第7話
次の日も、又、その次の日も、私の仕事時間は減る傾向を見せず、ついには大晦日を迎えるまで仕事は増え続けました。とはいっても、私の労働時間は六時間ぐらいで済んでいるのですが。
どうやら、冒険者ギルドは今のうちにお金をためておきたいらしく、特に強力な魔物の討伐依頼を多めに出していたようです。やたらとがたいの大きい魔物の残骸がごみ集積場に集まっていたため間違いないでしょう。その原因はおそらく王子の魔法大学への進学祝いでしょうか。王子は魔法使いギルド側に立つことになるため、冒険者ギルド側はお祝い金を捻出しておきたいのでしょう。魔法使いギルドと冒険者ギルドはずぶずぶの関係ですからね。
給料が安定して得られていたために、私の生活事情も多少良くなりました。家の中の壊れかけていた調度品を修理してもらったり、服を新調したり、食事を改善したりして、日々の生活が楽しくなってきた気がします。
また、市場に流れる魔物の肉の相場も高級肉の金額に限っては多少下落していて、先日久しぶりに牛系の肉を食べました。牛系の肉に含まれる油は舌の温度で融けだすため、まさにとろけるようなお味でした。甘いものもいいですが、おいしいご飯を食べるのもまたいいものですね。
レポート作成に関しては、鎮火および防火については燃えない空気を操作すれば燃え広がらないことは実証できました。
ですが、空気を取り扱うというのが難物で、魔力による操作を常に維持し続けないといけません。【ファイア】と並行して行う関係上、燃えない空気を前後上下左右の六方向からとどめていては自身の魔力がいくらあっても足りないでしょう。幸い、上から押すだけなら大した魔力消費にはならないですが、燃えない空気はどんどん逃げていってしまいます。今の使い方であれば燃えない空気を床すれすれに薄く広げることで十分なのですが、できることなら魔法触媒化された燃えない空気を安定供給できるようにしたいです。とはいっても、気体の持ち歩きなんてできませんし困ったものです。
また、この鎮火・防火方法はあくまで炎を出さないようにするだけで、低温にしてくれるわけではないのです。そして、同じ空気をとどめていると空気の温度が上昇し、対象の温度が低下しづらくなります。このため、燃焼物が燃え切ってから、水をかけて冷やす必要がありました。
やはり、冷却を行える水での消火のほうが楽なんですよね……。魔法水自体は蒸気になっても回収できるので魔法水代は初期投資分だけでいいんですがね……。とはいえ少量では意味がないですし、貯水タンクを併設してもらう必要が出てきてしまいます。今まで必要でなかった物について非正規の私が申し出ても、受領されることはないでしょう。当分はバケツで水汲みですね……。
そして、年始を迎えるということで、町はお祭り騒ぎです。いつもの数倍は屋台が出ており、その中にはお菓子の屋台もたくさんあります。こういうときにしか出ないリンゴ飴や綿菓子の屋台は絶対に回らないといけません。
『そんなことに使命感抱いてどうするんですか。』
(お祭りは年に数回しかないんだし、機会を逃したら食べられないんだよ!今日は食べて食べて食べまくります。)
『まぁ、最近は景気がいいですし、おやつを食べのがしてしまう日も多いですからいいですけども……。太らない程度にするんですよ?』
あんず飴にカルメ焼き、チュロスにベビーカステラ、忘れちゃいけないのがラムネと綿あめ!この辺は制覇したいですね……。冬の祭りですしお汁粉とかも出ているはずです、きちんと抑えないといけませんね。
『見事に砂糖と小麦粉ばかりですね。』
(まぁ、お菓子ですしそこは仕方がありませんよ。あと、さすがにカルメ焼きと綿あめは選択でもいいかなぁ。)
屋台を巡っていると、いつもよく買っている焼き菓子の出店のおじさんやクレープの出店のお姉さんにも会いました。最近は来る機会が減ってしまっているので、買うつもりはありませんでしたがつい買ってしまいました。だいたい買いそろえて両手が袋でいっぱいになったため、あんず飴に齧りつきつつ家に帰ります。広場で食べてもいいのですが、あんまり騒々しいのでちょっと敬遠ぎみです。まぁ、家の軒下からだと新年祝いの花火も見えますし、露店のせいで多少明るいとはいえ今は深夜ですからね。花火をみたらすぐに寝ましょう。明日には魔法使いギルドから検査についての通告がくるかもしれませんし……。
お菓子を食べて顔を緩ませつつ、新年を待ちました。そして、すべて食べ終えたあたりで花火が打ちあがるときの音が聞こえてきて、空に花火が咲きました。いよいよ新年です。
さて、
(あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。)
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。』
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします、リリヤさん。」
お隣さんかな?あいさつしなければ。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。……って、あれ?!なんでクラーラさんが?」
横を振り向くと、なんとそこにはクラーラさんがいました。ってあれ、クラーラさんに家の場所教えた覚えはないんですけど??????
「どうして私の家の場所知ってるんですか!」
「どうしても何も、私があなたに検査についての書類を渡しに来たからです。住所くらい教えてもらえます。」
「なるほど、それなら納得です。ええと、新年早々お仕事お疲れ様です。それで、検査についての書類とやらをいただけますかね。」
「はい、どうぞ。」
それはいつものぺら紙とは大違いの、高級な紙に副局長、局長のハンコが添えてある私が知る限り一番上質な連絡状でした。気合の入れ方が伺えます。
「その書状は参加証にもなるので、絶対になくさないように保存して、当日に持ってきてください。って言っても半分意味ないんですけど。」
「はい、わかりま……どういうことです?」
「ははは、もう一つ要件があってね。驚くと思うわよ。ちょっと偉い人を連れてきているの……ニーナさん、どうぞ。」
クラーラさんが、気品のあるおそらく生まれの良い女性を暗がりから連れ出してきました。よくよく周りを見てみると、人の気配も感じられます。何かおかしな行動をとったらすぐに首をはねられてしまいそうな雰囲気です。
「え、クラーラさん、その、ニーナさんはどこぞの高貴なお人です……?」
「高貴な人というか、高貴なお人に仕えている方なのだけれどもね。魔法大学の教授の一人で王宮お抱えの魔法使いでもあるニーナ様です。」
「始めましてリリヤさん。ご紹介いただいた通り魔法大学にて教鞭をとっております、ニーナと申します。大学では炎魔法を専門分野としており、炎魔法の有効利用の研究を行っております。王宮お抱えといっても先日内定したばかりですが、研究成果を認められてこの度末席に加えていただくことになりました。」
「……すごいです」
えっなんでそんな人が来ているので?お仕事が忙しいのでは……?
「実はわたくし、あなたが応募届に同封したレポートの評価役を務めさせていただきました。」
「えっ。」
なんですと?
「ここの支部の局長と副局長からの依頼で非大学卒のレポートの査読を頼まれたときは冗談かと思いましたが、読んでみたらこれがまたよくまとまっている。参考文献を見た時は驚きましたよ。何一つ魔法大学の蔵書にないのですから。この時点でこれだけのものが書けるのであれば、大学に入らずとも私の門下生にでもするくらいです。」
「えっ。」
えっ、ちょっとまって、私は夢でも見てるんですかね?
「おそらくは私に優秀な人材を青田買いさせるための斡旋だったのでしょうが、予想以上の掘り出し物でした。しかも人間関係が仕事しかない!これは後腐れがなくていいですよ~。」
『ほめたいのか貶したいのか』
(おそらく善意なのでしょうね、魔法大学には変な人も多いと聞きますし。)
「非大卒のレポート評価の規約の関係上、形式的には局長副局長からの優秀評価をもらったというだけにはなってしまいますが、私のほうから個人的にアプローチをかけてはならないという文面は規約にはないのです。ということで、本日あいさつに伺いました。」
「ええと、[レポートに対して優秀評価が下されたことの通告]と[私への何かしらの契約申し込み]ということでよろしいでしょうか。」
「前者に関しては魔法使いギルドから直接書状が来るはずなので内定通知となります、後者はそうです。」
「契約についてなのですが、あなたを私の助手として雇いたいのです。」
おかしい話がとんとん拍子で進み過ぎている……。何か嵌められているのでは……。
「えっ。ええと、光栄ではあるのですが、私まだ知識量的にあなたのお手伝いはむずかしいかと……。」
「私はあなたを十年単位で起用しようと思っています。自力でこれだけのものを書き上げられる人材などそうそういません。いたらすでに雇われています。」
「実は、私は一年後に王宮での仕事との掛け持ちになってしまい、あなたが入学してきてから教えたのではいろいろ間に合いません。今から王都に行って、魔法大学で勉強してもらいます。」
「検査はどうなるのでしょうか……?」
「通常入学で入ってもらいます。」
「学費は……?」
「王宮から経費で落ちます。」
「仕事の契約がもう少し続いていて……。」
「その件についてはすでに支部と交渉済みです。代役をこちらで見繕っておきました。」
『見かけに依らず、大分強引な人ですね。とはいえなり振り構っていられないんでしょうね。忙しいというのにわざわざこんなところまで来るんですから。』
「ニーナさんわかりました。私王都に行きます。」
「本当ですか?やったぁ、これで何とかなる。ありがとう!」
いきなりニーナさんが私に抱き着いてきた。って、この人細身なのに力も強いな?!「ニーナさん痛いです、離して……。」
「おっとごめんなさいね。つい興奮してしまったわ。さて、王都に行きましょうか。」
「えっ。」
「王都への馬車便の出発は零時半です。今零時十分だから、残り時間ほぼないですね。大事なものだけ持ってきてください。」
「えっ。」
「返事はイエスかはいです。」
「……イ、イエスマム!」
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