第8話 無能:008「蛇じゃなく、蛙」
精霊の園の水場から離れて2時間強。おそらく、2時間30分前後が経過した。
俺はひたすら歩き続けた。
舞い降りるうざったい雑念は、全て無視。
俺はバカだから、何も考えない。考えないのである。
ただただ、森を抜けること。それだけを目指す機械なのだ。
***
そして、ユトハシルの森を抜けた。
方角も東北東。夜の間に抜けることが出来た。
あの水場以降、疲労が抜け、全身の痛みもウソのように消えた。
そのおかげだろう、思ったよりも獣道を歩くのが苦で無くなった。
いや、バカだから苦なんて気にしないのだが、小宇宙的にそう直感したのだ。
まるで、俺の進む方向に誰かが先回りして環境整備してるような出来過ぎた行程だった。
ともかく、俺は森を抜けた。
あとは、このまま直進して支線街道に出るだけだ。2日以内にいける。
俺はバカだからそれ以上は何も考えない、グッ。
拳を握り締め、バカとして愚直な決意を上書きする。
『支線街道までの2日間、東北東に進み続ける』
よし。
疲労を全く蓄積して無い体に鞭を打ち、俺は前進を再開した。
俺は何も考えない、だらったー。
バカだから、機械だから、でれってー。
てなものである。
***
ユトハシルの森を抜けても、丘陵地帯である。
視程は、15mほどしか確保できない。
だから、音や匂いなどが重要な情報源である。
20分ほど歩くと、音が聞こえ、びんびんに気配が届いてくる。
やばい気配だ。
簡明に言うと、争ってる。それも、動物じゃない。人、もしくはモンスターがチャンバラってる。
もうこの辺りは、ユトハシルの森の不思議現象の域外なのだ。
俺の位置は風下だが、丘陵地帯ゆえに風向きは複雑に交差しており、回避しようとしてもどの道を進んで良いかわからない。
俺、バカだからなぁ……。直進だろ、ここは。それ以外の選択があるだろうか? いやない。
なんとなく、魂的に直進でOKと感じ、バカと決めたので、そのままトボトボと歩くことにする。
ああ、俺はバカだぜ。無能な上にバカだぜ、すげーぜ。
自分のバカさが、むちゃくちゃ怖い。このままだと末恐ろしい目に遭いまくる――俺が、な。
あまりの自動ぶりに、なんか涙出る前に鼻水出てきた。チーンしないと。
俺が臭いローブの袖でチーンしてる間に、俺の足は自動的に直進を続けており、当然騒ぎの現場が見えてくる。
やべえ……。
この世界には、ヒル・ブロッカーという生物がいる。丘陵地帯を生息地とし、かなりまずいモンスターらしい。
大きさは、全高2m、全幅1m、全長1mくらいが平均らしい。つまり、2立方メートルの直方体を縦にしたくらいのスペースを占有する。
姿は人間大のカエル。色は、赤から黒まで多様。
ある研究者の書物には、ヒル・ブロッカーは一定の社会を形成しており、色によって身分が決まるようなことが書かれていた。
俺はこのカエル人間を初めて見たが、確かに一定の連携をしており、命令系統があることは間違いないだろう。
狼群ほど凄まじい連携ではないが、それでも対象を逃さないように包囲をしていることは明白だった。
カエル人間の数は、30くらいか。赤いヤツが恐らく頭。緑のヤツと青いやつが赤に従って対象と戦っている。
その対象なんだが……。
――うん。
俺、無能で、こういうのって全然やったことないし。
一族の乱暴なヤツに殴られても、殴り返せなかったし……。
スミス家の傍系のガキなんて、そういった肉体派であることを求められなかったし。
冒険者になりたかった過去の俺よ。これは、無理だわ。
な、分かるだろ?
足が震えて動かないのだよっ!!
さっきから、俺の意思と関係なく奥歯がカチカチ鳴っている。
怖いんだよ。
目前の光景は、死体を見慣れてしまっても、怖いのだ。
バカでも、目前で人がカエル人間に解体されたり、丸呑みされる光景を見たら怖くなるのだ。
『あんな目に遭いたくない』
バカだろうが無能だろうが、現在、それしか俺の全身はレスポンスを返さない。
だから震える。恐怖で硬直する。逃げ出せばいいのに、それもできない。
かっこいい無双主人公のように剣を抜き、魔法を駆使して皆殺しにしろ?
そんなことは、無理だ。しょせん、机上の話だ。そもそも、俺にそんな力は無い。
俺が16歳になるまでに培ったものなんて、身近な人々や文明社会が円滑に回り、多数派が笑顔になる手助けをして、少数派を切り捨てる作業を行うものしかない。
こんな生物相手に、戦いを挑めって?
冗談じゃない。
こいつらに『商談』が通じるのか?
『冗談』すら通じそうにないぞ。
***
俺が固まってる間にも、どんどん人が悲惨な最期を遂げていく。
別に、そこでは良心は痛まない。
夜中に丘陵を抜ける決断とは、こういう覚悟も必要だ。
自称森の主と同じく、彼らの自業自得だ。
彼らはおそらく、支線街道を目指して大都市を迂回してきた難民だろう。こんな危険地帯を通る必然は、他にない。
レンズ共和国の圧政に耐えかねて脱出した、レンズ北部の者たちかもしれない。そんな情報が、まだスミス家が機能していた頃に届けられた。
俺と似たような境遇だろうが、俺よりも恵まれている。少なくとも、孤独じゃないんだから。
「……」
バカになり、怯え、震えながらも、俺の頭は自動的に情報の更新を行い続ける。
全身は『恐怖』という返答しかしないのに、頭だけは『事実』を追求している。
***
どうしようもないだろ、俺。
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