第18話 拳闘士ロッテ
「さぁ! 次の挑戦者は誰だぁーっ! 最早ロッテに敵はいないのかぁーっ!」
「わぁぁぁぁぁぁ!!!」
盛り上がる観衆の間を抜けて、リングへと向かう。
恐らく、下にいる者が飛び入り参加の受付でもあるのだろう。既にアストレイは倒れたようで、次の挑戦者の募集が始まっていたために、バルトロメイはやや早足で受付へ向かった。
「挑戦をしたい」
「おおっ、新しい挑戦者ですね。それじゃ、こちらにご記入くださいな」
「うむ」
受付から渡された羊皮紙を、ひとまず読む。
一応、念書のようなものだ。小難しい言葉が並べられてはいるものの、具体的には「どのような怪我を負っても責任は取りません」というだけだ。実際、このように挑戦をすることで怪我をする可能性もあるのだから、当然の処置である。
バルトロメイは署名の欄にサインをして、そのまま返す。怪我をするつもりなどない。ここで負けては、八大将軍の名折れだろう。
少なくともこれから、敗北した部下の仇を取るために、バルトロメイはリングに上がるのだから。
「さぁ! 次の挑戦者が来たようです! さぁ、リングの上へ!」
「うむ」
司会者の言葉と共に、バルトロメイはリングへと上がる。
思った以上に狭いリングにいるのは、中央に司会者。そしてバルトロメイの反対側で、ロープに手をかけるロッテだけだ。
さて、どれほど強いものか。その強さを確かめねばなるまい。
「さぁ! 本日ロッテの二戦目! 軍属の副官すらも相手にしないロッテに! 次に挑戦するのは誰だぁーっ!」
「名を名乗りますの」
興奮しながら叫ぶ司会者と異なり、そう冷静に名を問うロッテ。
百戦以上を全勝しているというが、油断はそこにない。むしろ、そうでなければなるまい。
油断をしている者を倒したとして、それは何の誉れにもならないのだから。
「先、お前さんに負けた男の上司だ」
「……さっきの男、ですの?」
「ああ。先の男は、青熊騎士団の副官だ。そして、この俺は奴の上司――『青熊将』だ」
「なるほど……面白いですの」
すっ、とロッテが構える。
それと共に、バルトロメイも構える。
それが合図であるかのように、司会者がリングの端へと寄った。審判も兼ねた彼は、戦闘中は戦いの邪魔にならないように端に配置するのである。
「なんとぉーっ! 次の挑戦者はかの『青熊将』! ガングレイヴ帝国の誇る武の頂点、八大将軍の一人だぁーっ!」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「だがっ! ロッテは既に八大将軍など乗り越えてきているっ! かの『
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……何をしているのだ、アルフレッド」
アルフレッドとて決して弱いわけではない。少なくとも、アストレイよりも腕は立つのは間違いないのだ。だが、ヴィクトルやリクハルド、バルトロメイといった、武に特化した将軍に比べれば、劣るのは事実である。
残念ながら、勝たなければならない理由が、もう一つ増えてしまった。
八大将軍としての、本領をここで見せてやらねば。
「では……来ますの」
構えたロッテが、ゆっくりと歩を進める。
体格としては、バルトロメイの腰ほどしかない背丈だ。それに女性としての細い体は、筋肉質ではあるものの十分に細いと言っていいだろう。水着のようなコスチュームから見える肢体は、起伏こそ少ないが十分に鍛えているものだとよく分かる。
だというのに、何故だ。
これほど、攻め込みたくない、と思えてしまうのは。
「……」
「……」
無言で、睨み合う。
下手に攻めれば、カウンターを喰らわされる未来しか見えない。恐らく、天性の勘の良さで回避を行っているのだろう。計算されたそれではなく、応用性の利く代物だ。
バルトロメイはロッテの動きの一つ一つを観察し、そして攻めるべき場所を考える。
ロッテの戦闘スタイルは、後の先だ。
先に敵から攻撃を仕掛けさせることにより、その勢いを乗せたカウンターを与える――そのことに特化している。
だからこそロッテから攻め込まないし、じっと微動だにせず待ち続けるのだ。
そして、ロッテを相手にした男ならば、必ず考えるだろう。これほど小さく、細い女が自分に勝てるはずなどない、と。
そういった油断も誘う見た目であるがゆえに、確立された戦闘法となったのだ。
「やれぇーっ!」
「ロッテぇぇぇぇぇぇ!!」
「やっちまえぇぇぇぇ!!!」
「ロッテにびびってんのかよぉぉぉぉ!!」
動かない二人に、観客席からそう声が飛ぶ。
確かに、このようにじっと向かい合うだけでは、拳闘として成り立たない。何かしら動かなければ、野次が飛んでくるのは当然だ。
そして、ロッテは闘技場における観客を味方につけている。
そうである以上、バルトロメイから何か攻撃を加えなければなるまい。
考えていても仕方ない。
バルトロメイは本来、本能的に戦う戦士だ。
ならばその本能のままに、獣の如く戦うしかあるまい――。
「ふんっ!」
だからこそ、まず動く。
バルトロメイはまず距離を詰め、そして牽制として拳を突いた。当然ながら、体重など乗せていない軽い拳に過ぎない。
このような単純な攻撃は当たらないだろうし、当たったところで何の痛痒もないだろう。
だが、それでも攻撃をされるということは、反射に繋がるのだ。
「……」
当然ながらロッテはそんなバルトロメイの拳を避け、そして弾く。
軌道を最初から分かっているのではないか、と思えるほどの自然な動きであり、全くの澱みがない。バルトロメイと申し合わせた上での演武だと言われてもおかしくないほどだ。
まず牽制として三撃。
ロッテは、その全てを躱し、仮面越しの双眸でバルトロメイを観察する。
「はぁっ!」
そして牽制として加えていた攻撃から、突如リズムを変える。
鋭く出した右拳を囮にした、側面からの左拳。それに体重を乗せて、思い切り突き出す。
当たれば骨くらいは折れるだろう――それだけの、気合を込めて。
「……」
だが、ロッテはそんなバルトロメイの一撃も、まるで示し合わせたかのように髪の毛を一房掠らせて、避ける。
そして体重の乗ったバルトロメイへ向けて、一気にカウンターの右拳を放ち――。
「はっ!」
「ぐぅっ!」
鋭いその拳が、バルトロメイの脇腹に突き刺さる。
腹を抉るその威力は、細身とは思えない代物だ。バルトロメイの乗せた体重ごと、その拳に込められているのが分かる。
何という凄まじさ。寒気すらしてくる。
だが――大陸最強の男、バルトロメイ・ベルガルザードに、敗北はない。
「ふんっ!」
「む……」
拳が突き刺さったことを微塵も感じさせない、鋭い動きでバルトロメイは右拳を振り抜いた。
さすがに予想外の一撃だったのか、ロッテは首を曲げて紙一重で躱す。仮面越しではよく分からないが、それなりに驚いてくれているらしい。
くくっ、とバルトロメイは笑う。
「ゆくぞっ!」
「ちっ……」
ロッテのカウンターは、確かに脅威だ。細身とは思えないほどの威力を持つそれは、確かに一撃必殺となり得る代物だろう。
だが、それだけだ。
威力がどれほど強くても、どれほど天才的に回避をしても。
カウンターが来ると最初から分かっていれば、耐えられる。
攻撃を仕掛けた瞬間、人間は最も無防備になるのだ。
ならば、ロッテの仕掛けてくるカウンターを耐え、そこに一発放てばいいだけの話である。
もっとも――これほどの威力だとは思わなかったが。
アストレイが一撃で膝をついたのも、納得の衝撃だ。
「はぁっ!」
「……っ!」
バルトロメイの攻撃に合わせ、ロッテがカウンターを仕掛ける。
そのカウンターを、バルトロメイは腹筋の中央――最も硬いそこで受け止め、走る衝撃に耐える。
だが同時に、バルトロメイの鋼のような筋肉を直撃したロッテも、歯を軋ませていた。鍛えに鍛えた体は、拳で殴ればその拳が壊れるほどに、硬いものなのだ。
そして動きが鈍り、隙を見せたその瞬間を、バルトロメイは見逃さない。
突き上げるように出した拳が、ロッテの腹へと突き刺さる。
「う、ぐっ……!」
勿論、全力というわけではない。バルトロメイが全力で放てば、ロッテのような細身では簡単に内臓が破裂するだろう。
いくら怪我をしたところで自己責任の闘技場であっても、女性を殺す趣味はない。
だが、かといって簡単に立ち上がることができるほどのものでもない。
衝撃にロッテが吹き飛び、そして倒れる。
「ふぅ……」
「う、うっ……!」
ロッテはどうにか立ち上がろうとしていたが、しかし足が震えて立てないようだ。
顔面への攻撃は脳を揺らすが、腹への攻撃はダイレクトに足へと繋がるのだ。それゆえに、立てない。
そこで、激しいゴングが響き渡った。
「おぉーっ! 伝説はここで終わったぁーっ! ロッテが敗北っ! 勝利したのは挑戦者、『青熊将』だぁーっ!」
高らかにバルトロメイの勝利が宣言されると共に、バルトロメイは座り込んでいるロッテへと近付き、手を差し出す。
ロッテはそれを拒否することなく、バルトロメイに引かれて立ち上がった。
「……負けましたの」
「いい戦いだった。これほどまでの技量とは思わなかった」
「ありがとう……わたくし、殿方に負けたのは初めてですの」
「そうだったのか」
握手をして、微かに笑うロッテの呟きにそう返す。
殿方に、ということは女性には負けたことがあるのだろうか。これほど強いというのに。
観衆から拍手が与えられ、バルトロメイは軽く手を振る。
「さぁ! ついにロッテが初めての敗北を喫した! つまりぃーっ! 皆! ついにきたぞーっ! ロッテがマスクを外す瞬間だぁーっ!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「……む?」
別段、ロッテの素顔を見たい、と思って戦っていたわけではないのだが、何故かそのように話が進んでいる。
そしてロッテも、諦めたように小さく嘆息した。
「仕方がありませんの。勝者の権利ですの」
「……どういうことだ?」
「わたくし、最初にリングに上がったときから言っておりましたの。わたくしに勝利する者がいれば、その者の前でマスクを外してもいい、と」
残念ですの、と小さく呟くロッテ。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
仮面をしているのは、きっと自分の素顔を見られたくない理由があるからだろう。それをわざわざ、衆人の前で外せ、と強要する必要などあるまい。
少なくとも、それが勝者の権利だとするならば。
「マスクを外す必要はない」
「……え?」
「司会者! 俺はロッテの素顔など見たくはない! マスクは外さんで構わん!」
「なんとーっ!? 勝者の権利を捨てたぁーっ!?」
司会者の驚きの声と共に、激しくブーイングが走る。
だが、バルトロメイはそんな観衆に向けて。
「文句があるならば、貴様らがロッテに勝ってみせろ! そうでなければ文句を言う資格などないっ! それでも言いたいことがあるならば、リングに上がってこい! 俺が叩きのめしてやる!」
強くそう叫ぶ。
それと共に、ゆっくりとブーイングの声も小さくなってゆく。中には「ひっ!」とバルトロメイの叫びに悲鳴を上げる者もいた。
ふん、とそんな観衆に向けて、バルトロメイは睨みつけ。
「さすがですーっ! バルトロメイ様ぁーっ!」
「ぶっ!」
そんな、一際大きな声。
ロッテとの戦闘中は、一応気をつけてくれたのだろう。騎士団戦の際には、フランソワの声援で気が散ってしまったため、負けてしまったのだ。そのために、戦いが一段落つくまで黙っていてくれたのだ。
気遣いはありがたい。本当にありがたい。
だが、何故このタイミングで叫ぶものか。
まったく、とそうバルトロメイが大きく嘆息すると。
「フラン……?」
「む?」
知り合いだったのだろうか。
そう、観客席のフランソワを見ながら、驚愕しているロッテがいた。
そして、ロッテは視線をゆっくりとバルトロメイに向け。
「あなたが……バルトロメイ様、ですの……?」
「むむ?」
フランソワには随分変わった知り合いが多いことだ、と思いながら、バルトロメイは小さく首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます