第38話 限界の里
俺は少し迷った。旅人だと言うのは、少し無理があるようだ。旅の道具も持っていない。この男達から情報を得る必要はあるのだ。俺は、正直に言うことにした。
「孤児の集落の男達に追われて逃げてきた。解放されたはずなのに、どうも恨みを買ったらしい」
「ああ……そういうことがあるという噂は聞く。男を求めているはずなのに、その男を殺してしまうとか、おかしなことをするらしい。だから、孤児の集落は嫌われる。この間も、孤児の集落から買った女をつれた竜兵がいたな。結構可愛かったが……結局殺されるじゃ、割に会わないからな」
「あんたは、噂を知らないで女を漁りに行ったのか?」
もう一人の男が尋ねた。半笑いだ。まあ、生きて戻った以上、何があっても笑い話だ。
「そんなところだ。それより、竜兵が来たのか? 孤児の集落で女を買ったと言ったな」
それは間違いなく、ヒナだ。俺は希望と同時に膨らむ不安で焦っていたが、ここで不審なところを見せてはいけないと、極力落ち着いたふりをしていた。
「ああ。昨日出発したところだ。奴隷でも買いたいのか?」
「そう見えるか?」
「いや、そうは見えない」
俺は、かなりやせてしまっていた。服もしばらく変えていない。金があるようには見えないだろう。
「俺の知り合いが、俺の知らないうちに売られてしまったんだ。買い戻せないまでも、ひと目あっておきたい」
俺はほぼ正直に話した。わずかに混ぜた嘘は、ただ会うだけでなく、どんな条件で買い戻せるか、竜兵と呼ばれる魔物に交渉しようと思っていただけだ。
「あー……女か。確かに、孤児の集落から買ったって言っていた女は、気が強そうだったけど可愛かったな。あんたの身内なら、そりゃ残念だけど……そういう事情なら、なおさら竜兵には近づかない方がいいね。人間を商売にしている奴だから、人間の情っていうやつを一番警戒しているんだ。会う前に、殺されるかもしれないぜ。あんた……俺の目から見ても、商品にはなりそうもないしな」
人買いにも買われない。なかなかに酷い言い方だ。
「そうか。気をつける。でも、どっちに行ったかだけでも教えてくれないか? 大切な妹なんだ」
俺はまた嘘をついた。変に勘ぐられたくなかったのだ。別に悪意のある嘘ではない。
「そうか……中心街に行くって言っていたよ。かなりの高額で売る自信があるみたいだった。下手すれば、貴族に買われる。そうしたら、もう取り戻すのは無理だな」
俺の頭に、『貴族』の言葉がひっかかった。俺がこの世界に来てから、ほぼ山の中しか見ていないため、まともな文明があることすら想像がつかなかったが、ヒナも『貴族』のことは口にしたことがある。
ヒナは、俺があまりにも無力だったため、やゆする為に口に出しただけではあるが、『貴族』という概念が存在していることは間違いない。ならば、実在していても不思議はない。
俺は男たちに『貴族』のことを聞きたかったし、なぜ『貴族』が買うと買い戻すのは無理なのか知りたかったが、これ以上無知なところを見せて、警戒されたくなかった。
最後にするつもりで、俺は尋ねた。
「この近くに集落はあるのかい?」
「……あんた、どこの出身だ?」
しまったと、俺は思った。孤児の集落は、人間が集団で住む最果てに位置している。そこから逃げて来たと言った以上、孤児の集落から一番近くの集落のことは知っていなければ不自然だ。
「すまない……嘘をついた。俺は、孤児の集落の出身だ。たぶん嫌われると思って、嘘をついた。逃げだしてきたんだ。あの娘を追ってきた。竜兵に殺されてもいいから、ひと目会いたい」
「ああ……そんなところだろうな。ここまで汚い奴は、始めて見た。孤児の集落の出身だっていうなら、まあ納得だ」
咄嗟の嘘が、何とか通じた。俺が魔法士だと素直に言ったところで何も問題はなかったかもしれないが、得体の知れない力は隠しておいた方がいいだろう。
「……悪かった」
「いや、あんたは悪い奴じゃなさそうだ。気にするな。ここから半時も歩けば、この時間なら飯の支度をする家事の煙が見えるだろう。『限界の里』って呼ばれている。まあ、孤児の集落ほど辺鄙じゃない代わりに、たいした物も無いが、初めて孤児の集落から出たなら、驚くかもな。金さえあれば、飯を食わせるところもある。金……見たことあるか?」
さすがに最後の質問は失敬だと思ったのか、男は俺の表情をうかがうように心配そうに尋ねた。俺は首を振った。
「そういうものがあるのは、聞いたことがある。孤児の集落の中じゃ使わないから、たまに交易の時に利用するだけだから、俺は見たことはない」
半分以上想像だが、これまでに見聞きした情報を集めた結果だ。それほど離れてもいないだろう。男は納得してくれた。
「まあ……そうかもな。限界の里でも、それほど使うことはない。だが、持っていれば便利だ。他に交換するものが無い時は重宝する。とりあえず困ったら、働き口を探すことだ。金はもらえなくても、食べ物ぐらいは恵んでもらえるだろう。竜兵は、どの道そんなにすぐには移動しないし、かなりの値をつけていたから、あんたの妹が売られるまでには、時間がかかるだろうしな」
男は片手を上げた。話は終わりだということだろう。
魔物を警戒しているにしろ、食料となる獲物を探しているにしろ、あまり長く話しているわけには行かないだろう。
俺は、最初に出自を誤魔化したことを再び詫びてから、『限界の集落』に向かった。
男達の姿が消えた頃、俺は切り株に腰かけた。
頭に乗せたままの、アリスを腕に抱く。
「よく、我慢して何も言わなかったな。偉いぞ」
「もちろんです。人間は怖いですらからね」
「ウサギは、緊張して固まっていただけだろ」
背後の木から、にょっきと生えるかのように、シルフが顔を出した。
「し、失礼ですよ」
「どっちでもいいさ。アリスはさっきのでいい。お前が頭に乗っていたから、俺のことをおかしな奴だと思っても、警戒はされなかった。シルフも偉かったぞ」
「あたしは何もしていないぞ」
「ずっと、心配して見ていてくれたのはわかった。心強かった」
「……そ、そうか。まあ、たいしたことではない」
シルフはちょっとだけ照れたようだ。俺は頭にかぶっていた朝顔蔓の帽子をとって頭を撫でた。俺が言葉に詰まったとき、シルフが隙を突いて男達を攻撃するのではないかと、心配していたのだ。
少しばかり野生的に見えるシルフだが、実際は戦いを好まない平和な種族なのだ。
それから30分ほど歩くと、男達が言っていたように、空に上りあがる幾筋もの煙が見えてきた。
「山火事か?」
「そうみたいですね。逃げましょう」
シルフの言葉に、アリスが慌てる。俺は二人をなだめた。
「人間は食べ物を火で加工するのが好きだ。たぶん、その煙だよ。この辺りでは、毎日あんな感じなんだろうな」
シルフはずっと街道を歩いていた。実年齢はわからないが、並んで歩くと本当に妹のような気がしてくる。やはり朝顔蔓の足は歩きにくいのか、俺の手をずっと握ったままなのだ。
「どうして、そんなことをする? 危ないだろう?」
火は危ない。シルフはそういう理解なのだ。俺は笑う気にはなれなかった。現代に住んでいた経歴があるからこそ、火がどれほど恐ろしいか、俺はシルフより知っていなければならないのだと感じた。もっとも、俺が使えるもっとも魔法使いらしい魔法が『火炎魔法』なのであるが、いまだにレベル1でしかないし、黙っておくことにした。
「人間は肉を食べるからね。焼かないと硬いし、悪い虫もそのまま体に入れることになる。人間には必要なことなんだ。それに……シルフがくれる虫も、火を通すと美味しいかもしれないぞ」
「……そうなのか?」
シルフはどこから取り出したのか、手に芋虫を乗せていた。丸くなっている。すでに俺は慣れているが、こういう習慣も改めさせなければならない。もっとも、俺が特別貧弱なだけで、この世界の人間は普通に芋虫を食べているという可能性もある。
孤児の集落では食べなかった。
いずれにしても、決めつけはよくないだろう。シルフは、少し変わっている女の子だと思わせた方がいいだろう。孤児の集落から来たと言えば、逆に説得力があるかもしれない。
俺は色々と不安になりながらも、ようやく見つけた人間の里に向かった。
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