第33話 シルフの憧れ
俺が芋虫の食べ方が解らないと言うと、シルフは実演して見せた。
頭からかぶりつくという、なかなか豪快な食べ方である。
そのやり方がわからないという口実は使えない。
俺は芋虫を手に取り、美味そうに葉っぱを食べている白ウサギのアリスを横目で見ながら、思い切って口に運んだ。
ぐにゃりと、口の中で気味の悪いものが広がった。
気持ち悪い。
だが、吐いたりしては、シルフに失礼だろう。
俺は、少なくとも芋虫が死ぬ程度には噛んでから、喉の奥に押しやった。
「美味いだろう?」
「あ……ああ……なかなか……」
言葉が出ないほど、俺にとっては衝撃の体験だった。
シルフは別の虫を俺に渡した。
さきほどの緑色の芋虫とは違う、白い幼虫だ。
「食べ方は一緒だ」
シルフはにかりと笑った。
歯の間に、芋虫の緑色の皮膚が挟まっていた。どうやら、シルフはかなり味わって食べたらしい。
芋虫のような虫の幼虫は、元の世界でも食べる人間はいた。
俺は白く太い幼虫を口に入れ、我ながら豪快に噛んだ。慣れてみると、味は悪くない。
「ところで、シルフ以外のエルフ……同じような種族の仲間はいないのかい? 仲間がいれば、名前がないと不便だと思うんじゃないか?」
「そんなものはいないよ。あたしは魔物だ」
シルフは断言した。
俺はしばらくシルフの顔を見つめた。
自分のことを魔物だと断言するということが、俺には理解できなかった。
ウサギのアリスが、魔物だというのはわからなくもない。魔法生物の略称なのだといわれれば、そうなのかと思う。
少なくとも、ヤギは話さなかったし、この世界の他のウサギは話さないのだろう。
だが、シルフは耳が上に長いこと以外は、普通の人間に見える。そう言ってやると喜ぶだろう。事実、人間と同じ種族なのだと言われれば、信じてしまうだろう。
「どうした? あたしに見惚れたりして」
「ええと……俺が住んでいた地方には、魔物がいなかったから知らないんだが…魔物は、人の姿をしているものなのか?」
「あたしは、人の姿か?」
シルフは嬉しそうに自分を指さした。
「ええ。どう見ても人間です」
「ウサギに言われても自信がもてなかった。ソウジが言うなら、間違いないな」
「ああ……そうだな。だが、俺が言いたいのはそこじゃない。魔物が魔法生物の略なら、魔物を作った奴というのは、人間も作っているということなのか?」
「そうですよ」
アリスは当たり前のように言う。俺は突然不安になった。人間だと思って接していた相手が、魔物かもしれないというのだ。魔物だといっても、凶暴な奴ばかりではないことは、現在体験しているところだ。
だが、俺が突然不思議な力を得たということは、改造されたということも考えられる。
「なら……魔法士というのは?」
「魔法士は魔法士だよ」
「あっ、言い忘れていましたが、このソウジさんは魔法士なんですよ」
「うん。ウサギが魔法士を待っていたのだし、ウサギと仲良くしていたし、ソウジが魔法士だというのは気づいていたよ。ただの人間だったら、あの怪我で、ここまで昇ってこられないだろうしね」
アリスとシルフは納得しあっていたが、俺は置いてけぼりだった。
「魔法士というのは、特別なものなのか?」
「それはそうだろう。良くはしらないが、魔法士は遠くから来るものだと言われている。特別な力を持っているが、この世界では苦労するだろうから、色々と面倒をみてやれと言われている」
シルフは、ウサギのアリスと同じようなことを言った。
「……誰に、言われたんだ?」
「忘れた。あたしを作った人だな。きっと」
アリスも隣でうんうんと首を動かしていた。ほぼ同じ内容のことを、地上でアリスから聞かされていた。
「そうか。助けてくれるというならありがたい。人買いをしている竜兵を知っているか?」
俺が尋ねた瞬間、シルフの顔が気まずそうに歪むのがわかった。アリスも表情を変えたかもしれないが、ウサギの表情はわからない。
シルフとアリスは、かわるがわるこの世界のことを教えてくれた。
人間であるヒナより、よほどしっかりと把握しているようなのが不思議だったが、作られて知恵を与えられたということは、作った者は何らかの目的を持っていたはずだ。その目的にとって必要な知識なら、与えられて当然だ。
集団で生活し、自らの群れの中で知恵を分け合う人間との違いなのだろう。
魔物を作っているのが何者かはわからないが、『魔法士』に何かをさせようとしているのかもしれない。俺が持っている魔法の石版も、魔物を作った者と関係しているのだろう。
アリスは竜兵については知らなかったが、シルフは以前つかまりそうになったと語った。
竜兵は集落間を移動して人間の売買を行うために作りだされた、魔物であるらしい。
凶暴な獣や魔物が徘徊している世界で旅をすることを使命としているため、この世界のほとんどの者よりも強靭な体を持ち、外見も怖い。
どうして竜兵がそのように宿命づけられたのかをシルフは知らなかったが、シルフは人間と間違われてつかまり、魔物だとわかって解放されたのだ。
「だから、人間に見えるかどうか気にしていたのか?」
「……あたしが人間に見えないってことは、その時初めて気づいたんだ。でも、人間みたいになりたいっていうのは、別の理由さ」
「どんな理由だ?」
シルフがちょっと恥ずかしそうにしていたので、俺は聞くのをためらったが、結局好奇心が勝った。
俺が尋ねると、シルフは顔を赤くしながら言った。
「その……見たんだ。いつもよりちょっと遠くまで出かけて、集落の近くまで行ってみたんだ。人間がいた。人間は凶暴だから、あまり近づかないほうがいいって、ウサギが言っていたのを知っていたから、遠くから見ていたんだ。魔物を殺そうとする凶暴な人間が……人間どうしは、すごく楽しそうだった。あれはつがいだったと思う。寄り添って……べったりとくっついて、ご飯について話していた。あたしはずっと一人だったから……うらやましかった。人間に見えるなら……ちょっとだけ、集落に紛れてもいいだろ? 駄目かな?」
「わたしがいるじゃないですか」
シルフは顔を伏せていた。アリスは、シルフの顔を下から覗き込んだ。
「ウサギはいい奴だ。でも……小動物だ」
「あっ……なんか酷い」
意味はわからずとも、誉められたのではないことは察したのか、アリスの肩が落ちるのがわかった。なで肩のウサギの肩が落ちるところを見られただけでも、俺はこの世界に来てよかったと思った。
落ち込むウサギは置いておいても、シルフの気持ちには答えたかった。俺はいつの間にかかごの芋虫を普通に口に運ぶようになっていながら、言葉を選んだ。
「ひょっとして、シルフには人間の顔は同じように見えていないか?」
人間にさえ見られれば、集落に入っても解らないだろうというシルフの思い込みに、俺はまず疑問を持った。
「うん。でも、それは人間も同じだろう? あたしはウサギのことはよく知っているけど、こいつと他のウサギが並んだら、見分けはつかないよ」
「でも……人間通しだと、見分けられるんだ。特に、このあたりの集落は全員が顔見知りだ。人間だと思われても、すぐに集落の外から来たとわかってしまうし……人間に襲われるだろうな」
「相手が人間でも、人間は襲うのか?」
俺は、『孤児の集落』でのことを思いだしていた。
俺はたまたま男だったから、むしろいい思いもできたのだが、性別が逆だったら、知らない男の子供を身ごもらされ、何人か産むまで集落から出さないということも考えられる。
シルフが人間だと思われれば、そうなるかもしれない。魔物だとばれれば、その場で殺されてもおかしくない。
人間というものを、この世界の者より俺は深く知っている。元の世界には記録があり、世界中の事件を知ることもできた。だからこそ、人間の醜さをよく知っている。
人間の集落にシルフを行かせてはいけない。
俺は、シルフを人間から守らなればいけないと感じた。
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