第37話 人間の痕跡
シルフとアリスと、二人と一匹で旅を始めてから、3日ほど経過した。
途中で凶暴な魔物に出くわすことを恐れたが、結局何も起きずに旅は続いた。
人間を好んで襲うような凶暴な魔物は、専門の人間が駆除するため、特に街道には近づかないのだと、シルフは教えてくれた。
人里がどこにあるのかは全くわからなかったが、街道を行くうちに、森の中の切り株が増えてきたことに気が付いた。
人間が木材を利用しているのだ。
心なしか、街道の敷かれた石も平らなものが多くなってきたようだ。石を選んでいるのか、自然に削られて平らになったのかはわからない。
そろそろ人間の里が近いのではないかと思いだした時、俺はアリスとシルフに言った。
「俺以外の人間が近づいて来たら、早めに教えてくれ。先に見つかりたくない」
「もちろんです。人間は怖いですからね」
「どうした? 同族だろう?」
一人と一匹の反応は全く違った。人間を脅威としか考えていないアリスと、動物の一種としか考えていないシルフの違いである。
「同族でも殺し合うのが人間だ。警戒するのにこしたことはない」
「ソウジがそう言うならそうなんだろう。でも、理由がなくて襲われたりはしないだろう?」
シルフは、まだ納得しかねていた。俺たちが人間に襲われる理由は様々だ。いまのところ、想定されるもっとも大きな問題はシルフの存在なのだ。
「俺と会ったばかりのころ、俺が死にかけていたのを覚えているか?」
「うん。つい最近だ」
「あれは、人間の男達にやられた。俺は、人間の女たちに雇われて、少しばかり女たちと仲良くしていた。男達も承知していると言われていたが、それでも、俺は襲われた」
「……どうしてそんなことが起こる?」
「俺にも説明できない。だが、そういうことが起こるのが人間の社会だということだ」
「わかった」
今度は本当に理解してくれた。だが、シルフは人間に憧れており、俺にはそれが嬉しかったのだが、その気持ちが変わってしまうのは残念だった。
もっとも、シルフを人間から守るためには、人間に対する憧れを捨ててしまったほうがいい。そうなれば、シルフは永遠に一人で生き続けるだろう。
その生き方が望ましいものかといえば、それも俺には自信がない。
もう一つ、俺はシルフの耳を隠すことにした。
「わたしのはいいんですか?」
アリスが自分の耳を触った。辛うじて、前足が耳に届く。アリスの毛深い耳を触るのは俺も好きだった。もちろん、アリスの耳を隠す必要は全くない。白ウサギである。隠したりすれば、その方が目立つ。
「アリスは、俺以外の人間の前では口を利くな。話をすれば、それだけで魔物だとわかってしまう」
「……そうですね」
「でも、耳を隠すと遠くの音が聞こえなくなる」
シルフは不満そうに言った。
「人間が多い場所に行くと、シルフの耳には気持ち悪くなるぐらい、たくさんの音が入ってくるはずだ。少しぐらい音を聞きにくくしないと、気分が悪くなるぞ。それに、その耳を出したままだと、シルフが人間ではないことがばれてしまう。人間に、シルフを攻撃する理由を与えてはいけない」
「……そうか。でも、どうする? あたしの髪では、隠せないぞ」
頭頂部付近まで伸びた耳を、髪で隠すことはできないだろう。
俺は再び朝顔の種を取り出した。
毎日一つずつ使用しているが、それ以上に増えるため、シルフが作ってくれた木の葉の小物入れはいっぱいになりそうだった。
朝顔を芽吹かせる。ここまでは、種自身の持つ栄養素だ。ここから、朝顔は俺の手に根を張り、栄養を吸収して成長する。
めきめきと大きくなり、俺がイメージをくわえ、長い蔓が形を成す。
明確に形を思い浮かべていれば、難しい作業ではなくなった。
俺は朝顔の蔓で、帽子を作った。
形は麦わら帽子である。シルフは体の線が細く、やせた少年のように見えるため、このぐらいでちょうどいいだろう。
最後に顎にかける部分まで作っていると、シルフは細い目を輝かせていた。
「も、もうちょっと、可愛いのが良かったな」
とても嬉しそうに、シルフは苦言を呈する。俺は笑った。照れているのだと思っていた。
「だが、朝になればまた花が咲くぞ」
「そ、そうだな。まあ、それならいいだろう」
シルフは俺の手から奪うように帽子を受けとり、頭にかぶせた。
耳も都合よく収まる。
これで、ウサギを連れた兄妹で通るだろう。もちろん、それは俺の勝手な主観であり、ウサギに連れられた親子だと思われる可能性もある。
「人間です」
アリスが俺に囁いた。俺に囁いたということは、シルフには当然のように聞えているということである。シルフは帽子を頭の後ろに当てており、耳は長く外に出ている。人間の集落に入るまでは、人間に見られるまでは、隠す必要はないと俺が言ったからだ。
アリスとほぼ同時に気づいていたらしく、俺が振り向いた時には、すでにシルフは木の影に隠れていた。
俺に言われて、人間を警戒する気になってくれたようだ。
シルフの手には、木製の小太刀が握られていた。元の世界で言うと、ペーパーナイフを荒削りにしたようなものだ。シルフは武器と言うものを知らなかった。森全体が住処なのである。食べ物も果物や虫であり、獲物を狩るという行為も必要なく、脅威となる生物が居れば住む場所を一時的にしろ変えればいいだけのことだ。
木の皮を削ることはあるので、小刀ぐらいの尖った石を道具として持っていたが、生物を殺すための道具としては物足りない。身を守るためだけであれば、木刀のようなものの方が実際には役立つだろうと言ったのを受けて、いつの間にか自分で用意していた。
人間は二人で行動していた。
俺も、隠れて見ていた。
孤児の集落の近くでは、あくまでも集落を守るために警戒し、食料となる動物を探す男達がいるだけだった。その男達に俺は殺されかけたわけだが、そのような事情がなければ命まで狙われることはないだろう。
だが、孤児の集落は人間の住む最果ての場所らしい。
次の集落がより小さいということはあり得ず、どの程度の規模かは俺には解らない。集落が大きいほど、盗賊の類が増えると考えていいだろう。
俺が見ている限り、人間たちは集落のために働く狩人のようだった。動物を狩り、同時に魔物に警戒しているのだろう。
俺はそばにいたアリスに手を差し伸べ、持ちあげて頭に乗せた。俺の連れだと思わせないと、足元にいても命を狙われる恐れがある。
俺はシルフに隠れたままでいるよう手で指示し、二人連れの男の前に姿を見せた。
「誰だ?」
二人とも、弓矢を得物としていた。腰には、鉈のようなサイズの刀を下げている。山賊刀と呼ばれるものだろう。
二人は俺と俺の頭に乗せた白ウサギに、警戒を解いて話しかけてきた。
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