第二部 なぜか結婚したらモテだした。

第13話 騎士団戦

 帝都の中央には、巨大な闘技場が存在する。

 平日はここで拳闘士による戦いが催され、どちらが勝利するかを賭ける、という賭博も行われている場所だ。帝国内で唯一、合法的に賭博を行うことのできる施設でもある。

 普段は一対一での戦いが行われるのだが、大きさとしては中隊同士で戦いを行える程度には広いものだ。だからこそ、一対一の拳闘士による戦いにおいても、距離を詰めたり逃げ回って相手のスタミナを消耗させたり、と様々な戦術が用いられるのだ。


「それでは、これより騎士団戦を行います!」


 闘技場の中央には、八大将軍が一人『銀狼将』ティファニー・リードが立っている。基本的に騎士団戦においては、二つの騎士団がぶつかり合うのだ。そのため、戦う二つの騎士団以外の将軍が審判役を行うように決まっている。

 そして――バルトロメイはそんな闘技場の西において、ふつふつと闘志を湧き立てながらその時を待っていた。

 ついにこの日がやって来た、という高揚。雌雄を決してみせる、と睨みつけるのは、東で同じく中隊を率いる、若い男の姿だ。


 八大将軍が一人、『赤虎将』ヴィクトル・クリーク。


 個人戦闘能力はバルトロメイに次ぐものであり、知略に関しても凄まじいものを誇る、最強の将軍の一角である。

 まだ三十過ぎで、八大将軍の中では若手の存在だ。粗野で好戦的なきらいはあるが、しかし軍人としての腕は確か――強敵である、と言っていいだろう。

 さぁ、どう立ち回ってくる、ヴィクトル。


「両者、前へ!」


 ティファニーの言葉と共に、ゆっくりとバルトロメイは前進する。それと共に、バルトロメイの背後から青熊騎士団の精鋭達も共に前進した。

 同時に、ヴィクトルの率いる軍勢も動き始める。そしてティファニーを中央に、互いの声が聞こえる程度の距離まで近付いて。

 かかっ、とヴィクトルが、笑った。


「ようやくこの日が来たな、バルト」


「待っていたぞ、ヴィクトル」


「赤虎の強さ、その身に味わえ」


「青熊の精鋭をなめるなよ」


 火花を散らし、睨み合う。あとは軍と軍で、剣と剣で語らうのみ。

 勿論、このような模擬戦で命を失っては元も子もないため、その手に持っているのは木剣だが。

 ちらりと、観客席へ目をやる。

 最も高貴な者が座る、という闘技場の特別席――そこに座るのは、ガングレイヴ帝国皇帝ファルマスと、皇后ヘレナ。それに、その隣に並ぶように皇帝の妹姫アンジェリカ、皇太后ルクレツィアが座っている。

 我が国の精強なる騎士団を見る、という名目で、この騎士団戦は皇族が出席して見学するのだ。

 だからこそ、負けることはできない。

 皇帝という遥かに高い存在に、自らの騎士団こそが最強である、と示すために。

 何故ならば。


「今まで、最悪だったぜ。お前んとこに負けたおかげで、予算が全く足りなかった」


「そうか。我々は武具を新調することができた。お前達のおかげでな」


「俺らもそろそろ、色々揃えたいんだわ。負けらんねぇ」


「残念だが、駐屯所の整備を行いたい。負けるわけにはいかん」


 この騎士団戦に勝利した騎士団は、追加の予算が下りるのだ。

 騎士団の運営も楽なものではなく、武具は消耗してくるし駐屯所にも色々と不備が出てくるものだ。負けてしまった場合、どこかの予算を削らなければならない。そして、削るほど予算に余裕があるわけではないのだ。

 戦時ならばともかく、平時において軍に与えられる予算というのは少ない。常備軍とは存在しているだけで金食い虫なのだ。だからこそ、前帝ディールが行った新たな施策というのが、騎士団戦に勝利した騎士団への追加予算、という形での財政施策だったのだ。

 騎士団として皇族の前において、下手な戦は見せられない。そして競い合うことで、より精強なる軍が出来上がる。そして何より、将軍などの中に不満を言うものがいれば、「ならば勝利すればいい」と黙らせられるのだ。そこで、勝利する自信がない、などと言う将軍などいるはずがない。上手く軍人のプライドを刺激しながら、予算の削減に成功した好例だと言えるだろう。


「では、はじめっ!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ティファニーが号令と共に、下がる。それと共に、闘技場全体を包むような怒号が発せられた。

 戦いそのものは、単純明快。

 各騎士団において、選抜された熟練兵の中隊を用意し、戦うのだ。殺さないように木剣を用い、致命傷と判断された者は随所に散っている銀狼騎士団の面々により戦死判定が下される。

 そして戦死判定が下された者は戦列より下がり、最初に全滅した方の敗北である。全くもってシンプルで、それゆえに奥深い。

 だが――バルトロメイのやるべきことは、変わらない。

 青熊騎士団はバルトロメイ・ベルガルザードという最強の男を先頭に、敵の喉笛を喰らい尽くすかの如き突破力こそを持ち味にしているのだ。


「ゆくぞヴィクトルっ!」


「来いやバルトぉぉぉぉぉ!」


 ヴィクトルの前に展開するのは、三つの小隊。ヴィクトルの戦闘能力は高いが、しかし先頭に立つことはないのだ。

 将軍は先陣を駆けるべき、というバルトロメイの考えとは、また異なる。バルトロメイは将軍が先陣を駆けることこそ後続の士気を高め、そして一丸となり戦うことができるのだ、と考えているのだ。

 だがヴィクトルは、将軍は中枢にいるべきである、という考えを持っている。ヴィクトル曰く、将軍が戦死をすればそれだけで兵は瓦解する。最後まで将軍が指揮を取らなければ、ただの烏合の衆に成り下がる、と考えているのだとか。

 どちらも将軍のありようとしては正しい。


「うぉぉぉぉぉ!」


 バルトロメイを先頭として、突撃を敢行する。

 それに対し、赤虎の中隊は待ち構え、そしてバルトロメイの到着を待つ前に、左右に分かれた。


「なっ!」


「くくっ!」


 バルトロメイを先頭とした鋒矢の陣となっている青熊に対し、それを囲むように兵を移動させているのだ。それもタイミングを見計らい、方向を変えることのできないタイミング。

 まるで波が割れているかのように、バルトロメイの前から敵の姿が消えてゆき、左右に分かたれ包囲されてゆくのが分かる。

 さすがはヴィクトル――そう、賞賛を行うことしかできない。

 まるで手足のように軍を動かし、同数でありながら包囲の陣形を築くその動かし方は、とてもバルトロメイに真似のできないものだ。


「だが、甘い!」


 かといって、そう簡単に包囲されるバルトロメイというわけでもない。

 青熊騎士団の中隊は既に突撃を敢行しているのだ。そして、前面から敵がいなくなり、速度に乗ればそれだけ突撃の威力が上がってゆく。溜めに溜めた一撃を放つことも可能であろう。

 そして、次第に包囲を進めてゆく赤虎と、それでも直進を続ける青熊が、激突した。


「うがぁぁぁぁぁぁ!」


 バルトロメイの木剣が、先頭にいた兵の胴を打つと共に吹き飛ぶ。

 常人には考えられないほどの膂力――それこそが、バルトロメイの最強たる所以。

 だが、かといってただの怪力というわけではなく。


「はぁっ!」


「当たるものかっ!」


 敵兵の繰り出してくる攻撃の数々を、叩き落とす。ただ力が強いだけで将軍になどなれない。そこには、必ず鍛えに鍛えた武の境地があるのだ。

 そして、研ぎ澄まされた武は敵の攻撃をかすらせず、そして的確に敵兵を仕留めてゆく。

これが戦場ならば、首を斬れば済む話であるため楽なのだが。現在は敵であるとはいえ、同じ軍に所属する赤虎の面々を殺したいと思うほど、バルトロメイは戦闘狂ではない。ゆえに、手加減をしながらの戦いになってしまうのだ。

 だが――力を抜き手加減をしても、『青熊将』が大陸最強を誇ることに変わりはない。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 咆哮と共に、バルトロメイは目の前の敵兵を吹き飛ばす。

 次第に突撃の威力は衰え、乱戦と化してゆくのが分かる。後方から包囲をしてきた敵兵が襲いかかってくるのも分かる。

 戦術では、赤虎の勝利だ。

 だが、この最強の男バルトロメイ・ベルガルザードが落ちない限り、青熊騎士団に敗北はない。


「バルトロメイ様ぁーっ! がんばってくださいーっ!」


「ぶっ!」


 しかし、そんなバルトロメイの耳に入ったのは高く澄んだ、元気溌剌の声音。

 声は聞こえるが、姿は見えない。というより、実戦中に目線を逸らすわけにはいかない。今はただ、集中するのみ。

 そして、集中するから戦いの間は黙っていてくれと頼んでおいたはずなのに。

 頼んでおいたはずなのに!


「ああっ! 戦われるバルトロメイ様のなんと凛々しいことでしょう! フランはバルトロメイ様の凛々しいお姿を見ることができて幸せです! はうっ!」


 何やら言っている。

 そして声が大きいために、誰にでも聞こえるのだ。闘技場全体とまでは言わないが、少なくともバルトロメイに聞こえる程度には大きいのだから。

 ざわざわとした騒ぎが、後ろに続いている青熊騎士団の面々にも波及してゆく。


「あ、バルトロメイ将軍の奥さんだ」


「え、あの小さい子が奥さん? マジで?」


「まじまじ。いいよなー」


「フランソワさんだっけ。かわいいなー」


「なんであの顔であの奥さんなんだよ……」


「お前ら少し黙って戦わんかーっ!」


 青熊の面々が注目しているのが、敵ではなくフランソワだというのはどういう事態だというのか。

 それよりも目の前の敵に集中しなければ、包囲されているこの状態からーー。


「バルトロメイ様ぁーっ! フランはバルトロメイ様の勝利を祈っておりますーっ!」


「だったら黙っていてくれぇ!」


 バルトロメイがそう思わず叫んで、集中を乱したその瞬間に。

 ごん、とバルトロメイの着る鎧の脇腹に、鈍い感触が与えられた。

 油断した――そう脇腹を見ると、にやり、と笑う敵兵。

 否。

 一般兵の兜を被り、まるで一兵卒のように振舞った、悪そうな笑みを浮かべた――『赤虎将』ヴィクトル。


「くっ! ヴィクトルっ!」


「バルトロメイ将軍、戦死判定です」


 一瞬の油断と共に、そうティファニーから冷たい言葉が与えられる。

 ここが戦場ならば、死んだということだ。勿論、バルトロメイが脇腹を刺されたくらいであっさり死ぬとは思えないが、効果的な一撃を与えられた、と審判が判断した場合は戦死判定が下されるのである。

 ヴィクトルはバルトロメイが油断するまで隠れており、思わぬフランソワの言葉に気をそらしたその瞬間を見逃さなかったのだ。

 くそっ、と木剣を腰に仕舞う。


「終いだな。さぁてめぇら! 残敵を掃討しろぉっ!」


「ちっ……ヴィクトルめ」


「へっ。随分と若い奥さんにでれでれしてる、って聞きゃあ、利用するに決まってんだろ」


「――っ! まさか、フランソワに声を出させたのは!」


「俺じゃないけどな。まぁ、とある知り合いに頼んでな。バルトロメイ様の勝利を祈るならば、大きな声で応援をすることこそが一番だ、と教えてやっただけだよ」


 ああ、もう、と頭を抱える。全て計算通りだったということか。

 フランソワに声を出させれば、バルトロメイが動揺するだろう、と考えて立てた作戦だったのだろう。それは現実功を奏し、こうしてバルトロメイには戦死判定が下されてしまった。

 将軍を失った青熊騎士団は一応保っているものの、次第に赤虎に押されてゆく。それを見ながら、バルトロメイは戦死判定がなされたために、西の入り口へと戻り。

 そして。

 皇后ヘレナの横で、まだ「バルトロメイ様ぁーっ!」と叫んでいるフランソワに、溜息を吐いた。

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