第26話 集落の男達
もはや見慣れてしまった丸太のバリケードを出ると、凶暴なほどうっそうとした森が待ち構えていた。
およそ一週間ぶりの森だ。この世界で七曜制があるのかどうかわからないが、俺にとっては七日といえば一週間と考えるのが理解しやすい。
森には魔物が住むと言うが、あまり心配はしていなかった。森の魔物は集落の男達が毎日監視しているのだし、そんなに強力な魔物が頻繁に徘徊しているのであれば、そもそもこんな場所に人間の集落を作らないだろう。
俺が本当に警戒しなければいけなかったのは、その魔物たちを監視しているという男達だったのだ。
集落にいるとき、俺は夜間に外出しないように言われていた。
昼間は外に出て働いている男達が、夜には戻ってくるからである。
つまり、男達は俺のことをよく思っていないのだ。
俺が抱いた女たちの中には、夫や父、兄弟がいると語った女たちがいた。女たちは納得していても、男達が納得していないのだ。だからこそ、俺は外に出ないように言われたし、俺がどこの小屋に居るのか、解らないようにされていた。
俺は自分に迫る危機に気づかず、ただヒナの痕跡を追おうとした。
森を歩くのはきつかった。
この一週間で、すっかり体がなまっていたのだ。
体力をすべて精力に回してしまったようだ。
俺は魔法の石版を取り出し、その画面を眺め、再びしまった。『生命魔法』で一時的に体力を回復した気になっても、後で反動がくることは経験上理解していた。
筋力を引き上げるのも、回復力を高めるのも、俺の体が本来持っている機能を操作しているのだと、俺は気づいていた。だからこそ、強い力を使った後は体が痛むし、体を回復させた後は、疲労が残る。疲労を回復させれば、とにかく腹が減って眠くなるのだ。
それ以外にも体に異変が生じているのかもしれないが、俺にはわからない。
石版をしまってから、思い至った。俺は、スズメバチに刺されて死にかけていたヒナを、魔法を使って癒したことがある。
『生命魔法』は他人の体にも有効なのだ。
ひょっとして、『孤児の集落』の女たちを確実に妊娠させることが、魔法でできるかもしれない。本当にただ子供が欲しいだけだったら、それで十分だ。
戻った方がいいだろうかと思い、やはりやめた。確実にできるという保証はなかったし、ロビンは『女たちに楽しみができた』と俺に言ったのだ。魔法で片付けてしまうには、あまりにも味気ない。それを望む女たちもいるだろうが、いまさら戻ることもないだろう。
とにかく、ヒナを優先すべきだ。
何度も足をぐねらせ、森歩きに辟易しだした頃、俺は少しひらけた場所に出た。
そこに、俺が本来警戒しなければいけない相手が待ち構えていた。
五人の男達だった。
いずれも獣の革を服に仕立てたものを着ていた。女たちは麻や木の皮をなめしたものを着ていたし、ヒナは木綿を好んで着ていた。ヒナの服が一番高そうなのは、俺がこの世界の常識を知らないだけなのだろう。
男達が来ている動物の革から作った服は、保温性が良く丈夫だ。
森の中で活動するには、最適だろう。
体つきはそれぞれだったが、太った男はいなかった。栄養状態があまり良くないのだろう。むしろ、太る方が難しいのだ。
だが、筋肉は発達していた。俺より、全員が筋肉質の体をしている。
栄養が十分に足りていたなら、ボティビルダーかプロレスラーのような体になっているかもしれない。
全員が似た顔をしていた。この男達に比べれば、まだ女たちのほうが個性的だった。
「向こうの集落から来たな」
残念なことに、俺にも理解できる言葉で話しかけられた。理解できなければ無視できのだが、そうもいかないだろう。
言葉は理解できるが、女たちに比べて発音が良くないように聞えた。
もっとも、俺はどうしてこの世界の言葉がわかるのか、いまだに不思議なのだ。どちらが正しく言葉を使っているのか、判断できるはずもない。
「いや。もっと遠くだ」
俺は答えた。嘘ではない。俺が来たのは集落からではなく、ヒナの山小屋からだ。
反応を待った。関係ないふりをしてやり過ごしたかったが、男達のいる場所に近づくのは危険だと感じた。女たちは、この男達を警戒して、俺に夜間は外に出るなと言ったのだ。
夜間に外に出るなと言ったのは、昼間は集落から出るなと言っているのと同じだ。
想定しておくべきだった。
集落から出てしまえば、女たちの目は届かない。俺がここで殺されても、誰にも知らされないだろう。
「もっと遠く? 魔物の巣から来たのか?」
初めに口を開いた男が首を傾げた。
男達は似た顔をしていたが、年代はまちまちである。若い男もいた。十代半ばぐらいの、少年とも呼んでいい男の子だ。この子が、小さなベル少女を犯した兄なのかと疑った。
「魔物の巣? そうだな、『ゴブリン』が住み着いた洞窟にも入ったから、そこから来たともいえるかもしれない」
「『ゴブリン』を殺したという……旅の男がいたと聞いた。お前か?」
尋ねたのは、別の男だった。最初に口を利いた男と同じようにたくましく、同じように、口があまり回らない印象を受ける。
「それが俺のことかどうかは知らない。俺はその話を広めたわけではない。確かに『ゴブリン』は殺した」
「では、お前だ。女たちを犯したな?」
どうも、誤魔化せないようだ。体つきのわりに頭には血のめぐりが悪そうな印象を持ったが、相手が五人では、話をすり替えるのも無理がある。
「……そうしなければならなかったからだ。無理強いしたことはない。むしろ、無理強いされたのは俺の方だ。ところで、あの集落のさらに先には、魔物の巣があるのか?」
「ああ。巣から魔物が出ることはほとんどないが、とても強い魔物が住んでいるらしい。この集落は、人間が住める世界の端だ。そのことはいい。お前が犯した女たちの敵を、ここで撃たせてもらう」
男達は酷い誤解をしているのだろうか。
本音を言えば、犯されたのは俺のほうだ。ヒナのことでいくら責められても言い分けするつもりはないが、他の女たちのことで責められる覚えはない。
「一応言っておくが、無理やり女を抱かされたのは俺だ」
「関係ない。あれは、俺たちの女だ。俺たちの女を、お前がとったんだ。死ね」
まるで、台詞を棒読みしているかのような言い方だった。おそらく、元の世界にいたら、ほぼ全員が知能の発達が遅れていると判断されるのではないだろうか。
血が濃くなりすぎていると、女たちは言った。女の方が、生物として強いと言われていることは知っていた。それが真実なのかどうかわからないが、五人とも、フィーネから受けたのと同じような印象を受ける。
目的があれば、達成する能力はある。だが、その目的を自ら判断することはできない。そう感じた。
一人、普通に話している男がいたが、顔が似ているので、どれかわからなくなった。その男が、他の四人を操作しているという可能性もある。
俺は魔法の石版を取り出した。
石版を見つめ、止めた。
女を寝取られた。
その気持ちは、解るつもりだった。
俺は『ゴブリン』を殺した。
男達は、俺を殺したくなる理由があるのだろう。
だが、俺には殺される心当たりはない。
逃げよう。
ごく当たり前に、俺は決めていた。
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