42.迷宮訓練
「みなさん、予定していた通り、今日の講義は迷宮での魔物退治ですよ」
冒険科訓練迷宮の前広場にて。集まっている一年の学生達の前で、教員のマリアが話をしている。
今日の講義は訓練迷宮での実戦訓練のようである。講義後の時間で自主訓練として迷宮へと潜る者も居るが、今回の様に講義で潜る事も当然あるのだ。
「パーティーを組んだら、迷宮へと入ってください。降りるのは一層までですよ。そこで
説明を続けるマリアの横では、シャルロットが暇そうにぼんやりとした顔で学生達を眺めている。
広場に集まった学生は皆、制服の上から装備を身に付けており、それぞれ三から五人程のパーティー単位で固まっていた。
彼らがギルドカードを受け取ってから、既に数週間が経過していた。この中のほとんどは、既に迷宮に一度は潜った事があるはずだ。
そのためか、学生達に緊張は見られなかった。これから迷宮に潜るとは思えないような気楽な空気である。とはいえ、一層のスライム相手ならば、いくら彼らでも危険はほとんど無いはずなので、仕方ない事であった。
そして、その中には当然ヴァイス達の姿もあった。彼らは、シャルロットと同じく暇そうな様子で周りの学生を眺めていた。
「迷宮での魔物退治ねぇ。マジで最初はスライムと練習するのな」
心底つまらなさそうにゲイルが呟いた。アリスと共に迷宮に潜った際に知った事だが、それが真実だと判明した今も信じ難い話だった。
そんな彼に、隣に居たリリカが溜め息混じりに言葉を掛ける。
「そう言わないでください。私達は特別に二層まで降りる許可を貰えたのですから」
「二層でも訓練になるか怪しいじゃねぇか」
「まぁねぇ」
ゲイルの言葉にヴァイスが同意する。
彼らのパーティーは、その実力を評価されて特例として二層まで降りる許可をもらっていた。既に魔気を纏える二人が居る以上、スライムでは何の訓練にもならないと教員達は判断したのだ。
ただし、ゲイルの言葉通り二層でも訓練になるかは怪しい所ではある。彼らも本音を言えばもう少し強い魔物の相手をしたい所であったが、戦闘訓練用の階層が二層までしかないので、そこで我慢するしかない状態だった。
そんな様子で、始める前からあまりやる気の無いヴァイス達であったが、そんな事は関係無く、マリアが訓練の開始を宣言した。
「それじゃあみなさん、訓練開始です。時間制限はありませんので、慌てず焦らずに。頑張ってくださいね」
学生達はマリアの言葉に返事を返して、それぞれ迷宮へと入っていったのだった。
◆
ヴァイス達は迷宮へと入ると、スライムには目もくれずに二層を目指して駆け出した。スライムは移動速度が遅いために無視すれば追いつかれる事も無い。
「……んで、なんでお前も居るんだ?」
走りながら、ゲイルが訝しげな目を隣へと向けると。
「堅い事言うなよ。先生からも許しがもらえたんだしさ。そりゃ俺はあんたら程強くは無いけどよ、マッドドッグ相手なら戦えなくも無いぜ?」
と、人懐っこい笑顔を浮かべたエリオスが答えた。
ここ数日、ヴァイスは約束どおり何人かの学生に剣の指導をしたのだが、その中でも頭一つ抜けた実力を見せたのがエリオスであった。
彼は
ただし、彼は短剣の二刀流という、ヴァイスとはかけ離れた戦闘スタイルであった。そのために、基本的に長剣しか扱わないヴァイスには彼の指導は難しかった。仕方がないので、ヴァイス自身と模擬戦を行う事で茶を濁したのだが、それでもエリオスはヴァイスに感謝していた。
強い相手と戦うだけでも、彼にとっては良い刺激となったようだ。
そして今回も、スライム相手なんかよりも、ヴァイス達に付いていった方が面白そうだ、という考えから、エリオスは彼らに付いて来たのであった。
「まぁ、エリオスなら大丈夫だと思うよ。マッドドッグも一対一なら危険は無いんじゃない?」
「だよな! 一体ぐらいなら俺でも何とかなるって! ヴァイスとの訓練でちったぁ腕も上がってるし!」
「調子に乗って無理しないでくださいよ」
「わかってるって!」
元気が有り余っているとでも言うように明るく返しているエリオスを見て、ゲイルとリリカはやれやれと言った様子で溜め息をついている。
ヴァイスも苦笑いであったが、エリオスの実力はきちんと把握している。マッドドッグなら特に問題は無いだろうと思っていたので、彼が付いてくる事も、まぁいいだろう、という感じであった。
しかし。ヴァイスはふいにエリオスとの模擬戦を思い出した。
彼はまだ魔気を纏う事は出来ないのだが、出来るようになれば直ぐに追い抜かれるだろうな、と。ヴァイスは少し寂しいような、むなしい様な。そんな気分になるのであった。
◆
ヴァイス達は素早く一層を駆け抜けて、特に障害も無く二層へと到達する事が出来た。
そして二層始めの結界広場に入るのだが、彼らはそこで見知った顔を見つける事になる。
「……アリス先輩?」
結界広場には二年のパーティーが数組待機しており、その中にアリス達の姿もあった。彼女達は作戦会議でもしているのか、広間の端の方で座り込み話をしている。
思わず口に出たヴァイスの声に反応したのか、アリスが広間入り口に居たヴァイス達の方へと顔を向けた。
「あ、ヴァイス君」
ヴァイス達はそちらへと歩を進める。それに気付いたアリスも立ち上がり、とてとてと彼らの方へと歩み寄ってきた。
「こんにちは、みんな。……あれ、君は?」
エリオスの姿を確認して、アリスが首を傾げる。
そう言えば先輩は会うのは初めてだったか、と。納得したヴァイスがエリオスへと視線を向けて。
「ああ、彼は――」
「初めまして、先輩! 俺はエリオス・ダーナーって言います! ヴァイスと同じ一年です!」
紹介しようとしたヴァイスの言葉を遮る勢いで、エリオスが背筋を伸ばして挨拶をした。明るく気さくで、一見すると礼儀には無頓着な印象を受けるエリオスだが、意外に上下関係にはしっかりしているようだ。
いきなり挨拶を受けたアリスは、一瞬ぽかんとした様子で目を見開いていたが、直ぐにその表情を崩して、
「っふふ、元気いっぱいだね。なんかちょっと新鮮かも。ヴァイス君達の友達なんだ?」
「はい。今はヴァイスに稽古をつけて貰ってます」
「そっかー。私はアリス・クラディス。よろしくね」
「宜しくお願いします!」
エリオスが頭を下げる。声量も大きく正直やかましいくらいである。
そんなエリオスに苦笑するヴァイス達に対して、アリスはくすくすと笑っている。その表情は、どこか嬉しそうにも見えた。
そうして、エリオスが頭を上げて一息ついてから。ヴァイスは改めてアリスを見た。
彼女はいつもの防具を装備していた。武器は持っていないが、それもいつもの事だ。つまりは戦闘の準備をしている訳で、恐らくはアリスも自分達と同じ迷宮訓練なのだろうとヴァイスは当たりをつける。
他にも二年が居るし、そもそも講義時間中に迷宮に居るならそれしかないのだが、念のためにヴァイスは確認を取る事にする。
「二年も迷宮訓練だったんですね」
「そうそう。一年もなんだ? でも、いきなり二層まで来て良いの?」
「俺らは特別に許可もらったんだよ。スライム相手なんて意味ねぇしな」
「なんというか、相変わらずだよねぇ」
さも当然と言うように答えるゲイルに、アリスが引きつった様な笑みを見せている。彼らが一年の規格外なのはもはや当然の事ではあるが、どうしても自分が一年の頃と比較して微妙な気持ちになってしまう。そして、
「……まだ一年だってのに、あんたらはホント無茶苦茶よね」
アリスの後方から、そんな呆れたような音色の言葉が飛んできた。ヴァイス達がそちらへと目を向けると、先程までアリスと共に話していた学生が立ち上がり、こちらへと来ていた所であった。
「こんにちは、セシリア先輩、ティオ先輩」
「こんにちは、みなさん」
「はいはい、こんにちは」
ヴァイス達の挨拶に笑顔で答える者と、まるで挨拶など不要とでも言うように片手を振りながら、それでもちゃんと挨拶を返す者。
一人は、艶やかな紺の長髪の左横髪に素朴なリボンを飾る、柔らかい笑みを浮かべた少女、ティオ・リンスターだ。
そしてもう一人は、先程からぶっきらぼうな態度を取っている少女。肩より少し長い位の茜色の髪をサイドで纏めた、ティオやリリカよりは少し小柄な少女だった。横に居るティオとは対照的な、強気で活発そうな瞳をしている。彼女はティオの親友である、セシリア・フィッツであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます