47.忍び寄る異変
「左の一体をエリオス、右の二体はゲイル! リリカは奥の一体を撃って!」
散開するマッドドッグを相手に、仲間への指示を出しつつ前方の一体にヴァイスが突っ込む。
後ろから来る雷弾が更に奥のマッドドッグに向かうのを見ながら、気力を操作して身体強化を調整する。
相手は雑魚だが、訓練は訓練。油断無く、今の己の課題を克服する事に全力を注ぐ。
今のヴァイスの課題。それは――
「
自己暗示を兼ねた台詞を呟き、気力操作に精神を集中させる。
瞬間、ヴァイスが加速した。地を鳴らす音を響かせ、風を切りながら突き進む。マッドドッグの知覚を超える速度で接近し、すれ違い様に奔る剣閃がその首を切り裂いた。
「……良し」
倒れ付した敵が沈黙したのを確認して、ヴァイスが呟いた。今の自分の動きに、確かな手ごたえを感じている。
その感覚を忘れぬよう反芻しながら、ヴァイスは仲間の確認のために周りを見渡した。
ゲイルの大剣により二体は一刀両断され、奥の一体は雷撃で黒焦げになっている。エリオスも多少もたついたが、一体を両手の短剣で切り倒していた。
それぞれが己の相手を倒したのを確認して、全員広間中央へ集まってくる。
「怪我はねぇな。んで、今何体だ?」
ゲイルの言葉を受けて、リリカが懐からギルドカードを取り出した。倒れたマッドドッグから魔力が漏れ出し、そのカードに吸い込まれていく。その後、カードに数字が浮かび上がった。
「これで七十ですね。百まで後少しです」
淡々と返すリリカだが、それを受けたゲイルの顔は渋い。
「やっとか。いくら雑魚だからって、百は多いだろ」
「少なくても、直ぐに講義が終わっちゃうからね……他の一年に合わせてるんじゃないの?」
「あいつらはスライム十体だろ? 時間掛け過ぎだっつうの」
「まぁ、一体ずつで休憩挟むだろうし、仕方ないんじゃない」
愚痴るゲイルをヴァイスがなだめている。
他の一年の何倍も狩れというのだから、愚痴の一つもこぼしたくなるだろう。セシリアに感化される形で最初は士気も高かったのだが、数十体と魔物を倒すうちに熱も冷めてしまっていた。
とは言え、これは講義だ。課題を終わらせずに帰る訳にもいかない。
しゃあない、とこぼしつつゲイルが大剣を背負う。ヴァイス達も剣を収め、一呼吸ついた。
「エリオスは大丈夫だった?」
「ああ、教えてもらった
確認するようなヴァイスの問いに、エリオスが人懐っこい笑顔で返した。
機敏で身軽なエリオスの戦闘スタイルでは、敵の攻撃は受けるより避ける方が良い。そこで、ヴァイスは彼に部分強化を教えていた。
これで瞳を強化して、敵の動きを見極める事に重点を置くのだ。
戦闘中だと気力の細かい操作は難しいために、そこそこ難易度の高い部分強化だが。エリオスはセンスが良いのか、既にこれをある程度自分の物にしていた。彼の言葉通り、マッドドッグの動きにも対応し始めている。
素早さに秀でたマッドドッグの動きを見切れるのなら、もう少し上のレベルの魔物相手にも通用するだろう。
エリオスの成長速度に、ヴァイスは素直に感心していた。
「そっか。やっぱり筋が良いよ、エリオスは」
「そうか!? よっし、この調子で行くぜ!」
拳を打ち鳴らして気合を入れるエリオス。その瞳には極めて健全な、やる気と言う名の炎が燃えている。
雰囲気の軽さとは裏腹に真面目で素直なエリオスは、このままずっと強くなっていけるだろう。順調に行けば、一年ではゲイル達に次ぐくらいにはなれそうだった。
ヴァイスはそんな彼を眩しく思いつつも、自分も負けれないと拳を握る。そのために、自分だって色々と考え足掻いているのだから。
そんなヴァイスの心中を察してなのか、リリカが彼に話しかけてきた。
「ヴァイスも、大分調整が出来てきているんじゃないですか。先程の動きは良かったと思いますよ」
リリカに言われて、ヴァイスは先程の自分の動きを思い出した。学園の課題とは別件で、自ら課した課題。それと今回の動きを照らし合わせて、率直な感想を述べる。
「そうだね、自分でも結構慣れてきたと思う。この調子なら戦闘でも使えるかな」
ヴァイスの課題。それは
実を言うと、彼が限界突破を実戦で使ったのは先の決闘が始めてだった。何度か練習で使う事があっただけで、実戦で必要になる事は今まで無かったのだ。
そして、その初の実戦投入で、限界突破の弱点が浮き彫りになってしまった。それは言わずもがな、使ったが最後、身体への負荷が強すぎてまともに戦闘を続けられなくなる、という事である。
限界突破はあくまで切り札であり、最終手段だ。そのために、使えば動けなくなる事は二の次に考えていた。
これで敵を倒せれば良いと思っていたし、正直に言えば、本当にこれが必要になる状況が来るとは思ってもいなかったのだ。今にしてみれば、認識が甘かったと言わざるをえない。
そして当然の如く、現実は甘くなかった。その切り札を使わなければ勝てないであろう相手が現れて、使っても仕留めるには至らなかった。
使っても勝てなかったのはこの際仕方無いとしても、せめてそこから逃げ出すくらいの余力は欲しい。少なくとも、一発で身体が壊れるようでは話にならない。
そこで考えたのが、限界突破の調整だ。耐性強化を零にするという極端な性能を調整して、汎用性を高める。たとえ効果が落ちようとも、戦闘を継続できるくらいの反動に抑えたい。欲を言えば、出力を都度調整できたら尚良い。
そうして考え出したのが、限定開放である。
「今ので何割ぐらいだ?」
「想定は二割。まだまだぴったりってわけじゃないけど、かなり精度は上がってきてると思う」
二割、の言葉にゲイルは目を見張る。彼の予想だともう少し上だったのだ。そう思うぐらい、先のヴァイスの動きは速かった。
「ほう、二割であれなら十分だな。それぐらいなら反動もあんま無いんだろ?」
「そうだね、連続で長時間使ったりしない限りは大丈夫かな」
「そうか」
ヴァイスの答えに、ゲイルが納得顔で頷く。
ヴァイスの言葉通り、二割くらいなら身体にかかる負担は軽い。流石に常時発動までは出来ないが、要所で使う分なら十分戦闘には耐えれそうであった。
「思ってたよか上手くいきそうだな。やろうと思えば全開でも発動出来る訳だしな。まぁ、あれは使わねぇ方が良いんだろうけどよ」
「そうだね。単純に手札が増えるのは良い事だと思うから、備えてはおくけどね」
「あれを使わないといけないって時点で、逃げる事をお勧めしますよ」
リリカの言葉に、ヴァイスは苦笑しながら頷く。彼女の話はもっともである。何事も命あっての物種、危険なら逃げるのが最優先だ。
「全開って、あの決闘で使ったやつだろ? 全く見えなかったもんなぁ、俺。あれってもう空間転移レベルだろ」
「そこまで大袈裟じゃないって。でもまぁ、多分瞬間的な力なら、魔気を超えれるからね。その分反動が凄い訳だけど」
「そうかー、出来るなら俺も覚えたかったんだけどなぁ」
勿体無さそうな顔で言うエリオスを、ゲイルとリリカが無茶言うな、と止めている。
ヴァイスもあれを人に教える気は無いし、教えた所で意味は無い。そもそもあれはヴァイスだから出来る芸当であって、他の者には真似出来ないだろう。
「エリオスは、まずは魔気を使えるようにならないと。そうなれば、あんなもの必要ないと思うよ」
「そうか。確かに、魔気は早く使えるようになりたいな」
「エリオスなら、直ぐに使えるようになるさ」
ヴァイスの言葉に、エリオスは一層と気合を入れる。延々と魔物を狩っていたというのに、彼は相変わらず元気である。その無駄に有り余っている体力は、ゲイルも認める所であった。
「それじゃ、狩りの続きと行こうぜ。とっとと終わらせるぞ」
「そうですね。あと三十、さくさく行きましょう」
早く帰りたいのだろうか、急かすように言うゲイルに、リリカも同意している。
ヴァイスもそれに頷いて、
「了解。じゃあ、次の広間に――」
「――――――――――」
ぞわり、と。
唐突に、ヴァイスの背筋をナニカが走った。地の底から這い出てきたような、底知れぬ寒さ。得体の知れないモノが、身体を包むような感覚。全身の産毛が逆立ち、心臓を直接掴まれたように息が詰まる。
それは、例えるならば。
何処までも暗く濃厚な、死の気配。
「っく!?」
ヴァイスは弾かれたように身を翻し、悪寒の来た方向――二層の奥へと身体を向き直した。思わずと言った様子で、腰に差した剣へと手が伸びている。
突然のヴァイスの行動に、他の者が驚愕した。
「おわ!? どうした、ヴァイス!」
ゲイルの声がヴァイスの耳に届く。その時には、もう先程の感覚はなくなっていた。幾ら感覚を研ぎ澄ましても、何の異常も感じない。
ヴァイスの頬を冷や汗が伝った。一瞬の出来事だったというのに、心臓は煩く鳴り響き、喉は乾ききっている。
そう。気配を感じたのは、ほんの一瞬、瞬きの内。もしかしたらそれすらも届かない短い時間だった。それなのに、ヴァイスにはまるで時が止まったかのような長い時間に感じられたのだ。
「……何だ、今の」
呆然とした様子でヴァイスが呟く。
「どうしたんですか、ヴァイス!」
言葉に反応にして、ヴァイスがリリカに目を向ける。
一体何があったのか。リリカ達は心配するが、ヴァイス自身何があったのか良く分からないと言った様子だった。
ヴァイスはしばし呆然とリリカと視線を合わせた後、軽く首を振り、
「いま、何か感じなかった? なんというか、とてつもなく嫌な悪寒というか」
その言葉に、他の面々は互いに顔を見合した。どうやらその何かを感じたのはヴァイスだけだったようで、彼らは揃って首を横に振る。
「いや、俺は何も感じなかったぜ」
心底不思議そうに首を傾げるゲイルに、同調するかのようにリリカとエリオスも頷いている。
その顔を見れば、本当に何も無かったのだと分かる。ヴァイス自身、今は何も感じない。先程から全力で辺りの気配を探っているが、何もおかしな所は無い。
まるで悪寒を感じたのが嘘だったかのように、迷宮内は普段と変わらなかった。
「そうか……」
ヴァイスは落ち着きを取り戻して、ゆっくりと警戒を解く。
「大丈夫ですか? 調子が悪いなら、一度結界広場にでも戻りましょうか」
「大丈夫。調子が悪いわけじゃないし、俺の気のせいだったみたいだ」
リリカに軽い感じで応えながら、笑顔を見せるヴァイス。
「ごめんごめん、変な事言って。俺は大丈夫だから、課題に戻ろうよ」
ヴァイスはそう言って、広間の出口へと向かう。
何となく腑に落ちない感じではあったが。ゲイル達は気を取り直すようにヴァイスに応えて、彼の後を追った。
ヴァイスは仲間達の応えを確認し、視線を前へと向ける。
先程感じた感覚が、気にはなる。しかし、今は何も感じないのだから、出来る事も無い。
それに、ゲイルとリリカは魔気が使える分、自分以上に知覚は鋭いはずだ。
その二人が何も感じなかったというなら、それが本当なのだろう。状況的には自分の気のせいだと思うのが、一番しっくり来る。
ゆえに、先程の悪寒はただの勘違いだと、ヴァイスはそう思う事にした。ゲイル達の感覚が正しくて、己の感覚が間違っているのだと。そう判断を下した。
そうして、ヴァイスは何か胸に引っかかるような思いを抱きながらも。課題達成のために、気を取り直して次の広間へと進んでいったのだった。
◆
この時のヴァイスの判断。後になって分かる事だが、この判断は間違っていた。本当は、反対だったのだ。
あの瞬間、迷宮に起こった異変を知覚出来たのは、ヴァイスただ一人であった。魔力のあるゲイル達は気付かず、魔力の無いヴァイスだけが気付く事が出来た。
ヴァイスは魔力をその身に持たない。魔力が身近な物ではないために、実はその変化には敏感なのだ。
これは例えるなら、珍しい物には意識が向きやすく、見慣れた物はぞんざいになる、という心理に近い。視界の隅に置いていただけの状態では気づく事も出来ない一瞬の変化に、注視していたおかげで気付けたようなものだ。
ゆえに、ゲイル達が魔力の変化に鈍感だという訳では無い。先程の異変は、魔法に秀でたものが全神経を魔力探査に注いで、辛うじて気付けたレベルでしかなかったのだから。
はっきり言って、ヴァイスの方が異常なのだ。魔力が無いという、この世界では異質な存在であるがゆえの、超常的な感覚だと言って良い。
そんな感覚を持つヴァイスだからこそ、気付く事が出来た。刹那の間だけ起こった、迷宮の異変を。迷宮が持っている魔力の、その変貌を。
そして、その異変が一体何を意味するのか。彼らがそれを知るのは、すぐ先の事である。
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