第三章 自由革命軍 1
ゲマナ城を攻略した際にできた瓦礫を積み上げて、自由革命軍は区の中心部にバリケードを築き、街路を封鎖した。これに対し、政府側はデスピナとフィリップの軍を動員してバリケードの破壊を試みたが、ルクスが指揮する革命軍の主力部隊は数日にわたってこれを撃退した。
革命軍は圧政に反対する民間人から構成されており、本来、戦いの素人である。その彼らが政府軍と互角の戦いを繰り広げられたことには、いくつかの理由があった。帝都に駐留しているはずの近衛軍の大部隊が、辺境の鎮圧のため都の外に出ていたこと。もともと民間人である革命軍の兵士を殺戮することに、政府軍の下級兵士たちの中でためらいがあったこと。革命軍が強力な魔導戦器を巧みに活用していたこと。ゲマナ区の多くの市民が革命軍を支持したこと。そして、革命軍の各部隊が意外なほど組織的に運用されていたこと、などである。
「あのルクスという男、相当なやり手のようだな」
再び白銀の鎧に身を包み、革命軍の騎士・シルバーとなったエッツェルは、今や革命軍の本拠地であるゲマナ城へと足を踏み入れた。大理石で作られた白亜の城である。
エントランスの階段を上ると、迫りくる殺気が、不意にエッツェルに降り注いだ。間一髪、身をよじって襲撃をかわすと、つい一瞬前までエッツェルが占めていた空間を、雷をまとった虹色の鋭利な槍が駆け抜けていく。冷や汗が、全身を覆う白銀の鎧の中を伝った。
罠か? 俺は、誰かに陥れられたのか? 不吉な予感が脳裏をかすめたのは、政府軍を裏切り、革命軍でも正体を隠しているというエッツェルの後ろめたさゆえかもしれない。
「ふん、逃げずにちゃんと来たようね」
虹色の短槍を手にし、正面広間でエッツェルを待ち構えていたのは、セミロングの金髪の娘だった。シャルロットだ。殺気は、すでにない。
「お前か。驚かせるな」
「ちゃんと手加減はしたわよ。あの程度の攻撃もかわせないようだったら、自由革命軍に加わる資格なし、って追い返そうと思っていたけど、一応、合格ね」
「それはどうも」
「聞きたいことは山ほどあるけど、まずはこちらに来て頂戴。会わせたい人がいるから」
シャルロットは、ゲマナ城の中を我が物顔で歩いていく。赤いカーペットが敷いてある正面階段をのぼり、踊り場で折り返して二階へと進む。幾人もの革命軍の兵士たちとすれ違った。燃えるような闘志と気概を発散させている若い兵士もいれば、一見、ごく素朴な農民のような男もいる。シャルロットに付き従いながら、「この建物は、もうすっかり革命軍のものなのだな」とエッツェルは感慨にふける。よく知っている施設のはずなのに、初めて訪れたような感覚があった。
案内されたのは、行政府であった頃は高官たちがサロンとして用いていた部屋だった。シャルロットがまず中に入ると、廊下にまで響き渡る元気な少女の声が、エッツェルの耳に飛び込んできた。アンジェリカである。
「シャル! 遅かったじゃない。アンジェリカは待ちくたびれちゃったよー」
「ごめんごめん。でも、待った甲斐はあったと思うよ。えー、こほん。愛しの君をお連れしましたわ、お姫さま」
白銀の鎧兜に身を包んだエッツェルが姿を現すと、アンジェリカは「なにもの!?」と大仰な声を上げた。人質という立場を分かっているのだろうか、まったく緊張感がない。
「俺だ」
扉を閉めたエッツェルが兜を取ると、たちまちアンジェリカは瞳を輝かせた。
「エッツェルさま!」
エッツェルに駆け寄り、ジャンプして両手を彼の首筋に回すと、すりすりと頬ずりをしてくる。よほど嬉しかったらしい。心細くはあったのだろう。
「エッツェルさまは、お元気でしたか? アンジェリカは元気です!」
「あ、ああ。俺も元気だった……」あることに気付いて、エッツェルは仰天した。「って、ちょっと待て」
部屋の中には、もう一人いた。黒いローブの女である。フードを被っているが、顔の下半分が露出している。メディアと名乗った魔女に間違いない。
「お、お前……なぜここに」
さすがにエッツェルが絶句すると、メディアは何食わぬ体で口を開く。
「久しぶりだな、エッツェル皇子。実は、わたしも先日から自由革命軍の一員となったのだよ。先輩風をびゅんびゅん吹かせるから、そのつもりでいてくれたまえ」
「びっくりだよね」とアンジェリカ。「このおねえちゃん、クレアねえさまにそっくり!」
メディアはフードを完全に取り払った。やはりクレアと同じ顔である。
「そ、そうだな、俺も初めて会ったときは、驚いたな」
ぎこちなくそう言って、エッツェルはアンジェリカを椅子に座らせ、メディアにそっと耳打ちした。
「どういうつもりだ」
「安心したまえ。自由革命軍の中に、クレアの顔を正確に知っている人間はほとんどいない。彼女は革命軍とは侍女を通じてやりとりをしていたし、シャルロットも死に顔を一度見た程度なのだよ。後はアンジェリカを言いくるめれば問題ない」
いくら何でも、それは無茶ではないか。そう思うエッツェルだが、メディアは薄く笑って説明した。
「大丈夫。わたしがクレアと同じ顔をしていることは、誰も不思議に思わないさ。『
未知の魔導の力が働いているということだろうか。確かに、そういう仕組みでもなければ、死んだ人間と同じ顔というのは不便で仕方がない。すぐに魔女だとばれてしまいそうである。
「ちなみに君とわたしとは、死んだ婚約者にそっくりなわたしを街で見かけた君がナンパしてきて知り合ったという設定だ。ちゃんと話を合わせてくれたまえ」
「いや、ちょっと待て」エッツェルは頭を抱える。「俺のイメージが」
「『
「いやだから俺は――」
覇者を目指すとは言っていない、と反論しようとして、エッツェルは口をつぐんだ。メディアとは、今後にわたって協力関係を築かなければならないのだろう。アンジェリカのそばにいて彼女を守ってくれるというのなら、悪くない話ではある。
「死んだ恋人に似ているからって、いきなり口説き始めたんですって?」シャルロットがため息をついた。「これだから男ってのは、信用ならないのよ」
誤解を解くべきか、それとも誤解したままにさせておくか、エッツェルが思案を巡らせていると、アンジェリカがぱあっと明るい笑顔でまくしたてた。
「ねえねえエッツェルさま。シャルって、すごいんだよー。女の人なのに、『かくめいぐん』の中で一番強くて、大人の男の人たちも、誰もかなわないの。みんなが、まるで化け物だって驚いてるよー」
「だから化け物じゃないっつーの!」
「あはは。シャルって、それ言われるの、本当に嫌いなんだね」
「大人をからかうな!」
「自分もまだ未成年だろうに、大人ぶるのはやめたまえ」
いつの間にやら、アンジェリカ、シャルロット、そしてメディアはすっかり打ち解けた様子である。意外な展開に軽い困惑を覚えながら、エッツェルは口を挟む。
「アンジェリカ。ここでは俺のことをシルバーと呼んでくれ。いや、今はエッツェルでいい。シャルロットやメディアは俺の素性を知っているからな。他の人がいるときだけだ。エトルシアの皇子である俺がここに出入りしていることがバレると、いろいろとまずいんだ。分かるな?」
「アンジェリカはいい子だから、分かりました!」
アンジェリカは、素直にうなずく。もともと姉に似て聡い娘である。
「それから、もうシャルロットから聞いていると思うが、クレアを殺したのは、自由革命軍ではなかった。政府軍――それも、俺の兄姉たちの中の誰かだ」
アンジェリカの顔から笑みが消えた。唇をぎゅっと噛み締める。
幼い彼女にこんな話をするのは酷だろうか? だが、いずれは話さなければならない事実だ。
「俺は、クレアの仇を討たなければならない」
「クレアねえさまは、エッツェルさまが犯人に復讐することを、望んでいるのかな?」
思わぬ質問に、エッツェルは言葉を詰まらせた。まさか、ただの子どもからそんな問いが出ようとは。
「それは――」
「アンジェリカは、分かってるよ。エッツェルさまは、ただ自分が復讐をしたいから戦ってるわけじゃないんだよね。何て言うんだっけ、シャカイをヘンカクするために戦ってるんだよね?」
「ああ――そうだ」
うなずきながら、そのような考え方もあるのか、と気付かされるエッツェルであった。結局のところ、あの腐り切った皇帝を打倒し、社会を変えないことには、クレアのような犠牲者はまた現れる。
シャルロットが手を挙げた。
「そのことなんだけどさ。クレア公女を殺した犯人が、あんたの兄姉の誰かだっていうのは、いったいどういうことなの」
「犯人がクレアを殺すときに使った凶器のことを、お前は話してくれたな?」
「ええ。あの鷹の紋章が刻まれた黄金の短刀のことでしょう?」
「そうだ。あれはだな……実物があれば話は早いのだが」
「これをお探しかな?」
扉が開いて、赤毛を獅子のたてがみのようにたなびかせた若者が入ってきた。手には、白い布のようなものを持っている。何か大事なものをくるんでいるようだ。
「よう、エッツェル皇子、じゃなかった、同志シルバー君」
ルクスである。一見すると世間知らずの不良学生のようにしか見えない若者だが、この男の頭脳が非凡なものであることを、すでにエッツェルは知っている。
ルクスは布を広げて中に入っていたものを取り出した。まさに今話題になっていた、黄金の短刀である。
「これが、クレア公女を殺した犯人が使った凶器だ」
「でもこれ、刃の部分がフニャフニャのペラペラなのよね」
シャルロットがつんつんと指でつつくと、それだけで刃はぐにゃりと曲がってしまった。これでは武器としては使えない。
エッツェルは無言でそれを受け取り、柄を握りしめた。途端に刃はまばゆい光沢を帯び、輝く光のオーラをまとう。驚いたシャルロットが刀身に触れるが、硬さを取り戻した短刀はもはや曲がることはない。
「え? え? 何、どうやったの? 魔法?」
「これは、『皇閃剣アウグスタ』という。皇帝が自分の息子や娘たちに、護身用に与えた魔導戦器だ。七人が全員同じものを所有している。皇帝の血を引く者が触れるとたちまち鋭利な刃となるが、資格のない人間が触っても武器としては使えない」
百年ほど前、当時の皇太子が、自分の護身用の武器を暗殺者に奪われて殺されるという事件があった。それをきっかけに作成されたのがこの魔導戦器だ。
「犯人はこれを使ってクレアを殺した。つまり犯人は、これを所有し、使いこなすことのできる人物――俺の六人の兄姉たちの中の誰かだということだ」
部下を使って殺させたのではない。皇子もしくは皇女が、自ら手を下したのである。大胆な犯行と言わざるを得ない。なぜそんなことをする必要があったのか? 分からないことだらけである。
「でも、だとしたら話は簡単じゃない。七人がそれぞれ自分のを持っているんでしょう? あなたの兄姉たちの中で、今これを持っていない人間が、犯人ということよね」
「いや、それが違うんだ」エッツェルは頭を振った。
「実はあの夜、俺が持っていた『皇閃剣アウグスタ』が、なくなってしまったんだ。現場に凶器を残してしまった犯人が、そこから自分が犯人であると発覚するのを恐れて、俺から盗んだのだろう」
ルクスが目を細めた。納得していない顔である。
「それは確かなのか。あんたの短刀が盗まれた、正確な時刻は分かるか。どんな状況で、盗まれたんだ?」
「……あの日、俺はクレアを失ったショックで、我を失っていた。正直それどころではなかった。短刀が盗まれことも、ずっと後で気付いたんだ」
「でも普通、凶器をわざわざ現場に残していくかしら? 後になってマズイと気付いてエッツェル皇子のを盗むなんて、ちょっと間抜けな話よね」
シャルロットが首をかしげる。ルクスがそれに答えた。
「時間がなかったんだろう。慌てて短剣を引き抜くと、血が噴き出して、犯人が大量の返り血を浴びてしまうだろ。そうすると自分が犯人であることがバレてしまう。それを恐れたのではないか」
「あ、なるほど」
「そしてその後、エッツェル皇子の短剣をまんまと盗み出した。皇子に濡れ衣を着せることも考えていたのかもしれないな。ということは、僕たち革命軍が公女殺しの犯人ということにされてしまったのは、犯人にとっても予想外の展開ということになるのかな」
「さっすがルクス。そこまで読むなんて」
「だろう? 褒美に、おっぱい揉ませてくれ」
「こんなときに何をふざけてるの!」
「何を言う、僕はいつだって真剣だ!」
話を脱線させ始めたシャルロットとルクスに、エッツェルは困惑した。こんなときは、いったいどんな顔をすればよいのか。
「ルクスは、いつもこうなのか?」
メディアに尋ねると、彼女はふっと笑って答えた。
「ルクスは、いつもこうなのだ。これさえなければわりといい男なのに、と革命軍の女性陣はいつも残念がっているのだよ」
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