異世界ではハーレムが恒例らしい

第16話 ヤギの代償

 俺が目覚めたのは、昼前だった。

 通常ヒナは、昼飯はごく軽く済ませるらしいが、俺が目を覚ましたばかりということで、きちんとした食事を用意すると言ってくれた。

 もっとも、山小屋の料理で食材も限られている。きちんとしても、パンとチーズとヤギの乳がメインで、手の込んだ料理というわけではない。

 俺は再び意識を失いかねない限界まで『生命魔法』を使い続け、ようやくまともに動けるようになっていた。

『生命魔法』がレベル2になっていた。

『ゴブリン』戦でずいぶんお世話になったからだろう。

 魔法のレベルが上がったことにより、どういう効果があるのかは全くわからない。


 ヒナが食事の用意をするために部屋を出てから、俺はさらに『生命魔法』で回復を試みた後、寝室を出た。

 テーブルの上に二人分の食事と、暖炉の上に肉が切り分けられて串にささっている。

 ひょっとして、ヒナが宣言した『ゴブリン』の肉だろうか。

 暖炉の上に生肉が置いてあるということは、俺に火を点けておけという意味だと解釈し、俺は『火炎魔法』を発動した。

 意識がなくなる寸前まで魔法を使い続けた直後だったが、可燃物に点火するだけであれば、負担が少ないことは確認済みだ。

 俺が使える中では、一番魔法らしい魔法だと言えるが、今のところ料理にしか役立ってはいない。火を点しても、意識を失って暖炉に突っ込むという悲劇は免れた。

 山小屋の扉を開けて、ヒナが戻ってきた。木の桶を持っているので、ヤギの乳を搾りにいっていたらしい。

「火はつけておいたよ」

「ありがとう。さすが魔法士様」

「その呼び方はやめてくれ。少し恥ずかしい」

 俺が苦労して手に入れた力ではないからだ。ヒナは答えず、少しだけ笑った。ヤギの乳を木のカップに移す。

 ヤギといえば、今回のことで最も被害をこうむったのはヤギたちだ。

「今日は、草地に行かなくていいのかい?」

 ヤギが何頭死んだのか、俺は直接聞きたくなかった。ひょっとしたら、ヒナは責任を問われるかもしれない。

 だから、あえて、まるでいつもどおりの日常であるかのように尋ねてみた。

 ヒナはこれも応えず、肉の焼かれる暖炉に向かった。

「いい匂い」

「これ、『ゴブリン』の肉かい?」

「そう思う?」

 『ゴブリン』との戦いに赴く前に、ヒナ自身が宣言したのだ。『ゴブリン』に犯されたヒナが、復讐の手段として『ゴブリン』を食べると言ったのだ。

「違うの?」

「食べたくない?」

「いや。食べるよ。殺した動物を食べないのは、よくない」

 それに、俺にとってもヒナを汚された憎い相手である。食べてやるという気持ちは解る。

「よかった。でも、違うよ。鹿の肉だって。里の人が、『ゴブリン』を殺したご褒美にくれたの」

「そうか」

 ヒナは少しだけ嬉しそうだった。鹿の肉を食べるのが嬉しいのか、『ゴブリン』を殺したことを誉められたのが嬉しいのかはわからない。

 しばらくして、肉が焼けた。

 この間食べたのは乾燥肉だったが、新鮮な鹿肉は確かに美味かった。


「ヤギ、何頭生き残っていた?」

 俺はパンに噛みつきながら、尋ねてみた。俺からすれば、手ごろな話題だ。ヒナの傷に触れないように話題を選んだつもりだった。

 だが、ヒナは明らかに沈んだ顔をした。

「10頭だけ。8頭が殺されたみたい。もっとよく探せば、森の中に逃げているかもしれないけど……」

「そうか……今日は休みなのか? その八頭が、ヒナを待っているかもしれない」

 ヒナがどこまで責任を負うことになるのか、俺にはわからない。できるだけ明るい声を出したつもりだった。ヒナの返答はまたしても暗かった。

「『ゴブリン』に襲われて、ヤギたちはとても怖かったみたい。どのヤギも、お乳が出ないんだって。だから、枯れた干し草を食べさせても同じだから、しばらくはお休みだって」

「そうか……ヤギって、意外とデリケートなんだな」

 洞窟の中で、双頭の狼にはらわたを食われていたヤギの顔が、俺の脳裡をよぎった。俺に向けられた死んだ瞳を、しばらくは忘れられないだろう。

「じゃあ……これは?」

 俺は木のグラスを持ちあげた。先ほど、ヒナが絞ってきたばかりのヤギの乳が入っている。

「うちのヤギは……その日は連れていかなかったの。私、つい慌てて、ヤギを残したまま出てきちゃった。だから、平気」

「それは、不幸中の幸い」

 あの日、ヒナは俺に腹を立てて飛び出すように小屋を出ていった。そうは言いたくなかったのだろう。俺も聞きたくない。


 パンは相変わらず硬かったが、はじめから硬いとわかっていれば食べるのに支障はない。チーズは相変わらず濃厚で、以前にはなかったが、摘まれた香草が添えられていた。なかなか美味い。

「ソウジは、ずっと遠くから来たの?」

 唐突にヒナが尋ねた。何度も説明したはずだ。いや、きちんと説明できていなかったかもしれない。尋ねられた理由はわからない。

「そうだよ」

「証明できる?」

「うーーーん……顔とか……俺にこのあたりのことを聞いてもらえば、本当に何にも知らないことはすぐにわかると思うけど」

 証拠といわれると難しい。言いながら、俺は少し落ち込んだ。『ゴブリン』退治では頑張ったつもりだが、相変わらず何も知らないし、できないのだ。

「そっか……明日、一緒に里に来てもらってもいい?」

 ヒナがうかがうように、上目がちに俺を見た。ずいぶんと可愛らしい表情をしてくれる。そんな表情で尋ねられて、断れるほど俺は人でなしではない。

「もちろん」

「よかった。私、午後はちょっと里にもどって話をしてくるから、ソウジは好きなことしていて」

「薪でも割っていようか?」

 ヒナは黙って笑い返した。よほど期待されていないのか、好感を持ってくれたのかはわからない。

 立ち上がり、ヒナは食べ終わった食器を桶に入れる。

「ヒナ、『ゴブリン』って、殺しても良かったんだよな」

 俺は、ヒナが『ゴブリン』を殺したことで罪に問われる可能性を心配した。異世界のことである。どんな常識が存在しているのかわからない。明日、俺に里に来いというのも、証言でもさせるのだろう。

「もちろん。でも、里の男達でも、殺そうとすれば大怪我をすることも多いから、手を出さないように言われているけどね」

 人間が直接の被害を受けた場合は、殺して当然なのだ。俺は少し安心した。


 午後になり、ヒナが出かけていく。


 俺は少しだけでも回復した力で、『生命魔法』を再びタップした。

 体は治り切っていない。

 魔法を使うたびに消耗しているのが、俺は精神力のようなものだと思っている。だが、実際には何が消耗して意識を失うまでになるのかは、よくわからない。

 少し休めば、一回ぐらいの『生命魔法』は使えるようになる。

 ヒナが戻るまでは、体の修復に専念するしかなさそうだ。

 致命的な怪我や傷も、すでに治っている。

 おそらく、俺は元の世界の現代医学でも修復不可能なほどの傷を負ったはずだが、ほぼ健康体に戻っている。

 それでも、すべてを戻すには、俺の力では時間がかかる。

 『生命魔法』のレベルが上がっていくとどんな効果があるのか、これから検証する時間もあるだろう。


 俺は外に出ると、温かい光を浴びながら、草の上でまどろむことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る