第23話 励む任務は子供づくり

 俺の小屋にやってきたのは、昨日の約束通り赤みがかった髪をした少女だった。ヒナに似ていないこともない。

 ヒナに似ているからどうかということは、この際関係がない。何より、彼女も一個の人間であることは間違いない。

 名前を聞くと、シネレと名乗った。

 シネレは、小屋に入るなり嫌そうな顔をした。

 それも当然だろう。ヒナと交わっていた痕跡がありありと残っているのだ。しかも、シネレはまだ若い。

 一昨日のラスのように、自ら望んで俺の子を欲しいというのではないのだろう。周囲の大人たちから命じられて、という可能性が高い。

「すまない。すぐに片付ける」

 床も丸太であるため、痛くないように厚く干し草を敷いていた。その寝わらが散乱していたのだ。それ以外には大した調度品も持ち物もないため、片付けるのに時間は少しもかからない。

「いいわよ。ヒナが押しかけてきたことは、わたしだって知っていたんだし。でも……一晩中じゃないわよね」

「いや、その……そうだ」

 シネレは口をばかりと開けた。

「あんた達、どんな体をしているのよ」

「だって……ヒナは若いし……ヒナに求められば、俺も頑張るし……」

「そのうち、干からびて死ねばいいのよ」

 口が悪い娘だと俺は思ったが、批判できるものではない。何より、俺は大変に満ち足りた気持ちになっていたので、何を言われても怒る気にはなれなかった。

「なら、ご飯を食べてからでいいかい?」

 毎日、食事は届けられる。この世界の硬い食事は、俺に少し辛い。全部食べ切れるものではなかった。満腹になる前に、顎が痛みだすのだ。

 しかし、昨日は別だった。毎日3割ほど残っていた食事が、ヒナは旺盛な食欲を見せて、完食した。ヒナが来ているから、二人分用意するということはしてくれなかったので、今日は蓄えてある食料はなかった。

 ――ヒナが、食用旺盛……か。

 自分の頭の中で考えたことが、引っかかった。

 まだ、結論を出すには早すぎる。

 しかし、体がいつもより栄養を求めているということは考えられる。

 ヒナに、本当に子供ができたのだろうか。

 なら……俺の子だ。たとえ、肌が緑色をしていても俺の子だ。

「わたしだって怖いのよ。そんなにすぐに、見ず知らずの男に抱かれたくないわ」

 一人で考えにのめり込んでしまい、シネレの言葉を聞いていなかった。

 俺は何を言っていいかわからず、ぽかんと立ち尽くした。

「どうすればいい?」

「まずはご飯、自分でそう言ったでしょう」

 そうだった。

 俺は扉を開けたまま、バスケットを受け取って中身をシネレにも分けた。


 硬い肉やパンを食べながら、俺はシネレからもこの世界のことを学んだ。

 ヒナは『孤児の集落』と呼ばれるこの土地でも、さらに特別に孤独だったらしい。

「……そう……ヒナが『あぶれていた』って言ったのね。あの子……誰の子か解らないのよ。あの子の母親は、まだ一〇歳ぐらいの時にあの子を産んで、まだ早すぎたのかもしれないけど……死んでしまったの。見た目は母親に似ていたから、父親が誰かわからないわ。母親は誰にも言わずに、一人で産もうとしていた。いつ妊娠したのかも、誰も知らなかった。この集落にとって、子供を作るのがどれだけ大切なことか、もうわかるでしょう。血が濃くなりすぎているから、誰と誰が結婚するのが、もっとも問題なさそうか、慎重に決めるのよ。そんな時に、ヒナの母親が突然妊娠した。大人たちはパニックになったけど、ヒナはとても健康だった。この集落では、見たことがないぐらい、元気でなんでもできた。だから……嫌われたのよ。ヒナの父親は、ひょっとした魔物かもしれない。いつの日か、魔物化けてみんなを襲いだすかもしれない。そう思われていた。だから、ヒナには誰も近づかなかったし、ヤギ飼いに選ばれたのよ」

 俺のために持ってきたパンを少しずつかじりながら、シネレは語った。ヒナの深刻な、だが現代日本に生まれ育った俺には、あまりにもくだらない迷信だ。

「ヒナが魔物なはずがない。もしそうだとしても……俺は構わない」

「すっかり、ヒナにのぼせ上がっているのね。会って、それほど日もたっていないって聞いているけど? それこそ、ヒナの魔力かもしれないわよ」

「それでもいいよ。ヒナが幸せなら、いくらでも操られてやるさ」

 シネレは呆れたように肩をすくめた。

「ヒナに囚われているような男でも……集落の他の男よりはましなのね。我慢するしかないか」

 シネレは残ったパンをバスケットに戻し、顔を俺に向けた。

 俺は怖々唇を寄せると、遠慮なく唇を奪われた。

 魔法の石版をタップする。

 できれば、今日は一回で終わりにさせてくれないだろうかと思っていた。


 翌日も、シネレとほぼ同年代の女性が来たが、目が斜視で髪がべったりと汚れていたため、どうしても見劣りしてしまう。

 女はフィーナと名乗った。

 昨日のシネレは、態度こそ最初はあまり友好的ではなかったが、始めると情熱的だった。

 どうも、ヒナに対してライバル意識を持っているようだ。時間一杯頑張ることになり、夜になると俺はどろのように眠った。

 フィーナはどうだろうか。

 表情からは、やる気はうかがえなかった。口数が少ないのは仕方がない。シネレもそうだったが、まだ若い娘に、知らない男と子供を作れという方が無茶なのだ。

 だが、フィーネはそれとも少し違った。精神的に不安定なのではないかと思えた。

 とりあえず小屋に上げる。

 真ん中に座り、ただ、ぼんやりと座っていた。

 俺は在りがたく食事を小屋の隅に置いたまま、しばらくフィーネの様子を見ていた。扉を閉めると暗くなるので、開け放したままである。

 念のため、『生命魔法』をタップして、精力を回復しておく。ここ数日は精力の回復にしか使っていない。魔法の使用頻度をゲームの運営が管理していたら、俺はどんな奴だと思われるだろうか。

 もっとも、この世界がゲームで、運営が存在しているという可能性は、もやは捨てていた。

 俺のノルマとしては、夜になるまでに一度でもこの子と交わればいいのだ。

 焦ることはない。

 むしろ、最近は頑張りすぎだと思っていたので、じっくりと待つことにした。

 バスケットに手を伸ばす。

 フィーネがじっと俺の動きを見ていた。

「食べるかい?」

 フィーネはただうなずいた。

 俺は動物に餌をやるような感覚だと自嘲しながら、パンを折って渡した。この世界のパンはぽっきりと折れるのだ。

 イースト菌で膨らまそうという発想はないらしい。イースト菌がいるのかどうかも怪しい。

 フィーネは腹が減っていたのか、パンをがつがつと食べた。俺より顎は丈夫なようだ。

 硬いパンで腹が膨れたので、俺は横になった。

 一晩寝たが、体力のほぼすべてを精力にまわしているらしく、体は重かった。

 俺が横になると、意外なものが見えた。

 扉は開け放したままだ。

 外の様子が見える。

 俺の部屋を心配そうに覗き込む、ラスの顔が見えた。

 3日前にお相手をした、中年の女性である。

 俺の知る限り、もっとも子供を欲しがっていた女性だ。

 そのラスが、俺の小屋を覗き、俺に見られているのに気づいていない。見ているのは、フィーネなのだ。

「ラスさんの子供なの?」

 俺は横になったまま尋ねた。ラスの実年齢は解らない。フィーネの子供のようだ。

 ラスは、二人子供を産み、一人が死産で一人も少し問題があるように言っていた。

 声を懸けられて、ラスは飛び上がったが、隠れても仕方がないと気づいたのか、俺に向かってうなずいた。

「どうして? 娘をこんなことに?」

「うちの子、少し変わっているから、こんなことでもないと、誰にも相手にされないと思って……」

 基本的に、ラスはとてもいい人なのだ。俺は言ってみた。

「そんなに心配なら、一緒にどうですか?」

 意外な返事があった。

「いいのかい?」

 ラスは周囲を気にしながら、後ろ手に扉を閉めた。

 当然、ラスの体は俺の小屋の中である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る