第6話

「ゲホッ、こ、こんにちは、パーヴェルさん。」

 今日もまたギリギリの時間に出発して駆け足で来たために、私の呼吸は大分あれていました。

「こんにちは、リリヤさん。今日も元気そうですね。」

『職場でみっともない姿を見せてはなりませんよ、リリヤ。』

 いちいち答えたいたら混線してしまうので、ここは無視でいいでしょう。あとで怒られそうですが会話に集中しましょう。そうすれば聞こえなくなります。



「ははは、今日はちょっといいことがあったもので駆け足だってしまいまして……」

「いいことがあったのですか。それはよかった。」

(いい感じに誤魔化せたようです。)


「さて今日のお仕事なんですが、解体場付近のごみの油分が多少あるので、燃やすときに気を付けてください。ごみ集積所は防火対策はしてありますが、あまり火の手が大きくなると他のものに火が付く恐れがありますので。」

「はい、わかりました。」

「本日もよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」



(とは言ったものの、【ファイア】を普通に使った程度じゃそうそう火が大きくなることなんてないのですけどねぇ。)

『アマニ油などがそのまま置いてあったら大分危険でしょうが、ほとんど動物性の油脂ですしなんとでもなるでしょう。』

(これから冷え込む時期ですからね。魔物も肥えていくので段々油分が増えていくんですよね。まぁ、植物系の魔物は関係がない話らしいので、おそらく問題はないでしょう。)

『とはいえ油が融け広がって引火して火災事故になったら困ります。アルカリ薬剤があれば防火できるでしょうが、経費が馬鹿にならないでしょう。』

(お金がないのってほんと悲しいですね……。油分が多いとやらがたいしたことなければいいんですがね……。)


 さて、人があらかたいなくなったところで床掃除を始めます。備品課から魔引石を借りてきて、【クリーン】で範囲指定して魔力を込めるだけの簡単な作業です。今日はいつもよりも人が少ないです。依頼が多く入ったりでもしたのでしょうか……。まぁ、仕事がやりやすくなるだけなのでありがたいのですが。ささっと片付けてしまいましょう。……あれ?

『先ほどから魔引石の吸引が弱まってますね?』


魔引石は魔力を引き寄せる性質がありますが、ダンジョン内のように魔物の生成で溜まった魔力が消費されない環境であれば、魔引石の魔力を引き寄せていく性質はどんどん弱まっていってしまうのです。そうなってしまった魔引石はダンジョンに持っていって魔力を吐き出させなければならないのです。


(ほんとですね、替え時でしょうか。あとで備品課に申請出しておかないといけませんね……。書類つくらないといけないから面倒なんですよね……。)

『まぁ、仕方ありませんよ。書類仕事は魔法使いの花形です。』

(もっと魔法を打っているだけがいいんですけどねぇ……。)

『お抱えで魔法を使っている人たちなんて、上位魔法を使うための触媒費用を経理の人たちに認めさせるための書類作りが本業です。加えて、魔法大学でも基礎教養として書類作成があるそうです。』

(おとぎ話みたいに魔法使いがもっと自由に動けたらいいんですがねぇ……。魔法触媒高いからなぁ……)

『そうそううまい話はないものです。』



 最後のほうは魔引石が役立たずになっていましたが、そんなに苦労することはなく床掃除は順調に終えました。備品課に魔引石の件について伝えたところ、ある程度予想はされていたようでした。特に慌てることもなく魔引石の交換願いの書類はごみを燃やしてからでいいといわれて、私はごみ集積場に向かいます。

『おそらく、あの魔引石は過去にも同じようにローテーションで使われていたことがあったのでしょうね。だから替え時が予測できていたのでしょう。』

(魔引石の再生利用は冒険者ギルドの大きな稼ぎの一つらしいですしね。)

『ダンジョンにおいておけばいいだけですからね。とはいえ、あんまり大きなものを戻すと局地的に強い魔物が現れてしまってよくないらしいですがね。』

(たまにダンジョンの浅いところに強い魔物が表れるのはそのせいなんでしょうね。)

『そういった時に冒険者の中でも厄介者をけしかけるのが冒険者ギルドの十八番です。』

(なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がするのですが……)

『口にしなければ平気です。』

(……)

なんでこう、ご老公はいろいろなことに詳しいのでしょうか。私もいまだにわかっていませんがやたらと詳しいです。ほんと不思議です。




 解体場まで来ると、外まで大分獣臭いにおいが漂ってきていました。いつも獣臭いのは確かなんですが、特に脂っこい感じの匂いです。解体場の職員さんに尋ねてみると、この時期に出産時期を控えた哺乳類型の魔物を見つかるだけ倒してきたらしいです。いくら凶暴な魔物であっても、出産中は隙が大きくなり倒すのは容易です。特に強力な魔物ほど外敵からの妨害を恐れずに済むため、オスが付近を見回ることが少ないのだそうです。そういった時期には大量の討伐依頼が出るのです。そして今日、第一陣が帰ってきたということらしく、解体所は魔物の死骸で溢れていました。


(多少、とは。)

『どちらかというと多ですね。』

(ここまで多いとなると、何度かに分けてやらないといけませんね……。もうゴミ集積場はいっぱいらしいですしさっさと燃やしてしまいましょう。)


 魔法炭でたき火を作り、その中にごみを放り込んでいきます。【ファイア】のよくある使い方で、すぐに燃やしたい場合は魔物の油を塗りこんでおくのですが、経費削減のため特にそういうのはなしです。今回は、魔法炭が燃えるときに発生する(らしい)燃えない空気をため込んでいくことにします。六方向から魔力で推すことによって発生した空気が逃げないようにとどめつつ、魔法炭の炎をたき火内部に向け続けます。

(あれ?燃え方がよくない……)

『たき火の周りに燃えない空気を閉じ込めたらそうなります。何か穴蔵にでも入れておかないと……』

(地下倉庫が近くにあったはずですし、少し借りますか。)


 職員さんにその旨を伝えたところ、地下倉庫から一時的に人払いをしてもらえました。まぁ、地下倉庫なんてまず人がいないのですけども。


 燃えない空気を地下倉庫にとどめつつ、燃やしていきます。大分ゴミが熱せられてくると、ゴミ集積場の床に融けた油が少しずつ広がっているのが見えてきました。あれが燃えないようにすればいいわけです。

(燃えない空気をゴミ集積場の床付近にとどめておく……と。)

魔力に依る魔法触媒のコントロールは、一魔法としては呼ばれないのですが、仮に名前を付けるならば(【燃えない空気・コントロール】……)

『ネーミングセンスも磨かせるべきですね……』

(うっ、うるさいです!じゃあご老公はどんな名前がいいと思うんですか!)

『燃えないように守るのです、【プロテクション・ファイア】でいいでしょう。変にコントロールなんて名前に入れても、締まらない名前になるだけですよ。』

(うっ……。)



(おっと、油が広がり続けてしまっているみたいです。範囲を広げないと……。)

『ある程度以上炎から遠ざけたら油は自然に冷えます。範囲は今のままでいいでしょう。』

(そうはいっても、油が外に広がって出てしまうのでは、また広がった油を片付ける必要が出てきてしまいます……。燃やす部分の中心が一番深くなるように傾斜を付けて貰いますか。今日言っておけば、今度までに整備しておいてもらえるでしょう。)


 第一陣が燃えた後、床に溶け広がったのちに固化した油をショベルで掬い、一点に纏めておきます。こうしないと、次に燃やすときに床全体が燃え広がってしまう恐れがありますからね。本当ならばここでも魔引石を使って【クリーン】したいところですが、今日に限っては使うことができませんでした。


 広がった油が燃えないようにしつつ、ごみを燃やし、その繰り返しを続けて日が暮れ始めたころにようやく作業は終わりました。いつもはおやつ時に終わることを考えると、倍以上の時間がかかったことになります。さすがに給料も相応に高くなるでしょうが、いつもの楽な仕事と比べて大分疲れてしまいました。しかも、この後には魔引石の交換願いの書類を書かないといけません。いつもの三倍はもらいたいところです。お給金の増額に胸を膨らませながらさっさと書類を書き上げ、私の業務の監督者でもあるパーヴェルさんのハンコをもらいに行きました。すると、申し訳なさそうな顔をしたパーヴェルさんが待っていてくれました。


「リリヤさん、今日はお疲れ様でした。解体場から油分の多いゴミが多くなるって話が回ってきていたからああいったのだけれども、いつもの分に増してゴミが増えるということだったようです。こちらの確認不足でした、すみません。」

「いえいえ、別に大丈夫ですよ。できれば今度からは目安時間を教えてほしいですけれども。……油に気を付けないといけないのもそうですが、何よりいつもより長時間働くっていうことに慣れなくて、疲れた感じがします。これは、パーヴェルさんたち職員さんを前に言えたことではないんですが。」

「そんなことはないですよ。魔法使いギルドの方と比べて、ぼくら冒険者ギルド職員はプライベートタイムで日常的にレポートを書いたりはしていませんからね。公私合わせた総量で見れば、私もあなたも大変さは変わらないでしょう。」

 


 その後もパーヴェルさんがこちらに謝り続けてきて、数十分したのちにようやく書類にハンコをいただけました。いい人なんですが、この辺なんとかならないものかという気持ちになります。ハンコついでに解体所のごみ集積場に傾斜を付けて貰うように頼んでおきました。


 そして待望の給料受け渡し。

「これが本日の給料です。」

 手渡された給料は、いつもの三倍といったところでした。魔法触媒は二倍程度しか使っていないので、実質的な儲けは三倍以上です。いい儲けになりました。このくらいの仕事量が毎日続けばお金に困らないんですが、経験上魔物が大量に持ち込まれるときしかこうはなりません。

「リリヤさん、明日も同様の作業量が見込まれます。明日もお願いできるでしょうか?」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」


 もっと安定して大量に儲かる仕事がほしいと切に感じます。大学卒ならば断然割のいい仕事がたくさんあるのですが……。時間が遅かったためすぐに家に帰り、大学に入りたい一心で今日の仕事内容についてのまとめを済ませてこの日は過ぎました。







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