45.強者への憧憬

「はい、到着っと」


 二層最奥にある結界広場に、セシリアの声が響いた。

 広場の入り口で、うーんと伸びをしながら歩く彼女に続き、ヴァイス達も広場へと入ってくる。

 先頭を走り、ほとんどの魔物を一人で倒したというのに、セシリアには怪我どころか疲労した様子すら見られない。流石は二年でも上位に名が挙がるだけあって、マッドドッグ程度では相手にもならなかったようだ。


「噂は本当だったって事か。ていうか、想像以上だわ。流石は火焔の篭手ブレイズナックルなんて呼ばれてるだけはあるな」

「二年ならこれくらいは出来るわよ。一年間訓練して、魔気も使えるんだから楽勝よ」


 感心した様子のゲイルに、セシリアはさも当然と言った様子で、彼の方を見向きもせずに手をひらひら振っている。


「そうは言ってもな。スライムに苦戦してやがる奴らを見たらなぁ」

「入学したてはそんなもんよ。だから学園ココで訓練するんでしょ。冒険者としてやっていけるように」

「入学前から強い君達には不満かもしれないけど、一応ここは王国一の学園だからねぇ。一年間頑張れば、みんな結構強くなるわよぉ」

「まぁ、確かにそうかもな」


 先輩二人に言われて、ゲイルがやっと納得いったかのように呟いた。

 スライム相手に苦戦している同級生を見てからというもの、彼はこの学園のレベルに若干の不安を抱いていた訳だ。

 そのため、二年の実力者と言ってもそんなに強くはないんじゃないか、と。はっきり言えば舐めていたのである。

 しかし、それは間違いであった。セシリアの戦いを見て、その実力を己の目で直接確認して、良く分かった。今回は相手が相手だっただけに、本気にも程遠い。

 この、一見すると戦いなど無縁そうな小柄な少女――セシリアは強い。きっと自分達以上に。それが、ヴァイス達三人の感想であった。

 ちなみに、この場において唯一普通の一年であるエリオスは、終始すげぇすげぇと圧倒されていた。


「あとさ……。悪いけど、その呼び方は恥ずかしいから止めてくれない? 暴風の剣テンペストさん?」


 その呼び方とは、先程のゲイルの言葉に出てきた、《火焔の篭手》というものだ。それは、炎技舞闘ブレイズアーツの使い手であるセシリアに付けられた呼び名だ。ゲイルに付けられた《暴風の剣》と同種のもので、冒険者の世界では称号と呼ばれている。

 古来より、腕の良い冒険者にはこう言った呼び名が付き物だった。その者の戦闘スタイルやら容姿やら逸話やらから生まれ、親しみやら尊敬やら畏怖やらを込めて呼ばれるそれは、冒険者内のみに留まらず一般人にまで広まっていく。そしてその知名度は、時にその冒険者の本名すらも凌駕するのだ。


 称号は冒険者にとって一種のステータスのような物で、そこまで珍しい物でもない。そのためか、冒険課の学生の中にもこう言った呼び名を付けられた者達がいるのである。

 とは言え、平凡な者に付けられる物でもない。学生の内からそれを手にするという事は名誉な事であり、本来誇っても良い事であるのだが――彼らにとってはその限りでは無いらしい。


 彼の呼び名をまるで皮肉のように投げかけたセシリアに、ゲイルが探るような視線を向ける。

 交差する二人の視線。言葉は無くとも、そこには何か通じ合うモノがあった。


「……悪かった、あんたもお仲間か」

「分かってもらえて嬉しいわ」


 二人の間に奇妙な連帯感が生まれたようだ。共鳴するように深い溜め息をついている。


「呼ぶ方に悪気は無いんでしょうけどね、呼ばれる方はたまったもんじゃないわ。全身鳥肌ものよ」

「同感だ」

「そう言うの、喜ぶ人もいるんでしょうけど、私は勘弁してほしいわ」


 意気投合したように頷きあう二人。しかし、そんな二人に向かって非難めいた声が飛んでくる。


「えー、カッコいいじゃん、《火焔の篭手》。贅沢だよ、二人共! 私達なんて《無能》なのに!」


 手を振り上げてぶーぶー文句を言う――相変わらずヴァイスに抱き抱えられた――アリスの姿を認めて、ゲイル達の目が呆けたように開かれる。

 そして。

  

「……居たわね、ここにも。しかも筋金入りが」

「あの目はマジだぜ。一体何が良いんだ、こんなもん」


 心底げんなりとした様子で、肩を落とすゲイル達であった。


 ◆


「それじゃあ、一旦ここでお別れね」


 各層最奥の結界部屋は、次の層へと続く階段のある小部屋に繋がっている。その小部屋に続く通路入り口で、一年の面々を見ながらセシリアが言った。

 ヴァイスがその言葉に頷いて、抱き抱えていたアリスを地面へと降ろす。


「そうですね。じゃあ、アリス先輩。頑張ってください」

「むー、……分かったよ。大丈夫だと思うけど、ヴァイス君も気を付けてね」


 少しだけ不満げな顔を見せたアリスだったが、観念したように息を吐くと、ヴァイスに向かって笑顔を見せた。

 その笑顔にドキッとしながらも、ヴァイスは力強く頷いて答える。


「ほら、いちゃついてないで行くわよ。こっちは一年と違って制限時間もあるんだしね」

「そうね。あんまりのんびりしてると、失格になっちゃうわよぉ」

「分かってるよ!……じゃあ、また後でね」


 さっさと先へと進んでいくセシリア達からの呼び声に、アリスが大きく返事をした。その後、彼女はヴァイス達に向かって小さく手を振って。くるりと後ろへ向き直り、先を行くパーティーメンバーを追いかけていった。

 そんなアリスの後姿が通路奥へと完全に消えるのを見届けてから。今度はヴァイスが広間入り口方面へと振り返った。


「それじゃ、俺達も行こうか」

「おうよ。さっきはセンパイの一人舞台で物足りなかったからな。いっちょ暴れるか」

「調子に乗って失敗しないでくださいよ? とは言っても、討伐数が多いですからね。さくさく行きましょう」

「そうだね。エリオスは無茶しないようにね。危なくなったら俺達に任せて」

「了解。足手まといにはならない様に頑張るさ」


 セシリアの見事な戦いっぷりを見て、何か思う所があったのか。いつも通り気負わない言葉とは裏腹に、全員の瞳には気合が満ちている。

 彼らは皆、冒険者を目指して強さを追い求める若者達だ。強い者の戦いを見れば心が躍るし、自分もそうなりたいと願うもの。

 少しでも速く彼女の様に強くなりたい。それならば、ここで立ち止まっている訳にはいかない。たとえ相手が雑魚だろうと、訓練なら全力を尽くすべき。そうして実力を示せば、更に下の階層へ進む事も許されるだろう。

 ならば、やる事は決まっている。


「俺も、頑張らないとな」

 

 ヴァイスは気を引き締めた表情で、一度拳を握り締める。全身に気力を漲らせて、戦闘態勢を整えた。

 ゲイルの言葉ではないが、ずっとセシリアに任せていたので力は有り余っている。訓練で試したい事もある。

 相手は少し物足りないが、それでも本気で当たるとしよう。今より少しでも強くなれるように。アリスの力になれるように。


「よし。みんな、行こう!」


 ヴァイスの掛け声に全員で応えて。魔物との戦いに向けて、彼らは広場を飛び出していったのだった。

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