闘技場
@mikan69
第1話 最弱最強の男
「着きました…ここが王都ドマンナカですか…」
大袈裟な荷物背負って、王都の門戸を叩くは一人の田舎娘。
少女の名は
その髪、茶色にして金の瞳。携えたるは愛刀グルゲル、慎ましやかな胸によく鍛えられた引き締まった体。羽織るは田舎者丸出しのど派手な赤い袢纏。
事の発端はさかのぼること一月前、最弱にして最強、最弱の英雄といわれる伝説の男がスミダむらの近所のあるむらを救ったことにあり。
少女はその弟子になるために遠路はるばるド田舎のスミダむらからやって来た。
「すごく賑やかなところですね」
驚いたったら驚いた。ここにはスミダむらには無いものがそこかしこにある。
思わずキョロキョロと周り見回しながら歩いてしまう。物も人も数がすさまじく、目が回ってしまいそうだ。
私はすこしふらつきながらも大通りを進むと、なにやら美女に囲まれた昼間だというのに酔っぱらっている、見るからに嫌みな感じの男が向かいからやってくる。
「あっはっは、ハニーたち見てみなよ。あそこにド貧乳の田舎くさい娘がいるぞ」
そういって男は私の方向を指差す。
え?ド貧乳?田舎くさい?一体誰だろう?私は当然後ろをふり向いて確める。
……が誰もいない。
「キャー芋くさーい」
「男の方かしらー?」
回りのスタイルのいい綺麗な女性たちが男の言葉に口々に反応する。
「それに比べて君たちは皆なんてぼぉんきゅっぼぉんっで素晴らしいんだぁ」
え?誰と比較して?私はもう一度後ろをふり返るが、よぼよぼのおじいさんが逆立ちで歩いているだけだった。
「イヤーん、もうエッチー」
「キャー、誉めてもなにもでませんよー」
嵐のようなその集団は周囲の目線も気にせずに大通りをドカドカと過ぎ去っていった。
田舎者を馬鹿にする連中は許せないし、言われた子はかわいそうだ。ここでもやはり弱者をとことん虐げる風潮が残っているようだ。私は今もこの世界に蔓延するこの風潮を変えたい。
そのためにも彼が必要なのだ。
「はやく、最弱最強の男を探さないと」
気を取り直してこの都にいるはずの最弱にして最強の男を探すことにしよう。
人を探すならまず酒場に行けと言われたので私はとりあえず近くの酒場"ドブロク"に入ってみることにした。
奥のカウンター席につき、目の前の店主とおぼしき男に話しかける。
「こんにちは、ある男の人を探しているのですが…」
「ご注文は?」
髭を蓄えたちょいワル風の店主は私の言葉を無視して注文を取ろうとする。
しかし、私はここに飲みに来たわけではない。
「いや、えっと…男の人を探して…」
「注文は?」
「あのだから、男の…」
「注文」
怖い。何か注文しないと話を聞く前に追い出されてしまいそうだ。
「…じゃあ、モウモウジュースでお願いします」
私は唐突に襲ってきた都会の荒波にすこし涙目になりながら注文する。
店主は笑顔を作ると適当なグラスに白い液体を注ぐ。
商売上手め、このこの。
「あんた、誰かを探してるのか?」
「そうです、そうです」
私は思わずカウンターに乗り出して、店主に顔を近づける。
「顔が近いぞ、どんなやつなんだ?」
私は店主からすこし離れ、大声で探している男の事を告げる。
「この都にいるという最弱にして最強の男を探しにきたのです」
ガタンッ。
誰かの椅子が倒れる音がした。先ほどまで賑わいがあった酒場は、突如として静寂に包まれる。
「なんだって?」
「え…?あの…最弱最強の男を探しに…」
私は周囲の雰囲気に気圧されてすこししどろもどろになりながら店主にもう一度要件を伝える。
「あいつか?お前本当にあいつに会いに行くのか?」
「はい?」
思わぬ反応に、つい疑問符をお尻につけて話してしまう。
「止めておいた方がいい。あんたはたぶん田舎であいつの英雄譚を聞いてきたんだろ?」
「はい。弱きを助け強き挫く、見返りを求めず闘う最弱の希望だと」
私が言い終わると、静まっていた酒場の客の一人が大声で笑いだす。
「あっはっはっは、弱きを助け強きを挫く?ぷっ」
その向かいにいた男がそれに答えるようにして続ける。
「あいつが最弱の希望だとさ、傑作だな、こりゃ、はっは」
二人の笑い声を合図に酒場は先ほどの喧騒を取り戻す。
どういうことだろう?
まさか彼らは私たち最弱の星たる彼を馬鹿にしているのだろうか、なら許せない。
「最弱の希望をバカにするのはやめてください」
「おいおい、バカにすんなとさ、ぷーくすくす」
ぐぬ、なんなんだこの人たちは。
私が怒りに震えて腰につけた短剣、愛刀グルゲルの柄に手を触れると、それを見透かしたように店主の男が絶妙なタイミングで声をかけてくる。
「おいあんた、勧めはしないが会いたいならここへ行きな」
店主は一枚の紙切れを渡してくる。それはある場所までの道のりを示した地図だった。
「ありがとうございます」
私はモウモウジュースを一気に飲み干すと、店主に頭を下げて酒場をあとにする。
このまますぐに地図に書かれた場所へと向かおう。
英雄をバカにされた怒りが私の歩みを速めたが、血の上った頭は地図をとんちんかんに取り違えて結局目的地に着く頃には夕方になり、私の怒りもすっかりなくなっていた。
地図の場所には大きな邸宅と公園があった。邸宅は悪趣味に豪勢であり見ているだけでその住人の金に対する執着が分かるほどにギンギンギラギラだ。
「最弱最強はどこにいるんだろう…」
散々迷ったせいで、ここが本当に地図に書かれた場所なのかすら自信がない。
私は公園の長椅子に腰掛ける。
なんだか視界がぼやけている気がする…またも私は突如として強襲してきた都会の荒波に対して瞳に水を貯めるほかなかった。
すると、たまたま公園の中で鳩に餌を与えている優男が目に入る。
長身で金髪、その笑みは人の心に染み入るようだ。一目みて何となくこの人ではないかと私は直感した。そして、引き寄せられるようにして男に近づく。
「あの、もしかして貴方は…」
「え?僕ですか?」
男はこちらを見てすっとんきょうな声をあげる。
「はい、貴方はその…最弱の…ですよね?」
「え?どうしてわかったんですか?いやー困ったなー」
男は照れながら頭を少しかくと、こちらに向かって姿勢を正す。
「僕は
明さんは優しく微笑むと私に向かって手を差し伸べてくる。
私は躊躇いなく彼の手を握るとぶんぶんと大きく手を振る。
まさしく私の考えていた人物そのものだ。
鳩のような弱き存在に対する慈愛。有名人であるにも関わらずスレた様子は一切感じられず、どことなく気品漂う立ち居振る舞いはその強さの自信からくるものだろうか。
最弱最強の男、最弱の英雄は今、ここに本当に実在しているんだ。
私は感激のあまり大声をだしてしまう。
「うわぁー会いたかったですっ。どうか貴方の弟子にしてくださいっ!!」
「えー弟子かー、困ったなー」
私が明さんに頼み込むとそのすぐ次の瞬間。
公園の前にある景観ぶち壊しな嫌みな邸宅の玄関が開き中からその住人がでてくる。
「うるっさいぞ、俺の優雅な趣味の時間がお前ら、ビンボー人の騒音のせいで台無しじゃないか。どう責任とってくれるんだぁ?」
「あ、ごめんなさい」
明さんがその嫌味な男の前にでていってすぐに謝る。
「またお前かっ、鳩が住み着くから公園で餌やりをするなと以前あれっほどいっただろうが」
「三日に一度、鳩に餌をやるのが趣味なもので」
「なんだその訳のわからん趣味は。人の迷惑を考えてやってもらいたいね」
なんて失礼な人。いくら騒いだ事実があるとはいえここまで言われる道理もないはず。
「あなただって迷惑な趣味の家で周りの景観を損ねてるじゃないですか」
「ん?誰だお前は?」
嫌味な男はここで初めて私のことを見る。
「私は村人映子です」
「村人…あぁスミダむらとかいうド田舎の出身か。そんな奴がここに何の用だ?」
「最弱最強の男の弟子になるために遥々来たんです」
「却下だ」
嫌味な男は私の言葉に間髪入れずにきっぱり言い放つ。
「ちょっと、なんであなたに却下なんて言われなくちゃいけないんですか。それは明さんが決めることですよ」
全く不愉快極まりない。
私は当然の事を嫌味な男に告げるが彼はあからさまに不機嫌な表情を取る。
「なんでこの男が最弱最強の弟子を決めるんだ。それこそ意味不明だろうが」
嫌味な男は明さんをしつこく指差しながら訳のわからないことを言っている。
「あなたみたいな見るからにお金にがめつい、嫌味な人に最弱にして最強の男の何がわかるっていうんですか」
「え?最弱最強?」
明さんは謙遜しているのか控えめに首をかしげている。
「明さんそろそろガツンと自己紹介してやってください」
「えっ!?僕?えーっと僕は最弱の
「そうこの人こそが、…え?」
私はつい明さんの顔を二度三度と覗き込む。
え?あれ?人違い?え?じゃあ最弱最強の男は?
「無知で小生意気なド貧乳の田舎娘に俺自ら自己紹介してやろう。俺こそが最弱にして最強と謳われる男、
嫌味な男はその顔に醜悪な笑みを浮かべながら偉そうに言い放つ。
「あな…たが…?そんな、こんな…うそですよね?」
「残念ながら事実だ。ん?よく見るとお前…」
竜也は顔面蒼白であわあわしていた私をジロジロとみると大げさに手をポンと打って勝手に納得する。
「な、なんですか?」
「お前、昼間の田舎娘じゃないか」
「え?昼間の?」
「昼間、大通りで自分が馬鹿にされていることもわからず、キョロキョロしていたバカはお前だろ?その田舎者丸出しのダサい袢纏と平らな胸で思い出したぞ」
私は昼間の出来事を思い出す。そしてあることに気が付く。
「そういえば、さっきから何度も言ってましたね…ド貧乳の田舎くさい娘って」
「ははは、自覚できたようでなによりだ」
こんなことが許されるだろうか?こんな男が私が憧れたいた最弱最強の男?
弱い人間を笑って馬鹿にするようなこんな最低な男が?
ぷちんっ。
私の中の何かがキレる音がした。
「私は貧乳でもなければ田舎くさくもなぁぁあい!!」
私は迷わず腰から愛刀グルゲルを引き抜くと竜也に向かって斬りかかる。
「うわぁあ!今更キレるのかっ!なんなんだお前おいやめろ」
「ウガガ」
「自我を失っているぞ…おいっ!!たすけておまわりさぁぁぁぁん」
連続で何度も斬りかかる。竜也はそれを公園の長椅子や木などの障害物を盾にしてギリギリのところで涙目になりながら避ける。
「や、やめてくれぇ!死にたくなぁい。なんでもするから許してくれぇ!」
「ん?何でもする?」
私は”何でもする”という言葉に反応して動きを止める。
「え?あ、ああ」
丁度いい。
「じゃあ、しばらくあんたの様子を観察させろ、ウガガ」
「ああ、いいぞいいぞ勝手に観察してくれて結構。だからとにもかくにもとりあえず剣を下ろそうじゃないか」
竜也は冷や汗をかきながら、震え声で事を承諾する。
見るからに小悪党なこの栖鳳竜也という男、この男が本当にあの噂の最弱にして最強、最弱の英雄と呼ばれる男なのかどうか、見極めさせてもらおう。
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