第29話 いざ新婚旅行へ
翌朝。
バルトロメイとフランソワは、新婚旅行の朝ではあるものの変わらぬ鍛練を二人で行っていた。
いつも通りに、二百の矢を射ってバルトロメイがそれを避け続けるだけである。しかしやはり若さということか、シャルロッテ曰く後宮に入るまで弓を嗜んでいなかったフランソワは、現在も変わらず成長中である。
そして。
大きく変わったのは、そこにシャルロッテも参加を始めたことだ。
「はぁっ!」
「いきますの!」
毎日フランソワと二人で鍛練をしていたのだが、シャルロッテも住み込みということで朝の鍛錬に参加するようになったのである。基本的にはシャルロッテを前衛、フランソワを後衛としてバルトロメイと模擬戦を行っているのだが。
これが存外、手強い。
二人の行っていた模擬戦を見て確信はしていたが、二人とも間違いなく強いのだ。
フランソワの天才とも呼べる弓の冴え。
シャルロッテの天賦とも呼べる拳の鋭さ。
それが前衛後衛という形で協力をされると、大陸最強とさえ呼ばれるバルトロメイをすら苦戦させるのだ。
「やぁぁっ!」
「くっ……!」
「隙ありですの!」
「そのように叫べば居場所が割れよう!」
フランソワの弓を叩き落としながら、シャルロッテの拳をいなす。基本的にバルトロメイから手を出さない鍛練だが、さすがにこの二人を相手にしていては余裕もないのだ。
ふんっ、と振りかざす拳が、シャルロッテの髪の一房を掠める。だが、その顔には届かない。
バルトロメイの攻撃が届くぎりぎりを見極めて、その上で声を出したのだ。そして、反応したバルトロメイが攻撃を仕掛けても届かず、そして一歩でシャルロッテが詰めることのできる位置――。
「くっ!」
そのようにシャルロッテに気を取られていると、今度は正確無比なフランソワの矢が襲ってくる。
そして今までどのような鍛練を行っていたのかは分からないが、二人の連携はかなりのものなのだ。シャルロッテの翻弄する動きに、フランソワの鋭い矢の猛襲を行うこともあれば、フランソワの矢を囮としてシャルロッテが死角に回るなど、その連携の多彩さにも驚く部分が多い。
この二人の相手をできているのも、それが大陸最強の男バルトロメイだからである。
八大将軍すらマットに沈めるほど、シャルロッテは強い。加えて、フランソワの弓は熟練の弓兵にも及ぶものなのだから。
そしてフランソワから飛んでくる矢に気を取られているうちに、シャルロッテが背後に回ってくるのが分かる。
距離としては、バルトロメイに全力の拳が飛んでくるぎりぎり――回避を行おうとした、その瞬間に。
「はぁっ!」
「むぅっ!?」
全力の、シャルロッテの蹴りがバルトロメイの脇腹に突き刺さった。
拳ばかりを多用し、基本的に蹴りを用いないシャルロッテの、突然の蹴撃。さすがに予想外だったそれは、間違いなく脇腹への有効打に繋がり。
それと共に、バルトロメイの肩にフランソワの矢が刺さる――もっとも、鏃を外してあるそれは、刺さることなく当たって地面に落ちるのだが。
「ふぅ……負けたな」
「久しぶりに勝ちましたの。これで二勝目ですの!」
「わーい! やりました! シャルロッテさん!」
ぱんっ、と手を叩いて喜ぶ二人を見ながら、苦笑する。
いつもながら思うが、本当に仲がいい。可愛い女の子二人が、このように喜んでいる姿を見るというのも男には眼福なのだ。
シャルロッテがやって来て、三日目くらいの鍛練で初めて敗北をした。その一度以来、二人を相手にしても負けたことがなかったのだけれど。
今日の敗因は、シャルロッテの蹴りだ。足技を念頭から除外していたのがバルトロメイの油断に繋がったのだろう。
「これで次回のヘレナ様杯は、わたくしが優勝しますの」
「わたしも頑張ります! 前回は五位でしたし!」
「初回に優勝してから、わたくしは優勝していませんの。前回はクラリッサに、前々回はマリエルに……今度こそ、負けませんの!」
「いいじゃないですか! わたし三位入賞もしたことないんですから!」
末恐ろしい会話が聞こえてくる。そんなことをいつやっているのだろう。
もしかすると、あれだろうか。二週間置きくらいに、フランソワが「今日は出かけてきます!」と嬉しそうに朝言ってダンと共に出かけるアレは、ヘレナ様杯とやらに参加するためだったのか。
そして、二人がかりならばバルトロメイにも勝利できるほどのシャルロッテ、フランソワでさえ優勝できない――そこに、どれだけの強者が揃っているのだろう。むしろヘレナ何をやっている本当に。
軽く汗を拭いてから、屋敷に戻り朝食とする。ちなみに、朝はこのようにシャルロッテも鍛練に参加するようになったため、朝食を作るのはシャルロッテの侍女であるエステルの役目だ。
どこから給金が出ているのか謎だったが、どうやらシャルロッテがバルトロメイが仕事に行っている日中など、闘技場に出て稼いだ報奨金で払っているらしい。
そんなエステルの作った朝食を、フランソワと共に食べる。一応シャルロッテはフランソワの友人であるけれど使用人という扱いであるため、別の部屋で朝食となっている。そんなこと気にせず、一緒に食べればいいのにと思わないでもない。
もっとも、そう言い出したら「やっとわたくしを愛人と認めてくださいますのね」とか言われそうだから言わない。
「さて……ではそろそろ出発するか」
「はい! バルトロメイ様!」
そうバルトロメイが促し、立ち上がるフランソワが抱えるのは小さな包みだ。
どうにか説得をして、一晩分だけの着替えと簡単な生活用品だけを入れた荷物である。ちなみに、不細工なぬいぐるみだけは絶対に持っていくと言ってきかなかった。何故だろう。
バルトロメイも同じく、昨夜のうちに準備をしておいた簡単な荷物を背負って、二人で玄関へ。
「では、バルトロメイ様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ。留守は任せた」
「承知いたしました。楽しんで来てください」
そうやってダンに見送られて、ついに新婚旅行の始まりである。
本来ならば馬車でも借りれば良かったのかもしれないが、そのあたりを妙に吝嗇家であるフランソワが「もったいないです!」と止めてきたのだ。テオロック山は有名な観光地であるし、乗合馬車の本数も多いということで直行便に乗ることにした。
そして、そんな馬車を待っている間。
「楽しみですね! バルトロメイ様!」
「ああ、そうだな。シャルロッテが言うには、滋養強壮に良い温泉だとか」
「わたし、あれが楽しみです! 露天風呂!」
「雄大な自然を見ながら、体を温めるというのも良いものだ。温泉の一つの目玉でもあろうよ」
「まぁ、たまに猿が入ってくるのが難点ですの」
「猿! もふもふしているでしょうか!」
「恐らくもふもふは……」
あれ、とふと横を見る。
乗合馬車の停留所前に立つバルトロメイの隣に、フランソワ。
そして何故か――その隣に、シャルロッテ。
「何故ここにいる、シャルロッテ」
「はっ! 気付きませんでした! どうしてシャルロッテさんがここに!?」
「はっ。気配を消していたのに気付かれてしまいましたの」
「嘘つけ」
本気で隠れたいなら話しかけて来なければいいのに。
まぁ、極めて自然に話に混じってきたせいで、バルトロメイも気付くのが遅れてしまったが。
そして、そんなバルトロメイに向けて、シャルロッテがうふふ、と微笑む。
「実を言いますと、休暇を貰いましたの」
「……聞いていないが」
「ちゃんとダンさんには許可を得ていますの。二日ほど休暇をいただきました」
「いや、だから聞いていないが……」
「書き置きは残しておりますの」
「それは許可を得たと言わない」
まさか、ついてくるつもりなのだろうか。
夫婦水入らずというのが、新婚旅行だ。そこにシャルロッテがついてくるとなれば、ただの旅行である。
だが、そんなシャルロッテはフランソワに。
「フラン」
「は、はいっ!?」
「フランはこれからどこへ行きますの?」
「はいっ! バルトロメイ様と温泉旅行に行きます!」
「旅行ということは、他の人もそこに行くかもしれませんのね? フランの知っている人と旅行先で会うかもしれませんの」
「そうですね! 誰かと鉢合わせになることはあると思います!」
「わたくしは休暇を貰って、一人で旅行に行きますの」
「そうですか!」
「旅行先で偶然出会うことになるかもしれませんの」
「わかりました!」
何故か納得している。それで納得してもいいのか。
話術とすら呼べない、ただの屁理屈だというのに。
真剣にフランソワに対する、教育を検討しなければ。旅行が終わり次第早急に。
「だがな、シャルロッテ……」
「あら、わたくしが一緒に行くのが不満ですの?」
「これは、俺とフランソワの新婚旅行だ。できれば、二人で行きたいのだが……」
「あら、心外ですの。わたくし、これでも気遣っておりますのに」
「何だと?」
完全に、バルトロメイとフランソワの旅行を邪魔するつもりだとしか思えないのだが。
どこに気遣っている要素があるというのだろう。
そんな風に疑問符を浮かべるバルトロメイに、シャルロッテは可憐に笑う。
「場所、ご存知ですの?」
「テオロック山の入り口から、脇道に逸れて獣道を向かうと……そう聞いたが」
「では、どこで曲がるか分かりますの? 獣道にも色々ありますの。どの獣道に入るか分からなければ、遭難をしてもおかしくありませんの」
「む……」
シャルロッテの言葉に、僅かにそう納得してしまう。
確かに山をなめてはいけない。下手な道に入れば、それこそ山の中で遭難してしまうだろう。テオロック山のような巨峰であれば尚更だ。そこに案内役がいるというのは、確かに心強い。
現地に到着してから、知ってそうな者にあたりをつけようと思っていたのだが――確かに、そこに行ったこっともあるシャルロッテの案内があれば、無事に到着することができるだろう。
「大丈夫ですの、バルトロメイ様」
「何を根拠に大丈夫だと……」
「さ、馬車が来ましたの。乗りますの」
バルトロメイの糾弾を避けるかのように、そのままやって来た乗合馬車へと乗り込むシャルロッテ。
懐から銀貨を出してちゃんと運転手に渡しているあたり、費用はちゃんと自分で負担するという意味合いなのだろう。
実に困ったことだが。
「さぁ! バルトロメイ様! 乗りましょう!」
「あ、ああ……」
別にフランソワも不満を出していないし、構わないか。
そう判断して、バルトロメイは諦め半分に馬車に乗り込むことにした。
この新婚旅行に、波乱の予感を抱えながら。
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