43.新たな仲間
アリスの隣まで歩いてきた二人の少女。柔和な笑みを浮かべるティオと、無表情な……いや、何処と無く気の抜けたような表情を見せているセシリア。
彼女らはアリスのパーティーメンバーだ。そして、既にヴァイス達とも顔見知りであった。
ティオがアリスと仲良くなった繋がりで、その親友であるセシリアもアリスと交流を持つようになったのだ。そして今では、彼女達三人でパーティーを組んでいるのであった。
元々ティオとセシリアが二人でパーティーを組んでいたので、そこにアリスが入った形である。勿論、誘ったのはティオだった。その能力のせいで固定のパーティーを持たず、講義の度にふらふらしていたアリスを放っておけなかったようだ。そして、もう一人のメンバーであるセシリアも、アリスの加入を了承したのであった。
普通に考えれば、戦闘能力の低いアリスをパーティーに加えるなど嫌がられそうなものだが、セシリアは特に反対もせず、まぁ良いわよ、と軽い感じでアリスを迎え入れた。
アリスの方も、迷惑をかけるから、と最初はやんわりと断ろうとしていたのだが。意外に強引だったティオと、あっさり受け入れてくれたセシリアを前に、結局断る事が出来なかった。
その事を報告に来たアリスが、もう、本当に強引だったんだよ、と。口では怒った風に言いながらも、嬉しくて瞳を潤ませていたのを、ヴァイスはしっかりと覚えていた。
「無茶苦茶って、ひでぇ言い様だなぁ」
「そんな事ないわよ」
先程投げかけられた言葉にゲイルが不満そうな声を上げるが、それをセシリアがぴしゃりと反論する。
「冒険科の一年なんて、戦闘の経験も無いのに冒険者への憧れだけで入った様なのがほとんどだもの。最初から二層で戦えるなんて、無茶苦茶としか言えないわよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ。で、新顔君は大丈夫なの? 二層は結構危ないわよ」
「心配無用っす! これでも他の一年よりは戦えるんで!」
「そう。でも、こいつらに付いて行ったら苦労するんじゃない?」
「いや、その方が面白そうなんで!」
「ああ、そう。なら何も言わないわ」
目を軽くふせて溜め息を付くセシリア。別にゲイル達を嫌っている訳ではなく、先輩として単純に心配しているのだが、何を言っても聞かずに我が道を突き進みそうな彼らに、頭痛が止まらない様である。
そんな彼女の腕を、隣のティオがちょいちょいとつついて。
「そんな事より、私達も自己紹介しなきゃ」
「……そうね。えぇっと、私は――」
そんなこんなで、二人はエリオスとお互いに自己紹介を行った。それは簡単なものだったが、ティオが貴族だと知ってエリオスが盛大に驚いていた。彼は今まで貴族など無縁の生活だったので、驚くのも無理は無いかもしれないが、当の本人は、自分は末子だし偉くも何とも無いと、赤面していた。
そうやって、自己紹介にしてはやや慌しい時間を過ごした後、改めてセシリアがゲイル達に顔を向けて。
「実際の所、余計な心配なんでしょうね。あんた達は魔気が使えるんだし、マッドドッグなんて楽勝でしょうし」
セシリアはその大きな瞳をジトッと半目に細めて、ヴァイス達を見据えていた。腰に片手を当てて斜に構えており、サイドに纏めた髪が揺れている。
そんな彼女の態度に、隣に居るティオが頬に手を当てて苦笑を浮かべていた。
「でも、本当に凄いわよねぇ。私なんて、魔気が使えるようになったのって、夏も過ぎたくらいだったのに」
「そうね。私も家で戦闘訓練はしてたけど、魔気までは使えなかったし」
ぽや~っとした様子でティオが喋り、それにセシリアが同意する。やはり入学時点で魔気まで使えるのは例外中の例外のようである。
しかし、それにゲイルが少し驚いたように目を見開いた。
「へえ、センパイって二年でもかなりのモンなんだろ? 俺らと同じだと思ってたぜ」
「そんなわきゃ無いでしょ。あたしは学園に来る前はそんなに強くはなかったわよ」
セシリアが腕組みしながら言葉を返した。あんた達と一緒にされるのは心外ね、と言った様子である。
そうやって腕を組んだために、セシリアがその手に装備していた物が、ヴァイスの目に入る。それは、金属製の真紅の篭手であった。その篭手は指先から手首の少し先までを覆った、防具としては心もとない物であった。しかし、それが防具ではなく武器である事を、ヴァイスは既に知っている。
ちらりと彼女の足に目を向ければ、篭手と同じ意匠の具足を装備しているのが見て取れる。当然、それも武器である。
今まで後衛のティオとコンビを組んでいたのだから、必然的に、セシリアは前衛に出てティオを守る戦士であった。それもただの戦士ではなく、王都では珍しい、格闘主体で戦う拳闘士なのだった。彼女は剣や槍と言った武器を持たず、代わりにその篭手と具足を武器に戦うのだ。それらは魔力を込められる特注品らしく、まるで炎のように赤く輝いている。
そして、そのセシリアの戦闘能力は、二年でも上位だと噂されていた。
つまり、その実力は。ゲイルやリリカよりも上なのではないか――というのが、ヴァイス達の考えであった。
「……なによ、そんなにじっと見て」
「へ? ああ、いえ、すいません、ちょっと見とれてて」
その篭手を熱心に見つめていたヴァイスだったが、セシリアからかけられた声に慌ててその視線を引き剥がした。
剣などの武器を使わずに体術で戦うというのは、男子としては熱いモノがある。勇者なんかに憧れているようなヴァイスにとってはなおさらだ。彼は、格闘術なんて珍しい戦闘方法を身につけているセシリアに、なおかつその装備にも興味津々であった。
そんなヴァイスの様子に、セシリアは満更でも無いようで、
「ふーん、まぁ、珍しいものね。こっちの方じゃあまり格闘技って見ないしね」
「セシリア先輩の実家が教えているんでしたよね、確か」
「そうそう、あたしのはそれに魔法を組み込んでるけどね」
セシリアが右手を開閉させると、篭手がガチャリと音を鳴らした。
「
「やめてよ、そんな大したもんじゃないわよ」
素直に褒めてくるヴァイスに対して、セシリアはなんだかむず痒いような気持ちで返していた。
彼女は根は優しいのだが、素直ではなく気も強く、物言いもちょっとキツイために少し近寄りがたい所がある。そのためか、こうやって真正面から褒められるような事は彼女にとって珍しい事であった。
「そんな事無いですよ。先輩は――ん?」
なおも褒め続けようとしていたヴァイスは、ふいに冷たい視線を感じてそちらへと振り向いた。
その先には、なんだかご機嫌ななめな様子のアリスが、半眼に細めた瞳をこちらへと向けている姿があった。
ヴァイスと目が合うと、アリスはぷいっとその視線を外してしまう。
「えっと、……アリス、先輩?」
ヴァイスは冷や汗をかきながら、そっぽを向いてしまったアリスに声をかける。しかし、アリスはこちらには目を向けず、更にその頬をぷくーっとふくらませて。
「むー、セシリアちゃんばっかり褒めてる。そうだね、セシリアちゃんはカッコいいもんね。もう私には興味無いんだよね」
「ええ!? そんな事無いですよ!? ちょっ、先輩!」
「ぷいいー」
ヴァイスが慌ててアリスの傍に駆け寄り弁解を始めるが、アリスはわざとらしくその顔を背ける。ヴァイスが顔を合わせようと回り込むが、アリスは更に回転してそれから逃げている。
「なに、やきもち? っていうか、じゃれてるだけね、あれは」
「相変わらず仲良いわねぇ、羨ましいなー」
アリスの態度に一瞬焦ったセシリアだが、どうやら本気で怒ってるわけでは無いらしい事を悟って、ふっと表情を崩していた。ティオも微笑ましい気持ちで、騒ぐアリス達を眺めている。
「まぁあの二人は放っておいて良いとして。あんた達はここでマッドドッグを狩るのが課題よね?」
さっくりとヴァイス達を放置して、セシリアが残りの一年に向けて問い掛けた。それにリリカが頷いて。
「そうですね。先輩達はどうするんですか」
「私達はこれから更に下に潜るの。戦闘訓練じゃなくて探索訓練かしら」
ティオの言う通り、二年の課題は三層以降の探索だ。戦闘訓練用の二層までと違い、三層からは本格的な迷宮の様相をしているのである。そこから先が、本当の迷宮であると言って良い。
二年はその先に潜り、一定数の魔物を倒すのに合わせて、規定の階層に設置された宝箱の中身を持ち帰るのが課題である。
「じゃあ二層は通過するだけか。……なぁ、ちょっと頼みたい事があるんだが」
「頼み? 何よ、急に」
何か思いついた様に言ってくるゲイルに、セシリアが訝しげな目を向ける。知り合ってまだ数日だが、こいつはなかなかに図々しい奴だ、というのがセシリアからゲイルへの印象だった。
そのために、何か面倒な事でも言い出すのか、と少し警戒されている訳だが。ゲイルはそんな事にはお構いなく、
「いや、ここの魔物相手で良いから、センパイの戦いを見せてくんねぇかなと。噂で強いってのは聞いてるが、実際に戦ってるとこ見た事ねぇからさ」
「……それくらいなら、別に良いけど。どうせ三層に下りるまでに何体か倒さないといけないし」
ちょっと考えてから、セシリアが了承する。
一層のスライムと違って、二層のマッドドッグは素早いために、回避していくのは骨が折れる。特にセシリア達は後衛の方が多いし、アリスは気力がないのであまり速く走れないしで、結局倒していく事になるだろうと思っていたのだった。
「そうか、ありがてえ! じゃあ、さっさと行こうぜ。あんまりのんびりしてても日が暮れちまうしな」
「はいはい。まったく、せっかちねぇ。ていうかさ、あんたもうちょっと礼儀正しく出来ない訳? 一応先輩よ、私達?」
「無理、面倒くせぇ」
「はあぁぁ、そうね、もう良いわよ」
「ふふっ、良いじゃない、元気があって」
知り合ってから何度目かのやり取りに、セシリアは盛大に溜め息をついた。彼女もゲイルの態度は気になっていたのだが、そもそも彼女自身そこまで礼儀に煩い訳では無いので、なんだかもうどうでも良くなってしまった。ティオに至っては、最初から気にもしていなかった。
代わりに、リリカが申し訳無さそうに頭を下げる。
「すみません、本当に馬鹿で」
「馬鹿って……。別に良いわ。その辺緩いしね、冒険者って」
割と酷い言われ様に、セシリアが若干引いている。その後軽く首を横に振り、諦めたような顔で苦笑した。そして、いまだに盛り上がっているヴァイス達に顔を向けて。
「ほら、そこ! 出発するから、いちゃついてないでさっさと来なさい」
いちゃついていると言われて、驚き妙な声を上げているヴァイスと、はーいと返事をしてくるアリス。そんな二人がこちらへと駆け寄ってくるのを待ってから、彼らは広場出口の通路へと向かう。
「それじゃ、三層目指して突っ切るわよ。途中の魔物は基本的に私が蹴散らすけど、漏れた奴はそっちに任せるから」
後ろに付いて来た皆にちらりと視線を向けて、彼らが頷くのを確認してから。
「行くわよ!」
軽く気合を入れたセシリアを先頭に、ヴァイス達は通路の奥へと駆け出していった。
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