第14話 『ゴブリン』との戦い
作戦は立てた。
俺は立ち上がった。『精神魔法』の使用ではあまり消耗しないという印象を受けていたが、俺はアリの操作により消耗したことを感じた。
集団を操作したためか、あるいは限界に近いため、わずかの使用でも堪えたのかはわからなかった。だが、いずれにしても必要な検証だった。
双頭の狼を殺した時にどれだけの魔法を使用したのかは、数えてもいなかったし、闇雲にタップしたのでそもそもわからない。『ゴブリン』二体相手に、使える魔法は多くない。しかし、今度は俺も一人ではない。
「ヒナ、準備はいいか?」
「うん」
ヒナは森の中から、手ごろな大きさの石を拾い上げていた。いくつも集め、破れた服を袋状にして持った。
俺が『魔法士』かもしれないとわかってから、俺に対するヒナの態度が急に従順になった。もとからそれほど冷たいわけではなかったが、優しくなったのは感じる。
喜ぶべきことかどうか、俺にはわからなかった。
もし、ヒナが思っている『魔法士』と違ったら、俺は途端に軽蔑の対象になるだろう。
とにかく、魔法の石版を使いこなすことだ。
ヒナが見つけた石は、いずれも手に持つと少しだけ収まり切れず、尖っていたために武器とするにはとても手ごろな大きさだった。ヒナが隠し持っていたナイフは俺が握り潰してしまったため、他の武器を探す必要があったのだ。
素手よりはましだということで、俺とヒナは手ごろな石を探した。
ヒナがいくつも拾っていたのは、俺が『ゴブリン』の相手をし、ヒナが石を投げて援護するという役割を決めたからである。
俺が『魔法士』だと思わなければ、ヒナはこの作戦は承知しなかったかもしれない。明らかに、普段の俺はヒナより力でも体力でも劣るからだ。
しかし、俺としては心理的に傷ついているヒナを盾にするという選択肢はあり得ない。結果として、俺がヒナに魔法を見せたのは正解だったのだ。
俺はヒナと別れた。別行動だ。
枯れ枝を集めながら、俺は『ゴブリン』の洞窟に近づく。
途中で遭遇したら、撤退する作戦だ。
『ゴブリン』が二体とも中にいる時だけ、作戦を遂行する。
そうでなければ、殺されるのは俺たちだ。
『ゴブリン』はヤギを殺して担ぎこんだ。双頭の狼も、死んだ以上『ゴブリン』の食事に変わることになるだろう。
食料がある以上、洞窟内から出てこない可能性が高いと、ヒナは言った。
もともと、『ゴブリン』は夜に活動するのを好むものらしい。
俺とヒナを発見できず、洞窟に帰った以上、出てくるのは夜だろうとヒナは判断していた。
ヒナの判断に、俺が異論を挟む必要もない。
落ちた枯れ枝を集めながら、それでも慎重に俺は洞窟に向かう。
洞窟まで、『ゴブリン』には出くわさずにたどり着いた。
仮に中に居なくても、ヒナが警戒していれば、『ゴブリン』より先にみつかるようなヘマはしないと安心できた。
俺は洞窟の脇に、両手にいっぱいになった枯れ枝を置き、洞窟の中を覗いた。
外敵がいないと思っているだろう『ゴブリン』が、洞窟の中にいて警戒しているとは思えなかった。
よほど運が悪くないかぎり、覗き込んだところで見つかる心配はない。
俺は念のために魔法の石版を取り出し、『生命魔法』に指を添えながら首を伸ばした。
洞窟の中では、ヤギの死体が増え、双頭の狼が毛皮だけに変わっているほか、二体の『ゴブリン』が大の字になって眠っていた。夜に活動するために、昼は寝ているのだろうか。
このまま殺してしまうこともできただろうが、気づかれずに二体を仕留められると断言はできない。何より、ヒナに手伝わせなければ、ヒナの心的外傷が回復できないのではないかと思った。
予定通り、俺はヒナと共同して『ゴブリン』を殺すための行動に移った。
積み上げた枯れ枝を洞窟の前に移動させる。
魔法の石版をタップし、枯れ枝の中央に炎を灯す。
予定通りだ。手で風を起こして、煙を洞窟の中に送り込んだ。
生木も含んでいたので、煙は大量に上がった。
上空に登った煙が、ヒナへの合図だ。
洞窟の中で、もぞもぞ動く音が聞こえた。
俺は緊張し、魔法の石版の、アイコンの位置を確認した。
炎と、その向こうにいる俺の姿を見咎めたのか、『ゴブリン』が吠えた。
俺の背後から、ヒナの足音も聞こえた。
いいタイミングだ。
燃え上がる炎に、『ゴブリン』が躊躇する。
ヒナの足音が近づく。
俺が背後に視線を向けると、ヒナは必死の形相で俺に向かって走ってきていた。 ヒナが必死なのも当然である。
ヒナはハチの群れに追いかけられていたのだ。
しかも、非常に危険な種類のハチである。
刺されれば、俺は死ぬ自信がある。
俺が背を向けたためか、『ゴブリン』たちの苛立つような声が大きくなってきた。
再び俺が、炎越しに『ゴブリン』に向き合った時、一体が炎に突っ込んできた。
ある程度想定していたため、俺は地面に倒れるようにして避ける。
地面に、『ゴブリン』の石斧が突き刺さる。
柔らかい地面ではなかったはずなのに、柄までが地面にめり込んだ。
まともに殴られたら、たぶん一撃で死ぬ。
ヒナは俺の背中に張り付いた。ヒナの汗のにおいを堪能する暇もなく、俺は『精神魔法』をタップした。
『ゴブリン』は炎の中に立っていた。踏みつぶされた燃える小枝は、踏みつぶされたことで消えつつあった。『ゴブリン』の肌と着物を少し焦がしただけだ。
効果を期待しての火責めではない。
俺はヒナを追ってきたハチの群れを、『ゴブリン』に向かわせた。
無数のハチに襲われた二体の『ゴブリン』が咆哮する。
俺は集中し続けた。少しでも気を抜けば、もともとの標的であったヒナに向かってくるかもしれないのだ。
しかも、ヒナが引きつれてきたハチは、何回でも相手を指すことができる、昆虫類では最強種でもある。『ゴブリン』を攻撃させるハチがいないかと、尋ねたのは俺だった。
ヒナはこのあたりのことに精通していて、任せろと言った。俺は任せた。
たぶん、俺の力を信じてのことだろう。
過信しすぎだ。
ハチの群れを制御するというのは、簡単ではなかった。
『ゴブリン』はハチに襲われ、苛立った咆哮を繰り返したが、致命傷には至らない。野生の猛獣がハチに襲われて死んだという事例は聞いたことがない。
作戦は失敗だっただろうか。
何とかしなければ。
「ヒナ、やるぞ。準備いいな」
「えっ? 早くない?」
二体の『ゴブリン』に向かうのは、ハチの集団の中に飛び込むことも意味していた。『ゴブリン』がハチを殺しきり、衰弱したところを襲う作戦だったのだ。
だが、俺の消耗が予想より激しい。
このままでは、ハチが死ぬ前に俺の意識がなくなりそうだった。
『生命魔法』を使えるとして、二回が限度だ。
使っているうちに、限界もだいぶ正確に把握できるようになってきた。
あまり使用できる限界数が増えていないのは、ちょくちょく使用しているため、つねにぎりぎりだからである。
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