第8話

「……できれば、こんなぎりぎりにならないようにしたかったんですが。」

 馬車にギリギリで乗って出発したニーナさんと私の一行は、今馬車の中で揺られていました。ようやく荒げた息も落ち着いてきて声を出すことができました。


「リリヤさんずいぶんと運動不足のようですね。助手業務は体力勝負ですよ、向こうでは体力作りも並行して行ってくださいね?」

「話を聞いて!」

 丁寧な言葉遣いをしていますが、この人は唯我独尊自分の意見を貫くタイプだと思われます。この人の助手として最低十年は働くのかと思うと気が重くなりそうです。今日からやっていけるのかな……。


「さて、落ち着いたところで向こうでの生活についてです。王都につき次第、魔法使いギルド本部に寄って定住地の変更を行います。その時についでにレポートの報奨金も受け取ってください。また、住む場所や王都の紹介、調度品の新調などを行って新年の休日は過ごしてもらいます。魔法大学関連はその後でよいでしょう。」

「急かした割にはそのへんゆっくりなんですね。」

「到着予定の日の二日後まで、魔法大学の主要な機関が閉まっているのです。この期間に生活の基盤を整えてしまいましょう。」

「置いてきてしまったけれども、買ったばかりのクローゼットもったいなかったなぁ……」

「移動費用を考えたら向こうで買う方が結局安上がりになりますし、仕方ないですよ。もし、思い入れのある品があったのであれば、業者に依頼して運ばせますがどうします?」

「いや、いいですよ。別にそういった品はないので。」

「そうですか。」

事務的な会話が終わってしまい、私のほうから話しかけようにも何を話していいのかわからず、とんと静かになってしまいました。


『コミュ障、ですね。』

(うるさいなぁ。ニーナさんの素性がわからなさすぎるんだよ。)

『ならば聞けばよかったのです。助手になるんだから~といえばおそらく聞き出せましたよ。』

(ううう……。)


『まぁ、とりあえず今日はもう寝ましょう。何も持ってきていないのですし、ニーナさんは話すことがなくなったとみるや寝てしまいましたし。』

(うわっ、ほんとだ。もう寝てるよ。しかもいびきかいてるし……)

大分うるさいです。他のお客さんたちも顔をしかめているようです。


『お休みリリヤ』

(お休みご老公)

 新年始まっていきなりいろいろと話が進んでしまいましたが、まぁ、悪くはならないだろうと楽観的に考えてます。大丈夫だといいなぁ。

 あと、ニーナさんが来た時の監視する目線が馬車の中でも感じられるのがめちゃくちゃ怖いです。これからも監視され続けなければならないのでしょうか……。




翌朝


 いきなり馬車の動きが止まって、目が覚めました。どうやら中継地点に来たようです。馬車を乗り換えて、次の中継地点を目指します。到着予定は明日朝だそうです。

 乗り換える馬車の出発時間まで時間はあるので、食事を済ませるため宿屋に入りました。ニーナさん、準備のいいことに宿屋の食事だけのコースを予約していてくれたらしいのです。急いでいたのはこのためもあったのでしょう。


予約必須のコースというだけあって、そこそこ豪華なメニューでした。近くにあるらしい川でとれたらしいお魚の料理おいしかったです。そして食事中にニーナさんを観察していたところ、とある事実に気が付きました。食事が出て着た時の目の変わりようといい、食事中の作法といい、恐らくは生まれは平均的な家なのだと思われます。佇まいや言葉選びが丁寧なのは、王宮に入るまでにそれを直そうとしているのではないかと思います。口に出してニーナさんの機嫌を悪くしても行けませんし、とりあえずはその辺突っ込まないでおきましょう。

『エラそうなこと言ってますがあなたのほうが生まれがよくないのでは。』

(……まぁ、そうなんだけれどもね。)


結局、話の切り口になる話題は思いつきません。ということで、いろいろと相手のことを聞いてみることにしました。幸い、王都までの移動時間で暇はたくさんあるのですし、向こうも暇そうでしたし。

「ニーナさん、今お暇ですか?よろしかったら歓談などしませんか?」

「いいですよ。あなたは私のことをほぼ知らないでしょうからね。気になることがあったらぜひ聞いてください。」

(ニーナさんは私のことについてそんなに詳しいのでしょうか)

『知り合いがほぼいないことがバレるくらいには、魔法ギルド側から説明してもらっているのでしょう。クラーラさんが知ってる範囲のことはすべてばれているくらいの想定でいたほうがいいかもしれません。もしかしたら、ニーナさんが他人の私情に一切興味を持たない方なのかもしれませんがね。』



「ニーナさんはどこで生まれたんですか?」

「私は王都生まれ王都育ちの王都住まいです。生まれてこの方家を変えたことはないです。とはいえ王宮お抱えの魔法使いが自分の家を持たないというのは外聞が悪いので、私も家を探さないといけません。この際ですし一緒に私も家を探しますか。」

(いい年して実家暮らししてたのですかこの人。というか、この人何歳だ。すごい若い風貌だけどさすがに二十台ということはないだろうし……。)

『とりあえず、年齢の話はやめておきましょう。魔法大学の教授職は権威はあるけれど金はないと言われるくらいです、実家暮らしを続けるほかなかったと。それで、王宮お抱えになって羽振りが良くなったということでしょう。王宮は大分経費の査定が緩いのでしょうね。いや、むしろ王子の進学祝いに乗じてお金をもらうのでしょうか。』

(そういった時は王宮の羽振りがよくなるといいますよね。まぁ、私もそれに便乗する選択をしたのですがね。)


「教授になる前はどんなお仕事をしていらしたのですか?」

「十年前に魔法大学を卒業して就職したのだけれども、仕事内容は事情があって離すことはできません。一応今の研究テーマを見つけられるような職場だった、とは言っておきます。必要性が出てきたら教えますね。また、私が教授として招聘しょうへいされたのは今から五年ほど前ですから、その職業についていたのは五年間ですね。」

(若いなぁ……。もしかしてぎりぎり三十路前か。)

『むしろ五年の勤務で大学に招聘されるほどの成果を収めたということに驚きを隠せないです。その職種はよほど特殊なものだったと思われます。炎魔法が専門とおっしゃっていましたし、軍務の可能性がありそうです。』

(軍所属経験ありならもう少し私生活もきっちりしてそうなものだけれどもね……。軍以外だとすればもう予想するのはやめておいたほうがいいね。)


「ニーナさん、大学では炎魔法の有効利用について研究してらっしゃるとのことでしたが、具体的な研究テーマについて教えてもらってもいいですかね?」

「うん……?ああそうですか、私の著書を調べる権限はまだあなたにないのですものね。知らないのは仕方がないですね。私は【イクスプロージョン】と呼ばれる系統の炎魔法を研究しており、新たな魔法具の開発を目標としています。」

「【イクスプロージョン】?聞いたことのない名前です。イの字ならば魔法大全の前の方に載っているはずなのですが……」

「【イクスプロージョン】は正式認可はされていない炎魔法の一種なのです。そもそも魔法大全に載る魔法というのは、[一定知識を持った魔法使いが完全に制御可能な魔法]かあるいは[魔法でしか行うことができない事象を引き起こす魔法]のどちらかです。【イクスプロージョン】は魔法触媒化した火薬を点火して、爆風を発生させることで物の破壊をする魔法です。」

「それって普通の爆弾でいいのでは。」

「だから魔法大全に乗っていないのです。細かいことを言えば、炎の方向の調整は可能ですが。【ファイア】で十分とされることが多いです。」



「先ほどの話だけではあまり高い評価をもらえそうにはないのですが。では、なんでニーナさんの研究が評価されたのです?」

「そもそもの爆弾の原理というのは、火薬が燃焼するときに大変大きな熱量を出したり反応がおきたりして空気が激しく膨張することに起因します。そして、通常の爆弾は全方位にそれが向くわけです。しかし、私は魔法触媒化した空気の壁を用いて閉鎖することで一方向に高い圧力を向けることに成功したのです。」

「あれ、それって……。」

「ええ。目的こそ違いましたが、レポートの中であなたが考えていた空気を魔力であやつる操作と同じです。」

「魔力で壁を作って高い圧力をかけるというのは昔からある手法なのですが、魔法触媒の必要量が多い都合上実践されることは少なかったです。魔法炭の燃やした後に発生する気体は話が違って、現地で作成する必要がありますが安価に大量に入手することが可能です。コストパフォーマンスがいいのですよ。【イクスプロージョン】の威力の高さとコストとを鑑みて、軍部からの魔法使いの派遣依頼が殺到しているのですよ。」

すごい話らしいのですが爆弾を使う現場を知らないのでイマイチ実感がわきません。軍部と魔法使いギルドはあまり関係性がないイメージでしたが、よくよく考えると冒険者ギルド経由で仲良くしていることになるのでしょうか。そして、この人は軍事技術転用に積極派なのでしょうね。テンション高く話していますし。


「なるほど、空気の壁にそんな使い方があったとは。壁の作成は土魔法の専売特許かと思っていたので今の話だけでも大分意欲が刺激されました。」

「そうですか。それはとてもいいことです。年始の休みが終わり次第、寝る時間以外は運動か勉強だけしてもらいますからね。意欲が高いのはいいことです。」

ゲッ、嫌な予感はしていましたがやっぱり詰め込みですか。

「ええと、自由時間とかはないんでしょうか……。」

「少なくとも春の新入生入学までに、一年分の内容は修了してもらいます。相当な量があるので寝る暇がのこるやら。ああそうだ、春からは二年次以降の授業に忍び込んで勉強してくださいね。平行して私の研究室に来てもらいます。」

「それって一年次の出席が足りなくて死ぬパターンでは。」

「魔法大学の授業の制度は、初回の適性検査と何度かに分けて行われる授業と修了試験に分けられます。一年次の科目に限り、適性検査で好成績を出せばその時点で単位がもらえます。普通二年次以降で受ける科目の履修制限を履修決定期間に突破してくれれば、一年目に二年次以降の正規で履修することも可能ですよ。」

簡単に言いますけど絶対きついですよねそれ。


『才能が埋もれない、良いシステムですね。』

(私にとって今の説明は徴兵通知にも等しかったよ……。)

「魔法大学は一年次の科目を履修してしまえば好きな時に卒業可能ですからね。そこで主要な証明書はすべて発行可能になります。二年次以降の内容は専門的な分野ばかりですからね。逆に言えば、二回目の一年生を迎えかねないくらいには一年次の内容が難しいです。まぁ、あなたくらいまじめな方であれば余裕ですよ。一夜漬けで通るものも割とあるくらいですから。」

「あなた基準で一夜漬けレベルですね。わかります。」

前途多難すぎる……おいしい話に裏がないはずはなかったかッツ!!



その後は大学についてのいろいろなお話とか、私の最近の仕事についてとかいろいろなことについて話をしました。これから上手くいくかはよくわかりませんが、すごい人たちがフルサポートしてくれる環境で学べるらしいので頑張ろうと思います。



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天涯孤独だけど頑張って魔法研究者めざします! お昼寝マン @ohiruneman

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