第43話 貴族マーレシア

 俺は、貴族マーレシアと契約をするために魔法の石版を差し出した。

 マーレシアが持つノートパソコンそっくりの装置と繋げるコードが何本もあり、そのうちの一本に俺の石版が繋げられた。


「ミリアも」

「よろしいのですか?」

「ええ。ミリアが適任です」

「わかりました」


 ミリアは言うと、自分の石版を差し出した。

 マーレシアは受け取り、ノートパソコン型の装置から伸びた別のコードに繋ぐ。


「ミリアは契約済みなんだろう?」

「もちろんよ。これは更新なの」

「へぇ」


 契約には定期的な更新が必要なのだろうか。俺は、深く考えずマーレシアの操作を見つめていた。

 装置を見つめていたマーレシアが、装置の蓋を下ろす。


「終わりましたか?」


 相手は貴族である。俺の口調もこころなし丁寧になった。


「これでいいはずです。画面を見てください。私の貴族紋が現れているはずです」


 俺は石版を渡され、画面を注視した。

 確かに、画面一杯に、蛇と薔薇をあしらったような紋様が見える。マーレシアの貴族紋というものなのだろう。

 だが、俺の目を引いたのは、マーレシアとの契約者であることを示すただの紋様ではなかった。


「……火炎魔法が消えているが……なに? 精神魔法と生命魔法のレベルが1に戻っている」

「そう。お気の毒」


 ミリアは自分のタブレッドを見て、やや頬が緩んでいる。


「貴族と契約すると、こうなるのか?」

「そうとも言えますね」

「……ミリアは? 契約更新で、レベルが下がったのか?」


 俺の問いに、ミリアはマーレシアに視線を向けた。


「マーレシア様、全て言った方がいいと思います。このレベル差であれば、私に逆らえるはずがありません」

「そうですね……ソウジといいましたね。あなたが持っていた魔法の種類とレベルは、ミリアに移しました」

「はっ?」


 ミリアが俺にタブレッドの画面を見せた。重要な情報だから、他人には見せるなとミリアが言ったことがある。

 手で画面上部以外は隠されていた。だが、俺が教えられた時より、精神魔法と生命魔法のレベルが上がっている。


「貴族様を守るために、より強い魔法士が必要なのよ。もちろん、マーレシア様の最強の魔法士は私よ。この世界に来た魔法士は、必ず精神魔法、生命魔法と、個別魔法をランダムに与えられる。精神魔法と生命魔法は、経験を積むことでレベルが2まであがる。それ以上にレベルを上げたいならば、ほかの魔法士から奪うしかない。個別魔法の種類もレベルも、経験を積んでも上がらない。レベルを上げ、魔法を増やすためには、他の魔法士から奪うしかない。魔法士から魔法を奪うには、石版を貴族様の持つ装置に接続して、貴族様に操作してもらわなければならない。わかる? この世界には、ソウジと同じ状況の魔法士がごまんといるのよ。でも、安心しなさい。精神魔法と生命魔法は、もう一度経験を積むことでレベルは戻るわ。固有魔法が欲しいなら、貴族様と契約していない駆け出しの魔法士を騙すのね」


 俺は脱力した。怒る気にもならなかった。床の上に座り込んだ。

 背後に、シルフとアリスがいた。


「……聞いていただろ?」

「ええ」


 シルフはただ心配そうに俺を見つめている。答えたのはアリスだ。


「……知っていたのか?」

「魔法士に何か仕事をさせたいってことは聞いたことがあります。そのために、強くしたいとか。でも……魔法を奪えるなんて……初めて聞きました」


 アリスは短い前足で、長い髭の生えた顔をこすった。ストレスを感じているのだ。なんのストレスかはわからないが。


「どうします? 契約を解除することもできますよ」


 マーレシアは表情も変えず、俺に尋ねた。


「それで、俺の固有魔法を戻してくれるわけではないだろう?」

「ええ。ただ、これまでに会った大部分の新参の魔法士は、騙されたと言って契約解除を選択しました」


「……俺が精神魔法のレベルをまたあげた場合とか、ほかの魔法士の石版を奪ってきても、またミリアに力を集中させるのか?」

「このまま私に仕えるのであれば、それはないと約束しましょう。今後、ソウジが獲得した魔法は、ソウジのものとします」

「ソウジのこれと一緒に、私が接続しなければいい」


 ミリアが口を挟むが、俺は首を振った。


「いや……そうじゃないだろう。俺の石版を接続した時、ミリアは最初接続しようとしていなかった。魔法は……マーレシア様の装置にセーブすることができるんじゃないか? この場で全てをミリアに集めようとしたから、ミリアは躊躇したんだろう?」

「その通りです」


 マーレシアに悪びれた様子はない。それが当然だと思っているのだ。貴族なのだ。そういうものなのだろう。


「……わかった。これからも、マーレシア様に仕える。ただし、ヒナを捉えた竜兵を追わせて欲しい」


 俺はただ一つの望みを申し出た。

 俺の申し出に、ミリアが眉を吊り上げた。


「ソウジ、竜兵がどんなものか、わかって言っているのかい?」

「言語を理解する、もっとも強い魔物だろう?」

「あんたねぇ……」

「いいでしょう」


 ミリアの言葉を遮り、マーレシアが口を開く。

 ミリアが驚いて振り返るが、マーレシアに対しては何も言えなかった。

 マーレシアは続ける。


「ただし、なにがあろうと竜兵に戦いを挑まないこと。竜兵の歩みは遅いですから、追いつくことはできるでしょう。あなたの大切なヒナという女にも会えるでしょう。竜兵がソウジと話すことができたなら、伝えなさい。私の本宅に寄るように。竜兵が望む対価でヒナを買い取りましょう」

「……いいんですか?」


 ミリアが驚くほどには、俺に対して甘い譲歩なのだろう。


「その代わり、私の為に励みなさい」

「はい」


 俺は深々と頭をさげた。


「では、今日は休むように。出発の支度を整えなさい。夜に移動しないほうがいいでしょう」


 重ね重ねの言葉に、俺はマーレシアに感謝した。部屋を出ようとすると、シルフとアリスが付いてきた。

 俺はマーレシアとミリアを見る。シルフとアリスを貴族様が欲しがるのではないかと思ったのだ。ミリアは小さく首を振った。出ていけという意味だと理解し、俺は二人と共に外に出た。

 扉を閉め、背を預けて座り込んだ。力が抜けたのだ。


「ソウジ、能力を取られたんだろう? 怒らないのか?」

「しっ!」


 シルフが尋ね、アリスが黙らせた。アリスの耳が、閉じられた扉に向いている。アリスの口が動いた。


「マーレシア様、あの男を気に入りましたか?」


 しゃべっているのはアリスだ。アリスの耳はウサギそのものだ。聴力は俺よりはるかに優れている。

 俺は慌てて、石版をタップして生命魔法を起動し、耳に意識を集中させた。それでも、扉の向こうの会話ははっきりとは聞き取れなかった。アリスが続けた。


「あれほど薄汚れた魔法士は初めてです。孤児の集落よりさらに先に出現し、生きてここまでたどり着いたのは間違いないでしょう。私は、あえて能力を取り上げました。今までの魔法士全てに同じことをしましたが……ミリア一人を強化したほうが、効率的だからです」


「はい」

「その魔法士たちは、今どうしていますか?」

「死にました」


「ミリアが殺した者もいましたが、私を恨んで出て行き、魔物に殺された者もいます。能力を奪われた上で、私に仕えようというのです。多少は信じてもいいでしょう。それに……魔法士の力は、個別魔法のやりとりだけではない、別の方法で強化することもできるという噂があります。私のそばにおかず、自由に行動させる魔法士がいてもいいでしょう」


「承知しました。では、あの男はどうなさいます?」

「放置していいでしょう。竜兵を追って生きていたら、私の本宅でいずれ会うでしょう」

「承知しました」


 そこまで聞いたところで、俺はアリスを抱えて立ち上がった。

 意図的に俺を殺そうとはしていないのだから、俺も自分の目的に向かって行動するだけだ。


 アリスを頭に乗せ、俺は貴族の屋敷がある二階から地上に降りた。

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