第20話 閉鎖された集落が故に
ヒナに招かれて入った集会場には、年老いた男性と丸い女性が待っていた。中は広いはずだが、俺が通されたのは、あえて小さく作ってあると思われる部屋だった。
部屋の中に俺を先に通し、ヒナは俺の後から入り、扉を閉ざした。
四畳半ほどの部屋に、机と椅子が置いてある。
明らかに、内密の話をするための打ち合わせ用の部屋だ。
「お座り下さい」
年老いた男性が俺に椅子を進める。
白いひげに覆われていても、深いしわだらけとわかる顔で、体つきも萎れたように小さいが、実年齢はわからない。
この世界の食糧事情があまり良いとは想像できない。見た目より、ずっと若いということも考えられる。
「俺はソウジです。この世界に来たばかりで、少々戸惑っていますが」
「この世界に来ただなんて……」
丸い女が口を挟もうとしたが、老人が止めた。女も従う。
この集落の、男女の代表ということだろうか。パークの話では、男達は通常集落の外にいるということなので、戦う力を失った老人と女で集落の中のことは取り仕切っているのだろう。
「『ゴブリン』を退治されたそうですな」
「ええ……俺だけでてきたわけではありませんが」
俺が隣に座ったヒナの顔を見ても、ヒナは気付かなかった。突然テーブルの木目に興味を抱いたかのように、うつむいていた。
「このヒナが協力したにしても、驚くべきことです。ヒナが言うには、ソウジさんは魔法士だとか」
「俺は、『魔法士』のこともわかりません。ただ、多少の変わった力は使えます。その力がなければ、『ゴブリン』に負わされた傷が治るのに、かなりかかったはずです」
より正確には、回復できずに死んでいたかもしれない。老人は小さく頷いた。
「魔法士には、何人か会ったことがあります。ソウジさんは魔法士で間違いないでしょう。ならば、この地の別の世界から来たというのも、真実なのでしょう。魔法士は、別の世界から招かれた人間だけがなれるそうです」
何人か、俺と同じようにこの世界に来て、不思議な力を手に入れた人間がいるのだ。
俺には、聞いたことがない新しい情報だった。
元の世界に戻りたいと思っているわけでもなく、懐かしいとも思わない。だが、元の世界を知っている仲間がいるというだけで、無性に興味が沸いてきた。
「その魔法士に会ったのは、いつごろですか?」
「その質問には、ソウジさんがこの集落を出る時にお答えしましょう。ソウジさんは合格です。魔法士だからではありません。この集落から、できるだけ関わりなく生きていた男が必要なのです。異世界から来たというなら、これ以上の適合者はいませんよ」
「ちょっと待て、何の話をしているんです?」
俺は身を乗り出した。ヒナを見る。
ヒナは相変わらず、テーブルの木目に興味津々だ。
「ヒナ、あんたこの男に、何も言っていないのかい?」
丸い女が声を荒げた。
ヒナは動かない。ただ、テーブルに水滴が散った。
「まあ、ソウジさんにとっても悪い話ではありません」
老人がほがらかに答え、丸い女が続いた。
「それどころか、ずってここに居たいって、言いだすんじゃないかねぇ」
「ヒナ、どういうことだ?」
話が見えず、苛立った俺はヒナの肩をゆさぶった。
そんなこと、するべきではなかったのだ。
ヒナの顔を見るべきではなかったのだ。
こんなに悲しそうな顔をしたヒナを、俺は見たくなかった。
「ソウジ……ご免。死んだヤギの代金を弁償しないといけないの。わたし……お金なんてないから……あるものを売るしかなくて……」
「……売ったのは、俺か?」
ヒナがうつむく。単に下を向いたのではない。うなずき、そのまま、俺の顔を見ることができなかったのだ。
「ヒナを責めないでやってください。ヒナは最初に、自分の体を売ろうとしたのです。ですが、里の者は当然買いません。ヒナとはすべての男が血縁にあたります。人買いもこのあたりにはめったに来ないのです。ヒナが困っているとき、ヒナを助けてくれた魔法士がいることに、わたしが気づいたのです」
老人が語る。俺はただ、うつむいたままのヒナを抱き寄せた。
ヒナに売られたというのは衝撃だったが、ヒナに対する気持ちはかわらない。
昨日は俺を里に売る約束をした後で、山小屋に戻り、一晩中俺の相手をしていたことになる。
「……俺を、奴隷にでもするつもりですか?」
「話を聴かない男だね。あんたにとっても良い話だって言っただろう。入ってきな」
丸い女は、最後に背後に呼びかけた。俺が抱きしめていたヒナの体が硬くなるのがわかった。
女の背後で扉が開き、4人の女が壁際に並んだ。
中年の女性が一人、ヒナより少し年上の女が二人、まだ幼い女の子が一人だった。
「この里にいる、子供が産める女たちです」
「……はっ?」
俺は、意味のない声を出してしまった。老人の言葉を丸い女が引き取った。
「この五人と、子供を作ってもらう。驚くことじゃないよ。山の集落では、人の出入りが少ない。いつの間にか、全員親戚になっちまうことなんて珍しくないんだ。血が濃くなりすぎると、いろいろと問題も起きてね。旅の女にこの里で子供を産んで行けっていうのは無理があるけど、旅の男がいれば、子供を作っていけっていうのは、珍しいことじゃない」
「……それが、ヒナが俺を売った条件というわけか。五人と言うのは……五人目は?」
俺は、それがヒナであることを望みながら尋ねた。
「目の前にいるだろう」
丸い女は、にこやかに自分の顔を指でしめした。
「……少しだけ、ヒナと二人にしてくれないか? 逃げたり暴れたりはしない」
丸い女は老人と顔を向け合った。
老人がうなずき、丸い女は肩をすくめた。
「この部屋から出ないことだ。少しだけだよ」
言い置いて立ち上がる。老人と女たちは出ていった。
狭い部屋に、俺はヒナと残された。
俺は黙って、『生命魔法』をタップした。
ヒナを抱き寄せた。
涙が俺の服に落ちた。
塩辛いヒナの唇を吸い、俺の手はヒナのスカートに奥に伸びた。
ヒナは抗った。
力では、俺はヒナに叶わない。
『生命魔法』はすべて下腹部に集中させた。
「ソウジ……駄目……」
「どうして? 俺の気持ちは、わかるだろう?」
「ご免なさい。どうにもできなかったの……許してくれないかもしれないけど……」
「ヒナのことを怒っているはずがないだろう。ただ、このままヒナと会えなくなるなんて、耐えられない。ヒナはどうなんだ?」
抵抗するヒナを、俺は抱きしめた。ヒナの体から、少しずつ力が抜けていった。
「ソウジがあいつらと子供を作るなんて嫌。だけど……わたしには、どうにもできない……だから、早く終わって……戻ってきて」
「俺が……戻ってもいいのか?」
ヒナの住む山小屋で、それまでヒナは待っていてくれるのだろうか。
「もちろんだよ」
俺は再びヒナの唇を吸った。
ヒナも抵抗しなかった。
時間が過ぎた。
女たちが扉を開けても、俺はヒナと離れず、二人の関係を見せつけてやった。
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