scene 8

「いっ……つぅ……。」

「きゅぅ…。」


 鳴り続ける爆発音。その音に、朦朧となった意識が覚醒する。


「何が…?」


 割れた窓ガラスから入ってくる焦げ臭い匂いと、その向こうの黒煙。気温もかなり上がっているようで、少し汗ばむ。


「むぅ……いったい何なのよ。」

「あっ…。」


 ふたりはいま、教室の隅で身体を密着させている。

 吹き飛ばされた衝撃で、重なりあうように押し付けられたのだ。

 顔をあげた夢華と目が合う。その距離、わずか数センチ。


「なによ。」

「い、いや、その、とりあえず、離れてくれ…。」

「あら、ごめんなさい。」


 夢華が立ち上がり、ふたりが離れる。

 怒られるだろうかと身構えていたが、そんなことはなかった。


「ありがとう、受け止めてくれて。大丈夫?」

「あ、ああ。一応、大丈夫だ。」


 受け止められたのは偶然にも等しいことだったため、突然の感謝に驚く。

 壁に叩きつけられた背中の痛みが、その言葉でいくらかましになった。


「なによ、呆けた顔して。」

「いや、特になにも。」

「そう。まあいいわ。とりあえず、ここから一旦逃げましょう。」

「え?」

「当たり前でしょう? 私達はいま、攻撃されているのよ?」

「そ、そっか……そうだよな、やっぱ。」

「当たり前よ。だから、とりあえず安全な場所へ逃げるの。いい場所があるわ、ついてきて。」


 そうして一紗は、夢華に手を引かれるがまま、教室の外へ駆けていった。



     ◆◇◆◇◆◇◆



 夢華と教室を飛び出て、上履きのまま校門を出る。途中、空から数多くの爆発物が飛来してきたが、建物の影に隠れるなど、夢華は的確に被弾を回避していった。

 校門を出ると、爆撃の数はかなり減った。攻撃してくる「何か」は学校を標的としているのだろう。しかし、精度に欠けているのか、流れ弾が街の方にも多く被弾していた。その影響か、多くの建物で火災が起きている。

 けたたましく鳴り響くサイレン。救急車、消防車、警察などの聞き慣れたものだけではなく、町内放送からは今まで聞いたことのない、どこまでも不安を煽るような音が流れている。おそらく、国民保護警報の類だろう。合わせて避難指示の音声も聞こえる。

 また、本当は聞きたくないのだが、先ほどから多くの場所で悲鳴が聞こえてくる。それを発する、パニックで逃げ惑う人々と多くすれ違う。


「なあ、どこ行くんだよ。いい加減教えろ!」


 夢華は振り返りもせずに答える。


「私の家よ。いいから黙ってついてきて!」


 そのまま走り続ける。そして、先日、夢華と一緒に帰った時、ふたりが別れた交差点にさしかかる。

 一瞬、そこから見える墓地に目がとまる。

 しかし、そんなことはお構いなしに、夢華は一紗の家とは反対方向へ、その手を引いていく。


 そして、ふと開けた場所に出る。そこは、


「平和記念公園…?」


 先の世界大戦時、兵器製造工場があったとされる場所に、戦争を反省して平和を祈る場所を作ろう、という少し皮肉めいた公園だ。

 といっても、当時の工場を思わせるようなものはなにもなく、ただ広いだけの土地の真ん中に、小さな記念石碑が立っているだけの、寂しい場所である。

 普段ならばボール遊びをする子どもの一人や二人がいるだろうが、爆弾が飛んでくるこの非常事態、怪我人がいないだけでも救いである。


「こっちよ。」


 案内されたのは、公園の端っこの地面に設置された、金属製の蓋。

 それを重そうに開けながら、中に入る。


 地面の中は、少しひんやりとしていて、薄暗い。

 夢華が、慣れた手つきで、壁に設置されたろうそくに火をつける。


 少しずつ、中の様子が分かるようになる。

 壁、天井、床、これらの全ては土がむき出しで、空間の真ん中に薄いござが敷いてあるだけ。

 とても生活できるような場所には感じられなかったが、申し訳程度にある家具やガスボンベコンロが、生活感を醸し出している。

 まだ奥にスペースがあるみたいだが、いま灯されたろうそくでは、そこまで把握することはできない。


「ここは?」

「私の家。かつては、防空壕として使われていたらしいわ。」

「ここが、家? なんで、こんなところに…?」


 お世辞にも、女の子が住むような、いや、人が生活するような場所ではないことは明らかだ。


「ここ以外に居場所がないからよ。私だって好きで住んでいるわけじゃないわ。」

「そう、か…ごめん。」

「別に、謝るようなことじゃない。とりあえず座って。」


 指示されるがまま、靴を脱いでござに座る。地面の硬さが直接足に訴えかけてくる。


「なにからお話しようかしら……状況が状況だし、手短に済ませたいのだけど。」

「なあ、なんでそんなに落ち着けていられるんだ?」

「なぜって……もっと酷い状況に陥ったことがあるからかしら。」

「もっと、酷い…?」

「それは後でいいわ。そうね、とりあえず夢を操る技術について。校長から何か聞いているのでしょう? 帰りが遅いことが多いのも、校長と話をしてたから…」

「なあ、ちょっとまってくれ。確かに、夢を操る技術については、気になる。だが、その話を俺にしたのは校長じゃない。」

「はあ!?」


 驚き、慌てた様子で肩を揺さぶってくる夢華。


「じゃあ誰だって言うのよ!」

「それは、まだ、言いたくない。まだ夢華を完全に信頼したわけじゃない。俺はその人から、夢華が犯人だって教わっているわけだし。」


 すると夢華は落ち着いた様子を取り戻した。


「そう、ね。まだあまり信頼してもらえていないわよね。だから、お話をするのよ。夢を操るということについて。」

「まてよ…?」


 一紗が気づく。


「なんで俺が夢を操ること、もとい操れることを知っていることを知っている…? いや、そもそもなぜそういう夢についてのことを知っている? まさか、やっぱりその技術を悪用して…」

「ストップ、ストップ! ちょっとまって、ちゃんと説明するから……そうね。」


 しばらく悩んだ末、夢華は語り始めた。


「まず、夢を操る方法について。原理的には、特別な波動を脳内に加えることによって可能としているの。そして、特別な設備が近くになくても、それこそ地球上どこにいてもその波動を加える方法が開発された。――――人工衛星からの照射よ。」


 高く上げた手を地面に下ろすジェスチャーを加えながら、夢華は解説を続ける。


「この方法を考えだしたのは、私。当時は二十九歳だったわ。そうして制作したのが、『ゆめ』っていう名前の人工衛星。」

「まって、二十九歳? 夢華が? てか、人工衛星を作ったって…?」

「歳については、後で話すわ。この姿の理由も合わせてね。人工衛星開発は、それだけ私が天才だったってことかな。両親が経営していた、柏牙家に伝わる兵器開発のノウハウを活かした研究所もいい場所だったし。」

「そ、そうなの、か…?」

「あまり信じてもらえないか。無理もないわね。じゃあ、これはどうかしら?」


 おもむろに姿勢を正す夢華。

 一紗もつられて背筋を伸ばす。

 そして、とても大切なものを扱うように、夢華がゆっくりと呟く。


『さがして。』


 瞬間、一紗の脳内にある記憶が蘇る。


『さがして、欲しい、の。』


 それは、長らく夢を見なかった一紗が、あの日突然見た夢。


『こんな、人、を。』


 かつて聞いたことがある。その感覚は、既視感みたいなあやふやなものじゃなくて。


『さがして、そして―――』


 そして、今でも鮮明に、五感全ての感覚と、あのイメージが蘇る。


『つかまえて。』


 呟きが終わり、夢華も一紗も大きく息を吐く。

 理性ではなく、感覚で理解した。

 あの夢の声の主は、いま目の前にいる、と。


「聞いたこと、あるわよね?」

「……ああ。」

「あれは、私が「ゆめ」を使ってさせたこと。この近辺の不特定多数にその夢を見せるようにプログラムしたの。で、初めて見てくれたって言ってくれたのが、きみだった。あの日、学食でその話をしていたわよね。」


 一紗の理性や知識や常識では到底理解できない内容。

 だが、その超越的な技術を、一紗自身が身を持って体験している。

 それは、紛れも無い事実だった。


「なあ……ひとつ、質問していいか?」

「どうぞ。」


 まだ少し放心状態にある一紗は、とっさに尋ねていた。


「なんで、これを発明したんだ…?」

「見たい夢を見たいっていう夢のためよ。」

「え?」

「あらかじめ見たい夢をプログラムしておいて、夜になったら自分がいる座標にその波動を照射させることでね。理論上は可能よ。」

「いや、そういうことじゃなくて…。」


 その返答があまりにも子どもっぽかったため、おもわず口に出してしまう。


「そんなことのために…?」

「そんなことってなによ!」

「ご、ごめん。あまりにも子どもっぽかったから。」

「いいじゃない! 空を飛びたいとか、おとぎ話のお姫様になりたいとか、そんな体験が本当にできるの、夢の中ぐらいなんだから!」


 頬をふくらませるその動作が、先ほどの答えのせいなのか、とても幼く、可愛らしく見えた。


「なんでにやついているのよ。」

「ごめん、なんでもない。続けて。」

「まったく…。」


 夢華が落ち着きを取り戻し、また語り始める。


「それで、『ゆめ』の開発は一応成功したの。それで、次の段階に移行した。波動を照射する範囲を拡げる研究にね。つまり、多数の人間の夢を同時に操るってこと。私は、個人だけに照射すればいいと思っていたから、あまり乗り気ではなかったのだけど。そして、その機能を搭載した、二号機である『ゆめゆめ』の打ち上げが成功した日、あの事件が起きたの。」


 そして、これまでにないほどの真剣な表情で、告げる。


「あの日、私達の研究所は襲われた。私が存在も知らなかった、下っ端研究員の一人によって。」


 無意識に息を呑む。空気が張り詰める。


「片っ端から研究員が襲われ、私の両親も殺された。もちろん、私も。そうして犯人は、『ゆめゆめ』のネットワークに侵入し、コントロール権限を奪いとった。」

「なんでそれを知っているのさ。殺されたんじゃないのかよ。」

「私は、私だけは、まだ微かに意識があったの。その後、『ゆめゆめ』を乗っとった犯人は研究所に火を放った。立ち去る直前、まだ意識が残っている私に気がついた。でも犯人は、どうせ焼け死ぬだろうからって、一発殴ってきただけだった。とどめは刺されなかったの。」


 無意識だろうか、夢華が自分の左頬をさすっている。


「でも、私は諦めなかった。微かな意識と、まだ残っていた研究所の動力を使って、私は私の自意識の全てをデータ化して、『ゆめ』に転送した。」


 頬をさするのをやめ、少しうつむきがちになる夢華。


「それから、もう一度地上で活動するための身体を探したの。私の自意識のデータを強力な波動として脳に送りつければ、その身体を乗っ取ることが可能なの。意識の上書き保存みたいなものね。」

「それで、その子の身体を…?」

「ええ。彼女は両親を不慮の事故で亡くしてから引きこもりになっていた。親戚もいなかったみたいだし、その、言葉は悪いけど、彼女が丁度よかったのよ。彼女が彼女じゃなくなっても、誰も悲しむ人がいなかった。そして、とうとう彼女が自殺しようとした直前、私の意識を『ゆめ』で送りつけて身体を乗っ取ったの。髪型と性格が大きく変わったから、誰も同じ人だって気がつかなかった。いや、誰も気づけなかったほど、彼女は孤独だったのよ。要は、彼女の身体が死ぬ直前、その身体に私の意識を上書き保存した。消えたがっていた彼女の意識を犠牲にしてね。」


 一紗は、何かを言いかけた。だが、それよりも早く、夢華が告げる。


「データ化した私の意識が本当に私自身なのか、たとえ天涯孤独だったとしてもこの身体を乗っ取ることはしてよかったことなのか……そんな倫理的問答は、切羽詰まっている状況では無意味だったのよ。………ただ、私の意識については不安になることもあるし、彼女には申し訳ないとは思っている。彼女の、消えたいっていう思いを、自分勝手に都合よく解釈していることもわかっている! わかっている、から………。」


 そう言いながら、うつむいたままの夢華は、自分の胸に手を当てる。

 今にも泣き出しそうな、苦しそうな顔をしていたのだろう。一紗にはそう思えた。

 荒くなりかけた息を呑み込み、ゆっくりと吐き出す。


「とにかく、こうして私はふたたび地上に降りてきた。あの事件の犯人を捕まえるため。そして、両親や研究所職員の仇を取り、『ゆめゆめ』の悪用をやめさせるためにね。」


 話を締めくくり、まっすぐ一紗を見据える。


「……わかった。たぶんよく分かっていないけど、わかったことにする。」

「理解するよう努力してくれて、嬉しいわ。」

「でも、どうしても聞きたいことがある。」

「何かしら?」

「そうまでして犯人を見つけて捕まえて、その後どうするつもりだったんだ?」

「その後…?」

「ああ。」

「そうね……一発殴りつける?」

「は?」

「気絶するぐらい、どかーんと。」


 その言葉を聞いて、一紗の中で、何かが渦巻き始めた。

 夢華もまた、家族を殺されていた。

 そのことが、奏を殺された自分とどこかで重なった。


 でも、だからこそ、なのだろうか。

 質問に対する夢華の返事が、どうしても受け入れられなかったのは。


「おかしい、だろ…。」

「何が?」

「お前の恨みは、その程度のものなのかよ。もっと、「殺してやる」ぐらい言ってみろよ!」


 いつの間にか叫んでいた一紗。


「違うわ。」


 対する夢華は、どこまでも冷静だった。


「私の思いは、そんなに軽いものじゃない。殺したいと思うこともあったわ。でも、絶対に殺したりなんかしない。」

「なんでさ!」

「それは、私の両親を殺した奴と同じになってしまうから。目的のために手段を選ばず、死にたくない人でも、殺してしまう奴と。」


 一紗は、何も言い返せなくなっていた。

 夢華の言っていることが、どこまでも正しく、美しかったから。

 そして同時に、自分の醜さを見せつけられていた。

 もしかしたら自分は、この醜さを持つ同族が欲しかったから、あのような質問をしたのかもしれない。


「あ、あは……あはは…………。」


 笑うしかなかった。


「俺、間違っていた、のかな……。」


 未だ握りしめていたハサミを持つ手が、震える。


「間違ってなんかいないわ。だって、あなたはまだ誰も殺していないじゃない。妹を失った悲しみで、ちょっと狂いかけただけよ。」


 夢華は、ハサミが握られた一紗の手をやわらかく包む。


「だから、まず、これを放して。」


 優しく発せられた言葉に、ゆっくりと、指が開き、とうとうハサミを落とす。

 夢華は、そのハサミを遠くに動かし、今度は両手で一紗の手を包む。


「………ありがとう。だいぶ、落ち着いてきた。今度こそ、本当に。」

「そう。それはよかった。どういたしまして。」


 ゆっくり息を吐く。今度は一紗だけ。


「……ちなみに、犯人を見つける方法ってどんなの?」

「一つは、この名前、「柏牙夢華」を名乗ること。この名前に反応した犯人が、向こうから近寄ってくることを期待してね。かなり危険な方法だけど。それともう一つが、あの夢よ。私は犯人探しのため、さっきも言った通り、『ゆめ』の機能を使って不特定多数の人間にあの夢を見させるようにプログラムしたの。『ゆめ』の中にいながらね。不思議な感覚だったわ。」

「それ、放っといても勝手にやってくれるのか?」

「『ゆめ』の動力はソーラーパネルだから、時間さえあれば半永久的に稼働し続けられるの。でも、私の意識転生でかなり電力を使っちゃって、復旧までに時間がかかったはず。おそらく、復旧一番がきみだったってわけかな。」

「そっか……じゃあもう一つ。あの夢の意味は?」

「そのまんまの意味。私が記憶していた犯人像をそのままイメージとして送りつけたの。たとえ夢を覚えていなくても、無意識下でそのイメージに合致する人間がいたら反応するように。そういう人が増えれば、自然にわかってくるかなって。」

「じゃあ、あのイメージって…」

「そうよ。あのとき犯人をちゃんと確認できたのは、最後に私を殴ってくる直前だけだった。そのときに見えたのが、あの――――」


 直後、どこからともなく、大音量で音楽が流れ始めた。


「な、なんだ?」

「おそらく町内放送ね。それも、現存するすべての回線を使っているみたい。戦時中使われたこの防空壕内スピーカーにまで音を流させる古い回線まで使っている。あのスピーカー、ちゃんと音が鳴るのね。」

「それにしても、なんでいきなりこんな曲を…?」


 その曲は、大音量で聞くのに相応しくない、静かなピアノの曲だった。


「あれ? この曲……たし、か……」

「大丈夫? ふらついているわよ?」

「ああ、思い出した……この曲…は」


 一紗が、重力に吸い込まれるように倒れこむ。


「どうしたの!?」

「この、曲……睡眠検査の時、いつも聞かされていた……」

「そんな検査をしていたの!? まさか、その時、検査って名目で実はこの曲で眠ってしまうように催眠がかけられて……って、だったらまずいわ! ねえ起きて! ねえ!!」


 夢華の叫びも届かず、一紗のまぶたは閉じていった。



     ◆◆◆◆◆◆◆



『――――殺せ。』


 意識がふわふわと漂う、そんな空間。


『そいつを、殺せ。今すぐに。』


 何も考えさせてもらえない。そんな空間。

 ただ声だけが、直接響いてくる。


『殺せ。』



―――――――嫌だ。



 どこかで、そう答えた。

 それは、紛れも無く自分自身の声。

 その感覚に縋って、「自分」を認識する。



 絶対に、嫌だ。



『そうか。なら、今いる場所を教えるだけでもいい。』



 嫌だって……言ってるだろうが!



 自分を認識し、周囲を認識する。

 そして、頭に響かせる声の主を確認する。

 その姿は、薄汚い印象を持たせる、校長。


―――――違う。


 とっさに、そう判断した。

 目の前の校長は、ただのイメージ。本質じゃない。


 射抜くように、校長のイメージを睨みつける。

 すると、少しずつ、校長のイメージが霞んでいき、突然霧散した。


 その先に見えたのは、いつもの白衣を身にまとう、あの姿。


 次の瞬間、全てのイメージがシャットアウトされ、一紗の意識は真っ暗闇に落とされた。


 そのまま、夢と現実の境目をさまよいながら、しっかりと呟く。




―――――鐘ヶ江先生、やっぱりあなただったんですね……。」




 その声に、夢華が大きく反応する。


「目が覚めた!? 大丈夫!?」

「だい、じょうぶ。夢を、見させられただけ。」

「ど、どんな…?」

「夢華を殺せって暗示をかけてきた。でも、打ち破ってやったよ。」

「え?」

「俺は、夢華を信じた。だから、打ち破れた。」

「そう……信じて、くれたのね。でも、なんで? 私の話、あまり理解できなかったんじゃなかったの?」

「それはそうかもだけど……やっぱり、あいつと同じになりたくないって言葉が、響いたのかな。」


 その言葉を聞いて、夢華の表情は今までにないほど綻んだ。おそらく、ずっと張り詰めていた緊張が解けたのだろうか。


「それより、犯人がわかった。」

「え!? な、なんで? 犯人が直接暗示をかけてきたの?」

「いや、暗示をかけてきたのは校長…のイメージだったんだけど。なんだろう、さっきの夢の発生源を突き止めるような感じというか、たちこめていた靄を晴らそうとした、というか、そういうことを強く念ずると、見えたんだ。……鐘ヶ江先生の姿が。」


 その鐘ヶ江本人に言われた、「夢を作り変える才能」の応用で、さっきのことができたのだろうか。

 一紗は、そんなことを少し考えていた。


「鐘ヶ江って、担任の…?」

「ああ。俺の夢に興味を持って、色々と実験してきたのも、夢華が犯人だって俺に言ってきたのも鐘ヶ江だ。それに何より……。」

「何より、なによ。」

「あいつは、あの、銀の指環シルバーリングのペンダントをしていた。ついさっき思い出したことだけどな。」


 その事実を告げた途端、夢華の表情が変わる。

 焦りとも、興奮とも取れるその顔で、ぶつぶつ呟き始める。


「じゃあ、私が怪しいと思っていた校長は…。」

「おそらく、ただの手下かな。鐘ヶ江も、「校長は夢華の手下だ」みたいなこと言っていたし。あれ、完全に嘘だったわけでもないんだな……。」

「なるほど……そうだったの………そうだったのね………。」

「夢華?」

「よし! じゃあさっそく、鐘ヶ江のところに攻め込むわよ!」

「ちょっと待て! そんな考えなしに……危険すぎる! 向こうは人殺しも辞さないのに、丸腰で行ったって…」

「それは大丈夫よ。天才科学者をなめないでくれる?」


 そう言って、夢華は防空壕の奥から何かを取り出してきた。

 それは、何らかのガラクタを組み合わせて作られた……拳銃二丁とライフルだろうか。それと小さなリュックサックが二つ。

 それぞれの銃の後ろ側から、一本の導線が延ばされている。その導線は、拳銃二丁とライフル一丁のそれぞれで一つずつ、小さなリュックサックの中に繋がっていた。


「これって…?」

「私達の武器。拳銃型の「びり」と「ばり」。そしてライフル型の「びりびり」よ!」


 なんとなく、夢華のネーミングセンスについて、ある程度の傾向がわかってきた。


「……って、銃!?」

「まあそうだけど、火薬を使うものとは根本的に仕組みが違うわ。これは、言うなれば小型のレールガンなの。リュックサックにあるバッテリーの電力でパチンコ球を発射するの。」

「それって、もしかして…超強力だったりする?」

「さっきも言った通り、私は誰であろうと人を殺したくない。だから電圧調節はしてあるわ。このバッテリーの電力で放たれる弾に殺傷能力はない。それでも、かなり痛いと思うから、使いどころには気をつけて。」

「そ、そうなんだ…。」


 説明も手短に、夢華は拳銃二丁が繋がっているリュックサックを背負い、両手に拳銃を持つ。

 すると、急に制服のスカートをたくしあげた。


「ちょ…!?」


 ちらと見えてしまった中身から目をそらす。


「何してんだよ!」

「子どもね……私はそんな小さなこと気にしないのに。」

「三十歳だろうがそれぐらい女性として気にしろよ!」

「失礼ね! 私はまだ二十九歳よ! ってか、身体はきみと同い年! ……ったく。太もものガンベルトに拳銃を突っ込んだだけよ。見る?」

「誰が見るか!」

「あらら……。とにかく、きみも装備して。これはきみの分だから。」

「お、おう。」


 押し付けられたライフルとリュックサックを装備する。思ったよりも軽い。


「じゃあ、行きましょうか。」

「なあ。」

「なによ。今更怖気づいたの? ……まあ、無理もないか。きみに鐘ヶ江を問い詰める理由なんてないし。ここで待っていてもいいのよ?」

「そんなんじゃない。俺だって、あいつに聞きたいことは山ほどある。それに、奏のことだってなにか知っているかもしれないし……とりあえず、そんなことじゃない。」

「じゃあ、なによ。」

「俺を、そんなに信頼していいのか? 数分前まで、夢華を殺そうとしていたんだぞ、俺は。」

「バカね。」


 夢華は即答した。


「きみは私を信じた。だからさっき、夢に呑まれなかった。私にとって、きみを信頼する理由はそれだけで十分よ。」


 そう言い放ち、笑顔になる夢華。

 今まで見たことのない、親しげな笑顔だった。

 そのまま、防空壕から出るために、鉄の蓋に手をかける。


「あら?」

「どうした?」

「爆撃が、止んでいるみたいなの。」


 夢華の言うとおり、蓋の隙間から聞こえる音は大きく減っていた。

 放送のサイレンや悲鳴などは依然として聞こえるが、空からの飛来音や、爆発音などは聞こえない。


「あんな激しかったのに?」

「ええ。」

「妙だな……そもそも、あの爆撃は、一体誰が何のために…?」

「まあいいわ。これはチャンスと考えましょう。じゃあ、いくわよ!」


 勢い任せで防空壕から飛び出る。


 ガラクタにも見える装備を身につけ、ふたりは学校へ向かって走りだした。

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