第3話 いけないアルバイト ~ファストフード

池内愛美18歳は、高校卒業後、定職につくことはせずアルバイトを転々としながら気ままな一人暮らしを送っていた。 

 



 先週、アルバイト雑誌で見つけたファストフ―ド店。そつなく面接もこなし、今日が初出勤である。 

 ファストフ―ド店と言っても、大手のチェーン店という訳ではなく、街で見かける例のワゴン車を改造したアレである。一応、制服は準備されてるとの事で、ハンドバッグ一つで出勤出来るところが楽でいい。

事務所は都内のマンションの一室で、面接時に一度足を運んでいるため、道に迷うことも無かった。 


 社長は29歳で清生院光政という嘘かホントか分からないような名前である。最初、名刺を貰った時に思わず吹き出してしまったことが少々バツが悪い気もするが、まあ、めでたく採用されたので、これはノ―プロブレムだ。社長曰く、自分はレストランの厨房からの脱サラでこの店をオ―プンさせ、色んな場所でお客様にサ―ビスしていると言っていたが、色んな場所と言っても、所有する二台のワゴン車であちこちに売り歩いてる程度の意味であろうことは簡単に察しがついた。


 正規の社員は二名で、各々一台のワゴン車を任せられているという。まあ、言い換えれば店長というジャンルに属する人達で、後は各ワゴン車にアルバイトが一名ずつ居て、その片割れが今回の私だという、簡単に言えばそんな感じなのである。


 指定された2分前に事務所のインターホンを鳴らした。中から「どうぞ」との返事に従ってドアを開け室内に入る。

 リビングには社長を含め三名の男性の姿があり、私は元気よく「おはようございます」と挨拶をした。 

 

 自己紹介は社長が大まかな事を言ってしまったので、今日から宜しくお願いします程度で終了したことは幸いだったが、出社時間が過ぎても姿を見せない後一人のバイトのことが気になった。


 私がペアを組む相手は木下達也という特に変わった名前でも無い27歳の男性で、仕事の要領はこの人から教わるようにと指示された。

「すみませ―ん。遅刻しましたあ」 


 突然の声に振り向くと、地味な顔をした私よりも年下ではないかと思われるような若い女の子が、いかにも走ってきました―と言わんばかりの様子で入ってきた。 


「いい加減、遅刻しないようにしたらどうかな。みんなが迷惑するし」 


 社長が呆れ顔でそう言うと、女の子はちっとも反省などしてないように謝った。 


「明日から気を付けま―す」


 ふ―ん。ここってそんなにお気楽なとこなんだね。そう思うと、それまでの緊張感なんて一気に何処かへ飛んでいった。

「あっ、新しいバイトの子?」


 あんた、きっと私のほうが年上だよ。 


「えっ、はい。宜しくお願いします」


 私は律儀に挨拶したが、彼女からは返す言葉の一つも無く、さっさと着替えに入った。 


 ちょっと、あんた、ここは男だらけだよ。別の部屋に行ってから着替えたらどうなの? 


 女の子は、いつも通りと言わんばかりに着替えを済ませると、逆に相棒をせっつき、早く出ないと遅くなるよと言い放った。

「君も着替えないと、そろそろ出たいんだけど」


 私の相棒が言った。 


「えっ、でも・・・・」


「あっ、着替えはこっちの部屋でね。さっさの子は特別だから」


 良かった。私もみんなの前で裸にさせられるんじゃないかと内心ヒヤヒヤもんだったから。 


 着替えを済ませると、「お、似合うねえ」と社長が絶賛した。 


 まあ、眉唾もんだろうが、そんな言葉に舞い上がるほどガキでもないし。

 それにしても悪趣味が過ぎる。これじゃあ、まるで「ご主人さま―、いらっしゃいませ―」ではないか。 

 

 こんな格好で街中に出没する勇気が出る訳が無い。 

 

 他に違うものが無いか、強く社長に懇願してみた。 


「仕方ないな―。そこまで嫌ならこっちはどう?」 

 

 これなら至って普通のファストフ―ドっぽい。私は迷わすこれに着替え直した。 


「それ、お客に人気無かったんだけどな―」


「じゃあ、お召し物も気に入ったみたいだし、そろそろ行こうか」


 木下が社長に軽くお辞儀をし、「行ってきます」と言うと、私もそれに合わせて「行ってきます」と深々と一礼し、慌てて木下の後を追った。


 外に出ると、木下は既にワゴン車のスライドドアを開き、仕入先から購入したばかりの材料を狭苦しい車内で整理していた。 


「私は何をしたら?」


 木下の背中に問い掛けた。 


「え―っとねえ。取り敢えず、助手席に座ってていいよ」

 準備を終えたワゴン車は、今日の行き先である隣街へと向かった。繁華街から通りを一本外れた狭い路地に入り込んんだワゴン車は、器用な運転で、あるレンタル屋の駐車場の一角に車を停めた。 



「ここが今日の場所だよ。頑張ってね」


 木下は、馴れ馴れしくも私の肩をポンと叩いた後、荷台のほうに席を移動した。



「さあ、開店するよ。君は接客担当だから愛想良くしてね」

開店時間になるとすぐに、それを見計らったように数人の客が列を作った。 

 私は言われた通りに営業スマイルで対応する。 


「いらっしゃいませ」


「えっと、ハンバーガー10個」


 えっ、10個も? 


 私は木下に注目を伝えると、何故だか「頑張って」と言われた。 


 ハンバーガーが出来上がった。 


「お待ちどうさまでした。は10個で10000円になります」


 フリータ―か、浪人生か。良く分からないような感じの男はポケットから千円札10枚を取り出すと、ハンバーガーの袋と引き換えに私に差し出した。 



「ありがとうございました。また、どうぞ」


 私は、教わった通りの接客をしたが、客は一向に帰ろうとはせずに、そこにずっと立ったままでいる。 

「どうかされましたか?」

 私は客に聞いた。客は恥ずかしそうに言った。 


「10個買ったんだから、いつものサ―ビスを・・・・」


 こいつ何を言ってるんだろう? 


「あのう・・・・サ―ビスって?」


 客は言った。 


「いつものこれですよ」


 そう言いながら、客の手がぬ―っと伸びてきて私の左胸を鷲掴みにし、何回か揉んできた。 


「きゃ―」


 私は客の手を払いのけると、その場に背中を丸めた。 


 客はそれが終わると満足したかのように帰っていった。 



「木下さん」


 私は強く木下の名前を呼んだ。 


「頑張ったねえ。さあ、次のお客さんが待ってるよ」


 そこには、満面の笑みで私の顔を見つめる男達でいっぱいになっていた。 



 時給3000円。この意味が今やっと分かった。



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