第5話

(風車を回して空気を送る、ですか。)

(風によって回転して力を取り出す風車ですが、逆に別の力によって回転すれば風を生むというわけですか。確かに道理には叶っていますが、といっても魔法の力で動かすのは少し無理があるのではないでしょうか……)

『そこはもう、人力でやればよいでしょう。』

(うちわでいい話ですね。)

『とりあえず、魔力をそのまま回転する力に変換することができる装置さえあれば、この考え方もありということです。』



(では、なんで今この話を掘り下げたんですかね……?)

『なぜ今まで同様の試みがあったであろうにも関わらず、現在に至るまで成功していないかをリリヤに追体験させるためですよ。』

(要するに【ファイア】の小手先での強化は不可能であって、上位の炎魔法を覚えろということですね……。最初からそう言ってくださればいいものを。)

『魔法史400年。それだけの期間考察されてきた学問ですからね。そう簡単に改良ができるのであれば、すでに行われているはずですよ。』

『そして、鎮火技能を極めるしかない。この結論にたどり着けば炎魔法の神髄は理解したも同然です。』

(夢も希望もありゃしないですね。)


ふと考えてみるとあることを思い出しました。そもそも炎魔法を強化する方法として挙げられていた手段のうち、もっとも手っ取り早くて金のかかる方法です。

(まさか上位炎魔法は魔法触媒の格が上がるだけとか?)

『ははは』

どうやらだいぶいい線をついてしまったようです。これ以上話を進めても悲しくなるだけだと感じ、先ほど分かったことを紙にまとめてこの日は終わりました。ただ……


(なんで、鎮火についての記述まで閲覧することができないんだろう。)

『……』

返答が来ないあたりご老公すら知らないのでしょう。まるで見当もつかない問題ですが、この問題は魔法大学に入ってから議論するしかないのでしょうか……。




 そして、【ファイア】の性質とその強化方法への考察および自然発火への対処方法へのレポートを書き上げた私は、魔法使いギルドに応募届とレポートを同封して提出しました。応募届を入れただけにしてはやけに分厚い封筒に魔法使いギルドの受付では多少驚かれたものの、想定の範囲内だったらしく無事に受理されました。


 魔法使いギルドは、異常なほど短時間で終わる仕事を斡旋しています。余り過ぎてしまう余暇を過ごす方策として、研究をすることを奨励しています。よくできた独自性のある内容のレポートを魔法使いギルドに提出すると、魔法使いギルドに収容されて申請した人が初めて研究成果を得たというお墨付きをもらえます。こうしてお墨付きを得た内容で商売を起こすときには、本人に一定額の技術料を払う必要があります。こういった事情から専売特許制度と呼ばれています。とはいえ、大卒でもないとまず通りませんが。

 また、大学入学前のものでもレポートの出来具合を品評してもらうことができます。魔法使いギルドの副局長以上の方に優秀だとお墨付きをもらうと同時にお小遣いがもらえます。魔法使いにとってのお小遣いなので相応に高額でして、大学を出ていないものからすると大金です。

 レポートを書くことを奨励するために、魔法触媒しか売らない魔法使いギルドが紙とペンとインクだけは安値で販売しています。よって、魔法使いにとって図書館での勉強は下手な趣味を持つよりよほど安上がりで、合理的な趣味として一定の人気があるのでした。そういったこともあって、魔法使いはレポートを日常的に書いています。

 かくいう私も今よりもっと幼いころから図書館に籠りきりの生活でした。同い年の少年少女は働きながらとはいえもっと歓楽街で遊んでいるというのに、私と来たら趣味は甘いものを食べるか図書館で勉強だけ。同い年の友達などできるはずもありませんでした……。まぁ、パン屋やクレープ屋の主人などとはご贔屓様として歓迎されていますが、社交辞令の範囲内でしょう。友人と呼べるのは仕事場での付き合いくらいでしょうか、それでも一般に言う友人とはだいぶかけ離れています。

 仮に魔法大学に入学できたとすれば、年齢が同じとは限りませんが魔法に強い興味関心があって仲良くなれそうな人たちがいっぱいいるはずです。友達百人できるかな計画も立案中です。すごく夢が膨らんでいます。



「……さん」

お友達ができたら炎魔法の強化について話をするんだ。そして……

「リリヤさん!」

「はい。リリヤです。ええと、クラーラさんどうかしましたか?」

「大丈夫ですか?応募届を提出されてからずっとその場に立ったままでしたよ?いつまでも動かないものだから、声をかけましたけども体調でも悪いのではないですか?」

魔法使いギルド受付であるクラーラさんは世話焼きで、何かあるとすぐに声をかけてきておせっかいを焼いてきます。私に身元保証人がいないことも知っていて、とても親身になってくれているのです。


「いやいや、大丈夫ですよ。昨日もきちんと早寝してご飯も食べてますし。熱も出てないです!元気元気。」

「そうですか、それはよかった。それにしてもよく考えましたねリリヤさん?」

「え、レポートを入れたことですか?自己アピールしないと私なんて埋もれてしまいますし……。」

「もちろんそのこともあるのですがとある事情があって、この検査は魔法使いギルドの各支部が責任をもって行うことになります。そのため、このレポートは必然的に副局長、局長クラスの目にとまることになります。特待生制度にひっかからなかったとしても、レポートが評価されて得られるお小遣いは魔法大学入学の初期資金程度にはなるのです。またレポートが評価されるほどならば、上のほうの人が身元保証人になってくれるでしょう。あなたは保険として最上の一手を打ったんですよ。まぁその調子だと意図的ではないようですが。」

「とある事情ってもしかしてお……」

王子と言おうとしてところでクラーラさんに口元を抑えられた。

「私の予想より、だいぶ深く考えてきているのね。不思議なものね。」

(褒められた気がしない。)

『褒められてないですから。』


「そのことは魔法使いギルドのある程度以上の知識階級では広まっているのだけれども、あなたくらいの年で感づいている人はあまりいないはずよ。公式には発表できない情報だから、これ以降魔法使いギルドの外では言わないようにね。」

「はい、わかりました。」

「よろしい。優秀なリリヤちゃんにお姉さん一つアドバイスしちゃうよ?」

それは職務上言っても大丈夫なのでしょうか。

「対して魔法使い人数もいない町だから、検査内容は応募者に合わせて作られるはず。今やっていることについて深く考察しなおすことが重要だと思うのよ。」

「そもそも今から学ぶ意味のある人はこの町で20人未満でしょうからね。大学で学べないほどの低年齢層をのぞいたら10人ほどしか残らないでしょう。よって丁寧に検査する必要がある以上、個別メニューになるのも当然ですか。」

「そうね。ほんとよくわかってるわね。いつも抜けてるくせに頭がよさそうな発言ばかりする。」

「クラーラさん!私は別にバカってわけではないですよ!」

「その辺、意識はしてるのね。」

少し怒ってしまいましたが、とても楽しくて有意義な雑談タイムでした。職務の範囲内で教えてくれた情報としては最大限譲歩した形でしょう。ご好意を無駄にするわけにはいきません。頑張らなければ。



 図書館に来た私は、紙とペンをもって先ほどのことを整理しました。「リリヤに合わせた試験内容を行うから、それに合わせた勉強をしてくること」と言われました。【ファイア】の強化についてはこれ以上の進展が望めないため除外するとして、鎮火についての考察はまだできるでしょう。となると、燃えない空気を操ることによる消火の実地レポートなどを取っていく必要があります。お金に余裕はないので、仕事中に意識して行うことにします。

あとは、私がよく受けている仕事内容についての整理ですか。魔法使いギルド側はこちらが受理している仕事内容についてはすぐにわかるでしょうし、そこを意識して詰める必要がありそうですね。【ファイア】についてはこれ以上はいいとして、【クリーン】の魔法、というか魔引石への考察をするといいのかもしれません。

 そのうえで大事なのは、私がすでにレポートを提出してしまっていることです。検査までの期間はまだまだあるので、この期間中にどれだけ進歩させたかについても検査での評価点に入るでしょうどれも足がかりは出来ているので焦らずゆっくりと行えばいいというのが精神的に楽ですね。

 さて、仕事まであと2時間もあることですし、ゆっくり資料探しでもしますか。


『そろそろ仕事の時間です。』

(あっ、お昼のベルがなってる!今日も急がないといけないのですか……。)

『二度あることはといいますしきっと明日もこうなるんでしょうね。』




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