第3話 最凶の日
ぐぅ~ぐぅ~ぐぅ~
私と竜也は今、美味しい焼肉のお店にいる。というのも竜也が契約しているという会社の社長さんとの会談はいつもここで行われていて、今日はその社長さんに呼ばれていたためだ。
料理人が社長さんと竜也の目の前の鉄板の上で肉をジュウジュウと焼いている。
「いやー流石は社長!口の中でとろけますねぇ」
「はっはっは、いつも愉快だね、君は。そこの彼女はいいのか?」
私はその言葉に目をキラキラ輝かせる。
ぐぅ~ぐぅぐぅ
「これは置物か何かと思っていただいて結構です、それより社長…来期の件なんですが」
なっ!酷い。鬼っ、悪魔っ、薄情者っ!
私は座っている二人の後ろで涙とヨダレをこぼさないように注意しながらただただつっ立っているしかないようだ。拷問か拷問なのか、これは。
「あーそうだったね。最弱最強、君のおかげで私も随分楽をさせてもらったよ」
「いえいえ、全ては社長の後援のおかげですよ。それで契約の方は今までどおりで?」
あーいい匂い。朝から何も食べていない私にとって食べられない高級焼肉の匂いは体に毒以外のなにものでもない。
ぐぅぐぅ~ぐぅ~
腹の虫がさっきから悲鳴をあげ続けている。
「それなんだが、来期は君の契約を打ち切らせて欲しい」
「そうですか、よかっ…へっ?今なんと?」
竜也は顔を油汗にひたらせながら驚愕の表情を浮かべていた。
どうやら、お得意様から契約を切られるらしい。
なんともいい気味だ。
私に肉を与えない罰だよ、罰。ぐぅぐぅ。
「私もいい年だしね、そろそろ息子に会社を継がせようとな。そしたら息子は君のことが嫌いらしい、長い付き合いだったのにすまないな」
竜也が呆然としていると、社長さんは一足先に料理を食べ終え、席を立って店をでていってしまう。
「ちょ、ちょっと社長!?ま、まってくださいよ」
竜也が社長を追うようにして店をでたので、私は彼がまだ口をつけていなかったお肉を口に頬張ってから、その後に続いて店をでる。
と、とろけるとろける。こんな美味しいものがあったのか。
「モグモグ、ぷぷぷ、契約破棄されたんですか?ぷくく」
私が小笑いしながら竜也に話しかけると彼は額の汗をぬぐって精一杯平静を装う。
「べべべ別におおおお俺の収入のさささ三分の一程度を担うちちち小さな仕事さ。ははは、ははは、ははは…」
「大打撃じゃないですか?」
「………今日はまだ予定が残ってる。次だ次」
………。
次に訪れたのはキャバクラという場所だった。ここは女の人が主に男の人を接待するお店ということだ。
働く女性は化粧は濃いものの綺麗な人が多かった。昨日、竜也と大通りを歩いていた大勢の美人さん達はここにいた方達のようで見たことある顔の人もチラホラいる。
私が近くの空いている席に座ると、そのすぐ横に私をお客さんと勘違いしたのか女性が座ってくる。
「こんにちは、レイコでーす。女の子がここに来るなんて珍しいわね」
豊満なバストの綺麗な女の人が私に話しかけてくる。お酒を飲んでいるのか頬がすこし紅潮していて、なんだか妙に艶っぽい。
「あはは、付き添いなのでお客さんというわけではないんですけどね」
「うふ、あの人の付き添いなの?」
レイコさんはそう言うと竜也の方を指差す。竜也は沢山の女性(ホステスというらしい)に囲まれながら近くに座る見覚えのない男の人と話している。
「栖鳳さんがお話されている方はどなたなんですか?」
私が尋ねるとレイコさんはペラペラとしゃべりだす。
「彼は
闘士ということは彼も竜也と同じく、闘技場で戦うことを生業としている人間なのだろう。
その関係は聞いた限りではライバルであって、竜也という人間が藤宮と仲良くこんなところでお話などする理由が私にはわからなかった。
「仲がいいんですね、あの二人」
「いっつもああやって八百長の約束してるのよ、あの二人は」
「ええ!?八百長?」
”闘技場の試合は真剣勝負でなくてはならない”
これは闘技場規則第一項であり、私のような田舎ものでも知っているくらい有名な規則だ。それをこんなにも堂々と破るなんてどういう神経しているんだろうか。
私は竜也と藤宮という男性の会話が気になり、もう少しだけ彼らに近づいてその会話に聞き耳をたてる。
「いやーうまいっす。栖鳳さんやっぱマジぱないっすね」
「おうおう、もっと飲め飲め。いつもお前には世話になってるしな」
「いやーほんとうまいっす。あっ!そういえば今日は伝えることありましたわ」
藤宮は完全に酔っ払っているようで笑いながら、グラスをぐわんぐわん揺らす。
「要件はそれか、話してくれ」
「あはは、それがおれっち実家に帰ることになりましてぇ~。まあ明後日あたり、田舎に帰るんですわ」
「おおそうかそうか…って、え?」
竜也は口をあんぐりあけて、一驚を喫している。
既視感のあるその光景は、まさしく先ほどの社長の時と同じだ。
「父親が病気らしくって母親がはやく家に帰ってこいってうるさくてうるさくて」
「帰るのはまずいだろう、どう考えても。俺が手を打っておくからやめておくんだ」
竜也は藤宮の肩に手をおく。
「いやーおれっちもそろそろ親孝行のしどきかなって」
「いやいやいや、なんだ親孝行のしどきってそんなわけわからん理由で田舎なんぞに帰られたら、たまらないぞ」
竜也は汗をたらし始める。
「別にせんせーなら最強だし、おれっちがいなくなっても問題ないじゃないっすか~」
「いや最強だがなっ!お前がいないとその…楽しづらくなるだろうよ…」
うわーものすごい焦ってる。
竜也はすこし離れた私からでも分かるほどに焦っているようだ。
「いやーでももう決めちゃったんで、せいほーさん。すんませんっ仕事の方はこれっきりってことで、オナシャス」
「オナシャスじゃないよオナシャスじゃ、君のために俺が今までいくら費やしてきたと思ってるんだ。洒落になってないぞっ!」
その後も散々竜也が冷や汗をだらだら流しながら懸命に藤宮を説得するも虚しく、藤宮はキャバクラを楽しむだけ楽しむとフラフラしながら店を出て行った。
いいぞ、藤宮。私は藤宮を応援する。こんな人間のクズと八百長するより実家で親孝行する方が何万倍もいい。
しかしまだ昼間だというのにあんなにフラフラになるまで酔う人間が果たしてまともな親孝行できるかは疑問だ。
あとで聞いた話だが、藤宮はステータスが上位戦士級の有名闘士だということだった。ちなみに私は下位村人級、通称最弱級だ。
竜也は放心状態で藤宮を見送ると家の方にトボトボと歩き始める。
「どうしたんですか?ニヤニヤ。八百長の相手にも振られちゃったんですか?くすくす」
「うるさぁい」
心なしか元気のない言葉で、本当に竜也が落ち込んでいるのが分かる。
「あの八百長の話って…ホステスさん知っていたみたいでしたけど、議会にバレてはいないんですね」
「一応口止めはしてあるんだが…酒が入るとあそこの女共はペラペラ勝手に喋るから、闘技場議会の方で揉み消してるんだ」
「揉み消す…?」
「コネがあるんだよ、コネが」
家の方向へ戻ろうと大通りをすこし歩くと何やら人集りができているのが目に入った。
「栖鳳さん、あれ何ですかね?」
「あれは瓦版だ、闘技場の話題とかそういうのを木製の板にまとめているんだ」
「へー、都にはそんなものがあるんですね」
スミダむらには無かったものだ。すごく気になる。せっかくだから近くまでいってもらってこようかな。
「号外、号外だよー、官僚の汚職だ、ほいさっさー、もってけーもってけー」
人集りの中央で、男の人が無料で配っているのが見えたので私はそこに分け入ってどうにか一枚、瓦版を手に入れる。
「”闘技場管理委員の
「なにっ!?」
私が瓦版を読むとさっきまでこうべを垂れていた竜也がガバッと起き上がり、私の手から私がやっとの思いで手に入れた瓦版をもぎ取る。
「あっ!ちょっとなにするんですかっ!」
竜也は私の言葉を無視すると、瓦版を読み上げる。
「”聖騎士クレアの調べにより大量の汚職が表沙汰になり、今回のことに及んだ”だと!なんだこれはっ!!?聞いてないぞこんなのっ!」
竜也は憤慨し、地団駄を踏んでいる。
なんで彼は官僚の汚職でここまで怒っているのだろうか?
「どうかしたんですか?」
私は興味本位で竜也に尋ねてみる。
「どうもこうも、こいつは俺がよくカモにしていた奴で、汚職のネタで揺すって…もとい色々お手伝いを頼んでいた奴なんだが…クソッ。最悪だ」
そういうことか。さっき彼が言っていたコネとはこれのことだったに違いない。
この栖鳳竜也という男は一体どこまでクズなんだろう。ここまで見て、馬鹿な私にも一つだけ気づいたことがあった。
大手会社の社長との密談、大手闘士との八百長の相談、闘技場議員への揺すり。これらの事実から浮かんでくる一つの疑問。
最弱最強の男は本当に”最弱最強”なのか?
「栖鳳さん、私とすこし戦ってもらえませんか?」
「嫌だ。今は最悪な気分なんだ。それに弟子はとらんといっただろう」
竜也は露骨に嫌がる。でも私もここで引き下がるつもりはない。
「手ほどきを頼んでいるわけではないです」
「じゃあなんでお前なんかと最強の俺が戦わないといけないんだ?」
「あなたの実力が知りたいんです」
私は真剣に竜也を見つめる。
「お前と俺じゃ勝負にならん」
竜也はくるっと背を向けてどこかへ逃げようとする。
「逃げるのか卑怯者っ!最強というのは口だけかっ!」
私の言葉に竜也は動きをとめると、ゆっくりと振り返る。
「なぁにぃ?この俺にそこまで生意気な口を聞けるとは大した奴だ。ぼっこぼこにしてやんよ、シュシュシュ」
竜也は自分の口で効果音をだしながら、握り拳をつくって空中を殴るマネをする。
私は愛刀グルゲルを抜くと竜也に向かって構える。
「お、おいっ!は、刃物は卑怯じゃないか?おい?」
「問答無用っ!行きます」
私は一瞬で竜也との距離を詰めると、喉元にグルゲルを押し当てる。
「こ、降参。降参ダヨ、降参だからっ、それ以上ナイフを押し付けちゃらめぇぇぇぇ」
この男…、この男は…。
「よ、弱い。私よりも遥かに弱い」
私はグルゲルを竜也の喉元から放す。
「なっ、何をいうか。こんな大通りで俺の必殺技なんぞ使えんから、手加減してやったのだ。ファファファ」
今確信した。
この男は正真正銘、噂の最弱最強の男で間違いないだろう。
しかし、その内実は闘技場の外で汚い手を使って勝っていただけだったのだ。弱きを助け、強きを挫くどころか弱きに威張り散らし、強きに媚びへつらう。そこには己を極限まで練磨し、ステータスの定めを打ち破るというような私の憧れる最弱の英雄の姿は片鱗もない。
つまり、”最弱最強”の称号こそが偽物だったということだ。
「そうですか…。急につき合わせてごめんない。えっと、次はまだ何かあるんですか?」
私が頭を下げると竜也は思い出したかのように頭を抱える。
「そうだった。これまでの良いコネクションが全て失われたんだった。どうすればいい?もしかして俺終わったか?」
竜也は誰に問いかけるでもなくそんなことを独りごちる。
「あははー、終わっちゃたんじゃないですか?」
竜也はガバッと顔を上げてに私の方を向く。
「お前のせいなんじゃないか?」
「えぇ、私のせいじゃないですよ」
いくらなんでもひどい言いがかりだ。
「お前が来てから、なぜかいい事が全く起こらない。いや、むしろ悪いことだけが起きてる」
「私は関係ないですよ」
こんな美人を家に泊める栄誉にありつけたというのに、それに気づけないとは呆れを通り越してもはや哀れだ。
「おいお前、疫病神か何かなんじゃないのか?さっきだっていきなり斬りかかってくるし、よく見たら貧乳だし幸薄そうだし」
「貧乳は関係ない…っていうか貧乳ではないです」
「そうかド貧乳か、どっか行けこのド貧乳疫病神女。これからどうすれば……ブツブツブツ」
「なっ!」
すごく失礼なことを言われたがここまで相手が放心状態だと言い返す気にはならない。
私としてもこれ以上彼と関わる必要もなくなった。
残念だけど英雄の伝説はウソだったむらの皆に告げることにしよう。意気揚々とむらを出た手前、大分恥ずかしいけど…。
「では、短い間でしたが、お世話になりました。もう二度と会うこともないでしょう。それでは」
「へへへ、フヒヒ、ふへへ」
私は手短に竜也に別れの挨拶を告げると彼に背を向けて王都の門の方へと歩き出す。
竜也からの返事が変な笑い声みたいで気持ち悪かったけど、どうでもいい。
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