第27話 復讐

 俺に対して、魔物の巣の話をした一人が扇動しているのだろうと当たりをつけた。一人だけ、妙にしっかりとした口調で俺に敵意を向けていた。

 魔法の石版を、服の中で握る。

 体は疲れていた。力は入らない。

 ヒナを追う以外のことはしたくない。

 だが、この場は切り抜けなればならない。

 同じような顔だったため、俺があたりをつけた一人も、どこにいるのかわからなかった。

「集落で買った男も、用が済むとこうして殺されるのか?」

「外に出ればな」

「女たちの相手をさせられた男を殺しても、この世界では罪にはならないのか?」

「誰も知らなければ関係ない。よその世界から来たとか、おかしなことを言っているのは聞いている」

 俺は地面を蹴った。男達との距離を詰めた。

 男達の得物は全員が槍だ。柄が長いため、木が密集した森の中では動きにくいと思われるが、実際に戦う場合、突きだすという最低限の動きで威力を発揮できる。刀や斧よりも、生き物を仕留めるのに適した武器だ。

 『精神魔法』をタップする。これ以上、『生命魔法』は命を縮めるような気がしたのだ。体を酷使して、それを補うだけの栄養を、俺は取ることができない。

「ころ……」

 口を開いた男に向けて、俺は発動させた『精神魔法』を放った。複雑な命令を実行させようというのではない。人間相手にそれができるとは思っていない。

 ただ、相手の意思を中断させようとした。ヒナに対して使ったことがある。

 『ゴブリン』の洞窟で、ヒナが自殺しようとした時だ。

 あの時は上手くいった。

 いまも、狙った通りになった。

男は武器を手放した。

 ただ、立ち尽くした。

 男の声が突然止まったことに、他の四人は驚いて男を見た。

 俺は動きを止めた男達の脇を駆け抜けようとした。

 目の前に、槍が突き立った。

 振り向かず、俺は走った。

 背中に刺痛を感じたが、止まらなかった。

 足に痛みを覚えたが、止まらなかった。

「追え!」

 声が聞こえたが、俺はとまらなかった。

 森の中を走り続けた。

 足腰は弱っている。

 だが、体は軽かった。

 体力が増したのではない。

 俺の体は軽かった。

 それほどまでに、俺はやせてしまっていたのだ。

 自分でも気づかず、『生命魔法』で精力を回復し続けた代償に、おそらく体重の半分を失っていた。


 軽くなった俺の逃げ足に、集落の男達はついてこられなかったはずだが、俺は遠くまでは逃げなかった。

 一〇メートルも離れると、大きめの木の影に隠れた。クヌギの木だろうか。足元にドングリが転がっていた。

 遠くまで逃げなかったのは、あまりにも理不尽だという思いに、男達に対して復讐してやりたいと思ったこともあるし、『ゴブリン』と戦った時の記憶もある。

 以前、『ゴブリン』から逃げた時は、近くの木の幹に同じように隠れた。

 あの時はヒナが一緒だった。

 ヒナを思いだし、あの時に抱いていたヒナの重さを思いだし、さらに腹が立ってきた。

 俺が殺されなければならない理由はない。俺こそ、あいつらを殺す理由があるはずだ。

 あの男達がもっとしっかりしていれば、『ゴブリン』にヒナが襲われることもなかったし、自分で人買いに身を売ることも、俺が女たちに監禁されることもなかったのだ。

 足音が近づいてくる。

 体が弱っていた。

 関係なかった。俺は『生命魔法』をタップした。

 俺の居場所は解っていないようだった。 

 誰かの足が、目の前に落ちた。

 腕に意識を集中させ、目の前の足を掴み、引きずり倒す。

 地面に倒れた男の背中に飛び乗る。

 鍛えられていても、栄養状態はよくないのだろう、飛び乗れば、それほどの筋肉でもない。

 うつ伏せに倒れていた男の首に背後から腕を回し、絞めた。

 男から力が抜ける。

 俺が立ち上がると、四人の後頭部が見えた。

 木々が立ち並ぶ間である。俺に気づかなかった。

「こっちだ」

 四人が同時に振り向いた。

 俺はさらに『生命魔法』をタップした。

「殺せ!」

 俺はもっとも近くにいた男に近づいた。

 ――『殺せ』か。言う通りにしてやる。

 元の世界であれば、考えられないことだった。

 俺が正面から向き合うと、槍を持った男は怯えた目をした。俺は距離を詰めた。

 目の前の男は、槍を振り上げた。

 俺は全身に力をこめ、踏みだした。

 肩が当たり、男が吹き飛ぶ。俺が馬乗りになると、すでに意識を失っていた。拳を振り上げ、横面に叩きつけた。


 背後に男がいることがわかった。

 俺が横に飛ぶと、男の槍が気絶したままの男に腹につき立った。

「貴様!」

「殺したのはお前だ」

 俺は『精神魔法』をタップした。仲間を殺して動揺していた男は、簡単に武器を手放し、地面に膝を落とした。

 魔法を使うまでもない。俺は立ち上がりざま足を振り上げ、男の顎を蹴り上げた。男は泡を噴きながらひっくり返った。俺はさらに飛び上がり、男の腹に両足を叩きつけた。


 立ち上がると、二人の男に挟まれていた。一人は、俺を殺すように扇動していた男のようだ。

「お前、何者だ?」

 瞬く間に三人の仲間が、少なくとも動けなくなったことに動揺したのだろう。男がやや声を裏返しながら尋ねた。

「魔法士」

 男の顔色が変わる。俺は男に手のひらを向けた。武器を持った二人に挟まれている。このまま相手になるのは部が悪い。

 賭けだった。

 動揺しながら、男は槍を構えた。

 槍が突きだされる。俺は『火炎魔法』をタップした。男の髪が燃え上がる。男の動きが驚いて止まる一瞬に、俺は男を叩き伏せた。同じ人間相手だ。隙をつけば、魔法を使わなくても十分だった。

 だが、背後にもいたのだ。

 隙を突かれた。

 俺の背から腹に、槍が貫通した。

 俺は、自分の腹から生える金属の刃物を見ていた。

 血をまとい、赤く色づいた金属を見ていた。

 先端が腹から突き出ていた。噴水のように鮮血が噴き出していた。

 自分の血を、綺麗だと思う日が来るとは思わなかった。

 だが、真っ赤な血は鮮やかに、森の下草を染めた。

 血の色が鮮やかだということは、体内の重要な器官が傷ついたことを意味していた。

 背後から引き抜かれる。鍛造は荒いが、幸いにも返しはない。獣を狩猟するため専用というより、魔物と戦うための武器でもあるのだろう。刺しただけで武器を失っては、身を守ることができない。

 槍が体から抜けたと感じた瞬間、俺は体を旋回させた。

 男が真っ赤な槍を構えていた。

 再び俺を、川魚を丸焼きにするかのように刺し貫こうというのだろう。

 俺は前に出た。

 男に、もはや味方はいない。全員が倒れている。生きているか死んでしまったか、俺にもわからない。

 男が槍を突きだした。

 俺の腹を貫いた。

 俺は『生命魔法』をタップした。

 傷を治すべきだ。

 解っていた。

 だが、俺の判断は違った。

 腕に意識を集め、さらに前に進んだ。

 槍の先端が背中へ抜け、俺のはらわたがはみ出した。

 俺はさらに進んだ。

「ひぃっ!」

 男が尻餅をつこうとした瞬間、俺の手が届いた。その時には、槍の半ば以上が俺の腹を貫通していた。

 俺の指先に、男の服が触れ、俺は強引に男を引き寄せた。

 近づいた男の顔に、俺は拳を叩きこんだ。

 拳の先で、硬い何かが潰れるのがわかった。

 俺は気絶した男を捨て、腹から生えた槍の柄を、背中側に押し出した。


 大量の血を流し、俺は『生命魔法』で傷を治しながら、その場を離れた。

 生きている男もいるはずだ。

 俺が倒れれば、必ず見つかるだろう。

 俺の失敗は、指揮を執っていた男に、攻撃を止めるよう命令するべきだったのに。それをしなかったことだ。

 攻撃を止める者がいなかったから、他の男達は、恐れながらも最後まで俺を殺そうとしたのだろう。

 血はすぐに止まった。まず、空いた穴をふさぐことに意識を向けたためだ。

 だが、問題は傷ついた内臓だ。

 戻るだろうか。治せるのだろうか。

 ――ヒナ……。


 俺は可能なかぎり逃げた。

 どれだけの距離を取ったのか、考えることもできなかった。

 俺は倒れた。

 動けなかった。

 魔法の使い過ぎか、体力の限界か、あるいは血の流し過ぎか。

 目覚めることはないのかもしれない。

 せめて、ヒナの夢を見たいと思いながら、俺は意識を失った。

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