第五章 隠れ墨者

     

「おぬしが仕組んだことか」

 丞相の座についてまもなく、呂不韋は無名道人にことの真偽をただしている。孝文王の突然死についてである。かつて道人は、子楚の王位獲得に加担することを約束している。

「さあて、天命にござるまいか」

 道人ははぐらかした。

「このあと、なにをたくらんでおる」

「たくらみとは人聞きの悪いことをいわれる」

「では、いいかえよう。太子の政になにをやらせようとしているのだ」

「それならば、もうしあげよう。いずれ子楚王を継ぎ、秦王になっていただく。そののち政王は中原七ヶ国の統一、つまり天下一統の大事業を達成され、一天万乗の天子となられる」

 平然として、無名道人はこたえる。呂不韋はあわてた。

「子楚さまの王位は、いつまでと見ている」

「三年」

 道人は断言する。呂不韋は、絶句した。

「――」

「呂不韋どの。おぬしには働いてもらわねばならぬ。政君は、十三歳で王となられるが、まだ若い。修行しなければならないことはいくらも残っている。さよう、十年はかかろう。元服するまでは、表には出さぬ。それまではおぬしが仕切れ。秦王政の登場にふさわしい華やかな舞台を用意しておいてもらいたい。幕が上がれば、一気に駆け抜ける」

「いったい、なんのためだ。見返りは金か、出世か」

「わしは、なにも望まぬ。天下の安寧と万民の幸せだけが目的だ」

 道人はなにも求めないという。代償をともなわない無償の行為など呂不韋は信じない。裏になにかあるに違いない。

「だれに頼まれた。依頼者はだれだ」

「だれもおらぬ。しいてひとりあげれば、戦乱の世の中を収束し、平和な時代の到来を希求する太子政」

 黙示の依頼者が政本人と聞いて、呂不韋は納得した。かつて自分は天子となるべき政のために、十年の寿命を割いて渡している。政になら天下一統は、実現できるかも知れない。いや政にこそ、ぜひ実現してもらいたい。そのためになら、自分は捨て石ともなろう。

「なんならおぬしが、さきに天下一統をなしとげてくれてもよい」

 呂不韋の腹のうちは、無名道人には透けて見えるらしい。

「わしが秦を簒奪さんだつしたら、どうなる」

「まさか本気ではあるまい。おぬしが仕上げて、政王にゆずれば義理が立つ。老百姓ラオバイシン(たみくさ)も納得して喝采することであろう」

「よもや、おぬし、墨者ぼくしゃではあるまいな」

 ようやく呂不韋は道人の本心に行きあたった。

「さよう、もと墨者のなれの果てにござる。墨家ぼくかの教義こそすてたが、魂まではすてていない。秦王の中原統一に、さいごの望みを賭けている」

          ∵

 春秋末期から戦国にかけて、「墨家集団」というユニークな思想グループが一世を風靡した。かれらは、生活苦にあえぐ人民の救済と小さな諸侯国の防衛を目的として活動した。この時代、「儒家集団」と天下の思想界を二分するほどの勢力を誇示していたという。やがて組織の膨張につれて内部分裂をはじめ、こののち秦帝国の成立以後、歴史上から忽然として姿を消してしまうのだ。

 ほんらい墨家集団に所属し、墨者だった無名道人が名をすて、地にもぐって隠れ墨者となったのには、理由があったに違いない。

 しかし現実主義者の呂不韋には、人の過去などどうでもいい。現在、そして近い将来、自分に実益をもたらしてくれる対象にだけ興味がある。それを承知で、ふだんは口の重い道人がとつとつと語りだした。

「わしの墨家内での仕事は守城、大国の侵略から小国を守り抜くことだった。墨家集団の防衛部隊をひきつれ、頼まれれば全国どこへでも出向き、からだを張って戦った。わしらの組織は、守城兵器を開発する技術軍団、実戦経験豊富な戦闘軍団、抜け穴を掘り防御塁を築く土木軍団、いずれも専門に特化した精鋭軍団だったし、規律を厳守し、民百姓からはけっして掠奪しなかったから、引きも切らず派遣要請があった」

「ほう、それがなぜ墨家をすてた」

「わしらの願いは平和の実現だ。天下の人々に平和な生活くらしをもたらすためになら、命をかけて戦っても悔いはない。しかし悲しいかな、わしらが守るべき民草は、攻める側にも守る側にもいる。大国と小国、国の規模は違っても、戦争の被害者はいつも一般民衆だ。わしらは、『兼愛』や『非攻』を主張する。敵も味方もない。満天下、すべての人々を慈しむのが『兼愛』だ。小国を守るだけでは『兼愛』は実現できぬ。『非攻』を主張し、他国への攻撃や侵略を非難しても、天下の君子は聴く耳もたぬ。いまのままでは永遠に戦争はなくならないし、虐げられるものはいつまでも救われない」

「それで、どのようにすればよいとお考えかな」

「戦国の世を終らせることだ。周朝が東遷した春秋いらい五百年余、わが国土は戦火のたえまがない。いま中原では七雄が競っている。周辺二百余の諸侯国を淘汰した秦・楚・斉・燕・韓・魏・趙の七大国が、合従がっしょうだ、連衡れんこうだと、無益な離合集散をくりかえしている。そのつど犠牲を強いられているのは弱い立場の人々だ。その人々を救う道はただひとつ、天下を統一して戦争をなくすことにつきる。そしてそれを実現できるのは、秦王政をいて他にない。わしは、やがてくる秦王政の天下一統にかける。そのためになら、『兼愛』もすてる。『非攻』もすてる。隠れ墨者となって、六国を攻撃する。鬼ともなって、歯向かう敵を叩き潰す」

「わしに頼みごとがあると見たが、それはなにか」

「おうさ、そのことよ。おぬしもそうだが、わしにはもはや残された時間は十年しかない。わしが保証できるのは十年だけだ。十年たてば政王も成人し、ひとり立ちする。わしらが余計な面倒を見ずとも天下統一の事業に向かって、突き進んでくれよう。そのお膳立てをおぬしに頼みたい」

「天下統一に向かって、やれるところまでやればよいのであろう。いわれずともそのつもりで考えている。ところでいま奇妙なことをもうされたな。おぬしの余命はあと十年だと。わしもそうだといわれるか」

「おぬしの寿命は、もともと七十まであった。それが政君に十年渡してあるから寿命の残りは六十だ。今年おいくつになられたかな」

「恐ろしいことをいわれる。――」

 呂不韋は口をつぐんだ。道人はれごとをいう方士ではない。その実力、言動の信憑性は実績が示している。

 ――残り十年、思いっきり働き、政に引き継ぐ。いいではないか。その間、金も名誉もついてくる。ならば、それでよし。人生、こんな痛快なことはない!

 呂不韋の口もとが緩んだ。含み笑いが、徐々に哄笑にかわる。呂不韋は思いっきり大声で笑った。五十男が涙を出して笑っていた。

          ∵

 一介の商人あがりとはいえ、呂不韋は並の男ではない。

 子楚の発掘にみられる卓抜な先見性、宮中工作を貫徹する緻密な企画力、大きな投機にかける豪胆な気性、どれを採ってみても、桁外れのスケールだ。

 ――まずは、お手並み拝見。

 新王子楚は、他国者の一商人を丞相に抜擢、封じて文信侯と号し、河南洛陽の十万戸を食邑しょくゆうとして与えた。

 周囲の人々は、異例の厚遇に驚いたが、子楚にしてみれば、かねてからの約束を履行したに過ぎない。資質の適否に関係なく、とにかく恩に報いたのだ。

 この点では、王の専権に反対できず、冷ややかに見守るしかない朝廷の首脳陣と同じ意見だったといっていい。反対できないなら、望む職位に就け、無視するまでだ。職位に堪えなければ、ほうっておいても自滅する。

 名前だけの宰相なら、なにもせず、安閑と居座っているだけだろう。いずれ化けの皮がはがれる。ときを見て戦争にでも駆り出せば、命からがら尻尾を巻いて逃げ出すに違いない。政権を独占するのは、それからでも遅くない。

 一方、周囲のおもわくをよそに、丞相呂不韋は、本気で仕事に取り組んだ。おのが抱負を披瀝し、政策を示し、あるべき国の方向性を明確に打ち出したのだ。

 煙たがられた気骨ある老臣宿将を丁重に招き、政務を問うた。在野に広く人材を捜し求め、責任ある重要なポストを任せた。守旧一徹の老人にはご隠居願い、革新気鋭の若手に現場をゆずらせた。

 登用された人々は奮起した。前任者に負けじと切磋琢磨し、競って国の発展につくした。秦は国富を蓄え、兵力を増強させ、版図を拡大する。

 当時、周の天子の権威はすでに地におち、周王朝は一小国に転落していた。その小国もさらに東西に分裂し、秦昭襄王の没年(前二五六年)、西周は滅び、伝来の九鼎宝器は秦に奪われている。

 東周君は昔日の夢をふたたび実現しようと、諸侯に反秦を呼びかけた。いたちの最後っ屁を思わせる悪あがきだ。

 荘襄王元年(前二四九年)、秦王子楚は呂不韋に命じ、東周の宗室を討伐した。政が太子となった年だ。この戦に政は同行する。従軍とはいえない。まだ十一歳、戦場に立てる歳ではない。

「周宗室のさいごを見届けたい」

 もったいなくも天子と号した王朝のさいごだ。天下統一を志す政は、参加を希望した。

 無名道人は丞相呂不韋にもちかけた。呂不韋は同意し、将軍 蒙驁もうごう麾下きかに加えた。

 蒙驁はがんらい斉の人で、昭襄王のとき入秦した。その子は蒙武、孫は蒙恬もうてん、代々一族に名将を輩出した。

 秦の将軍となった蒙驁は、韓・趙を攻めて四十に近い城を取る。生涯に取った城の数は七十を超えるから、白起に劣らない戦績だ。

「よろしくお頼みする」

 太子としての表立った行動とは違う。無名道人は蒙驁にのみ内実を告げ、政を引き合わせた。

 蒙驁は座を下り、片膝を地につけ、無言で目礼した。政も無言で礼を返した。 その瞬間、蒙驁は政に並々ならぬ「気」を感じ、思わず無名道人の顔を見遣る。道人も目でうなずく。

 蒙驁は千軍万馬の古強者ベテランだ。人の技量を見る目にくるいはない。

「ウーム、いかにも承知した。わしがもとで戦の修行をなさるがよい」

 まさに合格のお墨付きをもらったにひとしい。政は一年で方術の「気」をしっかりと身につけた。しかし、本人はまだそのことに気付いていない。

 道人にお彩、そして趙の三方士趙統・趙勇・趙矛が蒙驁軍に同行し、最後列にしたがう。方士姿だと逆に目立つというので、全員が甲冑を着けた戦仕度だ。お彩は男装に変身している。

          ∵

 丞相呂不韋は、東周征伐に大将軍として五万の大軍をひきいた。

 すでに死に体の東周に対するには多すぎる軍勢だ。そのじつ、狙いは東周の背後に巣食う反秦諸侯勢力の一掃にあった。

 呂不韋は黄河にそって大軍を東に進める。しかし西周の都のあった洛陽を過ぎても諸侯の東周救援軍は一兵たりと姿を見せない。各国に放った物見の報告からも、援軍の動く気配はない。ついに秦の大軍は、東周の都城 きょう城に到達し、城を包囲する。東周君は出陣せず、籠城の構えだ。

「わしなら打って出る。士気が最高潮の緒戦で敵を叩いておいて、すかさず籠城にうつる。その上で援軍の要請工作を各地に展開する。一ヶ月もちこたえればいい。それまでに援軍が駆けつけ、包囲軍をさらに包囲し、城方と呼応して敵を挟撃する。これが上策だ。ところがいま、城内はしずかすぎる。策があっての籠城ではない。これでは勝負にならない。東周に人はいないと見える」

 守城で鳴らした墨者の無名道人がため息をつき、政に籠城の要諦を語る。戦の実地教育だ。

「孤立した状況下、大軍を相手に籠城して勝てる道理がない。籠城は、確実に援軍が期待できる場合にのみ採用すべき作戦だ。守城の要諦は、落城の時間を引き延ばすことにある。援軍が期待できてこそ城内の士気も高まる。少数でいいので頻繁に城を出て局地戦を仕掛け、敵を翻弄する。援軍の影をちらつかせ、相手に疑心暗鬼を抱かせる。兵力を分散させて、総攻撃の時期を遅らせるのだ。そうしておいて、もし援軍が期待できない情況なら、包囲されているうちに自滅するから、士気の高いうちに有利な条件で和睦することだ」

 道人の読みは当たった。三日を待たず、援軍を期待できない籠城側から内通者があらわれ、投降を打診してきた。

 城内の一角から火の手が上がる。秦軍の攻撃が開始される。鞏城の大門はあっけなく打ち破られる。圧倒的な軍勢が城内になだれ込み、秦軍は無傷で東周の都城を占拠、ここに周朝は滅亡した。

 政権は倒しても、伝統ある周の祭祀は絶やしてはならない。政は丞相呂不韋に、勧告した。少年政が、あるべき道理を説いたのである。

 周は滅びても、七大国が拮抗する天下の大勢に変わりはない。しかし、いんを継いだ周の王朝は、衰えたとはいえ八百年の伝統を持つ堂々たる王朝だ。この周の祭祀は、けっして放置してはならない。

 ましてや天下一統を志す秦ならば、なおのこと大局に立って、判断すべきだ。

「西周征伐のときには周の帝祚ていそ(帝位にある人)がすべて滅び、祭祀を奉ずるものがいなくなったと聞く。これではいけない。宗廟の祭祀を絶やすと、行き場を失った祖霊はじめゆかりの人々の霊魂はちまたに浮遊し、世の中を乱すもととなる。かならず祭祀のついえを補償する封地をつけて、祭祀をつづけさせなければならない」

 呂不韋はなるほどと納得し、政の言にしたがった。

 東周の王家を滅ぼさず、いまの河南 開封かいほうにある陽人聚落の地を東周君に賜い、周人しゅうひととともに周朝の祭祀を継がした。

 この戦いのあと秦はさらに東進し、蒙驁に韓を伐たせた。韓は成皋せいこう滎陽けいようを献じたので、秦の境界は大梁にいたった。いまの河南省 鄭州ていしゅうをふくむ開封までを一挙に領有したのだ。天下一統に向かって、あくなき前進を象徴するものといっていい。

 翌年、荘襄王はふたたび兵を興し、趙・魏二国を撃ち、多くの城を落す。蒙驁は魏の高都・新城・狼孟を攻め、三十七ヵ城を取った。いずれも山西省の城邑だ。四月、日蝕があった。この自然現象ですら、無名道人にかかると得がたい手駒になる。

 この趙・魏二ヶ国との合戦のあと、ある和睦交渉に政は参加した。お彩らも同行した。趙は統一派の三方士の祖国だったから、かれらは戦闘には加わらず、民間の医療援助を手伝った。

 政らは無名道人の手引きで、落城を間近にひかえた、あまり大きくない趙方の城邑にもぐりこんだ。この城は山間部にあり、墨者の指導で守城の態勢をとっている。

 政らは甲冑をぬぎ、墨者風の衣服にあらためた。墨者風というより、乞食ほいとスタイルといったほうが分りやすい。髪はぼさぼさで、あかにまみれたからだにぼろをまとい、すり切れたわらじを突っかけたていだ。

 趙の三方士は最初、互いの姿を見せ合ったとたん、腹をよじって笑いこけた。

「きゃはは! 趙勇、なんだお前の格好は。それじゃ、まるっきりものもらいじゃないか」

「趙矛、人のことをいえた義理か。いつ風呂へ入ったんだ」

「趙統、お前よく似合っているぞ。そのぼさぼさ頭、雷にでも当たったのか」

 三人は子犬がじゃれるように冗談をいい合って、城門をくぐった。そして城内へ一歩足を踏み入れたとたん、口をつぐんだ。自分らと変わらぬ格好をした邑人むらびとが、かれらを出迎えたのだ。

 戦がはじまって、三ヶ月経っている。防御といっても、かろうじて攻撃に堪えているていどにすぎない。それも限界に達していた。食糧が底をついたのだ。ましてや着るものに気を使う余裕などない。

          ∵

 お彩を中心に、さっそく医療援助を開始する。治療薬や栄養剤はたくさん用意している。子供主体に、伝染病や栄養失調の検査からはじめる。お彩はてきぱきと働いている。三方士も負けずにからだを動かした。そんなかれらに、邑人は手を合わせ、涙を流して感謝する。がりがりに痩せ、表情の乏しい幼児を見て、お彩は思わず抱きしめる。かつて無名道人に拾われる直前の自分を思い出したのだ。

 お彩に抱きしめられ、幼児の顔にうっすらと笑みが浮かんだ。

 そんな光景を目にしつつ、政は無名道人に連れられ、城門近くの小屋に入った。中には数人の男たちがいる。図面を見て、武器や工具をこしらえていた。かれらは道人を認めると、その場にひざまずいて、挨拶しようとした。

「いやいや、ていねいな挨拶など、ご無用になされたし」

 道人は手を振って、いそいでかれらを立たせた。

 墨家集団内の道人の立場をあらわすものだろうか。政ははじめて知った。

「降伏に決まったこと、聞いている。これまでよく守ってくれた。食糧が枯渇したいじょう、もはや守城をつづける必要はない。あとは降伏の条件を詰めるだけだ。城方の重臣には了解を得てある。降伏の談判にはわしが名代として出る」

 春から夏に移り変わる時期だ。緑が目にまぶしく映る。北国の春は短い。つい少しまえまでは、全山が灰色の自然におおわれていた。

 秦側は無条件降伏を前提として、趙側に迫っている。道人は和睦講和で、対等に交渉する腹づもりだ。

 交渉にあたり道人は墨者のいでたちそのままに、鍋底をさすった手で自分の顔をひと撫でした。顔面が一変する。三方士が笑いころげたあの顔かたちになった。これなら呂不韋が見たって分かるまい。

 当初、政は談判の席に同席するつもりでいた。道人がどう対応するのか、そのことをみきわめたかったのだ。しかし、かりにも秦の太子だ。そこまではまずい、というので隣室で控えさせられた。

 隣室には、さきに同じ年恰好の少年が座っていた。城主李宜りぎの嫡子李悠だという。政はあいまいに自己紹介したが、少年は反応しなかった。この談判しだいで城主の処分が決まる。敗軍の将の刑罰は重い。死罪は免れない。少年はうつろな目で、隣室を隔てる壁を見つめていた。

 隣室から挨拶を交わす声が聞こえだした。談判がはじまるらしい。ふたりは聞き耳を立てた。

 無条件降伏を要求する秦側は、趙方に武器を放棄し、城主以下将兵全員の投降を要求した。さらに領民も戦闘員と非戦闘員に分けて処置するので、全員がその取調べの対象になると足止めを求めた。

 当時、中国の城邑じょうゆうは、全体が外郭と内郭の二重の城壁で囲まれ、その囲まれた間が一般領民の居住区域(郷里むらざと)になっていた。城邑の邑は「むら・くに」を意味する。君主から与えられた采邑さいゆう(領地)が起源だ。規模が大きくなればみやこと呼ぶ。田畑は城外にあるが、日帰りできる範囲に限られる。内郭の内側は内城で、市街地だ。大夫たいふや官吏・武士など為政者側が住む。

 戦になれば大多数の農民男子は、兵卒や荷役に駆りだされる。攻城戦だと防御側は外郭を守るため、領民はすべて戦に参加させられる。老人や女こどもまでもが、みずからの居住区防衛のために働く。反戦や内応・逃亡・サボタージュなどに備え五人組、十人組など共同監視、共同責任体制を組んでいるから、勝手な行動はできない。

 城壁の上に立って直接武器を持つものもいれば、その武器や食糧を補給するもの、けがをした兵士の治療にあたるものもいる。武器や衣服の製造や修理にあたるもの、食事のまかない、軍馬の世話、城壁の補強工事などなど、徴用・自発的参加の区別なく、病人と幼児・寝たきり老人以外、すべての領民が戦に関与する。城壁を破られたら、まっさきに戦場になるのは、自分たちの居住区だ。全領民参加の総力戦にならざるを得ない。

 戦闘員、非戦闘員の区別のつけようはない。多くの場合、負けた側の領民はすべて、ところ替えと称して、移動させられる。拘束されているから奴隷とかわらない。秦側の要求を飲めば、城主以下為政者側のみならず、全領民が処罰の対象となる。

 ――こんな理不尽なことがあってはならない。

 政は、立ち上がった。

 そのとき無名道人の声が、壁越しに政の耳に届いた。断乎たる、確信に満ちた響きがある。

「おぬしら秦人しんひとは、天道をなんと心得る。われらは天の意志にしたがって戦をやめ、和睦を求めている。秦の奴隷になるために和睦するのではない。これ以上の憎しみ合い、殺し合いをやめ、早くもとの平和に戻ることを、天が望んでおられるからだ。人は自分で生きているのではない。天によって生かされているのだ。作物を耕し、家禽かきんを養い、争いのない日々を過ごす。親は子をはぐくみ、子は親を敬い、安らぎのある家庭を営む。君主は民をいつくしみ、社会の秩序を保ち、他国からの侵略に備える。天の意志は、すべての人が分け隔てなく愛し合い、同じように利益を分け合うことを求める。天の意志は、すなわち天道において明らかである。『天道人を殺さず』という。天の意志にしたがって生きるなら、天は人を見捨てることがない」

 秦の代表は、鼻で笑った。

「たわけたことをもうされる。われらは自分の意志で戦い、自分の力で勝利した。敗者は勝者の意志にしたがう、これこそが人の道理というもの。天は戦の勝者に恩賞もくだされぬ」

 秦の恩賞は、落とした城の数、挙げた将士の首級、奪った奴隷の多さで決まる。力がすべてを決める。

「命が惜しければ、弱者は強者のまえにひれ伏すがよい。さもなくば、殺す。ようしゃなく生き埋めにする。かの長平の戦のように!」

 秦側に譲歩するそぶりは、微塵もない。勝者の傲慢さを臆面もなくひけらかしている。

「城邑は明け渡す。ただしところ替えには応じない。全領民をここ父祖伝来の地に残すこと。これを和睦の条件とする。さすれば領民はこののちも秦の領民として、農牧に従事し、生産に励み、社会の発展に寄与する。ただし、城主以下、為政・軍事の当事者は、責任を取る。秦方にて応分に処置されるがよかろう」

 道人は、平然として、自説を主張する。

 秦側の武将はいきり立ち、いきなり拳を卓上に叩きつける。

「もうよい、われらのいいぶんが聞けぬなら、再度、決戦におよぶのみ。この上は、戦場でかたをつけるべし」

 床几しょうぎをけって、立ち去ろうとした。

 一瞬、道人の「気」がはしった。

 秦の武将は、その場に釘付けになる。

 ――幻術、金縛りの術。

「これは、なんとしたことか」

 意識は、はっきりしている。ただ、からだの自由がきかない。

汝等うぬら、天道をあなどるか。天のご意志をなんと心得る!」

 道人の叱責する声が、室内に鳴り響く。

「いまや天はなんじらの傲慢な言辞を耳にし、いたく失望された。不遜な態度をご覧あそばし、激しくお怒りになられた。見るがよい。まもなく天道はお隠れになられる。力を誇示するやからに、もっと大きな力をお示しになる。秦人の傲慢を戒めるためにだ」

 風が出てきた。窓の扉が、カタコト音を立てる。

 やがて樹木が揺れはじめ、風が砂煙を撒き散らす。遠くに竜巻が渦を巻き、近寄ってくる。日中のはずだが、気のせいかあたりが暗くなっている。外を見上げると太陽が欠けている。炎を吹き上げた円環が少しずつ欠けてゆき、半円となり、やがて暗闇の中に埋没する。

 天も地も、漆黒の闇に閉ざされた。真昼の暗黒だ。

「わぁ、助けてくれっ!」

 金縛りの解けた秦の武将が、大声で叫び、その場に尻餅をつく。

 秦方の人々は一様に立ち上がり、道人に助けを求める。

「おぬしのもうされよう、あい分かった。おぬしの条件はすべて飲むゆえ、天のお怒りを鎮めてくれ」

 道人は立ち上がり、真っ暗な天に向かい、呪文を唱え、印を結ぶ。

 やがて風が静かにおさまり、暗がりの黒いカンバスに一点、小さな穴がく。穴はしだいに大きくなり、光の矢を放つ。やがて光の矢は束となって、激しい光明を大地一面に突きまくる。と見るや、いまや半円を描く太陽はさらに成長し、まばゆい円環がふたたび天空に復活する。

 人々はみな室外へ駆け出し、大地にぬかずいて天道をあがめる。もはや秦も趙もない。双方の武将は肩を抱き合い、涙を出して、天地の無事を喜び、生あることの幸せを分かち合う。

「よかったね」

 いつのまにかお彩が政の隣にいて、耳元でささやく。城主の嫡子李悠は室外に飛び出している。

 政はしっかりとお彩の手を握りしめていた。あわててほどこうとしたが、お彩が離さなかった。

「いつまでもこうしていたいね、政ちゃん。でも、もうだめ」

 政は聞きとがめて、お彩にたずねる。

「どうして、だめなんだい?」

「政ちゃんは、もうまもなく秦の国王になる。だからわたしのお役目も、おしまいになるのよ」

 悲しげに、しかしきっぱりと、お彩はいい切った。

          ∵

 方術の範囲に占術があり、その中に天文が含まれることは冒頭で説明した。この時代、方士はすでに日蝕の存在を知り、その時期を正確に読むことができた。 しかし一般の知識はとうていそこまでおよばない。神秘なできごととして恐れたから、神がかり的な呪術に応用できたのだ。

 方士ならば、修行の過程で天体の運行を学んで知っている。いたずらに恐れることはない。

 とつぜん扉が蹴破られ、数人の男がなだれこんだ。方士姿の男たちだ。

「やはりおまえだな、趙政。よくも抜け抜けと趙の城邑しろにもぐりこんだものだ。きょうこそは天誅を食らわしてやる」

 政が人質の身から解放され秦へ向かう途中、長平の戦場跡地で政ら一行を襲った、五台山の抗戦派方士集団の仲間たちだ。かれらはいまなおしつように、政の命を狙っている。

「きみたちはまだ分からないのか。この城邑は全滅をまぬかれた。領民も奴隷にされず、この城邑に残ることができた。すべて、無名道人のお働きによるものだ。戦国の世を収束し、平和な時代を招来するために、あるべきひとつの模範を示されたのだ。きみたちもかつては無名道人の教えを受けた弟子たちではないか。無名道人のもとに結束し、いっしょに新しい世界を切り開くことこそ、きみたちの使命ではないのか。ぼくひとりの命をとったところで、戦国の世はなにひとつ変わらない」

 いまの政は、かつてのひ弱な政ではない。方術の修行を積んで、身も心も充実している。

 政は目で敵の数を追った。室内に四人、扉越しに三人、全部で七人いる。室内では不利だ。おまけに武器なしの素手ときている。政はお彩に目配せした。

「おもてへ逃げろ!」

 お彩のからだを抱えて、窓から放り投げた。お彩は宙で一回転し、窓の外へ逃れる。

「お彩さん、武器だ」

 急を聞いて駆けつけた味方の趙統が刀を投げて寄こす。

「早く! 政君せいぎみが中に」

 お彩が絶叫する。

 室内で政は四人に囲まれた。狭い室内だ。大きな武器はかえって邪魔になる。 同士討ちをおそれ、四人は攻めあぐねた。

 政は素手のままこぶしを軽くにぎって構え、小刻みに足を左右にさばく。いまでいうボクシングのフットワークだ。その動きがさらにスピードを増し、左右の移動が激しくなる。と見る間に、政の姿が二重にも三重にもダブって映る。

 分身の術-目晦めくらましの方術を使ったのだ。狭い室内だとかけやすい。実戦で試みたのは、政にとってもはじめてのことだ。

「だまされるな。相手はひとりだ」

 扉の外から投げかけられた大声で術は破れ、四人はハッとわれにかえる。

「ためらうな、切れ!」

 四人は、四方から同時に切りかかった。一瞬、白刃をかいくぐって政は飛び上がる。つんのめって低くなったひとりの頭を踏み台にして垂直に手を伸ばし、天井のはりにぶらさがる。さらに梁を軸にして、半円を描いて反動をつけ、手を離す。推進力を利用し、からだごと下から屋根をぶち抜いたのだ。

 屋上から、政はふわりと地上に降り立った。七人の方士の目には、政がゆっくりと舞い降りてくるように見えた。

 そして、政が着地した瞬間、かれらは数メートルうしろに叩きつけられていた。前方には、開いた両の掌をしずかに戻し、合掌する政の姿が認められた。かれらは戦うことを忘れ、怯えたようにあとずさりした。戦闘意欲はまったく失われていた。

「わぁ!」

 かれらは、雲の子を散らすように逃げ去った。

 遠当ての術が、もののみごとにきまったのだ。

 趙勇も、趙矛も、あっけに取られて政を見つめている。はじめから見ていた趙統は、諸手もろてをあげて小躍りし、政に駆けよった。

 お彩はひとり涙ぐんでいた。政の成長振りをの当りにし、喜ぶと同時に、自分の使命が終りに近づいていることを知ったのだ。

 道人がお彩のうしろに立ち、これでよしと満足げにうなずいた。

          ∵

 城邑は、秦方に引き渡された。城主の李宜以下の重臣や主だった将士は秦へ連行される。嫡子の李悠もその中にいる。

 領民はそのまま居残ることを許された。領民の所有物を収奪することはかたく禁じられたから、だれもがみな喝采した。国は代わり、領主が替わっても、土地は変わらない。かれらは、父祖伝来の土地を大事に守り、秦の新しい領主のもとでともに生き抜くことを誓い合った。

 領地の兼併、領民の争奪、財物・収穫物の略取がまかり通っていた戦国時代の常識としては、画期的なできごとといわざるを得ない。

 それを、無名道人は現実のものにして見せた。

 大国の侵略はくいとめられない。しかし住民の立場からすれば、侵略されて支配者が代わろうと代わるまいと、関心は低い。自分たち家族の命が守られ、最低限の生活が保証されるかぎり、支配者がだれであっても同じことだ。身を粉にして働くことに変わりはない。

 いくら反対を唱えても、大国の侵略はなくならない。

 命が助かり、家が焼かれず、田畑が踏み荒らされない、そういう状況が約束されるなら、守城にはこだわらない。胸を張って投降してやる。

 農民の手はすきくわを持つためにあるので、槍や刀を持つためにあるのではない。

 天下が統一され、世の中に平和が戻るまで、まだなん年かかるか分からない。その日のくるまで、黙って待てといわれても、聞くわけにはいかない。坐して死を待つかわりに、黙って働くだけだ。自分と家族が生きぬくために。

 最善ベストである必要はない。次善ベターであればいい。

 領民が生き残るためにはこんな方法もある。道人は政にたいし、身をもってひとつの例を示したのだ。墨家集団の教義にそむき、隠れ墨者となっても、政が天下を統一し、世の中を変える可能性にかけている。大国の侵略とそしられようが、秦を強化して統一する。

 秦のために統一するのではない。戦国時代を終らせるためだ。かといって、戦は戦だ。戦にかわりはない。では、なにが違うか。

 戦国が終る。統一をさいごに戦はなくなる。平和が甦る。

 果たしてそうか?

 疑うものはいくらでもいる。反対者、不満者はどこにでもいる。

 はじめから万全の成果を求めずともいい。できることからひとつずつ変えてゆけばいい。試行錯誤を恐れることはない。

 臆することはない。胸を張っておのが信念を貫けば、それでいい。

          ∵

 城邑が秦に引き渡されたころあいを見て、政らは城門をあとにした。山間部の小さな地方都市とはいえ、一万人に近い人々が、それぞれの人生を生き抜いていこうとしている。天下を支えているのは、そうしたひとりひとりなのだ。その人生を、力の論理だけで一方的に踏みにじっていいわけがない。

 天下を統一し、平和な世の中を実現する、その思いに迷いはない。しかしそのためには、どうすればいいのか、考えなければいけないことはいくらでもある。

 ――諦めるものか。いつかはやり遂げて見せる。

 政は思いを新たに、やりぬく決意を心に誓った。



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