第4話 最初の闘技
ここに初めて来た時と同じく、王都の門に続いているこの大通りをあのときとは逆方向に進む。
なんだかたった二日しかいなかったというのに懐かしいと錯覚してしまう。
「触るなっ!汚いお前の手で僕ちんの美しい足が汚れてしまうブー」
大きな声が聞こえる。
私の目の前の茶屋の出入り口付近からだ。
「まっ、待ってください。うちには闘士を雇うお金なんてないんです」
太った貴族と思しき男の足に、女性が必死の形相ですがりついている。
「放すダニ、放すブー」
「お願いです。話を聞いてください」
「お前と話すことなんてもうないブー」
女性の涙が流れ落ちる。
太った貴族が女性を蹴り飛ばそうとした時、私の体は勝手に動いていた。
私は太った貴族の足が女性に触れる前に、それを掴んで止める。
「彼女へのこれ以上の暴力は私が許しません」
「なんだお前は?僕ちんに触るなブー」
太った貴族は足を振り回して、私の手を振り払う。
その足はもう一度振り上げられると、今度は私の顔にめがけて振り下ろされる。
こんな遅い蹴りなど、簡単にかわせ…
「おやおやぁ?ブタが二足歩行しているのかと思えばニークじゃないか」
「へぷっ!」
私はその声に気を取られて太った貴族の蹴りを顔面にそのままもらってしまう。
「さ、最弱最強!?なんでこんなところにいるブー?」
「ははは、闘技場と聞こえたのでな。どうだ今なら下賤な豚にも雇われてやるぞ?」
竜也は偉そうに腕を組み、太った貴族を見下す。
蚊帳の外となった女性は私に心配そうに近寄って声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「…だいひょうぶでふ。おきふかいどうほ」
唇が切れてしまったのか、ものすごく喋りづらい。
「ふん、もう闘士は用意済みダニ。最弱級のゴミに頼んでやるような仕事はないブ~。不愉快ブ~、帰るブ~」
「ははは、社交界のゴミが何か吠えていらっしゃる、皆さん聞いて差し上げろ」
太った貴族は竜也の言葉を無視して去っていく。
私は気を取り直して、女性に向き直る。すると女性は心身ともに疲れているようでなんだかぐったりしていた。
ちょうど茶屋前だったので私は女性を連れて入り、お店の中の適当な場所に女性をすわらせる。
奥から店員がでてきて「サービスです」といってお茶を三つ机に置いていく。
「親切にありがとう」
女性はそう言うと出されたお茶を少しすする。
「不躾ながら聞かせてもらいます。一体何があったんですか?」
私は単刀直入に質問を投げかける。女性は一瞬の逡巡の後に事情を話始める。
「私はこの近くで孤児院を経営しているものなんですが、先日突然あの貴族の方が訪れて”この土地は私のものダニ、即刻立ち退けブー”と言われたのです…」
孤児院は歓楽街の隅に位置していて、あの貴族はその土地に孤児院を打ち壊して新しい娯楽施設を作ろうという魂胆らしい。
「なんて酷い話ですかっ!許せません」
私は拳を握りしめて、遺憾の意をあらわにする。
「ああ、実に許せない話だ」
私は驚いて声のする方を向く。するとそこには竜也が腕をくんで偉そうにふんぞり返って座っている。
「な、なんであなたがここに!?」
「ファファファ、相手は中流貴族のブータ家の奴だ。大した事ない権力しか持たないとはいえ、一応金はあるからきっと強い闘士を雇ってくる。お前では話にならないだろう」
竜也は私を指差しながそう言うと、急に女性の方に向き直る。
「とりあえず着手金が五百万、成功報酬は千五百万でこの最弱最強の男、栖鳳竜也がこの闘技の依頼を引き受けよう」
「ご、五百万!?…そ、そんな大金とても払えません」
私は二人の間に割って入ると落ち込む女性の肩を掴む。
「こんな男には任せられないです。私が無償で引き受けます」
「本当ですかっ!?あ、ありがとうございますっ」
女性の嬉しそうな返事を聞いてから、私は後ろを振り返り竜也を睨みつける。
「栖鳳さんはあの貴族に頭を下げて、もう一度雇ってもらえるようにお願いしたらどうですか?」
「これ以上ないという程謙虚に申し出てやったのに断られたんだ。二度目はない」
「け、謙虚…?」
「その…無償でなんて本当によろしいんでしょうか…?」
女性は喜んでくれていたがどこか不安げだ。
「気にしないでください、性分なので。それと私、結構強いので安心してください」
「私は
「村人映子、ステータスの壁を壊す女です」
「映子さん、どうか闘技に勝って、孤児院を守ってください」
竜也は不満げな表情でこちらを見ている。
ふん、孤児院を営むような善良な女性をこんなクズの養分になどにさせはしない。
「ふふ、任せてください。私が孤児院を守って見せますっ」
一週間後。
「号外だぁ!号外だぁ!闘技場のお知らせだよぉ」
瓦版売りは大声を上げならいつもの定位置で瓦版を配る。
「対戦は両方田舎者同士、しかしその差は歴然。一方は生まれつきのステータス上位戦士級の大物ルーキー対するは下位村人級いわゆる最弱級と呼ばれる村娘だぁ」
闘技場は厳格なルールの元に行われる。それは闘技場での決定が絶対的なものであることを意味している。また、闘技場の権力は闘技場委員会と呼ばれる世界最強の戦闘集団を持つ機関によって保証されている。
この世界にはステータスと呼ばれる人間の潜在能力を示す指標があり、力こそが全てであった時代、ステータスの高い人間がステータスの低い人間を思うままに蹂躙していた。
それを見かねた稀代の賢帝ルーカス=マルカスは闘技場というシステムを作った。これによりステータスの低い人間でも代表者を立てて強きものに対抗出来るようになったのだ。
闘技場の前には闘技前会議、通称事前会議をすることが義務付けられている。ここでは何を争うのかということを決める。ここで決めた事は後々になって勝手に変更することはできないため闘技の本番の時と同じくらい重要なのだ。
そして、今日はその闘技前会議だ。
闘技前会議は専用の会議室で行われる。そこに入る事が出来るのは闘技場委員会の代表者、当事者とその代表者、補欠だけだ。
会議室には間に闘技場委員会を挟む形で向かいあった机を椅子が置かれていた。
私の隣には涼子さん、向かいにはあの太った貴族と私の対戦相手の大男が座っている。
「当事者両二名は前へ。ニーク=ブータ、橋本涼子」
「ブー」
「はい」
二人は呼ばれると立ち上がって委員会の人間の前まで歩き、書類にサインする。
「両方、代表、補欠一名ずつ、今回の闘技場で争うものは橋本孤児院の土地と現金三千万ゴールドで間違いないか?」
「ブー」
「はい」
「この会議以降これらの変更は一切認められない。各々忘れぬように」
涼子さんはことを終えるとこちらまで戻ってくる。緊張しているのかすこし歩き方がぎこちない。
私はあることが気になったので迷惑を承知で小声で涼子さんに質問する。
「現金三千万っていうのは何なんですか?」
「そう書けと言われたので…」
涼子さんはしどろもどろになりながらそう言う。
質問したのに状況がさらにわからなくなった。
「書け?誰かに言われたんですか?」
私がそう質問したタイミングで委員会の人が大声を出す。
「ではこれにて闘技前会議を終了する。両者とも清々堂々戦うように、以上」
最初に委員会の代表が外にでるとそれに続いて私たちも会議室の外にでる。
会議室をでるとすぐに大男が私に話しかけてくる。
「ガハハ、お前が対戦相手か。オデは女にも手加減せんぞ、怪我をしたくなければ闘技場ではさっさと降参することだな、ガッハッハ」
大男はどうやら私を挑発しに来たらしい。望むところだ。
「ご忠告どうも、でもお生憎様、こちらは降参するつもりは毛頭ないです。今のうちに負けた時の言い訳を考えておいた方がいいですよ」
私も負けじと大男に啖呵を切る。
互いに背を向けて歩きだし、私は涼子さんの元に歩み寄って声をかける。
「涼子さん。私、必ず勝って見せますからね」
私は胸の前で握り拳をつくってその意気込みを涼子さんに聞かせる。
「はいっ、頑張ってください」
闘技場の試合はこの事前会議のちょうど一日後に行われる。
本番はこれからだ。
試合は一日一回、中一日をあけて三回行われる。
闘技場では代表者一名、補欠一名が原則三回戦い、先に二勝した方が勝ちとなる。
とにかく、まずは一勝を勝ち取る。
闘技場にはジンクスがあるらしく、初戦を勝った方がそのまま勝利するというのだ。ジンクスにあやかるためにもまずは初戦を取りたい。
試合当日の朝。
竜也の家を後にしてからは、依頼者の涼子さんの孤児院に寝泊りさせてもらっていた。
私は涼子さんや孤児院の子供たちに見送られて、闘技場へと向かう。
なんだかすごくドキドキしてきた…。
闘技場に付くとすぐに闘士専用の控え室に案内される。
闘技の開始は今から二時間後だ。
私は気持ちを整理するためにも、一度外にでて新鮮な空気を吸うことにする。何回か深呼吸をしているとだんだんと気持ちが落ち着いてくる。すると足元に瓦版の号
外が落ちていることに気づいた。どうやら誰かが落としていったみたいだ。
「なになに、”大型ルーキー、
生まれながらに絶対強者?まさしく私とは正反対か…いやというよりは多くの人間とは違うステータスに恵まれた天才なのだろう。
「…なんだか急に不安になってきた。ん?」
瓦版の記事には続きがあった。
”著名な方に突撃取材っ!どちらが勝つか?某最弱最強さんのコメント’こんなド貧乳と天才とではお話にならない。間違いなくド貧乳がコテンパンに負けるでしょう’…”
「はぁ?ド貧乳じゃなぁぁあい!」
バキンと音をたてて瓦版が割れる。
気づけば私は怒りのあまり瓦版を壊してしまっていた。
”あの男に私の実力を見せてやる”私の頭一瞬にしてそれでいっぱいになった。
闘技場には大闘技場、中闘技場、小闘技場と三つの種類がある。争いの大きさやその種類によってその舞台は選ばれる。特に大闘技場はその大きさからよく大闘技場何個分などといった具合に単位として使われることもあるらしい、都会人豆知識っ。
今回私が戦う舞台は中闘技場だ。
中闘技場といっても十分な大きさがあって、大闘技場0.5個分といったところだろうか。
どやぁ。これで私も都会人。
それはおいておくとして、闘士準備室からでも闘技にわく観客のものすごい歓声が聞こえてくる。
正直な話、私には自信があった。
毎日むらで誰も起きていない時間から鍛錬を積み、むらの誰もが真似できない技を身につけたり、コドラ退治したりとここ数年で実力は相当についたと自負している。
さらに一週間、相手のステータス表をみて自分なりに作戦を立てて、必勝パターンも掴んでいる。
「準備は万端のはず…」
しかし、さっきからなぜか指先の震えが止まらないのだ。愛刀の短剣グルゲルを握っていてもなんだか落ち着かない。闘技場側から支給されたこの防具のせいだろうか。気なれない防具がどうにも気になる。
時間はまだある。落ち着けと自分の心の中で唱えてどうにか心の平常を保つ。
なぜこんなにも落ち着かないのかその正体がわからない。
「平常心、平常心、平常心…」
プォォォォン!!
「へっ…?もうこんな時間…まずい早く行かないと…」
心臓が激しく脈打つのを感じる。
準備室からほのかに薄暗い通路を抜けると明るい出口が見えてくる。
暗さに目が慣れていたためか、闘技場の場内に入ると同時に陽の光に目を焼かれるように視界が一瞬真っ白になる。
わぁーと大きな歓声も一気に押し寄せてくる。
私は急いで手で陽の光を遮る。それと同時に相手の大男の様子を伺う。
大男は大斧に鎧を装備しているが、なんだかそわそわとしていて落ち着きがない。前日の様子とはまるで別人だ。目の焦点もあっていないようだ。
そこで私は瓦版の記事を思い出す。
「大型ルーキー…」
つまり彼も私と同じ新人闘士ということだ。
私は瓦版ついでに竜也の腹の立つコメントも思い出してしまう。
そうだ、あいつに分からせてやるんだ。
思わず握っていた手を開くと先程までの指先の震えはすっかり止まっていた。
視界もやっと明るさに慣れてよくみえるようになってきた。
イけるっ!!
大げさな鎧を着込んだ闘技場委員会の人間が間に立つ。審判だ。
「これより闘技を始める、両者ともに装備に不調はないか」
「ありません」
「…な、ないゾ」
審判は赤い旗をあげると笛を加える。
観客が皆一斉に静まる。
ぴぃぃぃぃーーー!
「闘技開始っ!!」
周囲の歓声が再開されると同時に私は短剣愛刀グルゲルを引き抜いて大男に向かっていきおいよく走りだす。
「うおおおお!てやあぁ!」
私がグルゲルで上から斬りかかると大男は斧の持ち手の部分でそれをなんとか受ける。
弾かれたっ!?
想定の範囲内とはいえあの体の硬直具合からみて、どう考えても受けられない一撃をこの大男は受けきったのだ。
つばぜり合いの要領で体を引くと同時に相手の左手首を少し切る。
「先手必勝っ!」
短剣の持ち方を順手から逆手に持ち変える。
私が編み出した技、ステータスに記載されたスキルではなく日々の鍛錬によって生まれた一撃必中にして一撃必殺の技をすぐさま叩き込む。
大男が手首の痛みに一瞬ひるんだ隙を狙い、自身の限界速度まで一気に加速してギリギリまで接近する。このまま斬撃を打ち込んでも先ほどの同様にステータスに身を任せた超人的な反応によってはじかれてしまう。
そこで直前に相手の武器がない側、右側に上半身を少しずらしてフェイントを入れ、同時に左足の力を一瞬抜いてすこし後退させ、大きく右足を左前方に踏み出す。
大男はまたも超人的な反応をもって斧を振り下ろすがそれはフェイントをかけた側の私の残像にヒットする。
「へっ?消えたべ?」
大男は間抜けな声を出してその一瞬の間、呆然と立ち尽くす。
私はそのままあっさりと大男の後ろに周り込み、体の向きを変えずに後方へ思い切り地面を蹴る。そしてそのまま全体重をのせてナイフを大男の背中に突き立てる。
「ああぁぁぁぁ!!!!」
大男は激痛に大声を上げる。
観客は私の予想外の奮闘に相当に盛り上がっている。
「うおお、すげぇぞ嬢ちゃーん!」
「最弱級じゃなかったのかよっ!強すぎるぜーっ!」
大声を上げる数名の観客の声が私の耳に入る。
どうだ見たかっ!最弱の私が天才に勝ったぞ。
大男は出血してうずくまっている。
私は勝利を確信し、大男にゆっくりと近づく。
「うああぁぁぁぁ!!」
すると男は急に立ち上がり、半狂乱になりながら大斧をぶんぶんと振り回す。
「あがぁああああ!」
大男は白目をむきながらこちらに接近する。
単純に常軌を逸したその様子に私は恐れを抱いた。
「ヒッ」
怯えが私の体を一瞬だけ拘束した。
大男は大斧の横で私の体を強く殴打する。
「ぐふっ!」
私の体は三回ほど地面を跳ねて吹き飛ばされる。
全身を激痛が襲う。
耳がきこえない、息ができない。
いつの間にか近づいていた大男は私の首根っこを引っつかむと上に持ち上げて、ギリギリと首を締め付ける。
「くっ…ふ…んっ!」
「うががぁ」
首を締め付ける力が強くなるにつれてだんだんと全身の力が抜けてくる。
意識を失う寸前で首が大男の拘束から放されると私の体は地面に叩きつけられる。
「うがあああああぁ」
大男は斧を大きく振り上げて、刃先をこちらに向ける。
死の恐怖が頭をよぎった瞬間、私の自尊心は粉々に砕けた。
「こう…ごフッ……さん…ずる。こうざんずる…がら。ゆる…じて…」
大男はその言葉を聞き入れるつもりがないのか、はたまた理解できないのか。
彼は無慈悲に斧を振り下ろす。
ガキィッ!という鈍い金属音がした。
あまりの恐ろしさに目をつぶっていた私は、ゆっくりとまぶたを開く。
大男が振り下ろした斧をすんでのところで審判が止めている。
「闘士、村人映子の降参を確認。闘士、大又清の勝利」
その声と同時の意識が途絶える。
こうして私の闘技場での初戦は終わった。
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