第6話 最弱の戦い方
さっきまでプンスカ文句をたれていた先生もやっと収まり、私たち三人は以前のように食卓についていた。
座席もあの時と同じく私の隣に栖鳳先生、向かいには明さんが座っている。
今日のお昼はカレー…ではなくスクランブルエッグという料理だそうだ。なんにせよミリアさんが作る料理なら味の心配はしなくていいだろう。
「スクランブルエッグってなんだろうね?」
「私にもわからないですけど、きっと美味しいものですよ」
「ああそうだ。美味いものだぞって…なんでお前がさも当然のごとく昼食を頂いてるんだっ?あぁん?」
「まぁまぁ僕先生の仲じゃないですか、気にせず食べてくださいよ」
「気持ち悪い言い方をするな。あとなんでそんなに堂々としてるだ、んん?」
そんなくだらないやり取りをしていると、ミリアさんが三人分のスクランブルエッグを運んでくる。
「先生、もう半日もないんですけど本当に明日の試合大丈夫なんですか?」
私はこらえきれなくなって尋ねてしまう。
先生はスクランブルエッグを美味しそうに食べながら、余裕の表情で「問題ない」と一言だけ私に返してきた。
本当に大丈夫かな…モグモグ。あっこのスクランブルエッグっていう料理もやっぱり美味しい。
昼食が終わるとついに先生も動き始めるようで髪をとかして、外行の格好に着替える。
「先生、相手はあの巨体でありながら相当に素早いです。あと倒したと思って油断すると半狂乱になって襲ってきます。まるで狂戦士のようでしたよ」
「ああ、そう」
先生は興味なさげに私の話を流す。
「これっ!さっき師匠が着替えてる間につくっておきました。相手のステータスと行動パターン予測のまとめです。頭の中には完璧にまとまってるんですけど、紙にまとめてみるとあんまり綺麗じゃありませんね…でもきっと役に立つはずです」
私は自作したその紙を先生に渡す。すると彼はその紙を読みもせずに放り捨てた。
「ああっ!ちょっと何するんですか?」
「こっちのセリフだ。出がけにこんなゴミを渡して来るとは何事だ。せっかくまとめるならもう少し役に立つ情報をまとめろ、このポンコツ」
「なっ!十分に役に立つじゃないですか」
先生はそこで初めて私のほうを向く。
「せっかくだ。師匠からの教えを一つやろう。我々最弱級の戦いの場は闘技場ではない」
「え?何を言っているんですかっ!冗談いってる場合じゃないですよ」
先生はくるっと私に背を向けると一言「ついてこい」とだけ言ってすたこら玄関まで歩いて行ってしまう。
「あっ!ミリアっ!そこの目障りなホームレスを俺が帰ってくる前に追い出しておけ」
と思ったら戻ってきて、ミリアさんに命令するだけしてまた出ていく。
「かしこまりました。いってらっしゃいませ栖鳳先生」
ミリアさんが深く頭を下げて先生を送り出す。私も彼に続いて家をでる。
「いってきます。ミリアさん」
「いってらっしゃいませ」
わぁー耳が幸せだぁ。
私が先生についていくこと一時間半、ようやく目的地についたようで私たちは立ち止まる。
「ここはどこなんですか?」
「大又清の自宅だ」
「えっ!」
驚いた、いや敵陣ど真ん中とも言えるところに乗り込んだこともそうだが何より驚いたのはその大又清の自宅が荒れに荒れていることだった。
「なんなんですかこの惨状は…」
「大方、瓦版やらマスコミやらクチコミやらに踊らされた一部の人間の仕業だろうよ、はっはっは」
「どういうことですか?」
「ふむ、では行くか」
先生は満足したように辺りを見回すと私を無視して中に入っていく。
「あっちょっとまってくださいよ」
竜也師匠はずかずかと入っていくと家の門の前のベルを鳴らす。
「出ないな…」
「留守ですかね?」
門の中に入り、玄関の扉のノブを回すとカチャりと扉が開く。
「開いているな。なんか殺人事件の冒頭みたいで不気味じゃないか?中に入ったら大男の死体とご対面なんてごめんだぞ…」
「なにいってるんですか、先生…。早く入る入る」
中の様子が気になる私は先生のどうでもいいボケをかわして中へと急ぐ。
部屋の中も少し荒れていて、カーテン閉じているために薄暗く割れた窓ガラスが床に散らばっていて少し危険な状態だ。
全体を見回すと端っこに倒れているあの大男の姿が目に入った。
すると先生が前にでてその男に話しかける。
「おーい、大丈夫か?うぎゃあああ!」
大又清とみられる大男は口から血を流しながら白目を向いて倒れていた。
「わぁぁぁぁぁあああ!!」
私も先生につられて大声で叫んでしまう。
すると、男が急に起き上がって喋りだす。
「ひいい、誰だべ、ここは俺んちだゾ」
「わあああ、生きてた。紛らわしい」
私も驚いたが、先生はもっと驚いたようで絶句している。
ひどくやつれた顔をしていたがあの大男で間違いなかった。
大又は寝ぼけているのかまだぼーっとしている。
先生はその様子をみて、私の方を向いて人差し指を口に当てる。
「ここからは俺がやる。お前はしばらく黙ってろ、わかったな?」
「了解です」
「黙れといっただろっ!」
「えぇ」
理不尽すぎる。
「しぃー」
先生がしつこいので、私は声を出さずにうんうんうなづいてそれに返事をする。
そのまま彼は悪魔の営業スマイルを作って大又に話しかける。
「大又清か?」
「ああそうだゾ」
大又は警戒しているのかすこし声を震わせている。
「口から血がでてるぞー、大丈夫か?」
「え?あっホントだべ。唇が切れてるゾ」
先生は大又に一枚の布を手渡しながら、話を続ける。
「今日はお前に話があってここにきた。きっとお前にとって悪い話じゃないはずだ」
「ありがとだべ、あんただれだべ?」
大又は布を返そうと先生に手を伸ばすが、先生はその手をパチンと払いのける。
「俺の名前は栖鳳竜也、巷で有名なイケメンにして最弱最強の男だ」
「イケメンてのは聞いたことねぇべが最弱最強っての聞いたことあるゾ」
大又は驚いたような、すこし安堵したような表情になりやっとこちらと面と向かって話す体勢をとる。
「あんたの噂は田舎でよぐきいたゾ、いい人だぁお茶入れるからまってるべ」
大又はドシンドシンと音を立てながらお茶を取りにいく。
「おまたせしたゾ、田舎のお茶っ葉しかなくて」
大又は律儀に私の分まで三人分のお茶をお盆にのせて運んでくる。
「ああいい、いい。気にするな。ではいきなりだが本題だ」
「おおう」
大又は歯切れの悪い返事をすると先生はいきなり机の上にどこからとりだしたのか大量の金貨をおく。
「ここに百万ゴールドある。これをお前にやろう」
「ええぇ!ほんとかぇ!これ全部くれるんだべか?」
「ああ、もちろんだともその代わりすこーしだけいうことを聞いてもらおう」
「あーええべ、ええべ。なんでもするゾ」
先生はニヤリと悪い顔で一瞬笑う。
「明日の闘技だが、俺がお前の対戦相手だ」
「ええぇ!あんたとかぇ?」
「お前にはその場でわざと負けてもらいたい」
「んんんぅ、でも、闘技場は真剣勝負だべさぁ」
大又は目をゴールドと竜也の顔をいったりきたりさせながら唸る。
田舎者でも知っている闘技場のルールだ。
いくら金を積まれたとしても一端の闘士ならこんな取引受けるべきではない。
「大又、お前は確か困窮する地元のむらのために出稼ぎにきたんだよなぁ?」
「そうだゾ」
先生は大又の耳元に顔を近づける。
「百万あれば、むらは十分に救われる。私は無駄な労力を払わずに済んで嬉しい、お前も百万ゴールドもって帰ってむらの英雄。どっちも損をしないいい取引だと思わないか?」
「いいかもしれね」
大又は目の前のキラキラ光る金貨の山にヨダレを垂らしならが今にも取引に頷いてしまいそうだ。
一度は殺されかけたとはいえ、同じ田舎あがりの闘士が悪の道へ進むのを黙ってみていられようか?いいや、いられない。
「ちょっとまった、大又さん。闘技に勝てば百万ゴールドどころか報奨金の五百万ゴールドに加えて、依頼者からの賃金で何倍もお金が貰えますよ、騙されないでっ!」
「え?あっ、そうだべ。あやうく騙されるところだったべ」
大又はアホ面しながら私の言うことにうんうんと頷く。
「騙したわけじゃないぞ。あっちょっとまってくれな、大又」
先生はそういって私の方に近づくと私の頭を叩く。
「ちょっとっ!?何するんですか?」
「こっちのセリフだそれはっ!敵に塩を送ってどうするっ!?」
「すみません、つい目の前の悪事に黙っていられなくて」
「悪事じゃない、単なる交渉だろうが」
先生はまた大又の方へ近づくと交渉を再開する。
「あの人の言うとおりだべ、お金はあんたに勝った方がもらえるべ」
警戒心を丸出し大又に対して、先生は悪魔の笑顔を崩さない。
「ははは、お金の問題じゃなぁぁあい、こんなものはこうだっ!」
先生は机に積み上げた金貨の山を乱暴にどかす。
金貨の山は大きな音をたてて崩れて、机の下におちる。
「び、びっくりしべ、どうしたんだべか」
大又は驚いて先生の方をみる。
「大又。いや清っ!お前に必要なのは金か?違うだろっ!必要なのは人情だ」
「人情?」
大又は不思議そうに先生に問いかける。
「そうだ清っ!貧しくたっていいじゃないか。お前のむらは農耕が盛んだな?両親だってお前と一緒に仕事ができればきっと本望さ。ここで闘技に勝って大量のゴールドをもってかえってみろ。息子は金が全てだという都会の冷たい考え方に飲み込まれてしまったと、お前の両親はきっと都会に汚されたお前の事をみて悲しむぞ。ほら、カツ丼くえよ」
「カツ丼…?」
大又は先生の言葉に泣きそうになりながら、先生が指差した方向をあちらこちらと見回す。どうやら先生がいったカツ丼というものを探しているようだった。
「今の間違えただけだ、気にするな大又。とにかく明日の闘技場では俺にちゃんと負けるんだぞ、わかったな?」
先生は普段からは想像もできないほど優しい口調で大又を口説く。
「ううぅ、わかったべ。オデ、ちょっといい気になってお金に目がくらんでゾ」
大又は涙を流しながら先生に抱きつく、先生も抱き返す。巨体の男と怪しい男が抱き合っている様は見ている側から言わせてもらうとはっきり言って気持ち悪い。
ここで私は昼間、たまたま先生の家で見た瓦版の記事を思い出す。
「でも、瓦版には人情ではどうにもならないくらいの困窮具合だって読んだ気が…ハッ」
ついつい、私の悪いくせが出てしまった。思ったことが勝手に口から…。てへっ。
「あっ!そうだべそうだべ。お金がどうしても必要だったんだべ」
大又はまたしてもアホ面しながら私の言葉に頷く。
「あー、そうだったかもしれないな、ちょっとまってくれな、清」
先生は私に近づくと何も言わずに私の頭を叩く。
「あのー先生?」
「黙ってろ」
先生が今までで一番怒っていた。昼間勝手に先生の歯ブラシを使った時よりもはるかに怒っていた。激怒である。
私は黙ってうんうん頷く。それ見て先生は私を「うがー」と威嚇してまた大又のところにスタスタ戻っていく。
「どうしても金が必要なんだべ、あんたには悪いけど負けるのはできないゾ」
先生は胸元から数枚の紙を取り出すと、それらを読み上げる。
「父親の方の大又清。息子には家業の畑を続けて欲しいと思っている。闘士になるのは反対。近所の大柄佐助(おおがらさすけ)。力試しのライバルが減って残念。都会の人間に騙されているのか心配。これまた近所の相良美多子(さがらみたこ)。将
来を誓いあった仲だったのに残念。汚い闘士という仕事はしないで欲しい…」
「おとんに、佐助に美多子…そんな風に思っとっただべか…」
先生の言葉に大又は激しく動揺している。
一体いつの間に彼らの言葉を集めたのだろうか。
「確かに金は必要だ。だがその手段は闘士で本当にいいのか?お前の雇主のブータ家の奴らのことはよーく知っているが、あいつらは決してむらを救ってくれるいい人達なんかじゃないぞ」
そう言うと先生はまたも懐から紙を取り出す。
「これはお前の終身契約書の写しだ。お前はもしかしたらこの試合が終われば帰れるかもと思ってるかもしれないが、一生あいつらの奴隷の如く闘士をするという契約が結ばれていたのを知っていたか?」
「そ、そんなぁ!そんな話きいてないだべ」
「この紙は
「な、なんだっただべか?」
「…仕方ない。説明してやろう。正式名称、魔法文字印字用紙。ステータス表と同じ製法の魔印字紙はそこに書かれた内容のすべてに魔法的な制約を与える。例えば今の契約書であれば、その契約内容を魔法の力で強制的に遵守させられる。その効力は正式な手続きを踏んでの解約がなされるまで半永久的に継続するという恐ろしーいものだ」
「そんな恐ろしいものがあんべか。都会さ、こえーゾ」
先生は大又の耳に顔を近づける。
「ここであいつらのいいなりになれば一生こき使われるぞ」
「そ、そんなの嫌だべ、ここの人ら怖いし早く帰りたいゾ」
大又はその巨躯に似つかわしくない震えを見せる。
「そうだろう、そうだろう。その気持ちはいたぁい程分かる。俺と取引すれば、ここにある百万の提供とお前の契約の破棄を約束してやろう」
「あわわ、あわわ」
大又は口を半開きにしながらあわあわ言っている。
先生はその様子をみると畳み掛けるように怖い笑顔を作る。
「さぁどうする大又ぁ、奴隷になんぞなりたくないだろぉ?」
「ああぁぁ!あんた神さまぁだぁ!わがった。おであんたに協力するゾ」
大又は先生の手を掴んで本当に神様でも見るように目を輝かせている。
残念ながらその手の主は神様というよりは悪魔だけど。
「ああ、じゃあ明日はそういうことでよろしく頼むぞ」
「わがったべ」
大又は金貨を受け取って、笑顔で私たちを見送った。
私は大又の姿が見えなくなったのを確認してから、先生に話しかける。
「やり方が強引とはいえ、先生でも人助けをすることってあるんですね」
「ん?人助け?」
先生はうまくいったのが嬉しいのかえらく上機嫌に首をかしげる。
「大又清の奴隷契約を解除してあげるなんて見直しましたよ」
「ん?そうだな。私は善良な闘志だからな。いい事の一つや二つ息を吐くついでにやってのけるのさ、はっはっは」
善行一つについて悪行が三つ四つついてきそうだけど、確かに私はすこし先生の事を見誤っていたのかもしれない。
「それにしても、都会には魔印字紙の契約書なんて恐ろしいものがあるんですね」
「はっはっは、あれは嘘だ」
「私もこれからは書類に気を付けないと…って嘘っ!?嘘なんですか?」
さっきの私の感心を返して欲しい。
「没落貴族のブータ家如きがそんな大層なものを持ってる訳無いだろう」
先生は顔色一つ変えずにそんな事を言う。
よくよく考えてみれば、そんなものあるなら闘技なんかしなくてもよかったはずだ。うっかり私も騙されてしまった。
さすがというべきなのか、それともクズというべきなのか。
「はやく帰るぞ、今日もカレーだ。うほっうほっ」
私は物思いにふけっていると先生は胸を叩きながら、ご機嫌にスキップする。
「あっちょっとまってくださいよ」
私は奇妙なハイテンションでスキップしながら先をいく先生の後を、ちょっともやもやしながらも追いかける。
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