『背丈』

矢口晃

第1話

 小学校の卒業文集で、「将来の夢」の欄に私は「コック」と書いた。なぜコックかというと、別に小さい頃から料理が得意だったからというわけではない。また一流のシェフになりたいという希望があったからでもない。むしろ家では「危ないから」という理由でほとんど台所には立たせてもらえなかった。では、なぜコックか。実はただ単に「火」が好きだったからなのである。コックになれば、自然火のそばにいられる時間も多くなる。それで憧れた。火が好きなのなら消防士を目指す方が自然なようであるが、消防士になると人間の死体を見なくてはならない恐れがある。火は好きだが死体はごめんだ。ということで、私の将来の夢は「コック」に決まった。

 その頃は、学校が終わるといたずら仲間達とよく川原で焚火をして遊んだ。持っていくものはライター一本。燃料はすべて川原でこしらえる。まずは火種が必要なのだが、たいていは新聞や雑誌が落ちているからそれを使う。無い時は落葉を集める。火種の火が燃え移りやすいように、柴もたくさん集める。一度火が起こったら、あとはそこらに落ちているものを手当たり次第に燃やしてしまう。薪をどんどんくべて、なるたけ火を大きくすることが私の好みだった。自分の背丈よりも大きな火を見たかったのだ。しかし、火事になるのを恐れる他の仲間の制止に遭って、いつも中途で断念せざるを得なかった。

 焚火をする時には、別におまけをつけるのが私たちの楽しみでもあった。定番は焼芋である。川原で食べる焼芋は私たちにとってはご馳走だった。初めは「たかが焼芋」といった感じで、何も考えずにただ芋を焼くだけだったのだが、何遍か繰り返していく内には、さらにおいしく焼くコツなどの情報が仲間から伝わってきたりして、いつの間にか焼き方にもこだわりが出てきた。火の燃えている内に芋を入れるのはタブーだった。そんな人は必ず、

「駄目だよ、芋は余熱で焼かなくちゃ!」

と誰かに叱られた。空の牛乳パック芋を入れてから焼くと更においしく出来るらしいということも、その頃知った。石焼芋も時々やった。今から思えば、どんなに趣向を凝らして焼いたところで、焼芋は決して焼芋以上の味にはならなかったのだが、それでもこだわりだけは捨てずに持ち続けた。

 他には、湯を沸かしてカップラーメンを作ることもあった。それから滅多に無かったが、運が良いと仲間が自宅からマスやアユを持ってきてくれることもあった。串に刺して焼いて食べた。贅沢な味だった。

 当時の私は、火の性格をすっかり知り尽くしたつもりでいた。私にとって火は怖い存在などでは全くなく、むしろ何でもきれいに燃やしてくれて頼もしい、そのうえ金の掛からない最高の遊び道具だった。時々通りすがりの大人に叱られたりしたけれど、気をつけていさえすれば事故なんて絶対起こすはずがないと思って、気楽でいた。そんな時だった。

六年生の冬であった。その日も学校が終わると、私はOを誘って川原へ出かけた。薪はよく乾いているし、冷え切った体は暖を欲している。冬は焚火にうってつけの季節だ。

 橋のすぐ近くで火を起こし始めると、すぐに火は暮れ始めた。暗くなる前にもっと薪を集めておこうと、二人は少し遠出した。両腕に薪をいっぱい抱えて、私が先に戻ってきた。Oはまだ向こうで薪を探しているらしい。手の空いた私は、もう一度薪を集めて来ようとOの所へ行った。そうして近づいて何気なく見てみると、Oの拾っているのは薪ではなかった。それは、使い終わったスプレー缶であった。Oは缶を二本拾うと、新聞紙でそれを包んだ。ガスに火が点くと爆発することくらいは、当時の私も知識として持っていたので、

「それは止しとけよ」

と注意しながら、一方ではまさかくべるはずもなかろうと、それ以上気をつけなかった。

 ところが、実際は予想に反した。止せという私の注意などもとより顧みず、Oは焚火の場所に戻るや否や、何と拾ってきた缶を二本ながら火中に投じてしまったのだ。私はこの時、Oの性格をことさら甘く見過ぎていたのかも知れない。今から考えれば、Oがそれを本当にくべるであろうことくらい、容易に予測できたはずであった。それだけの実績を、Oは学校で立派に積んできた男だったのである。

 ある時は、理科の実験中にコンセントの穴にピンセットを突っ込んで危うく感電しそうになり、教室中を驚愕させた。またある時は平穏な休み時間中、興味本位から突然に火災報知機を作動させ、学校中を動揺させた。Oはふとした衝動から何でもそれを行動に移して見せる、まことに少年らしい奔放さを持った男だったのである。そんなOの特徴的な性質を、その時の私はすっかり忘れてしまっていたのだろう。

 さすがに恐怖を感じて、二人はすぐにできるだけ焚火から離れた。そして川原のやや窪んだ所に身を隠して、固唾を飲みながら、(それでも多分の好奇心をもって)焚火の方を窺った。何秒くらいそうしていただろう。焚火は何ら変わることなく燃え続けている。大爆発を予想していた私は、少し拍子抜けした。と同時に、何事も起こらずにほっとしたのである。ところがOにとってはそれが大いに不満であったらしく、徐に立ち上がると、小枝を手に焚火の方へと歩み寄った。私は依然として身をかがめながら、Oの動向をじっと見守っていた。Oは焚火を覗き込むようにしながら手にした棒で荒々しく掻き回すと、もと居た窪みに帰ろうとして、二、三歩歩き始めた、その時である。

「ドーン!」

 鼓膜が張り裂けんばかりのけたたましい爆発音が、辺り一帯に轟いた。物凄い地響きに、私は一瞬何が起こったか分からなかった。同時に目の前には、見たこともないとてつもなく巨大な炎の塊が、柱となって立ち昇っていたのだ。黒々と煙に覆われたそのてっぺんは、夕空の雲に届きそうなほどの勢いだった。火柱は真ん中辺りでちぎれて空へ消え、轟音は山々にぶつかりながら、いつまでも空に反響していた。Oは爆発と一緒に腰を抜かして倒れ込んだため幸いにも無事で済んだものの、もう一歩戻るのが遅かったらと思うと、その余りの恐ろしさに、二人ともしばらくのあいだ言葉を失った。

 自分の背丈よりも大きな火を見たのは、この一度きりだ。

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『背丈』 矢口晃 @yaguti

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