第2話 最強のカレー

「お帰りなさい栖鳳先生、あら?そちらの方々は?」

 私たちを出迎えたのはメイド服を着た気品のある金髪の女性だった。

 私の彼女への第一印象は…そう、聖人という感じだ。

 竜也はいやそうな顔をすると私たちを指差して「客だ」と告げる。

「村人映子です」

「明です」

 明さんがなに食わぬ顔で入ろうとすると竜也はそれを遮るようにその前にでる。

「おい、何でお前までついてきてるんだ?」

 竜也は青筋をたてながら明さんに問いかける。

「いや、これも何かの縁かなって」

 竜也は明さんと向き合うとその間を手のひらで空切ってにやりと笑う。

「はいっ、縁切った。お帰りだぞミリア、外まで送って差し上げろ」

 ミリアと呼ばれた先ほどのメイド服の女性は竜也をどかせて、明さんの前にくると家の中に入るように促す。

「どうぞお上がりください」

「おいおいなにやってるんだ、ミリア。あのバカ勝手に中にはいっていくぞ、おいっ」

 竜也は露骨に嫌悪感を示しながら、中に入っていく明さんを止めようと追いかけようとするがその進路にミリアさんが割って入る。

「栖鳳先生。今日はカレーですし、せっかくですから大勢で召し上がった方がきっとおいしいですよ。きっと彼がいらっしゃったのは何かのご縁ですよ」

「縁は今し方切った。それに大勢で食べようが一人で食べようが味は変わらんだろう、なんなら時間やマナーを気にせずに食べられう一人の方がよっぽどいい」

「まぁまぁ先生、そんなこと言わずに」

 ミリアさんが天使の様な笑顔を浮かべると竜也はため息をつく。

「お前はなんだかんだいって最近俺のいうことを聞かなくなってないか?」

 私たちはミリアさんの案内で豪勢な食卓につくと、カレーという料理が運ばれてくるまでしばしの間、三人だけになる。

 ちなみに私は竜也の隣に座り、その向かいに明さんが座っている。

 もちろん好きでこの男の隣に座っているわけじゃない。ミリアさんの案内通り座ったらこうなっただけである。

「カレーってどんな食べ物なんだろうね?」

 明さんが私に嬉しそうに話しかけてくる。

 年上であろう明さんだったが、純粋無垢なその笑顔はどこか女性の母性本能をくすぐるようなところがあり、思わずかわいいとさえ感じてしまう。

「ただ豪華なだけの大したことない料理ですよ、きっと」

 照れ隠しに思わず人の家の料理を貶すようなことを言ってしまった。

「えー、なんでそう思うんだい?」

 明さんはそれに当然のように食いついてくる。

 例え嫌味な竜也という男の家の料理であったとしても簡単にそれを貶めることは避けるべきだが、実は私は料理に関しては一家言もっていた。

「私の母は料理がとっても上手なんです。だから他所で食べる料理をおいしいってあんまり思ったことがなくて…」

 私が母について話しているとその間に割って竜也が声をあげる。

「ぶははは、きっと一口食べた後にはお前の母が作る料理など豚の餌と同等だと気づくだろう」

 豚の餌!?確かに金持ちの竜也からすれば田舎の大したことない料理など取るに足らないかもしれないが豚の餌というのは完全に言い過ぎだ。

「なっ!?それはいくらなんでも…」

 私がその言葉に反論しようとするとタイミングよくミリアさんがカレーを運んでくる。

 私たちの前にすでに用意されていたお皿の中にご飯とその上に茶色い液体、つまりはカレーを盛る。

「これがカレー?」

 私が料理をじろじろと観察していると竜也と明さんがカレーを食べ始める。

「おいしそうな匂いだね。いっただーきまーす」

「ははは、そうだろう。バカにしてはよくわかってるな」

 二人はほぼ同時に料理を口にする。

「「うまいっ!!」」

 二人はこれまた同時に同じ感想を口にする。

 その流れを一通り眺め終えると、私はとりあえずもう一度カレーを観察する。

 暖かなご飯はつやつやしていその一粒一粒がまるで宝石のようだ。またご飯にかかっている液体は野菜とぶつ切りの肉を含み、少しの辛味を含んだ美味しそうな匂いを発している。

「と、とりあえず見た目と匂いは及第点ですね、じゅるり」

「はやく食べてみろ。その減らず口が食べてからも言えるなら俺もお前の母の料理の腕前とやらを認めてやらんこともないぞ」

「いいですよ、よゆーですともこれくらい」

 母の名誉がかかっている、失礼を承知で一口目でまずいとはっきりいってやろう。

 私は気づかぬうちに垂れていたヨダレを拭うとわきに置いてあったスプーンでカレーをすくいあげ、口に運ぶ。

「!?」

 私はあまりのことに言葉を失う。

 天使だ、天使が舞い降りてきて私の体を天国へ誘う。

「オイデヨ、オイデヨ。オイシイカレーノセカイへ」

 茶色の天使が私に手を差し伸べてくる。

「はい、今行きますっ!」

 私は手を伸ばして、その手をつかん…。

「一体どこに行くと言うんだ?ん?」

「ハッ!」

 私は失いかけた意識を竜也の一言で取り戻す。

 はっきり言ってカレーというものは今まで私が食べたものの中で一番、それもダントツに美味しかった。

 絡み合う肉と野菜の味をカレーの辛味が調律し、そのドロドロの液体だけでも完成された旨みは相性抜群の白米によって数倍にも高められている。

「おい、どうした?うまいか?ん?うまいのか?んん?」

 竜也は私に顔を寄せてそういうと、今度は私のもとから皿を取り上げる。

「な、なにするんですか!?」

「うまいかときいてるんだ」

「ま、まあまあですね、うん、まあまあ」

 竜也は意地悪な笑みを浮かべるとミリアさんを近くに呼ぶ。

「あまり気に召さなかったようだぁ、片付けてくれたまえ」

 ミリアさんは残念そうな顔をすると皿を受け取ろうとする。

「ちょっっと!まったぁぁ!!!いらないとは言ってないです」

 思わず私は竜也にしがみついてそれを制止する。

 こんなに美味しいものを片付けられてたまるかっ。

「お前の母の料理は豚の餌だとみとめるなら続きを食べさせてやろう」

 竜也は私の顔をニヤニヤしながら覗きこんでくる。

「そ、そんなこと認められるわけ」

「ミリア、片付けてくれ」

「えっ?あっ、う、うぇ…」

 私は母の料理はすごいと今でも思っている。だけど、だけど…この料理を目の前にお預けをくらうのはとても耐えられない。

 悔しさに思わず涙が溢れてくる。

「わ、わだじの、お…おがざんの料理はぶだのえざでずぅ。ぅぅううぅ、だがらカレーくだざぁい」

 食べ物欲しさに母を貶める発言をしてしまうなんて…お母さんごめんなさい私の心は都会の荒波に飲まれて、とうとう汚れてしまいました。

「ふははははは、存分に食べるといい、くふふはは」

 竜也は満足気に皿を元に戻すと、私の横で大笑いを始める。

 くそぉ、この借りは必ず返してやる。くそぉ。

 波乱の夕飯が終わると、竜也が唐突に私に向かって話しかけてくる。

「お前のように、田舎からでてきて俺の弟子に志願する奴は今までにも何人かいたがそれを俺は尽く断った」

「別にまだあなたの弟子になりたいとは…」

 まだ彼が最弱最強と決まったわけではない。

「なぜ俺が断ってきたのかお前にわかるか?」

「わからないです。どうせ面倒だからとかじゃないんですか?」

 竜也は大げさに首を振ると私を馬鹿にしたように見てくる。

「君のような地べたを這いずる蛆虫どもに、俺の貴重な時間をくれてやる気などさらさらないからだ」

 竜也は紙とペンを取り出して、机の上、私の目の前にそれをおく。

「先ほどの、お前が俺を観察するという話だが、口約束とはいえ俺は約束には厳しい人間だ。故にお前が明日一日俺の仕事に同行することを認めてやろう」

「一日だけですか?」

「それだけあれば十分だろう。そもそも俺のポリシーから例外的に認めてやっているだけで本来ならお前との口約束など守ってやる義務はない」

 欲を言えばもう数日程欲しかったけれど、この様子ではそれは望めないだろう。

 明日一日でこの男の正体を暴く。

 偽物ならそれはそれでいいが、本物ならどうにか頭を下げて弟子にしてもらおう。

 せっかくむらをでたというのに何も成果がなかったでは、快く送り出してくれたむらの人々やお金を工面してくれた両親に合わせる顔がない。

「お前が俺に同行するに際して、お前が行った行動により俺が何らかの損害を被った場合にお前がその損害を全て償うことを確約する契約書だ。サインしろ」

「わかりました」

 契約書はなんだかボワッと文字が光っているように見えるがそれはきっとさっき泣いたせいだろう。

 私は特に注意を払うこともなく、渡された契約書にさっさとサインする。

「今日はこの家にある空き部屋を勝手に使ってもいいぞ、お前のような田舎者には都会の宿代はバカにならんだろう、ふはは」

「僕はどうすれば?」

 明さんがとぼけた顔できくと竜也は眉間にしわをよせる。

「なんでお前がまだいるんだっ!はやくでていけぇ!」

 明さんはその後もすこしの間、奮闘していたようだが観念して公園まで戻っていった。

 私はミリアさんに案内された部屋のベッドに横たわる。

 部屋は整然としていて使われていない部屋だと言う割にはだいぶ綺麗だった。ベッドとセットになった机と椅子、部屋の隅には本棚があり、そこには本が沢山あった。

 私はまともに字を読めないのでどのような本があるのかということはわからないが、どうにも難しい本のようだ。表紙ですら一つも意味がわからない。

 別に鍛錬をしていたわけでもないのに、今日はやけに疲れた。でも大変なのはきっとこれからだ。私の第六感がそうだと告げている。

 目をつぶって今日一日の出来事を思い返していると不意に襲ってきた睡魔に意識をさらわれた。

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