39.災いの予兆・前編
ミーナは、一見すると不審者のような様相だったシャルロットに向けて苦笑を浮かべていた。学園の、しかも多くの学生の目に付く場所で一体何をしているんだろうと、困惑しながらもなんとか笑顔を作っている。
そして、シャルロットはそんな彼女に悪びれた様子も無く、姿勢を正しながらその口を開いた。
「あらー、珍しいね。あなたが図書館から出てるなんて」
「私だって、常にあそこに居る訳じゃないですからね」
シャルロットの言葉に対して、苦笑を濃くしながらミーナが返した。
対してニコニコと笑顔を見せていたシャルロットが、ふいに何か思い出したような表情を見せて、
「そう言えば、まだお礼を言えてなかったよね。ありがとう、あの子達を引っ付けてくれたのって、あなたでしょ」
「あの子達? ――ああ、ヴァイス君達ですか」
突然礼を言ってくるシャルロットに、不思議そうな顔をするミーナであったが。彼女が見ていた先を確認して、納得したような声を漏らした。
そして、そのままミーナは微笑を浮かべて首を軽く振った。
「私は少し後押ししてあげただけですよ。あの子達は特殊ですからね。私が口出さなくても、いつかは近づいてたでしょうし」
「まぁ、そうかもしれないけど。それでも、お礼を言いたいのよ。ヴァイス君達と会ってから、アリスちゃんが楽しそうに学園の話をするようになったから。まぁ、ローラちゃんは少し不満そうだけど」
「あぁ、聖女様は、彼女に冒険者を諦めさせたいんでしたっけ。……余計な事しましたかね」
「そんな事ないよ。ローラちゃんは少し、心配しすぎなんだから」
やれやれと言った様子で、シャルロットは溜め息を漏らしていた。彼女からすると、ローラの方針は過保護だと思っている。自身も冒険者をやっていたのに子供にはそれを許さないのは、少々行き過ぎじゃないかと感じていた。対して彼女自身は若干放任主義寄りだ。この辺りは、寿命の長い種族故の楽観的な考え方が見え隠れしていた。
「そう言えば、決闘があったんですよね。無茶しますね、ヴァイス君も」
今度は、ミーナがまるで今思い出したかのように口を開いた。彼女の視線は、アリス達と合流して話をするヴァイスに向けられている。
「そうだね。実際、彼は負けちゃったしね。まぁ、健闘はしてたし、内容からしたら負けても無いとは思えるけど。……才能ってのは残酷だよね。一体どうして、魔力が無い人間なんかが生まれちゃったんだろう」
「……それは、彼女も同じでしょう? 気力が無いと言うのも――」
「いや、アリスちゃんの場合はまた事情が違うよ。あれは人為的な物だもん。……あなたも知ってるんでしょう? これくらいの情報なら、あなたが知らない事は無いでしょうから」
少し意地悪な笑顔でシャルロットが言えば、ミーナは困ったような顔を返していた。
「あまり人前では喋らないでくださいね、一応秘密なんですから」
「分かってるよ。諜報員ってのも大変だよね」
「ただの事務処理員ですよ。私の力では潜入工作とかは出来ませんから。というか、やっぱりあなたは知ってたんですね……」
「それは、アリスちゃんの事? それとも貴方の事?」
「両方ですよ」
ミーナが観念したように溜め息をついている。言葉に反して、まるで知られている事は最初から分かっているような様子であった。
「とにかく、決闘は代わりにゲイル君が勝った訳だし。確かに無茶だったかもしれないけど。これで、今回の騒動は丸く収まったんじゃないかなぁ」
「そうですね。後は、気にかかる事が二つ……と、噂をすればと言う事ですかね」
ミーナの視線は、廊下の窓に向けられていた。その先には街への道があり、数人の学生が街へ向かって歩いている。
そしてその中に、ふらふらと歩くブラッドの姿があった。
ブラッドも学園の学生である事は変わりない。ここに居たとしてもおかしくは無いのだが、その様子は明らかにおかしいといえるものだった。
まず、いつものように周りに人がいない。彼を慕い付き従っていたはずの仲間がおらず、彼はたった一人で歩いていた。その瞳は何処か虚ろで、何かぶつぶつと呟いている様子であった。
その異様な様子から、彼の周りには人が近寄らず、そこだけぽっかりと穴が開いたような空間が出来ていた。
「あら、なんかすっかりまいっちゃってるね」
いつもの傲慢な態度からのあまりの変化に、シャルロットも不審に思い目を細める。たとえアリスを傷付けた相手とは言え、彼も学園の学生である事は変わりない。シャルロットは教員として心配もしているのだった。
そしてその変化の理由は、横に居るミーナからもたらされた。
「彼は、家から勘当されたんですよ。一年の、しかも平民に負けたとあって、当主が激怒したようですね」
「……あらら、それはまた厳しい判断な事で」
シャルロットが微妙な表情を見せる。貴族主義の家ならば、平民に負けたとあってはそれは激怒するだろうけども。
まさかこうも簡単に切り捨てるとは、と。シャルロットは驚いていた。
ミーナもその目を細め幾分低い声色で、どこか冷たい様子で、
「貴族が平民に負けるなんて、貴族主義には耐えられないのでしょう。彼らは、全てにおいて貴族が平民の上に在ると思ってますから」
「まったく、傲慢だよねぇ」
あきれ返ったような様子でシャルロットが言葉を吐く。その視線はいまだにブラッドへと向けられていて。
当のブラッドはシャルロット達には全く気付かずに、終始ぶつぶつと呟きながら歩いていた。時折苛立ったように自らの髪を掻き毟っている。そのまま、彼は街の方へと歩いて行ったのだった。
「……どうするのかしらね、彼」
「今は手切れ金で街の宿に泊まってるようですけど。学園に申請すれば寮には入れるでしょうし、そうすれば生活はできるんじゃないですか。ただ、彼が寮生活を受け入れる事が出来るかは疑問ですけど」
「そうねぇ。これを機に、考えを改めてくれれば良いんだけど。彼みたいなのは冒険者には珍しくは無いけど、基本長生き出来ないもの」
「そうですね」
二人は、ブラッドの行く先を案じていた。自信があるのは良い事だが、度が過ぎるとそれは危険へと繋がっていく。出来るならこの敗北を糧に生まれ変わってほしいと、そう思っていた。
しかし残念ながら。彼女らの想いは、この後ある暗躍者達の手によって捻じ曲げられる事となる。
一難去ってまた一難とはよく言ったもので。
新たな災厄の運び手が、ひっそりと王都に近づいていたのだ。
そしてその事を、国王直属の諜報部隊の一員という裏の顔を持つミーナは知っていた。
彼女が今日冒険科の校舎に来ていたのは、実はシャルロットと話をするためであったのだ。その運び手の事を、彼女に伝えるためである。
あいにく、それにブラッドが巻き込まれる事までは予想していなかったのだが、それは仕方の無い事だろう。
「そういえば、気になる事が二つって、もう一つは?」
「……ここではちょっと話辛いんですよね」
ミーナは周りを見回しながら答えた。遠慮してか話しかけて来ないにしても、他に学生が居るのは変わりなく、それでなくとも廊下の真ん中で話せるような話題では無かった。
「あら、そう。じゃあ医務室にでも行く? 今は誰もいないし」
「そうですね、お邪魔します」
「了解~」
言うが早いか、シャルロットが己の城である医務室へと歩き出す。その後を、ミーナが周囲の学生に挨拶をかけながらついて行くのであった。
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