scene 7

「夢華ッ!」


 声を荒げながら、教室へ飛び入る。

 そこには、あの時と同じく、教卓の上に座る夢華がいた。


「なによ、そんな大きな声を出しちゃって。」

「お前、よくも奏を殺させたなッ!」

「はあ!? あんた何言って…。」


 反論しようとした瞬間、夢華は、一紗の手に握られているハサミに気が付いた。

 持ち手を無造作に握りしめ、今にも刺してやろうと震えている右手を見て、ただならぬ気配を察する。


「あの、落ち着きましょ? とりあえず、その手に持っているものを置かない?」

「ふざけるな!」

「わかった、ごめんなさい。ねえ、なんでそんなに私が憎いの?」

「お前は、お前は…奏を、殺させたんだ!」

「どうして、そう思うの?」


 ただ淡々と、刺激しないように、尋ねてくる。


「お前は、戦争で廃れた柏牙の家を再建すべく、夢を操る技術で新しい兵器を作ろうとしている! そのために奏を殺させたり偽物の身体を用意したり…」

「ちょっとまって、偽物の身体を用意するってどういうことよ。」

「お前の身体と名前は一致しない! その身体は俺の小学校の時のクラスメイトの身体だ!」

「そんなこと、なんで、どうして、どうやってするのよ。私の身体が偽名を使っているってこと? それだとこの身体の本人が柏牙家の再興を望んでいることになるわよ。小学校のころのクラスメイトは、そんなやつだった?」

「そ、それ、は…し、知るもんか!」


 ふと考えてみると、確かに疑問に思うことだった。

 だが、そんなことは考えないという風に、一紗は頭を振る。

 対する夢華は、少し、目を見開いたようにみえた。


「そんな話、誰から聞いたの?」

「言えるわけないだろうが!」

「そう…。」


 そのまま、少し考えるそぶりを見せつつ、こう尋ねた。


「なんで私がここにいるって知っていたの?」

「はあ?」

「いいから答えて!」


 いきなりの強い語調に、少したじろぐ。


「それは、日直で、遅くまで残っているって先生が…」

「そうなの? だったらおかしいとは思わない? 私の日直当番は先週よ。」


 日直の名を記した黒板の右下には、確かに夢華とは違う名前が書かれていた。


「ねえ、誰に聞いたの? 先生って、もしかして校長先生?」

「は?」

「私、校長先生にここにいるようにって言われたの。話があるからって。おかしいとは思っていたけど、そういうことだったのね…。」

「あ、いや。」

「ねえ。」


 今度は鋭い視線で制される。


「は、はい。」

「奏って、例の学校で撃たれた子の名前よね。確か、妹さんだったかしら。」

「なんでそのことを」

「一度学食で相席したじゃない。忘れた?」

「あ…。」


 そういえば、そんなこともあったなと思い出す。


「だったら、校長からの話、いや、何か妹さんの事件について、何かおかしいな、とか、そんな点は無い?」


 情報源を誤解したままだが、どう答えればいいのか分からない一紗。

 その間に、夢華はつけ加える。


「周囲の忘却の異常な早さ以外でね。」


 その言葉に、すがり付くように一紗が反応する。


「やっぱり、おかしいと思うか? おかしいよな!?」

「ええ、すっごく。それより、他に思い当たる節は?」


 このあたりから、一紗はなぜか自分は夢華に反抗しにくいということを、実感し始めていた。

 したがって、やはりその視線に制され、否応なしに考えさせられる。

 そして、あることを思い出す。



――残念ですが……。最善の処置は尽くしました。ただ、まさか妹さんが血友病だとは―――



「……医者に、奏が、血友病だと言われた。だけど、そんなことは知らなかった。」

「血友病。血液の凝固に必要な凝固因子、確か蛋白の一種だったかしら。それらが欠乏しているか少なくなっていることが原因で、血液が固まりにくくなる病気ね。遺伝性が認められている障害だから、家族なのに知らないのはおかしいわね。」


 よどみなく語られる知識に圧倒され、返事をするのを忘れていた。


「おかしい、わね?」

「あ、ああ。」


 半ば言わされる形で、矛盾点を認識させられた。

 しかし、そのやり方が一方的過ぎたせいか、一紗は納得しきれていない様子だった。

 それが顔に出ていたのだろう。夢華が語気を緩めて話しかけてくる。


「ごめんなさい、無理やり言わせたみたいで。でも、やっと落ち着いてくれたわね。ここで私の話でもして、完全に疑いが晴らそうかしら。晴れるとは限らないけど。」


 そう前置きして、流し目でこちらを見た後、告げる。


「あなたがさっき言ったことの中に、一つだけ、正しいことがあるわ。」

「……どれだ。」

「確かに、この身体は私、―――「柏牙夢華」のものではない。」


 予想外のことを真実だと言われ、困惑する。


「さっきそれはおかしいって自分で言っただろうが。それってどういう…」

「待って! そこにいるのは誰!!」


 突然教卓から飛び降りた夢華は、一紗に勢いよく迫り、突き飛ばす。

 そして、その後ろにある教室の出入り口を力任せに開いた。西日が差し込んでくる。


「どうしたんだ…?」


 夢華の後ろから、外の様子を見る。特に変わった様子は無い。いつも通りの校庭が、西日に照らされて赤くなっている。


「いま、そこで立ち聞きをしていた人影があったの。」


 夢華が振り返り、ふたりは対面する。


「誰かしら。今の流れで考えるとおそらく校長ね。だとしたら、すぐに追いかけましょう。」

「いや、なんでだよ。それに、まだ話は終わってない。」


 追いかけようとする夢華の肩をつかむ。

 その手を叩き落とし、一紗を睨みつける。


「それは後でいくらでも説明してあげるから! とりあえず怪しい校長を追いか…」


 その言葉は、校庭で炸裂した爆発によってかき消された。

 そしてふたりは、その爆風に押し込まれ、重なり合うようにして教室の奥へ叩きつけられた。











 連続する爆発音が鳴り響く。


「チッ…あいつら、始めやがったな…。」


 西日を反射する頭を抱えながら、苦い顔をした校長は走る。

 北の空から飛んでくる、あの弾頭たちを睨みつけながら。

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