第25話 人買い

 ようやく一回りし、これからという時でもあり、若干の寂しさはあった。

 少なくとも、これがハーレムであったことは間違いないのだ。

 とにかく、ヒナが待っている。

 俺はロビンと長老に礼を言った。

「どうして、俺の仕事が急に終わったんですか? もう、二人妊娠がわかったとか、そういうことじゃありませんよね」

「簡単なことさ。ヒナが金を払った。だから、もうあんたを拘束しておく理由がない」

「……そうですか。ヒナ、無理をしたのかもしれませんね。すぐに会いに行きます。みなさんに……ちゃんと礼を言わなくてはいけませんが」

 俺はヒナのことが心配になった。

 実際に暮らしてみると、確かにこの里は悪くない。ヒナが戻りたがっていた理由が、なんとなくわかる気もする。ロビンは言った。

「気にすることはないよ。こちらこそ、お詫びをしないといけないのに。本当はただ、あんたは『ゴブリン』を倒して、ヒナを助けてくれただけだっていうのにね」

「いえ。当初は嫌でしたが……始めると、楽しいものでしたよ」

「そういってもらえると、女たちも喜びますが、無理をし過ぎですよ。この五日間で、ソウジさんは自分がどれほどやせたか、ご存じないのでしょう」

 長老と呼ばれる男の視線は、俺の体に注がれていた。

この世界に来てから、鏡を見ていない。鏡が存在していないのか、高価で田舎の里には出回らないのかわからないが、いずれにしても俺は自分の顔を見ていない。

「……そうかもしれませんね。では、俺は行きます。ヒナも待ってくれているでしょうし」

「いや。それはやめたほうがいいでしょう」

 静かに、だがしっかりと、長老は俺に言った。

 俺の腹の中に、冷たく嫌な感じのものが、どすりと落ちた感じがした。

 『ゴブリン』の巣で、洞窟の奥に倒れていたヒナが、死んでいるかもしれないと感じた時以来の感覚だった。

「なぜですか?」

「ヒナが、金を払ったって言っただろう」

「……ええ」

 昨日、この小屋で抱いたベルも、ヒナのことになると言葉を濁した。

 思えば、四日前に俺の小屋に突然現れたヒナの態度も、少しおかしかったような気がする。一日中、それこそ帰らなくてはいけないという時間になる寸前まで、俺を求め続けたのだ。

 あの時は、ヒナは特別性欲が強いのかもしれないと思ったが、まるで二度と会ええないと思っているかのようだった。

「ヒナはどこです?」

「金をヒナが用意した。こう言って、わからないのかい?」

「ソウジさんは、こちらの世界に来たばかりということでしたね。なら、知らないのでしょう。この里で暮らしている者に、金は必要ありません。必要になるのは、この集落では手に入らないものを調達するため、他の集落と取引をするため、または村や町に出て交易をするときに使用します。その金を、ヒナが用意する方法は一つしかありません。あなたがこの小屋に住む前に、ヒナが申し出ていた方法です」

「……まさか……」

 思いだした。ヒナは、最初に自分を売ろうとしたのだと、長老は語った。長老はうなずいた。

「五日前、たまたまこの里に人買いが立ち寄りました。このような小さな集落には、年に数回しか立ち寄りません。金があれば、あなたのような男を買うこともありますが、多くは、集落の維持のため、娘を売ります。ヤギは、我々にとって、かけがえのない財産です……ヒナが居なければ、シネレかベルを売りに出していたことでしょう」

 二人とも、俺が抱いた若い女だ。

「では、いまヒナはどこに?」

「人買いの小屋の中だよ。心配はいらない。向こうも商売だ。商品は大切に扱うし、傷物になったら値が下がる。ヒナなら、村とか街で、買ってくれる奴がいるかもしれない。この里にいるより、ずっと幸せかもしれないんだ」

 ロビンの口調は、そんな可能性がほとんどないことを意味していた。人買いに自らを売って、幸せになる人間など、いるはずがない。

「……村や町で……買われた場合……お嫁さんとか……娘とかに……」

「この里の者は、一生集落から出ないため、詳しいことは解りません。ですが、人買いから買うのは、奴隷か召使い、または労働力と聞いています。このような里に売るために連れてこられる男は……交尾ができてもほかには全く役に立たない男がほとんどです。それでも、病気さえなければ、我々は喜んで買います。時には、ヤギと交換することもある。そういう男の値段は、老衰で死ぬ直前のヤギ一頭です」

「……だから、女たちはあんたを見て、喜んだのさ。何しろ見た目は普通だし……ヒナのために『ゴブリン』を殺した。その上『魔法士』だ。この里で用意できる金を何年分積んでも、手に入らない。わたしも、同じだ」

 ロビンは、初めてはにかんだような笑みを浮かべた。俺の中で、もっとも好みではなかったのがロビンだったが、それは言わないことにした。

「人買いからは、誰でも買えるんですか?」

「ええ。金さえ積めば、誰でも買えます。しかし、金を持っているんですか? 人買いも商人です。買い取った値段の数倍は必要になるでしょう。ソウジさんは、この世界の金すらしらないとヒナが語っていましたが」

「金なら、そのうちなんとかします。何しろ、俺は『魔法士』です」

 俺が自分でこの肩書に頼ったのは、初めてだった。魔法士という言葉が本当に意味するところを、俺は知らない。だが、できることは知っている。どんな方法を使っても、金を手に入れる覚悟だった。

「わかったよ。人買いの行った方向と、特徴を教えてやる。でも、間違っても、人買いに喧嘩なんか売るんじゃないよ。人買いは人間じゃない。竜兵って呼ばれる魔物で、人間の言葉を話すもっとも強い種族だ。あんたが言う『この世界』には、人買いは必要なのさ。だから、一番強い奴が独占している」

 ロビンは小さく肩をすくめた。

「ありがとうございます」

「簡単には追いつけないよ。出発したのは、三日前だ」

「ええ。解っています」

 俺はすぐにヒナと、ヒナを買いとった竜兵であるという人買いを負おうとした。その俺の肩を、ロビンがつかんだ。

「まちなよ。弁当と着替えぐらいは持たせてやる。準備をする間……あんたなら、一人ぐらいは相手できるだろう。だから、ちょっと待ちなよ」

「えっ……はい……」

 男の性である。ここ数日、拷問に近いほど性交を続けさせられたといっても、この先数日はできないのだと思ってしまった瞬間、女の肌が恋しくなった。

「それから……あんたさえ良ければ、いつでも戻ってきな。ひょっとしたら、自分の娘を抱けるかもしれないよ」

「それは、本末転倒でしょう。血が濃くなって……」

「いえ。その程度は、構わないでしょう」

 『孤児の集落』の事態の深刻さを、俺は再び実感した。


 くじ引きで、フィーネが勝った。俺はラスとフィーネを二日前のように抱き、荷物を持たされて『孤児の集落』を後にした。

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