59.氷装の戦乙女

 ヴァイスは敵の猛攻を避け続けながらも、アリスの詠唱に耳を傾けていた。

 炸裂する火炎弾の爆音に晒されながらも、その存在を主張するように響く音色。

 それは、己の想いを叶えるために捧げる祈りの歌だ。

 アリスの想いが、願いが込められたその歌が紡がれていく。音の大きさならば巨狼の咆哮の方が余程大きいというのに、それをかき消すかのように歌が響き渡る。


 そして、その歌が終焉を迎えた時。少女がその名を高らかに唱えた瞬間に。

 

氷装のアイシクルエッジ戦乙女・ヴァルキュリア!』


 二人の周りで渦巻いていた魔気が爆散するように虚空へと溶けて、ついで彼らの足元に巨大な魔法陣が展開した。 

 その魔法陣から漏れ出る燐光を目の当たりにして、警戒するように巨狼が距離を取る。そんな相手の動きを察知し、ヴァイスも足を止めた。


「……これは」


 そして、自らの眼下に展開する魔法陣に目を向ける。

 魔法陣の数は七つ。ヴァイス達を中心に広がる巨大な魔法陣と、それに接するように展開する六つの魔法陣。

 ヴァイスから見て前方に展開する二つの中型の魔法陣と、後方に展開する四つの小型の魔法陣が、まるで歯車のように回転している。

 蒼光に輝く魔法陣から燐光が浮かび、幻想的な光景が広がっていたのだが、それに見蕩れる時間は無かった。

 

 外側の六つの魔法陣から溢れる光が増大して、瞬く間にそれは氷塊へと生まれ変わった。

 それぞれの魔法陣のサイズに合わせたかのような氷塊が六つ、つまりは前方に巨大な氷塊が二つと、後方に小型のものが四つ。

 奥が見えるほどに透明な氷塊だ。そしてその内の前方の二つが、すぐさま粉々に砕け散っていく。その破片が舞い散る中で、それが本来の姿をさらけ出した。


「――」


 ヴァイスが、現れたそのモノの美しさに息を呑んだ。

 それは、剣と盾だった。ヴァイスの身の丈ほどに巨大な、青白く透き通った、この世のモノとも思えぬ美しい大剣と大盾。

 それが、見た目に反して重さを感じぬ動きで、ふわりと宙を舞っている。


 そして、それに続くように背後からも氷の砕ける音が鳴る。

 釣られて後方に目線を向けると、そこに現れたのは見慣れた氷剣だった。ただし、四本という本数を別にすれば、だが。

 

 前方に巨大な大剣と大盾。後方に四本の長剣。それらの氷の武具がふわりと宙を舞い。


「さあ、行くよ」


 右手を敵へと向けて呟くアリスの声に反応するかのように、彼女の氷装が動きだした。

 右手側の大剣が切っ先を敵へ向け、左手側の盾は半身を隠すように構えられる。

 後方の四本の長剣はまるで二対の羽のように背後に待機している。


 計六つの氷装はアリスの声に反応して動く。それは、アリスがこれらを操作しているという事だ。

 これらの氷装はアリスの魔法で生み出されたものなのだから、それは当然の事なのだが、


「なんて、無茶な……」


 素直な感想がヴァイスの口から漏れた。


 ただでさえ物体を操作する魔法は難度の高い魔法なのだ。そして同時に操作する物体の数が増えると、その難度は飛躍的に上がっていく。

 人は同時に複数の事を考える事が出来ない……とは言わないが、それは凄く大変な事だ。複数の魔法を同時発動させるのが難しいというのもこれが理由である。

 同じ理由で、複数の物体を同時操作する魔法は大変に難度が高い。同時操作という事は、その物体毎に別の思考をしなければならないと言う事だからだ。

 先にアリスが見せた、二本の長剣を同時操作する踊る氷剣二重奏アイシクルエッジ・デュオだけでも相当な物なのだ。


 そして今、アリスの『氷装の戦乙女』が生み出した氷装の数は六。それだけの物体の同時操作となると、もはや正気の沙汰とは思えない。

 ヴァイスの感想も当然だ。

 そして、そのヴァイスの呟きを聞いたのか、アリスが恥ずかしそうに応える。


「たはは、確かに無茶なんだよね……」


 敵へ向けた右手から力が抜ける。構えを取っていた氷装も、心なしか脱力したようにふよふよと浮遊していた。


 この魔法は、魔気の使えないアリスが好き勝手に想像した魔法だ。最初っから上級魔法等使えないのだからと、かなり無茶苦茶な設計になっている。

 本来使われる事は無い、というよりも使う事など出来ないはずの、文字通り想像の産物だったはずなのだ。

 ゆえに、アリス自身この魔法のデタラメさは良く理解している。ヴァイスの感想にも苦笑するしかないのである。

 しかし、アリスは思わず浮かんだ自虐的な笑みを噛み締めて、呟く。


「でも、今なら出来るよ。今の私は……」


 一人では無い。アリスは、その言葉を口にする代わりにヴァイスと自分の間に循環する魔気を意識する。


 アリスは正しく理解していた。これがただの平凡な魔気なら、この魔法を発動はできても、氷装を操作する事は出来ないはずだ。

 六つ同時の物体操作など人間技ではない。そんな魔法は聞いた事も無い。

 これは、どうせ自分には使えないからと、むしろ誰にも使えないほどのレベルで妄想を走らせた一品だ。

 シャルロット等に伝えようものなら、大笑いでもされそうな非現実な魔法なのだ。


 ならば、なぜそれをアリスは使ったのか。そんな使い物にならない欠陥品を持ち出したのか。

 答えは簡単だ。


 使えるからだ。今のアリスなら。この魔気ならば。

 初めて魔気を纏い、並みのそれとは比べ物にならない身体強化を受け、思考速度も認識能力も加速している今ならば。


「大丈夫、私を信じてよ、ヴァイス君」


 そう言ってヴァイスを見るアリスの目は、確かな自信を秘めていた。

 それに、ヴァイスは頷いて応えた。もとより彼女を疑う気持ちなど彼は持ち合わせていない。

 アリスが大丈夫と言うのなら、それが真実だ。彼女と繋がっているヴァイスにとって、ソレは何より確かな真実だった。


「わかりました、先輩」


 ヴァイスは薄く笑みを浮かべる。そして己の周りに浮く氷装を確認するように一瞥して。改めて、敵へと向き直る。

 ずっと意識だけは向けていたが、巨狼は動き出す気配は無かった。

 どうやらこちらが発動した未知の魔法を警戒しているらしい。こちらの次の動きを伺うように、魔気を昂ぶらせながら睨みつけていた。


「こっちの動きを待ってるのか? どうします、突っ込みますか?」

「そうだね……」


 ヴァイスの問いに、一瞬だけ考えるように押し黙ったアリス。その鋭い視線で巨狼を見据え、一つ思案し。


「いや、まずは……」


 アリスは右手を左に振りかぶり、巨狼へと勢い良く向けて、

 

「こっちも様子見!」


 叫んだ瞬間、背後に待機していた氷剣が切っ先を巨狼へ向けた形で展開した。

 ヴァイスの両肩の上をまたぐように二本ずつ展開した氷剣が、しっかりと敵を捕らえている。


射撃ショット!」


 アリスの号令に合わせて、四本の氷剣が同時に発射された。

 ヴァイスは今まで彼女が氷弾や氷剣を敵へ撃つのを何度も見ているが、しかしその速度は今までとは段違いだった。

 空気の層をぶち抜く勢いで発射された氷剣が、凄まじい速度で巨狼へと迫る。回避は困難に見えた。

 しかし、巨狼もこちらの攻撃の予兆を感じていたのか、すぐさま火炎弾を生み出し迎撃してきた。


 二人と巨狼の間で、眩しいほどの閃光が奔り、ついで爆発が四つ生まれる。

 氷剣はきっちりと迎撃されたようだ。少しづつ晴れていく爆炎の先で、巨狼が禍々しく笑みを浮かべるのが見えた。


 この程度か、と。そう聞こえた気がした。

 しかし、アリスもこの程度であるはずが無い。

 巨狼が健在なのを確認すると、鋭い視線はそのままに、唱える。


再装填リロード!」


 言葉に合わせて、氷剣発射前の位置に小さな魔法陣が生まれる。そしてそこから、再度氷剣が生成された。

 先ほど発射した氷剣と寸分違わぬ長剣が四本。まるでそのまま書き写したかのような光景がそこに再現した。


 こちらを睨む巨狼の視線から、侮蔑の意思が消える。唸り声を上げると、その周りに火炎弾が生成されていく。

 睨み返すアリスも、不敵に口端を上げて、


「魔力操作と発動速度だけは、負けるつもりはないんだから」


 魔気が使えないながらも、鍛えぬいた魔法の技。魔気を纏う今でも、それは変わらず彼女の力だ。

 だから、アリスは確かな自信を持って、敵へと立ち向かう。


連続射撃ラピッドショット!」


 声と共に、まずは初弾。待機していた四本が巨狼へ向けて射出される。そして、今度はそれで終わらない。

 ヴァイスの肩上に位置する四つの魔法陣から、次々と氷剣が射出されていく。


 ヴァイスは自分の体から気力が消費されているのを感じていた。恐らくこの連続射撃で魔気として消費されているのだろう。

 しかし、見た目程の消費では無い。これなら限界駆動オーバードライブで動き回る方がよっぽど気力を消費するだろう。

 これがアリスの魔力操作の賜物だ。効率よく魔力を運用して、最低限の消費で魔法を発動しているのだ。


 まるで雨のように連射される氷剣。その恐るべき速度に、巨狼が付いていけるのは最初の数秒だった。

 驚異的に見えていた巨狼の火炎弾の掃射は、見る見るうちに氷剣の雨に押されていく。


 正直な話、コレだけで大抵の魔物は打ち倒せそうだ。この前方に待機する大剣と大盾の出番は無いのではないか。

 思わずそう考えたヴァイスだったが、しかし相手も並大抵の物では無い。自らの不利を悟ったのか、巨狼は攻撃方法を変えてきた。


「グルアアアアア!!」


 巨狼が吼える。その眼前に爆炎と共に火炎弾が生成された。

 これまで幾つも生成してきた火炎弾。しかし、問題はその大きさだった。

 その火炎弾は見る見るうちにその身を膨れ上がらせて、瞬く間に巨狼と同程度の巨大な火球となった。

 それは最早火炎弾とは言い難い、例えるなら燃え盛る大岩だ。真っ赤に輝き、全てを破壊しつくす轟炎の砲弾だ。

 それが氷剣を飲み込みながら、ヴァイス達へと迫りくる。


 あれでは氷剣が何本有っても意味は無い。その光景からヴァイスはそう判断し、すぐさま回避行動に移ろうとする。

 しかし、アリスが落ち着いた様子で右手を振って、


「コレくらいなら、問題ないよ!」


 凍てつく大盾が二人の前に立ちはだかった。その透き通る盾の奥から、爆炎の砲弾が迫るのが見える。

 その盾は大きさはヴァイスを覆い隠す程ではあるが、材質が氷だ。普通に考えたらあんな攻撃に耐えるとは思えないが。

 アリスが問題無いと言ったのだ。ヴァイスは気を落ち着かせて、その動向を見守る事にする。


 轟炎の砲弾は直ぐに大盾に衝突し、爆音と共に炎が吹き上がった。赤い炎が舐めるように辺りに散らばり迷宮を焼いていく。

 しかし、不思議な事にその炎はヴァイス達へは届かない。まるで大盾自体が巨大な結界を展開しているかのように、それから後ろには熱が走らなかった。

 数瞬の間、大盾と火炎は拮抗していたが、勝負は直ぐについた。一度大きく爆炎が上がると、火炎弾は消えて無くなった。対して氷の大盾は、少しもその形を欠ける事無く、その場に鎮座していたのだった。


 これは流石に予想外だったのだろうか。巨狼がその身を硬直させる。驚いているのが目に見えた。

 その隙を見逃す気は、当然二人には無い。


「先輩!」

「連続射撃!」


 再度氷剣の雨が巨狼を襲う。それを、巨狼は横へ飛び退くように回避した。

 火炎弾で迎撃をしない。先の一撃の負担が大きかったのか、魔力を使い果たしたのか。

 理由は分からないが、相手が守りに入ったのは明白だ。これは明確な勝機。

 すかさずアリスが次の手を打つ。


追撃チェイサー!」


 アリスの命令を聞き、氷剣が動きを変えた。逃げる巨狼を追いかける様に飛翔していく。

 追尾してくる氷剣に驚いたのか、巨狼は回避が遅れている。そのためか数本の氷剣がその身に突き刺さり、凍傷を刻んでいった。

 その氷剣の動きを見て、ヴァイスが驚きの声を上げる。


「追尾なんて出来るんですか?」

「単純な命令なら弾丸系統バレットでも出来るからね」


 当然と言った様子でアリスが返す。

 彼女の言う通り、弾丸系統のように相手に向かって発射する系統の魔法は、発射時に簡単な命令を与える事が可能だ。

 魔法の発動位置が離れるほど消費魔力が増える原則も、この方法なら関係無い。

 とはいえ彼ら学生レベルならば、そんな事せずにただ射撃するだけで十分なので、こんな方法を取る者はほとんど居ない訳だが。


「六つ全部を同時操作は確かに無茶だけど、この魔法のメインは盾と剣なの。氷剣は簡単な命令を与えて発射するための弾丸なんだよ」


 最初から、氷剣は精密動作させる事は考えていないのだ。単純に射出したり、今のように命令を与えて自動操作する。

 あくまでこの『氷装の戦乙女』の主装は大剣と大盾で、長剣は副装なのである。


「なるほど……」

「でも、この氷剣だけじゃ倒せそうに無いね」


 巨狼を追尾する氷剣が確実に傷を増やしている。しかし、その巨体に長剣では致命傷には程遠い。

 恐らくはこれだけでは倒せない。それは二人の共通意見であった。

 ならば、やるべき事は一つ。


「先輩、行きますよ」

「そうだね、お願い」


 ヴァイスがちらりと氷大剣を見る。

 青白く輝く、己の身の丈をこえるほどの巨大な剣。両刃の刀身は濡れたかのように滑らかで、その鋭い切れ味を予感させる。

 戦士としてのヴァイスの目にも、その大剣は素晴らしい物だった。これならば。あの巨狼すらも、両断する事が可能だろう。

 

 視線を敵へと戻し、ヴァイスは腰を落とす。やる事は単純だ。巨狼へと接近して、大剣で叩き切るのだ。

 ヴァイスは巨狼を睨みつける。相手の動きを見極め、接近の隙を伺うために。


 しかし、その必要は無かった。巨狼は追尾してくる氷剣に気を取られている。

 飛んでくる氷剣を交わし、手で叩き落し、落とせずに身体に突き刺さる。まるで羽虫に集られて、それを鬱陶しそうに払っているような様子だった。


 氷剣が良いけん制になっている。巨狼がそれに気を取られている内に。


「ふっ!」


 正に一息。ヴァイスが地を蹴ると、大剣と大盾を伴って二人の体は巨狼へと突撃する。

 そして。


「てえい!」


 アリスの気合の声とともに、大剣が振り抜かれる。

 突進の勢いを乗せた袈裟斬りだ。完璧に巨狼を捉えた理想的な一撃だった。


 ところが、巨狼がこれに反応する。突っ込んでいった二人の方へぐるりと顔を向けると、寸前まで相手をしていた氷剣は完全に無視し、奇襲で迫る大剣をすんでで回避した。


――まだだっ


 ヴァイスが追撃に一歩踏み込む。もし自分がこの剣を持っているなら、踏み込みと同時に剣を跳ね上げ、逆袈裟で斬り上げる所だが。

 生憎と剣を操作するのはアリスだ。だから、ヴァイスは彼女に指示を出そうと口を開いて……

 

 しかし、それより先に大剣が動いた。振り下ろした刀身が踏み込みと同時に跳ね上がり、巨狼に向けて逆袈裟で斬り上がる。

 それはまさに、ヴァイスが思い描いた剣の動きだった。


「グルゥアア!」


 苦しそうに巨狼が呻き、更に剣を回避する。しかし完全には回避しきれずに、その身を浅く切り裂いた。

 痛みを感じるのか、巨狼の動きが一瞬鈍る。その隙を逃さずに、大剣が更に追撃を仕掛ける。

 それに対し、巨狼は吼えながら腕を振るってきた。器用にその爪で大剣を弾き返し、両者の間で火花が散る。


 アリスの操作する大剣は止まらない。弾き返されようと、その勢いを返すように反転させ、巨狼へと襲い掛かっていく。

 その動きに、ヴァイスは見覚えがあった。いや、見覚えなんてレベルでは無い。

 これは、この大剣の動きは。


「俺の、剣……」


 目を見開き、呟きが漏れる。それは紛れも無く、自分の振るう剣であった。


 ヴァイスは毎日、剣技の鍛錬を欠かさず行っている。そして、それをアリスが見学するのは珍しくなかった。

 そうして目で見て覚えたヴァイスの剣技を、この大剣には反映させているのだ。

 もちろん、その動きは一流からは程遠いが。それでも、彼の動きを目に焼きつかせていたアリスの再現するそれは、十分堂に入った動きとなっていた。


――これならっ


 ヴァイスが押していく。巨狼の動きを見極め、反撃に備え、剣の動きに合わせて身体を移動させる。

 時折巨狼の豪腕がこちらへも迫るが、かわすのは簡単だ。ひらりと回避し、さらに進む。

 その間も、アリスが操作する大剣がヴァイスの剣を再現していた。


 大剣が蒼い軌跡を残して踊る。巨狼が時に迎撃し、時に回避しながら、押されるようにその身を引けば、ヴァイスは一歩踏み追撃をかけていく。

 長剣ならともかくとして、この大剣では巨狼も簡単には防ぐ事も出来ず、いつしか防戦一方となっていた。


「グルアアア!!」


 怒りと共に巨狼が吼えた。その咆哮に合わせて、大剣の隙間を縫うように火炎弾が生成される。魔力が回復したのだろうか、先ほどのように巨大な物だ。

 しかし、苦し紛れなのだろう、膨れる速度は先ほどと比べると大分遅く感じられる。

 その火球を見て、そして先ほどの攻防を思い出して、ヴァイスが叫ぶ。


「先輩、盾を正面に! そのまま突撃します!」

「了解!」


 大盾が前方に構えられるのを確認し、ヴァイスは一気に地を蹴った。

 所謂シールドチャージ、盾を正面に構えての体当たりだ。まるで砲弾のように、ヴァイス達は一直線に巨狼へと突き進む。

 巨狼の眼前に生成していた未完成の火炎弾を盾で打ち払いつつ、そのまま無防備になっている巨狼へと突撃した。


「ガアアアア!」


 正面から巨狼に盾を叩き付けた。巨狼が咆哮を上げるが、気にせずそのまま身体を押していく。

 ヴァイスはこのまま一気に壁まで押し付けるつもりだったのだ。しかし、当然巨狼も黙って押される事はなく。


「ぬうう、重いいい!」


 アリスが呻く。透き通る大盾の奥で、憤怒に顔を歪ませた巨狼が盾を押し返して来ていた。

 大盾を操作するのはアリスの魔力だが、それも無限の力を発揮する訳では無い。

 魔法の、いわば干渉能力とでも言う力に対抗できる力であれば、当然その動きを邪魔する事は可能である。

 アリスの操作能力では、巨狼の筋力を上回る事は難しいようだ。じわじわと大盾がこちらへと押されていく。

 

 しかし、ここに居るのはアリスだけでは無いのだ。当然の如く、ヴァイスが動く。


「先輩、そのまま……」


 ヴァイスが呟き、踏み込む。構えられた大盾へ向けて肉薄し、


「はっ!」


 鋭い気合と共に、ヴァイスは思い切り大盾を蹴り飛ばした。

 拮抗していた大盾は、ヴァイスの強烈な蹴りを受けて吹き飛ぶ。その力を巨狼は抑えきれずに、盾毎吹き飛んで行き、


「ギャン!?」


 凄まじい勢いで壁へと叩きつけられた。それだけに留まらず、大盾が更に押し込み、巨体が半分ほど壁にめり込む程の威力だった。


「先輩!」

「でえええい!」


 大剣が奔る。壁に埋まり直ぐに動く事の出来なかった巨狼に、それを防ぐ術は無かった。

 一閃。凍気を纏ったその蒼き剣閃が、巨狼の胴体を、迷宮の壁ごと両断したのであった。

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