第5話 無能:005「無能はご都合に振り回される」

『長き紅の目を持つ雄雄しき戦士団、建国を援け、振るわれる剣と斧は王国の安寧を守りし』

こんな歌を酒場の吟遊詩人が唄っていたのを聞いたことがある。

紅目旅団、いわゆるクリムゾンアイズはレンズ王国王室と主従を結んだ傭兵団だった。

傭兵とはいえ、王朝建国に資したクリムゾンアイズは王室と契約を越えた直接主従関係を結び、以後300年近く仕えてきた直属の戦闘集団である。

王室は彼らに爵位を与えはしなかったが、特権を与えた。

王室の剣としての地位と名誉である。前者は彼らの生活を、後者は彼らの死に甲斐を保証した。

ゆえに、彼らは近衛(ロイヤルガード)と呼べる存在だった。

普通の傭兵は、雇い主の要望に応じてそこそこ戦い、そこそこ稼いで、そこそこのところで契約を切るものだ。

盛者必衰。1つ所に居続けるのは、傭兵にとってはリスクが高過ぎるし、しがらみを背負っては商売にならないからだ。

クリムゾンアイズは、そういった傭兵団の中では異質だった。

普通の傭兵なら、そこそこのところで負け戦から逃げ出すものだ。彼らは、忠誠心や義務でなく、金と契約で折り合ってそこそこ戦うプロだからだ。

だが、レンズの革命騒ぎの中、クリムゾンアイズの最精鋭と言われた第一軍団『アインツクルガー』は王族の脱出時間を稼ぐために最後まで王宮を守り続け、そのほとんどが戦死。

結果的に、『レンズ人民解放軍』とかいう連中は多大な犠牲を被った上に、本命である王室を取り逃がした。

腹いせなのか、示威行為なのか、アインツクルガー軍団員の遺体は「人権派市民」という新たな暴君たちにより凄まじい陵辱を受けた姿で王宮前広場に晒された。

その中には、わずか11歳の少年もいたらしい。

この世界では11歳で剣を手にすること自体珍しくも無い。

剣を手にすることは、同時に剣によって自分が倒されることを納得したという意思表示でもある。

ただ、11歳の少年戦士の亡骸さえも弄んだ「人権派市民」とやらに、言い知れぬ嫌悪感を俺は持った……。

いやいや、私情は切り離そう。事実だけを今は考えるべきだ。

クリムゾンアイズの生存者は、主だった王族を第三国領に脱出させた後、傭兵を生業にするものとそのまま仕える者に別れたという。

傭兵であって傭兵ではない彼らは「愚か者」であり、同時に「比類なき英雄」として人々の間に名を残した。


***


そして、レンズ王国は事実上滅び、新たな支配者である「市民」が『レンズ共和国』建国を宣言した。

この事態に、周辺国は経済封鎖で対抗。

対して、レンズ共和国政府は王族・貴族の墓まで暴き財政を獲得、西方貿易で耐えていた。

だが、もちろん周辺国から締め出しを食らってる状況では破綻は見えている。

そこで、レンズ共和国政府産業省はあることを思いついたのか、教えられたのか、俺にとってよろしくない行動に出る。

各国の商業ルートへ裏から手を回し、政治主導の経済封鎖をひっくり返す、つまり秘密取引網の『持ちかけ』→『懇願』→『威圧』→『乗っ取り』である。

レンズ共和国にはまだ財源がある。財源があるうちに、他国の経済動脈である交易路を乗っ取ってしまえば良いという『馬鹿げているが、短期的には有効』な行動に出たのだ。

前世でも、どうして存続できてるんだ? という国が近所にあった。島根県よりも低いGDPで、人口が2000万以上いるのに、経済封鎖されてもなぜか崩壊しなかったあの国だ。

まぁ、こっちには前世ほど複雑な経済システムはないのだが、金は金だ。そして、裏道もいくらだって存在する。それが人類の社会ってものだ。


端折って言うと、そのおかげでスミス商会はこうなってしまっている、というわけだ。


ふー。やっと言えた。

この時点でなら、いわゆる伏線回収にちょうどいいだろう? 読者の諸君。

転生モノって本当にめんどくさいと思う。


***


以上が俺が知っていることで、ほとんどはスミス商会が調べ出した情報だ。

革命から生じた波が共和国から周囲に波及してる昨今、俺は大量虐殺に見慣れてしまっていた。

スミス家の一員として何かが出来たにも関わらず、何をすればいいのか分からなかった。

一族の中には、俺と違って優秀なやつがたくさんいた。そして、彼らはその優秀さゆえにどんどん死んでいった。

良いやつも嫌なやつもいた。

何もしようとしない俺を慰めるヤツも、心配するヤツも、罵るヤツも、殴るヤツも、みんな死んだ。

その死の全てが俺の責任でないことは分かっている。

人間個人の力など到底及ばない革命という狂気の奔流を、俺だけのせいだとは誰も思うまい。

だが、俺は俺自身をどうしたいんだろうか?


***


レンズ共和国に雇われた暗殺者、もしくは政府直属の『ヴォリスバキ』という組織の末端かもしれない暗殺者たち。

彼らにここで殺されると言うのが、肉体的疲労、視野狭窄に陥り自暴自棄になった俺の末路になるはずだった。

疲労が少し抜け、2時間強を漫然と過ごして冷静になり、腹も満たした。

そして、ベルメという男の来訪と、暗殺者の殲滅。

自分の視野がいきなり広がったとは思わないが、いくつかの選択の余地が見える。

いずれにしても、ここに留まるのは得策ではない。

イスマス王国のフェアンテに行くかどうかは、今決めないほうがいい。

まずベルメに同行してもらい途中のロケニアまで行くべきだろう。

ベルメは全く信用できない。

だが、ベルメを信用しない前提だと極端に選択の余地が狭くなる。

大規模な謀略の中の何かに利用されているのかもしれないが、現時点では考えても推測ですらない妄想しか思いつかない。

どうせ拾った命であるし、ここは博打を打つしか無いだろう。

最初から言っている通り、俺は無能なのだ。


***


ベルメは俺が考えている間、黙って白湯をすすっていた。

本当に、俺がどういう決断をしても問題ないという態度を崩さなかった。

怪しすぎるが、さっきも結論を出したように、現時点で疑っても仕方が無い。

「ベルメさん」

「おうよ」

ベルメが座ったまま俺に向き直る。

「考えてみましたが、まとまりません。なので、途中のロケニアまで同行すると言うことでいいですか?」

交渉の基本は「?」を使わないことだ。だが、そんなセオリーはベルメ相手には通じないと思った。

ここは、ある程度自分の腹の中を晒すべきだと勝手に思い込むことにする。

「いいぜ。じゃ、さっさと行こうか」

ベルメは立ち上がり、斧を手にする。

「ちょっと待ってください。旅支度します」

「おう。10分で支度しな」

自称森の主の所有物を物色し、旅装を整える。

実践主義の清貧者ゆえにろくなものが無かったが、それでもなんとか必要なものの半分は見つかった。

「ベルメさん、行きましょう」

「おう」

「ところで、改めましてですが。僕の名前はラルフです。よろしくお願いします」

「……ラルフ? 偽名か?」

ベルメは怪訝な顔をしている。こんな顔もするのか、この男は。

「いえ、本名ですが? フルネームはラルフ・スミスです」

「……」

ベルメは目を点にし、次に頭髪をボリボリとかきはじめた。

「人違いのようだ」

と、ボソッと言った。

は? 人違い? 誰が?

「えーと……」

俺も混乱してきた。

「あーーつまりだな。俺は別人を助けに来たってことだ。悪いな、お前さんの力になれん」

バツの悪そうな顔で苦笑してそう言うと、ベルメは足早に小屋から出て行ってしまった。

「……なるほど。ご都合って幸運のことなのかもな」

俺は旅装のまま小屋の真ん中に立ち尽くす。

「でも、これって幸運なのか、不運なのか、わからんな」

呆然としてる暇は無い。もう、安らかなる死への諦観は去ってしまったのだ。今さら呼び戻すことはできない。

火の始末をして、俺も足早に小屋の外に出る。

そのまま、獣道をずんずん進む。

ともかく、ロケニアだ。

アテにしてた護衛はいないが、ロケニアにたどり着くしかない。

もちろん、無能な俺の決意など5分と続かない。

「ふぅっ」

足を止める。

どうするよ、俺?

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