第21話 理不尽なハーレム
当初、五人全員と子供を作るという条件をつきつけられたが、俺は緩和させようとした。
里の人間は、ヤギの乳が出なくて困っているのだ。
パーク少年の前でやって見せたように、『精神魔法』でヤギのストレスを緩和すれば、解決できる。
再びヤギの乳が飲めるのだという事実をつきつけ、五人の内二人、妊娠したことを確認した段階で俺を解放するという約束を取り付けた。
ただし、狙った二人だけと関係を持つことは許されず、俺には空き家があてがわれ、五人の女が一晩ずつ順番に訪れることが決められた。
ヒナは山小屋に帰っていった。
俺がヤギの治療ができることを知り、再びヤギ飼いに戻ることになった。
山小屋に戻るのが嬉しそうだったのは不思議に感じた。俺と会ったばかりのころ、里に戻りたがっていたのだ。
心境の変化があったのか、もともとヤギ飼いの生活が好きだったのか、尋ねてみる機会もあるだろう。
俺は一人だけ最後までヒナを見送り、指定された空き家へ向かった。
俺に与えられたのは、比較的手入れが行き届いた小屋だった。
この集落の家はどれもそうだが、丸太を組み合わせた豪快な立て方で、湿気を嫌うのか地面から浮かせるように床を設置している。
高床式というほど高くはなく、どの家も地面より膝上ぐらいに床がある。
しばらくは俺が住まなくてはならない場所だ。ヒナの山小屋よりも武骨な感じがしたのは、使用されている丸太が大きいこともあるだろう。
中はきちんと家として機能するものだったが、入口からすぐの場所が主な生活スペースで、寝室にも押入れにも利用できる小さ目の部屋が二つつながっている。
ヒナの山小屋も同様の作りだったような気がする。この世界の、というかこの集落周辺での、典型的な間取りなのだろうか。
俺が扉を開け、元の世界ならバリアフリーに配慮されていないことを糾弾されそうな敷居を上ると、すでに人が待ち構えていた。
俺がヒナを連れて、最初に話をした丸い女だ。
大き目のバスケットを短い腕に抱いている。
これから嫌も応もなく、毎日俺は、この小屋で女たちの相手をさせられる。
ハーレムと言えば聞こえはいいかもしれないが、俺には豚小屋に感じられた。目の前にいる女が丸いからではない。人格を否定され、家畜として扱われているように感じたのだ。
丸い女はロビンと名乗った。
名前負けしているなと思ったが、当然ながら口には出さなかった。
「今日の相手はあなたか?」
「ああ。でも、そのためだけに来たんじゃない。いくつか、きちんと言っておかないといけないことがあるからね」
そう言うと、ロビンは持っていたバスケットの中身を俺に示した。
結構な量の食べ物が並んでいた。パンにチーズに、乾燥肉に果物に野菜だ。火を通してあるものもある。すべて調理済みということなのだろう。
「これから、女たちが一日に一回、この家に食べ物を持ってくる。あんたはうらやましいことに、ただ待っていればいい。それから食べ物を持ってきた女と子供を作る。女が持ってきた食べ物は、あんたの一日分の食事だから、大事に食べるんだよ。ことがすめば、次の日まであんたは自由だ。好きにしていい。外に出ようと、集落から出なければ問題ない。集落からは出ないこと。それから、夜は外に出ないこと」
「夜は、魔物でも出るのか?」
「少なくとも、集落の中には出ないよ。困るのは、この集落の男達とあんたが顔を合わせることだ。男達も納得はしている。必要なことだとわかっている。でも、腹の中では面白く思っているはずがない。昼間は全員集落の外で魔物に警戒したり、動物を狩ったりしているから顔を合わせることはないだろう。でも、夜には戻ってくる。その時にあんたと顔を合わせれば、喧嘩になるかもしれない。あんたの体つきじゃあ、殴られれば死んじまうかもしれない。それじゃあ、困るだろう」
俺はまだ、この世界では女たちと老人しか会っていない。この世界の男達は、よほどいかつい体つきをしているのだろうか。
「そうだな。俺も争いたいわけじゃない。気をつける」
「それが賢いだろうね。で、どうする? 今日は突然のことだったし、何も知らされずに連れてこられたようだから、明日からでもいいよ」
ロビンが俺に聞いたのは、今日から子供を作るかということだ。ヒナを送り出したばかりで、そんな気分ではない。だが、気分のことを言えば、前向きになることなどあり得ない。
目の前の女を済ませないと、次に行くこともない。
「いや、はじめよう。それより、ロビンさんは本当に子供を産めるのかい?」
「やだねぇ。あたしはまだまだ現役だよ」
丸い女、ロビンは服を脱ぎ始めていた。
幸いなことに、ロビンは一度で満足した。
俺は魔法の石版の助けを借り、精力を回復させ、ことを済ませた。
明日までやることがないとすれば、ずいぶん良い身分だといえばその通りである。
女たちにとっても、家事の大事な時間を削って俺に会いに来るので、あまり長時間この小屋にいるわけにはいかないのだと言っていた。
ちなみに、どの女がいつ俺の小屋に来たのかは、男達には一切秘密なのだそうだ。だから、男達が知ることのできない昼間に俺に会いに来るのだと言っていた。
ロビンは帰った。
昼間外に出るのは自由だと言っていた。
だが、今日はロビンの日だということは、外でロビンと顔を合わせれば、再び盛り上がって小屋に押しかけてくるのではないだろうか。
俺は心配になり、この日は外に出ずに過ごした。
翌日、ラスと名乗る細身で中年の女性が俺の小屋を訪れた。
手にはバスケットを持っている。今日一日の俺の食事だ。
黄色がかった薄い色の髪と、ほっそりした顔が印象的だった。美人というのではないが、特徴がはっきりしているため、人が大勢いる場所なら目立つだろう。
見た目の印象からヒナに似たものを受けたが、この集落の人間はほとんどが血縁にあたるらしい。それ故にヤギの代金として俺を買ったのだから、似ていても当然だ。
「ラスさんには、子供はいないんですか?」
俺よりだいぶ年上に見えた。実年齢はわからない。会うなりぶしつけな質問をする俺に、ラスは嫌な顔をするでもなく、バスケットを俺の手に押し付けながら、小屋の中に上がった。
扉を閉める時、周囲に視線を投げたようだ。見張っている人物でもいるのだろうか。
「二人いるよ……いた、というべきかもね。一人は死産だった。もう一人は生きているけど、ちゃんと生きられるどうかわからない。だから……この話があったとき、私も名乗りを上げたんだ。私のヤギは生きていたけど、ヤギが死んで、子供を欲しくないっていう人に渡した」
「……みんな、本当に子供が欲しんですね」
俺にはわからない。現代の日本では、おそらく解る人間のほうが少ない。
「当たり前だろう。産れた時に死んでいるかもしれないとか、まとも育つことの方が少ないなんて心配をしないで子供が産めるほど、幸せなことがあるかい?」
俺には答えられなかった。男にはわからない。
「……ヒナも、同じでしょうか?」
「あの子はまだ若いから、これから機会もあるだろうね。でも……わたしには最後の機会かもしれない」
そう言われて、俺が断れるはずがない。もちろん、断る気はなかったし、頑張った。
終わった後も、ラスはしばらく帰らなかった。
「大勢の女より、ヒナ一人のほうがいいのかい?」
天井を見ながら、ラスは俺に尋ねた。
「ヒナじゃないと駄目なんです」
俺の答えに、ラスは笑った。ラスは細い腕で俺の腕をつかみ、引き寄せた。
「もう一度頑張れるなら、ヒナに会えるよう、みんなに相談してやるよ」
俺はうなずいた。魔法の石版の力を借りれば、何度でも頑張れる。
ラスは満足した。
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