第3話

 正午のベルが鳴ったことに気づき、私は冒険者ギルドまで駆け足で到着しました。少し荒げた呼吸を直しつつ冒険者ギルド前に設置されている日時計を見ると、12時半ごろということでぎりぎりセーフでしょう。

 なぜ急いだかというと、冒険者ギルドは町の中心部から見て魔法使いギルドのちょうど正反対の位置にあり、そこそこ移動に時間がかかるからです。走らないと少し遅れていたと思われます。裏口から入って行って帳簿に到着時刻を記入しようとしたところ、まだ少し早かったらしく職員の方からもう少し待っていてねと飲み物を頂きました。透明でしたが、どうやら果実水だったようでほんのり甘くておいしかったです。


 冒険者の人数が多いこともあり、冒険者ギルドはこの街で一番大きな建造物です。内部に入ると、広い壁面に求人票が張られていたり、依頼の受領完了報告所があったり、換金所があったりして冒険者のダンジョン関係のことは全てここで済ませます。ここで受領できる仕事は基本的にダンジョンに潜って依頼物をかき集めてくること、ダンジョン内の魔物の間引きをしてくることなどの魔物の退治に関係するものがほとんどです。例外的に、ダンジョン外に住み着いた魔物の駆除依頼などもありますが、そもそもダンジョン外で自然発生はほとんど起こらないのでレアな部類の依頼となります。冒険者たちは、依頼をここで受領して、依頼の完了手続きとしての成果物を添えて報告を行い、依頼中に入手した換金性の高いものや魔法触媒などを換金所で売却することになります。

 当然ここ来る人は冒険者の方ばかりなので、一定数いる血の気の多い人が暴れたときに対応できるようにするために、王都から運営スタッフとして軍部が派遣されています。初めて仕事で訪れたときは雰囲気だけで死ぬかと思いましたが、手出しされることはありませんでした。運営スタッフの軍部の人からは、冒険者も女子供の前ではまず変なことは起こさないから、できれば積極的に働きに来てほしいといわれています。

 冒険者ギルドは外部施設に魔物の解体所や宿泊施設や食事のとれる施設など、冒険者が生活するのに必要な施設のほぼすべてをそろえています。実際、家を持たない人は街中に出なくてもほとんどのことが済んでしまうようです。別の町のダンジョンまで行く必要でたりすることが多々あるため、冒険者は根無し草の人が多いです。そのため、宿泊施設は特に充実しているそうです。また魔物は夜中でも活発に活動するため、冒険者の仕事時間が夜からにもなります、そのため相まって帰ってきた冒険者をいつでも労わることができるようにするために、町はいつでも似たような活気のある様相を見せています。


「こんなところの仕事を受けてくれていつもありがとうね、リリヤさん。」

「いえいえ皆さん優しいですしとってもいい職場ですよ!」

 この受付の男性は軍部の会計課から出向してきたパーヴェルさん。庶民の出から王立軍事大学校を上位成績で卒業した英才だそうで、私にでもお仕事の腕もいいのが見てわかります。また、最近この街でお嫁さんをもらったらしく幸せそうなことが見てわかります。

 少し話していると、1時のベルが鳴りました。冒険者がほぼ出払っているか眠っている昼過ぎの時間帯は、窓口を開けておく理由が薄いらしく夕方の時間帯まで受付口を減らして書類仕事を進めているらしいです。当然人がすくないため掃除業務がやりやすい時間帯でもあり、私はこの時間帯に魔法で一気に片を付けるのです。

「そろそろ僕も業務に戻らないといけません。リリヤさんも頑張ってくださいね。」

「パーヴェルさんこそ頑張って……ヒェッ」

 机の上には山のようになった書類の束が置いてありました。しかしパーヴェルさんが作業を始めると解けるかのようにだんだんと山が小さくなっていくので不思議です。しみじみ大卒エリートってすごいんだなぁって感じます。



 いつまでも油を売っているわけにはいかないので、軍手などして着替えてから掃除をします。軍手をするとはいっても、ほとんどは【クリーン】を人がいない方向に向け続けるだけなのですが……。【クリーン】は魔法操作の応用で、触媒はいりません。そのため魔法と呼ばない人もいるくらいです。魔法の基本操作である、範囲指定で平面上の数センチメートルを範囲指定し、魔力を帯びさせます。【クリーン】はこれだけです。その後、魔引石と呼ばれる魔力を帯びたものを吸着する石で軽く魔法触媒化したごみを集めます。魔引石はダンジョン深層でとれる石で、相応に高級なのですがここは冒険者ギルドなので備品として保管されています。


『正確に言えば魔引石があるせいで深層になるのだといえるのです。ダンジョン深層とは、一般にはダンジョンの奥深くのことで強い魔物が生息しているとされていますが、理屈上はダンジョン全体の魔力が魔引石のあるほうにに吸い寄せられるため、魔引石がある一帯は高濃度の魔力が漂うことになります。魔法触媒が魔力濃度に依存して強いものとなるのと同様に、魔物の強さも魔力濃度に依存するのです。低層にある魔引石はすでに掘りつくされているため、基本的には奥にしかありません。』

(なるほど……。でもそれだと魔法石の算出されないダンジョンの奥地にも強い魔物がいることの説明がつかないよ?)

『そういったダンジョンの深層にいる高位の魔物は自ら外界から離れようとする性質のものが多いです。それ以外の性質の高位の魔物はまずいないそうですし、単純に一部の高位の魔物の習性によるものでしょう。』


そしてすべての床を掃除し終わったら、解体場付近のごみ集積場で【ファイア】で燃やし尽くします。魔力の流れを含む魔法炭にできる炎は容易に制御が可能で、この炎をいかに効率的に運用するかが炎属性の習熟にかかわってきます。無駄のない燃焼で短時間に燃やしきることが重要で、今の私はどうやらこの部分がろくに出来ていないようです。どう改良すればいいのかさっぱり思いつきません。


(仕事が終わるまでにかかった時間が一時間半かぁ。はぁ……また魔法炭をたくさん使っちゃったよ。)

『どうにもあなたは魔法の操作が苦手なようです。ただ、このままでは特待生になるなど不可能でしょうね。』

(とはいってもね……何をすればいいかもわからないからねぇ。)

『……そうですね、本当はもっと時間をかけて魔法をある程度修めてから教えたかったのですが、この機会をふいにするわけにもいけませんし少し魔法以外の方向から攻めますか。』

(!?何それ、魔法は魔法の技術でしか強化できないはずじゃなかったの?)

『魔法そのものではなく結果は、魔法以外の影響も受けますからね。結果が大事というならば、小細工が効かないわけではないですよ。』

(じゃあ、それどうやるの?すぐにでも知りたいくらいなんだけども。)

『簡単ですよ。【ファイア】でしたら、魔法以外の手段で燃やすものを燃えやすくすればいいんです。火消が大変ですけども、そちらのほうもなんとかできないこともありません。』



「リリヤさん、お仕事お疲れ様でした。」

「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。」

仕事の終了の連絡を行うと、そこにはきれいさっぱり片付いたパーヴェルさんの机がありました。仕事で山ができていたはずなのですがこの短時間で終わるとはびっくりです。

ゴミ集積所から冒険者ギルド会館に戻り、終了報告を済ませた私はすぐに鍛冶ギルドの付属図書館へと向かいました。各ギルドの付属図書館はそれぞれの所属員向けに無料公開されているのですが、別ギルドの所属でもいくらかの入場料を払えば入ることができます。貸し出しができないなどの点で制限はかかっているわけですが……。本来ならば今日の稼ぎでクレープを食べに行くところなのですが、さすがに人生かかった内容なので入場料につぎ込みました。そこそこ痛い出費ですが必要経費でしょう。クレープを食べられなかった恨みを晴らすように私は図書館内の炉についての資料をしらみつぶしにあたることにしました。

 とりあえず【ファイア】を効率的に使うことができれば、毎度かさんでいる魔法炭代が浮いてうっはうはです。そのために資料を探すには、一番火を使うギルドの図書館をあさるのがいいだろうという結論に達して安直に鍛冶ギルドに来ました。やっぱり、炉が怪しいでしょう。高い温度にする工夫がたくさんあるのでしょうし、絶対何かに役立つと思ったのです。


サルでもわかる!鍛冶入門。

なんだかこちらをイラつかせて来るタイトルですが、まずはこれから読むことにしましょう。……べ、別に専門書が難しくてあきらめたわけではないのですよ?


 読んでみたところ、温度を上げるために大事そうな記述としては、燃料についてのあたりと空気の送り込みであたりだと見受けられました。ただ、燃料を工夫し始めるとお金がいくらあっても足りなさそうなので、空気の送り込みについてを読んでみました。まず前提として、火が燃えると周辺の空気から燃えるための空気がなくなるということが判明しているそうです。これは、閉鎖した容器内部でものを燃やしてからまたろうそくを入れると火が消えることから証明されています。火を維持するには常に新鮮な空気を送り続ける必要があり、また、炎の色が青や紫に近いほど高い温度になっているらしく、色を見ることで大体の温度がわかるそうです。

 要するに、できる限りいい燃料を使って、空気を送って炎の色が青色になるようにする、この二点を守ればいいわけです。確かに今までは魔法の炎の色がオレンジになっていたような気がします。

(ただ……)

『当然魔法の炎で高温に熱せられたものに空気を送り続ければ魔法に依らず発火します。そうしてできた炎は操作することは叶いません。魔力による制御が効かない分事故を起こしやすいです。』

(そうですよね、空気を送ることで高い温度になるの、いい案だと思ったのですけど。関係ない話ですけど、もしかして太陽の色がオレンジなのは温度が低いから?)

『いい線言ってますね。炎の温度とはだいぶ違いますが、その考え方自体は通用します。こういった学問の知識は魔法使いでも大事なことが多いのですよ。』

(となると、魔法の炎を空気に触れるように動かし続けてやるしないかなぁ…………あれ、でも……)

『何かつかめましたか?』

(燃えた後に燃えるための空気が消えたらそこには何が残っているの?何もないなんてことはないでしょうし、新鮮な空気を吹き込まないと炎の温度が下がるくらいですし、もしかして燃えない空気が残っているの?)

『完璧です。ここまで考えられるのであればもうちょっと早くにこちらの勉強もさせるべきでしたね……。』

(じゃあ、うまいこと燃えない空気を送り込めればどうなるの?そして、発生した燃えない気体は魔法炭を由来とするのであれば操れるはず。これってできるでしょうか?)


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