44.焔纏う舞闘者
ヴァイス達の一団が、二層の最奥目指して薄暗い迷宮の通路を駆けていく。
ヴァイスはその最後尾を走っていた。彼は、先を走る友人や先輩を見ながらふと思う。
――随分と、大所帯になったもんだなぁ。
自分を含めて四人の一年と、アリス含めて三人の先輩達。ついこの間までは幼馴染組の三人だけだったのだから、単純に倍以上の人数である。
平均的な冒険者パーティーの人数は四人から五人くらいと言われているので、それと比べても多いのだ。
そんな仲間達を前方に見ながら、ヴァイスの思案は続く。
正直に言えば、ヴァイスは自分の能力のせいでこれ以上仲間は増えないと考えていた。
ずっと一緒に居た幼馴染達はともかくとして、魔力の無い自分とパーティーを組んでくれるような殊勝な人間はいないだろうと、そう考えていたのだ。
だからこそ、この目の前の光景が、なんだか不思議に思えていた。新しい仲間が増えている事に、若干の戸惑いを感じていた。
ただ、嫌な事では無い。
今はアリスも居るのだ。仲間が増えるのは悪い事では無いはずだ。
そして、なによりも。
こんな自分でも受け入れてくれる人が居たと言う事が、少し嬉しかった。
そんな事を考えながら迷宮を進んでいたのだが、先頭を行くセシリアがこちらにちらりと視線を走らせた事に、ヴァイスは気付いた。
その後もちらちらとこちらを見ているのに、声をかけてくる訳でもないので、なんだろうとヴァイスは首を傾げるのだが。結局その後特に何も無く、そうこうしている内に最初の広間が見えてきた。
その広間の入り口で、セシリアが足を止めた。てっきりそのまま突っ込んでいくのかと思っていたヴァイスは、少し驚きつつ自身も停止する。
最初の広間だし、入り口前で確認でもするのだろうか、と思っていると、セシリアがこちらへ向けておもむろに口を開いた。
「……本当にそうやって運ぶのね。まるで荷物みたいね?」
「あ、ひどい! 荷物って、そりゃ私も少しそう思うけどね!?」
ジト目を向けるセシリアに対して、ヴァイスに抱えられていたアリスがうがーっと吼えた。走るのだからもはや当然の如く、ヴァイスはアリスを抱き抱えていた訳だが、慣れていない者からするとやはり妙な光景である。
「まぁ合理的なんでしょうけどね。おかげでこうして走って行けてる訳だし」
「そうだよ、私達はこれで良いんだよ」
「いや、なんであんたが偉そうにしてんのよ。走ってるのはヴァイスでしょうに」
何故か得意気なアリスに、セシリアのジト目に呆れまで混じり始めている。
「三層から先はちゃんと自分で歩きなさいよ。私じゃあヴァイスみたいに運べないんだから」
「うぐっ、わかってるよ」
痛い所を突かれた様にアリスが呻く。ヴァイス達一年は二層で訓練なので、二年のアリス達に付いていく事は出来ない。運んでもらえるのも二層最後の結界広場まで、だ。
そこから先は、アリスも自力で歩くしかない。
セシリアがヴァイスのように抱えていければ良いのだが、あいにくと彼女は同年代の者と比べると小柄である。流石にアリスほどではないが、それでも彼女を抱えて走るというのは難しいだろう。
もう一人の仲間であるティオも同様だ。彼女は魔法使いゆえに身体能力は高くは無い。いくら魔気で身体強化が出来るとはいえ、戦士のそれとは強度も違うのだ。人一人抱えて長距離を走れるほどの体力は無いのである。
そんな状況を察してか、ティオが困った様に頬に手を当てながらヴァイス達へと顔を向ける。
「ヴァイス君が付いて来てくれると助かるのにねぇ」
「いやあ、行けるなら喜んで行きますけど――」
「駄目よ。訓練なんだからね、これ」
「ですよねぇ」
ティオの言葉に心底同意したいヴァイスだったが、真面目なセシリアからの予想通りの言葉に、素直に口を噤むしかなかった。
そもそも彼らが二層まで来れたのも特例なのである。このまま三層以降まで行ってしまうのは、流石に勝手が過ぎるだろう。まず間違いなく先生方から説教を食らう羽目になるはずだ。
正直な話、二層でも楽勝なのだから三層以降も大丈夫なんじゃないか、とヴァイスは思うのだが。最近色々と良くしてもらっている先生方に、迷惑をかけるのも本意ではない。
「心配しなくても大丈夫よ。今回は五層までだけど、そこなら私一人でも何とかなるくらいだし。危険は無いわよ。少なくとも走って逃げないといけない状況なんて無いから」
ヴァイスを安心させるためか、セシリアがそんな事を言ってくる。見た目は小柄な少女だというのに、その堂々とした口ぶりは歴戦の戦士のようにどこか頼もしい。
そんな彼女に、ヴァイスは自然と頷いていた。
「さて、あんまり長話していても仕方ないし」
セシリアが広間内に視線を飛ばして、その両手の篭手を軽く打ち鳴らした。
広間内には四体のマッドドッグが確認できた。まだこちらに気付いていないのか、地面に寝そべりぼんやりと虚空を見つめている。
こうして見ると無害そうだが、一度人間を確認すれば問答無用で襲い掛かってくる凶悪な魔物である事を、この場に居る全員が知っている。
「それじゃあ、行きましょうか」
セシリアの表情が引き締まり、瞳は静かに闘志が燃える。
相手はセシリアにとって取るに足らない雑魚だろう。それでも一切の油断無く対応するその姿に、彼女の真面目さと優秀さが見えてくる。それは、二年の中でも上級者だというのも納得出来る姿であった。
セシリアの声に皆が頷き、ヴァイス達は広間内へと進入した。そのまま、セシリア一人が広間中心に居座っていたマッドドッグへと歩み出る。
事前に打ち合わせした通り、今回戦うのはセシリアだ。他の者は緊急時のサポートに回る事になるので、広間内に入った所で待機する。セシリア自身はサポートなど必要無いと言っていたので、あくまで念のためにである。
広間へと入ってきた彼らに、マッドドッグが反応して唸り声で威嚇してきた。が、そんなものは歯牙にもかけずに、セシリアは真っ直ぐにマッドドッグを見つめている。
「それじゃ、お手並み拝見だな」
「だから、なんでそんな上から目線なのよ……」
後ろから飛んできたゲイルの軽口に、セシリアが若干鬱陶しそうに答えた。
そして、腕を組みニヤつきながら見ているゲイルを一瞥すると、諦めたかのように溜め息をついて、
「まぁ、別に良いけど、ね!」
と、気合一閃。気持ちを切り替えるが如く、セシリアはマッドドッグへと一気に突進を仕掛けた。流石は二年と言った所か、その身を瞬時に紅い魔気で纏っており、それに呼応するかのように四肢の篭手と具足が鈍い光を放っていた。
爆発的な勢いで突っ込んできたセシリアに対するかのように、マッドドッグ達が弾けるように散開した。
一体が迎撃のためにその場に残り、他の三体が彼女を囲むように広間を走る。
それは、ヴァイス達も今までに何度か見て来た、機動力を生かした奴らの戦い方だ。経験の浅い一年であったら、そのスピードに翻弄される所であろう。
しかし、相手はそんな未熟者ではない。セシリアは特に慌てた様子も無く、散開した敵には目もくれずに、己を迎撃しようと待つ一体に向かって真正面から突き進む。
そんな彼女を見て、マッドドッグがその牙を剥き唸りを上げた。獲物の方から近寄ってくれるのなら幸い、とでも思っているのだろうか。その口端から涎を垂らしながら――距離を詰めるセシリアに向かって飛び掛った。
「っせい!」
飛び掛ってきたマッドドッグに合わせて、セシリアが急停止しつつ反転。まるで剣を振ったかのような音と共に、鋭い後ろ回し蹴りが撃ち出された。彼女の具足が紅い軌跡を残しながら円を描き、突っ込んできたマッドドッグの頭を横から薙ぎ払う。
ただの一撃。突進の勢いを回転力に変換して放たれた回し蹴り。それが、あっけなくマッドドッグの頭部を消し飛ばした。
たった一撃で敵の頭部を刈り取ったセシリアに対して、続けざまに二体のマッドドッグが襲い掛かる。左右からの素早い飛び掛り。彼女の実力をまだ良く知らないヴァイスは、その光景に一瞬肝を冷やすのだが。直ぐにそれが杞憂だと思い知った。
「華輪!」
回し蹴りの勢いのまま、セシリアは大きく伸ばした右腕を振り払った。鞭のように真横に振られる腕から炎が溢れ、それは彼女の周りに円を描く。
「でえぇい!」
セシリアが更に駒のごとく一回転すると、周りの炎の輪が外へと弾け飛んだ。まるで花吹雪の如く、彼女を中心に炎の花弁が舞い踊る。彼女に向かって飛び掛っていた二体のマッドドッグは、思いの外勢い良く炸裂した火炎の花びらに打ち据えられて、その紅い火に焼かれながら吹き飛んでいった。
これで残りは一体だ。それは仲間がやられたというのに、意にも介さず正面からセシリアへと突っ込んできたのだが。
「飛炎!」
セシリアが鋭い蹴りを前方に放つと、具足から生まれた炎が縦一文字を描き、刃のような鋭さを持って飛翔した。それは地を焦がしながら真っ直ぐに進み、襲い来る敵を切り裂いたのだった。
炎に焼き切られ、ぐしゃりと身を崩したマッドドッグを確認して、セシリアが構えを解いた。そして、広間入り口のヴァイス達へと向き直る。
彼女の実力を知っていたティオやアリスは別段普通の様子であったが、一年の面々は驚きの表情を見せていた。
そんな彼らを見て満足したのか、セシリアは腰に片手を当て口元に笑みを浮かべている。どうだ、とでも言いたそうな、勝ち誇ったような表情であった。
◆
その後も、ヴァイス達は二層最奥を目指して突き進んだ。
道中に出現する多くの魔物は、その全てをセシリアが排除していった。その手際は鮮やかとしか言いようが無い。全く苦戦などする事無く、数多の敵を打ち倒していく。
「凄いな……」
思わず、と言った感じでヴァイスの口から感嘆の声が漏れた。
ヴァイス自身剣技の達人ではあるが、その彼から見てもセシリアの技は、先のような声が漏れるほどの素晴らしいモノだった。
セシリアの戦闘スタイルには、まるで演舞を踊っているかのような一種の優雅さがあった。
それを見ていたヴァイスには、彼女の技が我流では無く、定型付いた格闘術である事がすぐに分かった。きっとヴァイス同様、厳しい訓練を積んできたのであろう事が、彼には容易に想像できる。
流れるように繰り出される打撃は美しく、清廉されている。足運びや身のこなしにも違和感が無く、そこに一つの思想が見えてくる。それはまるで、研鑽の末に完成された型のようだった。
そこには、力に任せた行き当たりばったりの戦い方では決して真似出来ないモノがあった。長い年月をかけて磨き上げられた、正真正銘の本物が、彼女の技にはあったのだ。
そして彼女は、その格闘術に炎の魔法を組み込んでいた。ただの格闘術にはありえない、炎を用いた強力な技。
ヴァイスには絶対に真似出来ないその技に、彼は素直に羨望の思いを抱いていた。
「凄いよね、セシリアちゃん。間違いなく、二年じゃ最強レベルだよ」
ヴァイスの呟きが聞こえたのか、アリスも同調するように口を開いた。
「確かに、想像してた以上に強いですね。それに、技も綺麗です。あれはどこかの高名な格闘技なんでしょうか……」
「あれは、彼女の実家の技よぉ」
ヴァイス達の話に、ティオが割り込んできた。
「彼女の実家が、結構由緒正しい歴史あるお家でね。そこで教えている古流武術に、彼女の得意属性の炎属性魔法を組み込んで、独自の格闘戦闘術に昇華したの。それが彼女の
「炎技舞闘……」
ティオの間延びした言葉に、釣られるように呟くヴァイス。彼の目には、敵を蹴り飛ばすセシリアの姿が映っていた。
「そう言えば、蹴りが多いですよね。先輩の家はそういう格闘術なんですか?」
「あー、あれはセシリアちゃん特有ねぇ。お家のはもっと普通かなぁ。ほら、あの子の篭手を見て。右手の方が大きいでしょう?」
ティオに促されて、セシリアの右手に注目する。言われてみれば確かに、左右対称な具足と比べて、篭手には違和感があった。多少ではあるが、右手の篭手の方が大きいのだ。
「あの右手がね、決め技なのよ」
「決め技?」
「右手の甲の部分がぱかっと開いてね。そこに
魔道具を使う分回数制限付きなんだけどねぇ、とティオが苦笑する。それを聞いたヴァイスの瞳が、好奇心に輝いた。そう言うのは大好物である。
「それはまた、浪漫溢れる仕組みですね」
「剣とかの武器と比べると、どうしても威力で負けちゃうからねぇ。なんとか出来ないかって、色々考えて作ったのよ」
「なるほど」
面白いな、とヴァイスは思う。自分も貯蓄の魔道具に頼っているが、それを戦闘に使う事は考えた事が無かった。元々魔法は使えないから、と言う先入観があったのは否定しない。しかし、剣技だけでやって行けるとも思っていたのだ。しかし今は、これも何かに使えるんじゃないか、と思い始めている。
先日の決闘で、貯蓄の魔力を使って魔道具を使えば良いじゃないか、という話が出ていたのを思い出す。あの時は、
その後、障壁の魔道具にこっ酷くやられる羽目になってしまったのだ。一体何の皮肉なのだろうかと、ヴァイスは口端が歪みそうになるのを抑えこんだ。
ともかく、だ。セシリアの戦闘方法は面白い。なにかの参考になるのではないか、と。そんな思いが、ヴァイスの内に芽生えていた。
「……今度、格闘技を教えてもらおうかな。蹴り技だけでも使えれば、絶対役立つだろうし」
ヴァイスは両手の塞がっている今の自分を思いながら、そんな事を呟いたのだった。
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