第6話 無能:006「無能だけでは進めない」
現在位置はだいたい、ユトハシルの森の真ん中。
この森は、この近隣では非常に珍しいことで知られる。
モンスターが生息していない唯一の森林なのだ。
つまり、安全に森林の天然資源を取り放題というわけ。
しかし、なぜかこの森での大規模な資源採取を、ロバスト王国は禁じている。禁じているのだからしょうがない。
それで済めば、商人などはやってられないだろう。
はるか昔に、うちの一族は張り切った。
猛烈営業だ。
しかし、有力貴族を介しても、王族を介しても、他のおよそあらゆる手を使っても、許可は下りなかった。
そこで、うちの一族の頭のいいやつが「大規模」という文言に目を付けた。
「小規模ならば、かまわんのだろう?」
とロバスト王国の役人に確認。
王の直轄領なので、王様にも確認。言葉は丁寧にして、な。
結果。
「小規模とはいかなる数量なのか」を明確化しない王様の勝ち逃げ。
スミス商会、大敗北。許可なんて下りませんでした。
と、俺が生まれるはるか前に、そんなことがあったらしい。
***
と、現状のまずさから軽く逃避してみた。
さてさて、現実に戻ろう。夜中の森だぜ。薄気味悪いぜ。
でだ。
おおよその天測はできるので、夜のうちは方角をミスることはないだろう。
野獣以外の危険な生物も、まぁいないはずだ。でも、狼とか来たら嫌だなぁ。
陽が上れば、今度は太陽の方角と、切り株の年輪で方角を確認。全く人が採取に来ない森にそうそう切り株がわるわけないので、自分で切るしかない。
食糧は、保存食を切り詰めていくとして……。問題は、ここから支線街道までどれくらい時間がかかるかだ。
来た道を引き返すなら、走って1時間+暗殺者を回避しまくった時間――たぶん3時間くらいなので、およそ4時間で森からは出れる。
そこに、森にたどり着くまで頑張ってくれた馬の死体が転がってるはずだ。
支線街道へは、あの場所からだと徒歩では2週間はかかる。
逆に、新たなルートである東北東の方角に進むほうが早く支線街道に出る。
森を出てから支線街道まで、徒歩で4日もかからないだろう。
ここが森の真ん中なのだから、やはり東北東に進んでも4時間以内に森を抜けるはずだ。
よし、そうしよう。とりあえず、森を出ないとな。
そうだ。俺は正しい。
無能だけど、な。
「はぁ……」
ズタ袋を担ぎなおし、妙に臭う旅のローブに身を包み、俺は東北東に進む。進むといったら進むのだ。
「ふぅ……」
溜息しか出ない。意思の力が、体にちっとも回ってくれない。
理由は理解しているぞ、俺。
「ロケニアにたどり着いても、多分アテがない」
ロケニア自治領議会には、一族から数人が議員として潜り込んでいる。
さらに、ロケニアにはスミス商会の支部がある。
「ははははははは……はぁ……」
今回の騒ぎで、無事でいるわけがない。傍系の端っこの俺にさえ暗殺者が送り込まれているのだ。
直系の連中が無事で、出迎えてくれると?
スミス一族の鉄の絆で販路拡大、金に埋もれる快適空間実現?
スミス商会は永遠です?
「アホらし……」
月夜に、薄気味悪い森の中で、アホらしと呟く。
うん、無能な俺に相応しいネガティブさだ。
理事長! これは、『ラルフ君はヒキッてニートでグッド』なフラグではないでしょうか?
と、架空の偉そうなおじさんを想像して訊いてみる。
当然、返答などない。
薄気味悪い夜の森に、呆然と突っ立ている無能がいるだけだ。
……バカだな、俺。
無能だけでなく、バカであったか。
***
「じゃあ、しょうがないか」
バカなのだから、ロケニアにたどり着く事だけ考えて行動だ。
実行だ。
バカなんだから、行ける。
それ以外は、何も考えるな。
無能なんだから、考えてもどうせ『行動しないイイワケ探し』しかしない。
「よし。歩け、俺」
俺は、東北東に向けて歩き始めた。
獣道しかない森の中を、黙々とただ歩くのみ。
***
歩き始めちゃったよ、俺。
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