悲劇を二度と繰り返させない。これが最終目標だ。」

「はあ? どういうことよ。」

「じきに分かる。とにかく、結果が何よりも重要だ。過程でどのような犠牲があろうと、そんなのは些細なこと。辻、君ならこの気持ち、わかってくれると思っていたのだが?」

「分かるもんか! お前なんかと、お前なんかと一緒にするな!!」

「どうしてそう否定する。私と君、お互いに似たような立場にあるじゃないか。理不尽に大切な人を奪われる悲しみ、それ以上の活動理由などそうそうない。」

「あなた、奏ちゃんが殺されたことは理不尽だって、自分で認めるの?」

「あれは理不尽なんかではない。世界平和のための犠牲……いや、それを妨げようとしたゆえの罰か。」

「あんた……どこまでもイカれてるわ。それに、言ってることが無茶苦茶。あんたと一紗が似ているところなんてありはしないって、自分で言っているようなものじゃない。」

「いい加減黙れ。貴様は知らないだけだ。私は、辻の夢を解析して出た映像が気になってな。それで調べたら簡単に出てきたよ。なあ辻、君と私、十分似ているだろう?」

「違う。」


 はっきりと、言い放つ。


「俺とお前は絶対に違う。お前の、そんなこじらせた復讐心なんかと一緒にするな!」

「残念だ。まあ仕方がない。だが、ひとつ言わせてもらおう。いま、ここで、私に君は銃を向けている。それは君の言う復讐とやらになるのではないか?」

「違うと言っているだろう! 俺はお前を殺しに来たんじゃない! お前を止めに来たんだ!」


 鐘ヶ江が、この場で初めて驚いたような表情を見せる。


「大仰な。君たちごときに私の大いなる計画が止められるとでも?」

「じゃあ聞くけど、なぜ私達をすぐに殺さないの? 本当は私達に止めてもらいたいとか思っているんじゃないの?」

「つまらん冗談だ。人間の心理とは単純なものであり、そのように複雑には成り得ない。君たちを殺さない理由は、辻には言ったはずだが?」

「知るか。」

「物覚えが悪くなったな。……単純なことだ。ふたり共、実験体として活用するためだ。どちらの構造も興味深い。辻は言わずもがな。先ほど私が仕掛けた夢操作を打ち破ったのは予想外だ。貴様は、その身体に貴様の意識を埋め込んだという経験が珍しい。是非隅から隅まで調べさせてもらいたいね。」

「気持ち悪いわ。お断りよ。」

「まあいくらでも喚いておけ。どうせ何もできないんだ。貴様らはここで、新たなる世界征服のやり方をただただ見ているがいい。」


 鐘ヶ江が、銃口をこちらに向けたまま、設備のパソコンを起動させる。

 それに合わせて、ドームを構成するガラスの遮光フィルターが天頂から解除されていく。しばらくすると、全てのフィルターが消え、施設が一望できるようになった。

 そして、鐘ヶ江が声を上げる。


「起きろ、『Anakasico』。」


 その言葉に応えるように電子音が鳴る。

 直後、何か大きなものが動いているような音が鳴り始める。加えて、歩くのも困難なほど足元が揺れ始める。


「見てみろ。」


 鐘ヶ江が視線で示す先。そこは、この研究施設の最深部。位置的に言えば、運動場の真下辺りだろうか。

 そこに、光が差し込んできた。


「天井が……開いている?」


 差し込む光はだんだんと増えていく。外が雨雲に包まれているといえども、その光は、そこにあるものを認識するには十分な明るさをもたらした。


 それは、先端が尖った、灰色四角柱をベースに、円柱形のエンジンが四面に装備された、ロケットのような機械だった。

 ベースボディには、鈍色の光の線が数本流れており、不気味さと近未来感が演出されている。


 それを見て、真っ先に声を上げたのは、夢華だ。


「まさか、新型の人工衛星!?」

「出力強化と効果範囲を拡げることに特化した三号機だ。これなら、一度に七百キロ平方メートルの人間の夢を確実に操れる。これは、三日程度でこの国全員の夢を操り催眠状態に陥れるほどの性能だ。その名を『Anakasicoアナカシコ』。」


 開ききったのだろうか。天井の動きが止まる。

 どうやら、先ほどに比べて雨はかなり強くなっているらしい。雷の音まで聞こえてくる。


「この技術を使い、全人類に私の用意した催眠をかける。そしてあらゆる人種、地位の人間の行動を管理し、それによって世界平和を樹立する。テロリストなんか、まとめて平和主義者にしてやる。ごくごくたまに催眠が効かない奴もいるだろうが、そんなのは数の力で制圧すればいい。これが、私の望んだ正義の力だ! これが、私の「夢」だったんだ!!」


 再び大きな地響きが起き、今度はロケットの置かれている台座が上昇していく。


「『Anakasico』こそ、決して犯すことの許されない神の領域へとたどり着いた禁忌の技術! ああ、恐ろしさすら感じられる!!」


 鐘ヶ江が、感極まって声を張り上げる。

 その一瞬の隙を突いて、一紗は走りだした。


「どこへ行く?!」


 放たれた弾丸は、一紗の頭上ぎりぎりをかすめていき、向こう側のガラスを破る。

 一紗は、下へ降りる階段へ飛び込んだのだ。

 そのまま全速力で駆け下りていく。


「もうなにもかもが、手遅れだというのに。」


 鐘ヶ江は、その後を追うことはしなかった。











「おかしい。絶対におかしい。こんなの、どこか間違っている!」



 走りながら、一紗は考え続ける。



 漠然と感じる違和感を突き止めるため。



 考えながら、一紗は走り続ける。



 確実に感じる違和感を払拭するため。



 バッテリーも弾丸もない、ただのガラクタと成り果てたレールガンを握りしめながら。

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