第44話 シルフの選択

 まだ夜だ。食べ物も貰って来た。俺がマーレシアと正式に契約した魔法士だと言ったら、屋敷の下働きが食料を分けてくれた。

 夜出歩くのは危ないらしい。夜行性の魔物が多いのだろうか。俺は無料宿泊所に食料を持って戻った。


 相変わらずほかの客はいない。

 俺はがら空きの土間に腰をおろした。

 エルフのシルフとウサギそっくりのアリスがついて来た。


「ソウジ、本当にいいのか?」

「……何かまずかったか?」


 突然切り出したシルフに、俺は逆に問い返した。俺としては、他に選択肢がなかったと思っていたのだ。


「能力を奪われたじゃないですか。あれは、怒るところですよ」


 アリスに後ろ足でタシタシと蹴られた。アリスに蹴られても心地よくしかないのだが、アリスにとっては精一杯の攻撃であることは承知している。


「確かに……レベル2から1に戻ったのは痛いけど、レベルが1から2に上がるのに、何日もかからなかった。これ以上使い続けても2までしか上がらないんだろう? なら、怒るほどのことじゃない」

「火の魔法も使えたんですよね? 怖い魔法ですけど……その分強かったはずなのに……」


 アリスは憤懣やるかたない様子である。


「ああ。あれも奪われたが……レベル1ではできることも限られていたし、誰かから奪わないとレベルも上がらないんだろう。新参の魔法士を騙して、これまではミリアに集めていたって言ってただろう。これからは、俺からは奪わない。俺が他の魔法士から奪った力は俺にくれるって約束したんだ。授業料だと思えば悪くないさ」

「ソウジは、ヒナさえ手に入れられればいいんだろう」


 シルフがつまらなそうに言った。俺が貰って来た食料を突いている。小麦を練って焼いたものに似ている。原材料をそのまま食べることしかしてこなかったシルフには、珍しいものだったのだろう。


「それもある。それに……」

「なんです?」

「シルフ、食べてみろ。元は植物だから、シルフが今まで食べてきたものとそれほど変わらないはずだ」


 俺は、パンと思われるものを指で突いているシルフに声をかけた。


「う、うん……」

「わ、私はいいです。さっき、美味しそうな草を見つけましたから。それより、何か言いかけましたね?」

「ああ。ウサギにしてはいい記憶力だ」

「褒めてもごまかされませんよ」


 アリスがくしくしと耳を掻きながら、赤い目を向ける。どことなく嬉しそうだ。


「俺が異世界から突然飛ばされる世界にしては、魔法士に与えられる能力が弱すぎる。精神魔法も生命魔法もレベル2が上限で、固有魔法はレベルが上がらない。強くなりたければ魔法士から石版を奪わなくてはならない。逆に言うと……強くなれない仕様なんじゃないか? この設定で強くなれるようなずる賢い人間だったら……俺はそもそもこの世界に来ていない。元の世界で満足しているよ」

「……諦めるのか?」


 シルフはパンをかじってみた。口に含み、微妙な顔をしている。一旦口からパンの残骸を取り出してから、俺に尋ねた。


「俺はもともと、人生の負け組だったのさ。この世界にきて、元の世界じゃ体験できなかったちょっといい思いができた。ヒナにも会えたし、こんな素敵な仲間にも巡り合った。これ以上、特に望むこともないさ」


 俺がアリスの艶やかな毛皮を撫でると、いきり立っていたいたアリスは俺の手に毛並みを押し付けて来た。


「わ、私は、怒っているんですからね」

「わかっているよ」


 だが、アリスはそれ以上なにも言わなかった。シルフは、俺が起きている間中、パンと格闘していた。


 ※


 朝起きると、シルフとアリスはすでに起きてじっと俺の顔を覗き込んでいた。


「……どうした?」

「ソウジはこれからどうする?」

「マーレシア様に挨拶をして、竜兵を追うつもりだよ」


「じゃあ、貴族との契約魔法士になるんですね?」

「ああ。もう契約はしたし……仕方ない」

「……そうか」


 シルフとアリスが次々に言い、二人が揃って立ち上がった。


「どうした? 散歩か?」


 シルフは背を向けた。アリスが告げる。


「楽しかったです。いい魔法士もいるって……他にもウサギの魔物がいたら言っておきます」

「どうした? どこかへ行ってしまうのか?」

「あたしたちは、魔法士が死なないように案内するのが役目なんだ。貴族と契約した魔法士とは一緒にいられない。これからは、貴族に面倒を見て貰えばいい」


「ちょ、ちょっと待て……ここでさよならってことか?」

「そうですね」

「な、なぜ言ってくれなかった?」

「言ったらどうしていました? 能力を奪われても平気なんでしょう?」


「今までにも、何人か魔法士には会ったことがある。あたしやウサギを見つけると、捕まえて見世物にしようとしたり、奴隷にしようとしたりした。与えてくれたのはソウジだけだ。でも……貴族に騙されて能力を奪われると、怒って戦って……死んだ。貴族のことを信用しなくて、強い魔物に殺された魔法士もいる。ソウジのことは好きだけど、一緒にはいられない。貴族は、魔物を見つけたら、殺さないといけないんだ。ソウジが魔法士として契約したのなら、そのうちソウジはあたしたちを殺さなくちゃいけない」

「……そうか……」


 俺は、アリスとシルフに出会ったときのことを思い出した。二人には命を救われた。

 短い間だったが、楽しかった。二人は俺を騙さなかった。マーレシアともミリアとも違う。


「アリス、シルフ」

「どうしました?」

「止めても無駄だよ」


 戸口から出て行こうとしていた2人が振り向いた。


「ヒナを助ける。そこまでは……マーレシアに従う。ヒナを助け出したら、貴族とは手を切る。それなら、また会えるか?」

「ええ。いいですよ」

「信用できないだろ。あたしたちを殺しにくるのかもしれない」


 態度を変えたアリスに比べて、人間により近いシルフは首を振った。


「そ、そうですね。ソウジは人間ですからね」


 アリスが後ろ足で土を掻いた。俺に土をあびせようという攻撃だ。もちろん、俺には全く届かない。


「信じてくれ」

「ええ。いいですよ」

「殺されるのはごめんだ」

「……ああっ! 本当だ」


 シルフの後ろ向きの考えに、アリスが驚いた。


「じゃ、じゃあ……ヒナを連れてくる。ヒナから話を聞いてくれ。ヒナは魔法士じゃないから……貴族と契約することはない」

「人間だって貴族に雇われる。もし、あたしらに信じて欲しいなら、貴族様の首でも持ってくるしかないだろう」


「ええ。首を持って来たら……死んじゃうんじゃないですか? あっ……ひょっとして、貴族は首をとっても死なないんですか?」


 アリスの問いに、俺は答えられなかった。アリスのふかふかの毛皮を押して、シルフが無料宿泊所から出て行ったために。

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